【完結】料理好きわんこ君は食レポ語彙力Lv.100のお隣さんに食べさせたいっ!

街田あんぐる

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第一部 ご飯パトロン編

2. 引っ越しの挨拶

「レジ袋なしお箸なしで大丈夫ですかー?」
「はい、ありがとうございます」

 コンビニの夕方のレジ担当者は、柘植野を「おにぎりと豚しゃぶサラダの人」と認識しているだろう。
 同じものを食べ続けても気にならないタイプなのだ。

 柘植野は、夕食は毎日おにぎりと豚しゃぶサラダを買う。おにぎりの具もだいたい昆布と決めている。
 気が向いたら別のサラダにしてみる。そんな惰性だせいのルーティンに、柘植野は満足している。

 階段で3階まで上がって、玄関を開けた。柘植野は「惰性」という言葉からふと、浅井を連想した。

 浅井とのセフレ関係も、惰性で続いている。
 浅井は大学の頃からの知人だ。あれでも最中さいちゅうは丁寧だし、柘植野の嫌がることはしない。そして何より、口が堅い。

 柘植野は、浅井がフリーのときは関係を持って、浅井に恋人ができると距離を置く。
 そのうち浅井が「別れた」と言って戻ってくるから、柘植野はまた浅井と関係を持つ。

 浅井は柘植野を「ビッチ」と呼ぶ。確かに柘植野には、毎晩違う男に抱かれるような時期があった。
 だが、柘植野がほかの男に手を出さなくなって3年が経つ。新しい男が怖くなってしまったのだ。

 柘植野の小柄で薄い身体、白い肌、やわらかい声、繊細で人形のような顔立ち。華奢な容姿は男たちの加虐心かぎゃくしんをくすぐるらしい。
 そのせいで柘植野は、散々望まないプレイに付き合わされてきた。

 新しい男を作っても、プレイを強要されるかもしれない。

 ——浅井しか、信用できない……。

 もう28歳になった。恋人はずっといない。でも身体は男の熱を求めてしまう。
 数日前の交わりを思い出すと、柘植野の頬がうっすら染まる。

「ハァ……」

 また浅井との関係に戻っていく自分を想像して、柘植野は自己嫌悪のため息をついた。

 そんな夜でもご飯はおいしい。ローテーブルに豚しゃぶサラダとおにぎりを並べ、箸と水を取ってきた。

 柘植野は、固定のメニューを何度食べても新鮮においしいと思う。
 毎日違う料理を食べたい人の気持ちは想像しにくい。ましてや毎食自炊だなんてとても考えられない。

 柘植野はコンビニのある時代に生まれたことに心から感謝して、サラダに手を伸ばした。

 そのとき、インターホンが鳴った。

 最初、柘植野はインターホンの音を無視した。今日荷物が届く予定はない。何かの勧誘だと思った。
 だが、柘植野のマンションはオートロックだ。マンション入り口のチャイムと、個々の部屋のドアベルは音が違う。

「あれ?」

 鳴ったのはこの302号室のドアベルだった。謎の客人は、マンション入り口ではなく、玄関前にいる。

「管理人さんかな……?」

 柘植野は急いで立ち上がり、玄関に向かった。

 ドアチェーンをかけて玄関を開けると、背の高い青年が菓子折りを持って立っていた。

「あ! 夜分に失礼します。303号室に引っ越してきた柴田と申します。ご挨拶あいさつをと思いまして」

 青年は、明るい笑顔でハキハキ話した。
 数駅離れたところに私立大学があるから、そこの新入生だろう。柘植野は納得してドアチェーンを外した。

 柴田は180センチ近くありそうな長身で、骨太な骨格の上に筋肉のハリが見て取れる。短く刈った髪はツンツンと立ち上がり、スポーツマンっぽい。

「ご丁寧にありがとうございます。僕は柘植野つげのと言います。よろしくお願いします」
「はい! ご挨拶できて嬉しいです。よろしくお願いします」

 柴田はニコニコと菓子折りを手渡した。

「新居で何か困ったことがあったら言ってください。日中も家にいることが多いから」
「そうなんですね! ありがとうございます。とても安心です」

 柴田はほっとした笑顔を見せた。余計なことを言った、と柘植野は後悔した。

 柘植野は、若者のよき導き手でありたいと思っている。
 年長者としての距離感を保ちつつ、必要なときには手を差しのべる。そんな人間でありたい。

 ——あのひとと同じには、なりたくない。

 だが、柘植野は結局若者に懐かれてしまう。美麗な容姿もあってか、好意を寄せられることもしばしば。
 毎度毎度、距離を保つのに失敗しているということなのだが、認めたくはない。

 それにしても、お隣さんの困りごとに手を貸すのは、物理的に距離が近すぎないか!?

 若者と適切な距離を保つのが大前提だったのに。柴田さんの雰囲気につられて「困ったことがあったら」なんて言ってしまったな。

 柴田の表情は、薄暗い廊下でも輝くほど明るい。
 大きな口でニカッと笑うところが、昔祖父母が飼っていたレトリバーに似ていると思った。ついつい面倒を見たくなってしまう。

 ——かわいいなあ。

「わーッ!?」

 10歳離れた人を、「かわいい」と思ってしまった!? 柘植野は思わず大声を出して、自分の思考を否定した。

「柘植野さん!? どうしました!?」
「なんでもない! なんでもないです! ごめんなさい!」
「そうですか……? でも、親切な方がお隣さんで助かりました!」
「え、ええ……。何か困ったら……」

 この青年に踏み込まないように、柘植野は歯切れの悪い返事をした。

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 そう挨拶を締めくくったあとも、柴田はまじまじと柘植野の顔を見つめている。

「えーと……。どうしました?」
「柘植野さん……イケメンですね」

 柴田は目を丸くして、宝物を見つけた子どものように目を輝かせている。柘植野は苦笑した。

「人の容姿のことを、あまり言うものじゃありませんよ」

 柘植野は柔和な表情を作って、やんわりと注意した。

「ハッ……。そうなんですね! おれ世間知らずで、すみません!」
「いいえ。覚えていけばいいことですから」
「優しく教えてくれて、ありがとうございます……!」

 柴田は両手を身体の脇につけて、しっかりとお辞儀をした。
 そして柘植野をふたたび見つめたが、その目は先ほどよりもさらに輝いているように見えた。

「お邪魔しました! これからよろしくお願いします!」

 最後まで明るい表情で、柴田は隣の部屋に帰っていった。

 柘植野は、柴田の素直でハキハキした態度を快く思って、さっぱりした気分で部屋に戻った。

 いい隣人だな。でも、若者に「困ったことがあったら言ってください」と言ってしまった。
 僕は、きちんと距離を保って、柴田さんとご近所付き合いをできるだろうか……?

 いや、ここは都会のマンション。これから関わり合いになることは、ないと思うけれど。
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