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番外編1. 薔薇の本数
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クリームコロッケにメンチカツに、魅惑のお惣菜コーナーでずいぶん買い込んだ。二人がスーパーを出るころには、雨が上がっていた。
それでも梓はしっかり遥二の腕を抱く。積極的な恋人に、遥二の頬は緩みっぱなしだ。
朝ごはん兼昼ごはんのような時間にスーパーのお惣菜をたくさん食べる。それもカロリーのとびきり高いやつ。なんとなく背徳感がある。
「梓も共犯」
「なに?」
「『微妙な時間にお惣菜を食べまくる罪』の共犯」
「ははあ。それはお惣菜が魅惑的なのが悪い」
梓は真顔で言って、揚げ出し豆腐に箸を入れる。口に運んで、幸せそうにもぐもぐする。
幸せ太りした梓も、ちょっとだけ見てみたいな。いやいや、太ると言っても健康に差し支えない範囲で……。
遥二はファッションが好きだから筋トレで引き締めている。梓は筋肉ゼロではないけれど、全体的にうっすら脂肪が乗ってふにふにしている。そこもまたかわいくて仕方ない。
おれの手料理で幸せ太りさせたい。
自炊の習慣ゼロ、冷蔵庫は空っぽのくせに、遥二はそんな邪悪な野望を抱いた。
すっかり雨が上がって、路面の水たまりは初夏の青空を映す。二人は腕を組んで駅に向かう。さすがに梓は一人で休んだ方がいいと、二人の意見が一致したから。
駅までの道のり、遥二は商店街の店の話ばかりする。
このカフェはいつもこんなに並んでる。
この本屋は文具が豊富で助かってる。
そして花屋に通りかかった。
「ここの花屋さん、安いんだよなー。ときどき資料用に買うんだけど。……あ」
遥二は何かをひらめいた顔をして、次の瞬間照れてはにかんで、梓の顔をちらりと見た。
「バラを贈る?」
「……よく分かったね」
「本数で意味が変わるんでしょ。お互いに何本にするかは秘密にしよう。それで、せーので見せ合おう」
恋人が楽しい遊びを提案してくれた。遥二はこんな瞬間も愛しくて、くすくす笑う。
スマホで本数ごとの花言葉を検索する。梓は何本を選ぶだろう。探り合いもまた楽しい。
「こんにちはー」
狭い間口から、店内に声をかける。
「あら、先生。こんにちは」
ふっくらとした中年の女性がレジから遥二に声をかける。夫婦で営んでいる店なのだ。
「お世話になってます」
「先生って呼ばれてるの?」
梓はレジの女性に会釈してから、小声で遥二に訊ねる。含み笑いをしながら。
「絵の資料にするってぽろっと言ったら、ずーっと『先生』呼びなんだよ」
遥二は呆れた声で囁き返す。
「今日はなにをご用意しましょ。そちらの方は?」
好奇心に満ちた目で訊かれる。店の前までは腕を組んでいたから、見られていたのかもしれない。
「えっと……恋人です」
遥二は恥ずかしそうに、でも誇らしい気持ちで梓を紹介した。
「あらあら! お父さーん! ちょっと来て! 先生にこんなおしゃれな彼氏さんが!」
「呼ばなくていいです!!」
店主の妻は店の裏手に大声で声をかける。遥二が焦って止めても手遅れだった。のっそりと店主である中年男性が出てくる。
「あ、こんにちは先生。お、はじめまして」
「はじめまして」
店主と梓は簡単にあいさつを交わした。
「こりゃーまた。垢抜けた彼氏さんですねぇ~」
「先生も垢抜けてるわよ。お似合いですねぇ~」
遥二は早くこの話題をキリにしたくてたまらなかったが、「お似合い」の言葉は嬉しかった。
「赤いバラをそれぞれ買いたいんです」
「あらあらあら~!! ロマンチック!!」
ただの注文のつもりが、女心を刺激したらしく妻はさらに盛り上がる。遥二はもうこのテンションは無視することにした。
「おれが先に選んでるよ」
「外で待ってる」
「あら、秘密なんですか?」
「ああ、まあ……」
そして本数を伝え、外から見えないようにクラフト紙に包んでもらった。
遥二は花束を背中に隠して店を出た。梓が交代で店に入り、人好きのする梓はずいぶん長く店主とその妻と和やかに話し込んでから出てきた。背中に花束を隠している。
「何本か、遥二から教えてよ」
少し照れた顔で梓が促す。
「6本にした。『愛し合い、尊敬し合い、分かち合いましょう』って意味」
「……素敵だ。ありがとう」
「パンを分け合うように、愛を分け合い、尊敬を向け合いたい。梓がおれにそれを教えてくれた」
「……うん。僕も、分かち合うことをもう一度遥二に教えてもらった。僕も6本なんだ」
梓はしみじみと二人の軌跡を思い返すように目を伏せた。それから茶目っ気のある笑顔で本数を教えた。
「えっ! お揃い」
「でもね……ほら。1本と5本に分けてもらいました」
梓は2束の包みを差し出した。
「1本の意味は『あなたしかいない』。僕には遥二しか見えないよ。もう不安にさせないから、一緒にいてください」
「うん。もう十分に伝えてくれたけど、改めて嬉しい。ありがとう」
噛み締めるように、遥二は感謝の言葉を伝えた。
「それともう一つの意味が『ひとめぼれ』なんだけど……。遥二を好きになった瞬間って、ほんとに雷に打たれたみたいに恋に落ちたの」
「えっ!」
「だから、正確にはひとめぼれじゃないけど、僕の中では『ひとめぼれ』って感覚なんです」
梓が照れてくすくす笑う。そんな運命みたいな恋だったなんて。もう一度出会えてよかったと、遥二は噛み締めるように思った。
「5本の方は?」
「『あなたに出会えてよかった』」
「……!!」
「僕は、遥二に出会えてよかった。愛しています」
「……おれも、愛してる」
絞り出すように言ったけれど、遥二の方が泣いてしまいそうだった。一度はこじれた関係なのに「出会えてよかった」と言ってもらえる、深い深い喜び。
そうして二人はバラを交換した。駅まではもう少しだけ距離がある。そこまでは、しっかり腕に腕を絡めて。
それでも梓はしっかり遥二の腕を抱く。積極的な恋人に、遥二の頬は緩みっぱなしだ。
朝ごはん兼昼ごはんのような時間にスーパーのお惣菜をたくさん食べる。それもカロリーのとびきり高いやつ。なんとなく背徳感がある。
「梓も共犯」
「なに?」
「『微妙な時間にお惣菜を食べまくる罪』の共犯」
「ははあ。それはお惣菜が魅惑的なのが悪い」
梓は真顔で言って、揚げ出し豆腐に箸を入れる。口に運んで、幸せそうにもぐもぐする。
幸せ太りした梓も、ちょっとだけ見てみたいな。いやいや、太ると言っても健康に差し支えない範囲で……。
遥二はファッションが好きだから筋トレで引き締めている。梓は筋肉ゼロではないけれど、全体的にうっすら脂肪が乗ってふにふにしている。そこもまたかわいくて仕方ない。
おれの手料理で幸せ太りさせたい。
自炊の習慣ゼロ、冷蔵庫は空っぽのくせに、遥二はそんな邪悪な野望を抱いた。
すっかり雨が上がって、路面の水たまりは初夏の青空を映す。二人は腕を組んで駅に向かう。さすがに梓は一人で休んだ方がいいと、二人の意見が一致したから。
駅までの道のり、遥二は商店街の店の話ばかりする。
このカフェはいつもこんなに並んでる。
この本屋は文具が豊富で助かってる。
そして花屋に通りかかった。
「ここの花屋さん、安いんだよなー。ときどき資料用に買うんだけど。……あ」
遥二は何かをひらめいた顔をして、次の瞬間照れてはにかんで、梓の顔をちらりと見た。
「バラを贈る?」
「……よく分かったね」
「本数で意味が変わるんでしょ。お互いに何本にするかは秘密にしよう。それで、せーので見せ合おう」
恋人が楽しい遊びを提案してくれた。遥二はこんな瞬間も愛しくて、くすくす笑う。
スマホで本数ごとの花言葉を検索する。梓は何本を選ぶだろう。探り合いもまた楽しい。
「こんにちはー」
狭い間口から、店内に声をかける。
「あら、先生。こんにちは」
ふっくらとした中年の女性がレジから遥二に声をかける。夫婦で営んでいる店なのだ。
「お世話になってます」
「先生って呼ばれてるの?」
梓はレジの女性に会釈してから、小声で遥二に訊ねる。含み笑いをしながら。
「絵の資料にするってぽろっと言ったら、ずーっと『先生』呼びなんだよ」
遥二は呆れた声で囁き返す。
「今日はなにをご用意しましょ。そちらの方は?」
好奇心に満ちた目で訊かれる。店の前までは腕を組んでいたから、見られていたのかもしれない。
「えっと……恋人です」
遥二は恥ずかしそうに、でも誇らしい気持ちで梓を紹介した。
「あらあら! お父さーん! ちょっと来て! 先生にこんなおしゃれな彼氏さんが!」
「呼ばなくていいです!!」
店主の妻は店の裏手に大声で声をかける。遥二が焦って止めても手遅れだった。のっそりと店主である中年男性が出てくる。
「あ、こんにちは先生。お、はじめまして」
「はじめまして」
店主と梓は簡単にあいさつを交わした。
「こりゃーまた。垢抜けた彼氏さんですねぇ~」
「先生も垢抜けてるわよ。お似合いですねぇ~」
遥二は早くこの話題をキリにしたくてたまらなかったが、「お似合い」の言葉は嬉しかった。
「赤いバラをそれぞれ買いたいんです」
「あらあらあら~!! ロマンチック!!」
ただの注文のつもりが、女心を刺激したらしく妻はさらに盛り上がる。遥二はもうこのテンションは無視することにした。
「おれが先に選んでるよ」
「外で待ってる」
「あら、秘密なんですか?」
「ああ、まあ……」
そして本数を伝え、外から見えないようにクラフト紙に包んでもらった。
遥二は花束を背中に隠して店を出た。梓が交代で店に入り、人好きのする梓はずいぶん長く店主とその妻と和やかに話し込んでから出てきた。背中に花束を隠している。
「何本か、遥二から教えてよ」
少し照れた顔で梓が促す。
「6本にした。『愛し合い、尊敬し合い、分かち合いましょう』って意味」
「……素敵だ。ありがとう」
「パンを分け合うように、愛を分け合い、尊敬を向け合いたい。梓がおれにそれを教えてくれた」
「……うん。僕も、分かち合うことをもう一度遥二に教えてもらった。僕も6本なんだ」
梓はしみじみと二人の軌跡を思い返すように目を伏せた。それから茶目っ気のある笑顔で本数を教えた。
「えっ! お揃い」
「でもね……ほら。1本と5本に分けてもらいました」
梓は2束の包みを差し出した。
「1本の意味は『あなたしかいない』。僕には遥二しか見えないよ。もう不安にさせないから、一緒にいてください」
「うん。もう十分に伝えてくれたけど、改めて嬉しい。ありがとう」
噛み締めるように、遥二は感謝の言葉を伝えた。
「それともう一つの意味が『ひとめぼれ』なんだけど……。遥二を好きになった瞬間って、ほんとに雷に打たれたみたいに恋に落ちたの」
「えっ!」
「だから、正確にはひとめぼれじゃないけど、僕の中では『ひとめぼれ』って感覚なんです」
梓が照れてくすくす笑う。そんな運命みたいな恋だったなんて。もう一度出会えてよかったと、遥二は噛み締めるように思った。
「5本の方は?」
「『あなたに出会えてよかった』」
「……!!」
「僕は、遥二に出会えてよかった。愛しています」
「……おれも、愛してる」
絞り出すように言ったけれど、遥二の方が泣いてしまいそうだった。一度はこじれた関係なのに「出会えてよかった」と言ってもらえる、深い深い喜び。
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