ニアリー・シンメトリー・ハート——お前の手だけだよ……こんなゾクゾクさせられるの……

街田あんぐる

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5. ひとかじりだけの甘い触れ合い

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 ガラス張りのエレベーターが上昇する。地上の景色が遠ざかっていく。遥二は一瞬緊張を忘れて、ミニチュアのような風景を楽しんだ。

 ——篠原はいるだろうか。

 篠原の前ではかっこいい社会人でいたい。ピアスはなし。ハイネックのロンTに、チャコールグレーのジャケットを羽織った。スラックスには昨晩アイロンをかけたし、革靴にもクリームを塗った。

 あれから数日。篠原にはメッセージを送っていない。テキストより、顔を見て話した方がいいと思ったのだ。
 それくらい、2人は何か重大なところでこじれてしまっている。大切なボタンをかけ違えている。そう感じるから、遥二は篠原が勤めるオフィスで篠原を見つけ出して、話がしたい。

 今回の取引先は中堅レベルの広告代理店で、オフィスビルの中層階4フロアが本社だ。従業員数はホームページで調べたが、当然一日で全員に会える人数ではない。やはり「篠原梓はいますか」と聞かないといけないかもしれない。

 エレベーターを降りると光あふれる清潔なエントランスホールだった。やわらかな声の受付スタッフに用件を伝え、来館者チケットを受け取る。
 しばらくするとキビキビとした靴音が聞こえ、細身の女性が現れた。印象の強い目をさらにハッキリとまつ毛が縁取り、ブラウンレッドのリップを塗っている。背筋はピンと伸びて、動作に隙がない。彼女の目が、遥二を見つけた。

「こんにちは。錫色先生ですか?」
「はい」
「加藤です。お世話になっております」

 挨拶を交わしたあと、加藤の凛とした背中についてオフィス内を歩く。
 加藤は簡単な世間話を遥二に振り、遥二はそれに答える。加藤はコミュニケーションが上手く、遥二は気まずさを感じずに済んだ。

 そして遥二は会議室に通された。椅子は6つ。殺風景なホワイトボードだけの会議室ではなく、インテリアにも気が配られている。机に置かれた観葉植物がフェイクグリーンではなく本物で、遥二は感心した。

「それ、生きてるんです。光合成してるんですよ」
「すごいですね!」

 加藤は可笑しそうな笑みを浮かべてから、ロールスクリーンを指し示した。すでにプロジェクト概要のスライドが投影されている。

 加藤の雰囲気が、ぴりりと厳しくなった。遥二は、加藤が一瞬で交渉モードに切り替わったと感じた。応じるように、遥二もいずまいを正す。

「プロジェクト概要をお話しする前に、一件確認させていただきたいことがございまして」
「はい、なんでしょう」

 篠原のことだろうか、それとも自分の素行のこととか、スキャンダルとか、そんなものはないけれども……。遥二は前のめりで返事をした。

「本プロジェクトのメンバーに篠原梓という者が……」
「同級生です!」

 遥二は目を輝かせ、話に割り込んでしまった。さすがにまずかったと反省し、しおしおと椅子に小さくなる。
 加藤は毒気を抜かれたように目を丸くした。

「篠原は、錫色先生は篠原との共同プロジェクトにご参加されないだろう、と……」

 遠回しに、篠原と仕事ができるかどうか訊ねられている。

「いえ! 私は、彼と一緒に制作に携われることが楽しみで!」

 加藤のぱきっとした色に塗られた唇が、何か考えごとをする形に結ばれる。

「篠原をメンバーから外すことも……」
「その必要はありません!」

 遥二はまた話に割り込んでしまった。加藤は、ふたたび考え込むように唇をきっちり結ぶ。

「加藤さん。篠原が、私と会いたくないと言っているのでしょうか?」

 篠原の気持ちはどうなのだろう。それが知りたくてここまで来たのだ。
 加藤の目に、ほんの一瞬迷いがよぎった。

「……いえ」

 遥二はそのひと言だけで嬉しかった。心臓が速く打ち始める。緊張していた表情が緩む。

「……では、プロジェクトの概要は弊社の清水からご説明いたします」

 迷いを顔に浮かべていた加藤だが、すぐに冷静なビジネスパーソンの表情になり、心の内を読み取れなくなった。
 別の社員に説明を任せ、加藤は会議室の椅子から立ち上がった。去り際までキビキビとしている。

 入れ替わりに、男性の社員が入ってきた。ネイビーに控えめなストライプの入った上質そうなスーツを着ている。
 加藤が残していったスライドを清水が解説していく。この社員もまた、人の心を開かせるのが上手い。軽口を挟む余裕もあって、狭い会議室でも息苦しくない。遥二はワクワクしながら案件の概要を聞いた。

 「パフェまつり」というのがプロジェクトの仮称だった。詳細は伏せられているが、十分に魅力的だ。
 再開発の一環として、整備中の公園にパフェの名店の屋台が集まる。公園を取り巻く商業施設の店舗も、それぞれの工夫を凝らしたパフェを期間限定メニューとして提供する。

 遥二が依頼されたのは、その企画のひとつ「パフェ擬人化人気投票」のイラスト制作だった。
 パフェをベースに擬人化。なんて楽しいテーマだろう。たっぷりのフリル? ロリィタ? それともあえて現代的なコーディネートでまとめてみる?
 遥二の心はウキウキと弾んだ。

 開催時期は秋。秋スイーツも盛り上がる時期だ。気候のいい日に公園でパフェを食べるのも、きっと楽しい。遥二は素直に、この企画に裏方として参加したいと思った。
 説明が終わるころ、笑顔の加藤が会議室に戻ってきた。契約書に署名、捺印。
 そこで遥二は、しばらく前から気になっていたことをようやく聞くタイミングを得た。

「あの、すみません、お手洗いは……?」
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