ニアリー・シンメトリー・ハート——お前の手だけだよ……こんなゾクゾクさせられるの……

街田あんぐる

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1. 中島の手には、力がある。

3 *

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「回転寿司で一人1万って微妙じゃない? そもそもなんで1万?」

 そう言って篠原は、運ばれてきたほうじ茶を丁寧にすする。

「いける。金と銀の皿に意識を集中して」
「さっぱり系も食べたいし」
「篠原。おれが悪かった」
「何が?」

 よく分からない、という顔の篠原に向き合って、遥二はごくりと唾を飲んだ。今ここで白状しなければならない。

「おれが、錫色 揺です」
「……あ、あなたが~!?」
「シーッ!! 声がデカい!!」

 遥二を「あなた」呼びして、篠原は両手での握手を求めた。篠原の手は温かいほうじ茶のおかげで温まっていた。

 篠原は、ぎゅっと手を握りながら目を輝かせて遥二の作品を褒めたたえた。
 あのコラボはよかった。あのミュージシャンとのコラボはマジでシビれたしライブも行ったわ。ショーウィンドウを飾ったのも見に行ったし。
 篠原の口からは語彙力MAXの感想が止まらない。怒涛の褒め言葉一つひとつに篠原の実感がこもっている。

 篠原はおれの絵を、表面だけじゃない深いところまで見てくれてるんだ。それで、篠原の心にはおれの絵がちゃんと根を下ろしたんだ。
 遥二は今日ここで褒め殺されて死ぬんじゃないかと思った。自分の絵がこれほどに愛されていると、初めてリアルに感じた。感激した遥二の目が潤む。それが恥ずかしくて篠原の目を見られない。

「あ、ありがとう篠原、だから今日は1万円分……」
「なーにを言ってるんだ!! 僕の奢りだわ」

 ニヤッと笑ってから、篠原はずっと手を握っていたことに気づいたらしい。パッと手を離して、離した手のやり場に困って膝の上に置く。

「ごめん!」
「いや、別にいいけど」

 二人とも相手をチラッと見る。タイミングが被って、ぱっと目を逸らして、二人でくすくす笑う。それから沈黙が続いた。

 昔の友人と手を握り合って、二人とも気まずくなってる。可笑しくなって遥二が笑うと、篠原は手をぎゅっと握って、顔を逸らしてはにかんだ。
 篠原のはにかみ方に、遥二の心臓が小さくトクンと打った。

 ——ハグしたい。

 しばらく前の妄想が、ぽん、と蘇る。
 違うんだよ。おれ、篠原がいなくて結構さみしかったんだわ。それに気づいただけで、だからこれは友情で……。
 でも、「そういう関係」になっちゃえば、篠原はまたいなくなったりしない。そう、これは打算で、欲望なんかじゃなくて……。
 頭の中をぐるぐると言い訳が巡る。どう口実をつけても「ハグしたい」にたどり着いてしまう。
 篠原もそう思っててくれないかな。

「ネイル塗ってるんだ」

 猪口ちょこを飲み干して、篠原は遥二の手に目を向けた。

「アナログでも描くから。爪の汚れが気にならないように」

 遥二はカウンターテーブルの上に右手を広げて見せた。遥二は骨太で、手の骨格もがっしりしている。職業柄、日中に出歩くことが少なく色白だ。その爪に塗られたブラックのマニキュア。対比が気に入って、よく黒を塗る。

「綺麗だなー。コントラストがぱきっとしてる」
「でしょ。篠原も塗ってるじゃん」
「クリアなやつね。ギョーカイジンも大変なのだ」
「デキるビジネスマンはネイルサロンに通うとか」
「らしいよー」

 篠原の返事はほんわりしている。日本酒を何合か頼んだから、遥二は気分がふわふわして、篠原はぽやぽやと眠そうだ。もう飲ませない方がいい。

「中島の手はかっこいいよ。ずっと思ってた。世界に今まで存在しなかった美を生み出す手だもん」

 やわらかく微笑んで篠原は言う。遥二はカウンターに乗せた手を引っ込めるタイミングを見失った。

「中島の手には力がある」
「手に力……?」
「文明が急に滅亡しても、中島には洞窟に絵を描く仕事がある」
「ああー。いい仕事だわ」
「中島の手には、人の心を動かす力が宿っている」

 篠原の言葉は、ハートの矢みたいに遥二の心にとす、と刺さった。

「……篠原には言葉のセンスがあるじゃん」
「まあね。でも言葉は手から生まれるわけじゃない。あ、ペンだこがある」

 篠原は、遥二の右手中指の関節に目を留めた。

「うん」

 また二人は無言になった。遥二はカウンターから手を下ろせなかった。篠原は横目で遥二の手を見ている。遥二の思い上がりでなければ、うっとりと、綺麗なものを見るように見ている。
 篠原にペンだこを触らせたら、どんな反応をするだろう。ペンだこを篠原に触られたら……。そこまで想像して、そわっと遥二の身体が揺れた。

「ペンだこは一生消えないかも」

 遥二は沈黙を破った。手の話をしてるだけなのにどうしてこんなにドキドキするんだろう。その答えは、ほんの少し、ほんの一言でたどり着ける気がする。

「いいね。手の力で生きてる人って感じ」

 篠原の言葉はぽやぽやしている。遥二が「篠原」と呼ぶと、ふわっと顔を上げてまっすぐ遥二を見つめた。

「手、触ってみる?」
「……うん」

 篠原はそっと遥二の手を包み込んだ。と言っても篠原の方が手が小さくて、遥二の甲に手を乗せるかたちになった。自分より小さい、でも男の手が、すりすりと手の甲を往復する。
 篠原は思ったよりも遥二の手に執着しているみたいだった。手の感触を味わうように触られている。甲に浮いた筋をたどって、指の側面をつうっとなぞって、ごつごつと骨の浮いた手の甲全体を包み込んで手のひら全体で凹凸を確かめる。

 そんなにおれの手が好きなのかよ。触りたくてたまらなかったんじゃん。遥二の熱がふつふつと沸いてくる。今すぐこの手を捕まえて、触り返してやりたい。

 篠原の爪の短い指先が遥二のペンだこをなぞる。想像していたくすぐったさはなかった。厚い皮膚を通して、撫でられていることだけが伝わってくる。

「すごい。硬い」
「商売道具だから」
「かっこいいなあ」

 篠原の声はほの甘い。顔はぽっとピンクに染まって、恥ずかしそうに伏せたまつ毛は意外と長い。

 やり返したらどんな顔をするだろう。もう少しだけ、甘い声が聞きたい。

「触っていい?」
「えっ」
「手。触っていい?」 

 篠原は目を丸くしてうなずき、恥ずかしそうにうつむいた。アルコールの影響で篠原の目は潤んでいる。
 遥二は手のひらを上に返した。離れていく篠原の手を捕まえる。手のひら同士を重ねるかたちになる。二人とも手が火照って、うっすらとどちらのか分からない汗で湿っている。

「爪、きれい」

 指を曲げて篠原の爪の周りをなぞる。ツヤのある爪はピンクに上気している。ふ、と篠原が艶のある息を漏らして、身じろぎをした。その耳に、遥二は顔を寄せた。

「篠原、男としたことある?」

 回転寿司屋にふさわしくない会話だから、遥二は篠原の耳元で囁く。わざと息を多めに含ませて話す。篠原の身体がぴくりと跳ねる。

「……ある」
「どっちが好き? 抱くのと、抱かれるの」
「抱かれる、方が……」

 遥二がきゅっと恋人繋ぎにすると、篠原は完全にそっぽを向いてしまった。その耳は真っ赤に染まっている。

 大学生のころに、篠原の手を握ったことがある。こんな艶っぽい場面じゃなかった。どういう状況だったっけ?

 きっと酔いが醒めれば思い出す。醒めないうちに、かわいい友人をハグしたい。
 おれたち、なんで距離ができたんだっけ。きっとくだらない理由だ。思い出せないから篠原に教えてもらおう。
 もう疎遠にならないように。もうさみしい思いをしなくていいように。
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