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序章
3.打ち合わせ終わり
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「そういえば、どうして打ち合わせ前に突然、眼鏡をかけたの?」
打ち合わせ終了後、アタシは机の上の物を片付けながら、ずっと気になっていた事に触れた。
「大事な打ち合わせだしカタチから入ってみようと思って。服装も今日はパンツスタイルにしてみたのよ」
彼女はそう言いながら立ち上がると、クルリと一回転して見せた。白いワイシャツとグレーのカーディガンに、黒いスキニーパンツ。ちなみに、薄紫色のスリッパは彼女用に買っておいたものだ。
「藤佳ちゃんは何でも似合うね。美人さんはいいな~」
「ふふっ……ありがと。真理乃は今日もとっても可愛いわよ」
彼女はさり気なくアタシの隣に座り、そんな事をさらりと言うものだから顔が熱くなる。
「も、も~……藤佳ちゃんってば、からかわないでよ~」
「からかっていないわ。私は本気で言ってるのよ。真理乃はとても可愛い。顔も性格も全て可愛くて好きよ」
アタシの顔を覗き込み、彼女はニコリと笑う。彼女と目が合うと、ますます顔が火照る。
「あ、ありがとう……」
視線を逸らしてアタシがお礼を言うと、彼女は満足そうに「ふふふ」と笑った。それから肩が触れ合う程、アタシに近づいてくる。それだけでアタシはドキドキしてしまい、心臓が張り裂けそうだ。
「真理乃は可愛いから何を着ても似合うけど……やっぱり貴方自身が好きだと思う服を着ている時が、一番輝いている。だから自信を持って」
「うん……ありがと」
彼女はアタシが着ているオーバーサイズのパーカーの袖をそっとなぞり、膝に置いていた手を、ポンポンと優しく叩いてくれた。
「……記憶が戻る前から好きだったんだ。アートホールに飾られている、藤佳ちゃんの絵」
彼女の体温に安心したからだろうか。アタシはふと、思った事を口にする。
「あぁ……それでよく、私の絵を見てくれていたのね」
「え……?」
驚いて彼女の顔を見れば、嬉しそうにも悲しそうにも見える表情をしていた。
「時々、見ていたから……私の絵を眺めている貴方の背中を……。私からは真理乃に声をかけてはいけない。それが真理乃のご家族との約束だったから、見ている事しかできなかったけど……」
「……あの人達は約束を守らずに、藤佳ちゃん達に酷い事をしたのに……?」
彼女の寂しげな声に、私は胸を締めつけられる。それと同時に昨日、知ったばかりの事実を思い出して、あの人達に腹が立った。
「ふふっ……約束は守ってくれたわよ。その後の事は、約束の件とは全く関係ないし、あの人達がやったって確証も何もないわ……」
「そう、だけど……」
あの人達ならきっと……いや、間違いなくやる。だから絶対に、その証拠を掴んでみせる。
「それに私の家族は、あの程度ではへこたれないわ。女性陣は特にね。今は皆、元気に過ごしているから安心して?」
そう言いながら彼女はアタシの頭を優しく撫でてくれた。
「本当に……?」
「本当よ。ちなみにお姉ちゃんは今、Webライターをやりながら、私の勧めでナナチューバーもやっているの。主に好きな映画やドラマ、舞台のレビュー動画を投稿しているわ」
彼女はスマホを手に取ると、『Webライターさくら』名義のナナチューブチャンネルを見せてくれた。
「すごい……登録者が十万人以上もいる。あ、このドラマ、おじいちゃんが出演してた作品だ。こっちはおじいちゃんの主演映画のレビューだし……桜佳さん、まだおじいちゃんのファンでいてくれてるんだ……」
「ふふっ……だって真理乃のおじい様は、私達の味方でいてくれる人だって、お姉ちゃんも分かっているもの」
「うん。そうだね。へへっ……なんだか嬉しいなぁ……。今度、アタシも桜花さんの動画見てみるね」
「ふふっ……ありがとう。お姉ちゃんも喜ぶと思うわ。そうだ、私とこうやって再会できた事だし、近い内にお姉ちゃん達にも会ってあげて?」
「アタシが会ってもいいの……?」
あの人達が彼女とご家族にした事を考えると、アタシは会わない方がいいのではないか。そう思い、恐る恐る問いかけると彼女は小さく吹き出して、「良いに決まっているじゃない」とあっけらかんと言う。
「きっと皆、喜ぶわ。お姉ちゃんは特に、真理乃の事をずっと気にしていたから……。それに昨日、真理乃と再会した事を先にお姉ちゃんにだけ伝えたら、『私のもう一人の可愛い妹に早く会いたい』と言っていたわ」
「そっか……うん。アタシも桜佳さんに早く会いたい」
「ふふっ……そう言ってもらえて、私も嬉しいわ」
彼女の満面の笑みに、アタシの心臓がまた高鳴る。ドキドキが止まらなくて、それを誤魔化すようにアタシは「そういえば……」と口にする。
「大学以外でも、藤佳ちゃんは今もたくさん絵を描いているの?」
「えぇ、あの頃みたいにいろんな絵を好きなように描いているわ。今は卒業制作に集中したいから、趣味の絵は描けていないけれど……」
「そっか……それなのに、アタシの卒業制作に……」
「真理乃、貴方は人に気を遣い過ぎよ。私にくらいはもっと甘えていいのよ? それにさっきも言ったでしょう? 私にも関係のある事だって」
彼女は言葉を遮るように人差し指でアタシの唇に触れ、少し怒ったように言った。その後すぐに微笑むと、唇に触れていた指でアタシの頬をツンツンと軽くつつく。
「うん……そうだったね。ありがとう」
なんだか気恥ずかしくて、アタシは自然と口元が緩む。すると、彼女は目を細め……少しして真剣だけど、どこか仄暗さもある表情で、アタシの瞳を真っすぐ見つめる。
「……真理乃こそ本当に良いの? 私とこのまま進んでも。私のアイデアを組み込んだ卒業制作を完成させたら……今度は貴方まで何かされるかもしれない。このまま進むって事は、私と心中するようなものなのよ? それでも本当に良いの……?」
いつもは自信に満ち溢れている彼女の不安そうな声に、アタシは少し戸惑う。だけど早く彼女に安心してほしくて……アタシはしっかりと目を見つめ返して、手を強く握ってから口を開く。
「アタシは藤佳ちゃんと進みたい。この先ずっと。例え、心中する事になっても構わない。もう二度と、藤佳ちゃんと離れたくはないから」
はっきりそう告げると、彼女の目が大きく見開かれ、僅かに瞳が揺れる。
「本当に私で良いの?」
「アタシは大好きな藤佳ちゃんがいいの。大好きだよ、藤佳ちゃん」
アタシの真剣な想いが届いたからだろうか。彼女は今にも泣き出しそうな顔になり、微かに震える声で「私も大好きよ、真理乃」と返してくれた。
打ち合わせ終了後、アタシは机の上の物を片付けながら、ずっと気になっていた事に触れた。
「大事な打ち合わせだしカタチから入ってみようと思って。服装も今日はパンツスタイルにしてみたのよ」
彼女はそう言いながら立ち上がると、クルリと一回転して見せた。白いワイシャツとグレーのカーディガンに、黒いスキニーパンツ。ちなみに、薄紫色のスリッパは彼女用に買っておいたものだ。
「藤佳ちゃんは何でも似合うね。美人さんはいいな~」
「ふふっ……ありがと。真理乃は今日もとっても可愛いわよ」
彼女はさり気なくアタシの隣に座り、そんな事をさらりと言うものだから顔が熱くなる。
「も、も~……藤佳ちゃんってば、からかわないでよ~」
「からかっていないわ。私は本気で言ってるのよ。真理乃はとても可愛い。顔も性格も全て可愛くて好きよ」
アタシの顔を覗き込み、彼女はニコリと笑う。彼女と目が合うと、ますます顔が火照る。
「あ、ありがとう……」
視線を逸らしてアタシがお礼を言うと、彼女は満足そうに「ふふふ」と笑った。それから肩が触れ合う程、アタシに近づいてくる。それだけでアタシはドキドキしてしまい、心臓が張り裂けそうだ。
「真理乃は可愛いから何を着ても似合うけど……やっぱり貴方自身が好きだと思う服を着ている時が、一番輝いている。だから自信を持って」
「うん……ありがと」
彼女はアタシが着ているオーバーサイズのパーカーの袖をそっとなぞり、膝に置いていた手を、ポンポンと優しく叩いてくれた。
「……記憶が戻る前から好きだったんだ。アートホールに飾られている、藤佳ちゃんの絵」
彼女の体温に安心したからだろうか。アタシはふと、思った事を口にする。
「あぁ……それでよく、私の絵を見てくれていたのね」
「え……?」
驚いて彼女の顔を見れば、嬉しそうにも悲しそうにも見える表情をしていた。
「時々、見ていたから……私の絵を眺めている貴方の背中を……。私からは真理乃に声をかけてはいけない。それが真理乃のご家族との約束だったから、見ている事しかできなかったけど……」
「……あの人達は約束を守らずに、藤佳ちゃん達に酷い事をしたのに……?」
彼女の寂しげな声に、私は胸を締めつけられる。それと同時に昨日、知ったばかりの事実を思い出して、あの人達に腹が立った。
「ふふっ……約束は守ってくれたわよ。その後の事は、約束の件とは全く関係ないし、あの人達がやったって確証も何もないわ……」
「そう、だけど……」
あの人達ならきっと……いや、間違いなくやる。だから絶対に、その証拠を掴んでみせる。
「それに私の家族は、あの程度ではへこたれないわ。女性陣は特にね。今は皆、元気に過ごしているから安心して?」
そう言いながら彼女はアタシの頭を優しく撫でてくれた。
「本当に……?」
「本当よ。ちなみにお姉ちゃんは今、Webライターをやりながら、私の勧めでナナチューバーもやっているの。主に好きな映画やドラマ、舞台のレビュー動画を投稿しているわ」
彼女はスマホを手に取ると、『Webライターさくら』名義のナナチューブチャンネルを見せてくれた。
「すごい……登録者が十万人以上もいる。あ、このドラマ、おじいちゃんが出演してた作品だ。こっちはおじいちゃんの主演映画のレビューだし……桜佳さん、まだおじいちゃんのファンでいてくれてるんだ……」
「ふふっ……だって真理乃のおじい様は、私達の味方でいてくれる人だって、お姉ちゃんも分かっているもの」
「うん。そうだね。へへっ……なんだか嬉しいなぁ……。今度、アタシも桜花さんの動画見てみるね」
「ふふっ……ありがとう。お姉ちゃんも喜ぶと思うわ。そうだ、私とこうやって再会できた事だし、近い内にお姉ちゃん達にも会ってあげて?」
「アタシが会ってもいいの……?」
あの人達が彼女とご家族にした事を考えると、アタシは会わない方がいいのではないか。そう思い、恐る恐る問いかけると彼女は小さく吹き出して、「良いに決まっているじゃない」とあっけらかんと言う。
「きっと皆、喜ぶわ。お姉ちゃんは特に、真理乃の事をずっと気にしていたから……。それに昨日、真理乃と再会した事を先にお姉ちゃんにだけ伝えたら、『私のもう一人の可愛い妹に早く会いたい』と言っていたわ」
「そっか……うん。アタシも桜佳さんに早く会いたい」
「ふふっ……そう言ってもらえて、私も嬉しいわ」
彼女の満面の笑みに、アタシの心臓がまた高鳴る。ドキドキが止まらなくて、それを誤魔化すようにアタシは「そういえば……」と口にする。
「大学以外でも、藤佳ちゃんは今もたくさん絵を描いているの?」
「えぇ、あの頃みたいにいろんな絵を好きなように描いているわ。今は卒業制作に集中したいから、趣味の絵は描けていないけれど……」
「そっか……それなのに、アタシの卒業制作に……」
「真理乃、貴方は人に気を遣い過ぎよ。私にくらいはもっと甘えていいのよ? それにさっきも言ったでしょう? 私にも関係のある事だって」
彼女は言葉を遮るように人差し指でアタシの唇に触れ、少し怒ったように言った。その後すぐに微笑むと、唇に触れていた指でアタシの頬をツンツンと軽くつつく。
「うん……そうだったね。ありがとう」
なんだか気恥ずかしくて、アタシは自然と口元が緩む。すると、彼女は目を細め……少しして真剣だけど、どこか仄暗さもある表情で、アタシの瞳を真っすぐ見つめる。
「……真理乃こそ本当に良いの? 私とこのまま進んでも。私のアイデアを組み込んだ卒業制作を完成させたら……今度は貴方まで何かされるかもしれない。このまま進むって事は、私と心中するようなものなのよ? それでも本当に良いの……?」
いつもは自信に満ち溢れている彼女の不安そうな声に、アタシは少し戸惑う。だけど早く彼女に安心してほしくて……アタシはしっかりと目を見つめ返して、手を強く握ってから口を開く。
「アタシは藤佳ちゃんと進みたい。この先ずっと。例え、心中する事になっても構わない。もう二度と、藤佳ちゃんと離れたくはないから」
はっきりそう告げると、彼女の目が大きく見開かれ、僅かに瞳が揺れる。
「本当に私で良いの?」
「アタシは大好きな藤佳ちゃんがいいの。大好きだよ、藤佳ちゃん」
アタシの真剣な想いが届いたからだろうか。彼女は今にも泣き出しそうな顔になり、微かに震える声で「私も大好きよ、真理乃」と返してくれた。
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