振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる

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第11話 きもちいい曖昧

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 新学期まであと少しという頃。細い眼鏡の齋藤さんは卒業して書評の会を離れた。大学院生の濱田さんはサークルに残り、さて2年生のきみたちには会長をやってもらいましょう、などと仰々しく言った。
「衣真くん、会長やりませんか? 小説を公募に出すんでしょう。うちの会長を務めたとなるとごくごく多少は箔がつきますよ」
 濱田さんはナポリタンを丁寧にフォークに巻きつけながら訊ねた。
「僕はリーダーに向いてないです」
 衣真くんは少しだけ眉を寄せて、いつもの癖でキュッと唇を結んだ。
 僕は感心した。言われてみれば、衣真くんは確かにリーダーに向いていない。自分の信じる「善」を追求する衣真くんは、下手したらフランス革命後のロベスピエールみたいな恐怖政治を敷くだろう。自分のこころの性質をきちんと俯瞰できているのがすごいな、と思った。
「まあ、そうかもしれませんね。伊藤さんか関根さんは?」
 水を向けられて、「僕が会長だとチャラいサークルだと思われませんかね」と言うとみんな気まずそうに黙り込んだのが可笑しかった。僕は今、キャロットオレンジの髪をハーフアップにして、まだ安定しないいくつもの軟骨ピアスホールにピアスを入れている。
「私が会長でいいですよ。チャラくないし」
 関根さんが薄くニヤッと笑いながら言う。最初はクールな人だと思っていたが、1年一緒にいると茶目っ気のある性格がのぞくようになっていた。
 関根さんはヘアドネーションのために伸ばしていたという髪をばっさり切って、唇の高さで綺麗に揃ったボブはチャラさとは無縁の清潔そのものだったから、僕も笑った。
 というわけで3月末、僕は衣真くんと2人で新歓のブースに座っている。僕はもう少しマシな髪色にしようとオレンジブラウンに染め替えたが、まだチャラいかもしれない。
「僕、チャラいかな。怖いかな」
「ちょっとチャラいよ。でもかっこいいから大丈夫だよ」
 突然衣真くんに褒められて、心臓を羽毛でくすぐられたみたいに心が浮き立つ。
 僕がどぎまぎしている間に、衣真くんはちまちまとブースの敷き布のしわを伸ばしたり、「書評の会」の張り紙のテープを直したりする。去年の新歓はデスクに手書きの「書評の会」の張り紙をくっつけただけだったけど、今年は衣真くんが何もかも用意して、素敵な見栄えのブースになっている。だいぶ近寄りやすいサークルに見えているはずだ。新歓のチラシ担当の僕は感心するばかり。
 新入生が新歓コーナーに流れ込んでくる前のぽっかりと空いた時間に、衣真くんと話をする。哲学の勉強会を再開できたらいいね、と言い合う。僕は大学に行けなくなっていた間、勉強会にもサークルにも顔を出せなくなっていた。
 それから4月からの履修の話をしたり、衣真くんが春休みに家族旅行に行った話を聞いたりする。テーマも何もなく、ただ衣真くんと話す時間はいつも僕の心をくすぐって、心に味蕾があるなら蜜のような甘さを感じるだろう。
 さりげなく衣真くんの新しい彼氏の話を振ったところで、新入生が新歓コーナーにやってくるわっという賑わいが聞こえて、僕たちの会話はおしまいになった。
 去年の新歓は濱田さんと齋藤さんがやる気なく駄弁っていたけれど、今年はそれではいけない、ということでしゃんと座って待つ。
 衣真くんの真面目さに一瞬息が詰まって、すぐに打ち消す。僕は何も気づいてないんだって思おうとする。
「あの」
 女性の声で顔を上げた。
「あっ」
「こんにちは! 書評の会です。どうぞお掛けになって」
 僕がスタートダッシュで遅れを取って、衣真くんの明るい声が僕を追い越して飛び出す。瞬間、嫉妬する。

 ——衣真くんの明るい声は、僕だけのものなのに。

 そんなわけないことを思って、新入生に向けて笑顔を作る。背の高い細身の女性で、ダークガーリー系ファッションにデビューしたばかりという感じの、まだ切り立てで馴染んでいないような姫カットの人だった。小さく会釈をしてブース前の椅子に座る。
「あ、チラシをどうぞ……」
 僕だけ黙り込んでいるのに気づいて、とりあえずチラシを差し出す。
「あ、もう見ました……拝見しました」
 新入生は細い声で言い直して、肩を縮めて俯いた。控えめな人のようだった。
 僕たちは当たり障りなく新歓スケジュールの説明をし、連絡先を訊いた。僕がボールペンを渡し、彼女は彼女自身の声のように繊細な字で「榎本 詩織えのもと しおり」と書いて、メールアドレスも書いて、少し躊躇ってボールペンを僕に返した。
「では榎本さん、ぜひいらしてくださいね」
 衣真くんがテキパキと僕たちの会話を締めくくり、榎本さんは小さく会釈をしてブースを離れた。
「衣真くんに任せきりになっちゃった。ごめん」
「そんなことないよ」
 衣真くんは簡単に返事をして、ふいと顔を背けた。あまりに自然な仕草だったので、僕は数秒のあいだ衣真くんが顔を背けたのに気づかないくらいだった。
 僕は衣真くんの振る舞いにびっくりした。彼が曖昧に感情を示すのは思い出せる限りで初めてだった。いいと思うことにはぴかぴかの笑顔で「いいね」と言い、よくないと思うことには眉を寄せてまっすぐに僕を見て「よくないよ」と言う、それが僕の知っている衣真くんの生き方だった。
「ごめん、衣真くん」
 僕が焦って声をかけると、衣真くんはぱっとこちらを見て、目を丸くした。
「僕が怒ってると思った? 怒ってないよ! ごめんなさい」
 衣真くんは慌てて両手をぶんぶんと振り、しゅんとした顔で小さく頭を下げた。一連の仕草が正直あまりにかわいくて、僕はしどろもどろに「ならよかった」とかなんとか言ったんだと思うけど記憶にない。
 少なくとも、衣真くんは僕の心の水晶の玉座から逃げだすわけではないのだった。
「怒ってないんだよ。僕はどういう気持ちなんだろう。榎本さんは早暉くんの方ばっかり見てた。早暉くんがかっこいいから好きなんだと思う。それがちょっと……納得いかなかった」
 衣真くんはちょんと唇を突き出して、「僕が早暉くんよりかっこいいなんて全然思ってないけど」と付け足した。
「会ったばかりなのに好きもなにもないと思うよ」
 僕は無難に返事をしたけれど、本当は榎本さんの態度からうっすらと好意を読み取っていた。ボールペンを受け渡す手が触れたとき、彼女は初めてまぶたをはっきりと上げて僕を見て、それからぱっと伏せた。好意を予感するには十分だった。
「早暉くんに会ったばかりだから納得できない。僕は早暉くんと1年も一緒にいるのに、早暉くんがかっこいいばかりに初対面の人にも好かれるなんて納得が——」
 衣真くんは考え込む表情で話していたけれど、はっと気づいた調子で言葉を切った。
 その感情は「嫉妬」っていうんじゃないかな。
 ふたりとも分かっていたけど、口に出さなかった。僕たちは透明な膜に隔てられたみたいに相手に踏み込めなくて、でもその踏み込めなさが、透明な膜がピンクとグリーンのマーブルに色を泳ぐのが、焦れったくてくすぐったくて気持ちよかった。衣真くんがどんな彼氏と一緒にいようと、僕は、僕だけは、いつでもこの膜を破って衣真くんを抱きしめられるんだと思ったんだ。


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