オオカミとトマト

谷中 鶯

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オオカミとトマト

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「さあ、今日はこのくらいにしようか。」

 年老いた農夫は、籠いっぱいに収穫したトマトを持ち上げた。太陽は西から斜めに農夫を照らしていたが、空はまだ眠る支度はしていなかった。

 農夫は、ゆっくりと歩きだした。と、ポットン。籠の中からトマトが一つ飛び出した。

 ポットン。ポットン。コロン。コロン。トマトは小石にぶつかりながら、緩やかな坂道をどんどん転げ落ちていった。

 コットン。トマトは草原まで辿り着いて止まった。

 暫くすると、ひどく痩せたオオカミが現れた。オオカミは、トマトを見つけると、

「こりゃ、ありがたい。三日ぶりに食べ物にありつけるぞ。おお神よ、感謝!」

 と言うなり、その大きなギザギザの歯で、ガブリとかじろうとした。

「ひゃ~」

「ん?何か聞こえなかったか?まあいい。」

 再びその大きなギザギザの歯でガブリ!とかじろうとした。

「ひぃ~」
 トマトは悲鳴をあげて、ブルッと体を震わせた。

「ん?また何か聞こえなかったか?オレ様以外には誰もいないはずだがな。気のせいか?今度はトマトが動いたようなに見えたぞ。腹が空き過ぎて、錯覚を起こしているらしい。よし、では今度こそ頂こう。腹がすいてたまらない。」

 オオカミが、大きなゴツゴツした岩のような前足でトマトを抑えてかじろうとすると、

「ふぇ~、頼むから食べないで!」

「やや!トマトが喋ったわい。さっきから、変な悲鳴をあげていたのはお主か?」

「そうだよ。だからお願い食べないで。」 

「食べないで?面白いことを言う奴だ。食べ物を目の前にして、食べない奴があるものか。さあ、観念して大人しくオレ様の腹の中に入るんだな。」

「食べ物って言うけど、勝手にボクのこと、食べ物って決めないでくれないか。ボクもやらねばならないことがあるんだよ。」

「ふん、つべこべとぬかすトマトだな。食べ物でなければ、お主は一体何だと言うんだ。」

「ボクには、命をつなぐ仕事があるのさ。」

「命をねぇ。」

オオカミは吐き捨てる様に言った。

「だがな、お主はオレ様のように速く走ったり、威厳のある遠吠えもできないではないか。ただじっと実っているだけだ。食べられるためにな。」

「勿論ボクはオオカミさんの様に速く走ったり、遠吠えもできない。でもボクは、ボクの体の中にいっばいに詰まっている種を飛ばすんだ。ボクの種はあちらこちらに飛んでいき、芽をだすんだよ。ボクは翼の生えた鳥みたいだろ。」

 と、トマトが言い終えた時、ポタッ。ポタッ。ポタッ、ポタッ!ピカッ!ゴロゴロ!!

「奴だ!!嵐だ!!ひぇ~~」

 今まで、威張っていたオオカミが、潰れた蛙の様に無様に地に伏せた。

「オオカミさん、怖いのかい?」

 トマトは、からかうように言った。

「奴らは酷い暴れん坊よ。ああナンマイダ~ナンマイダ~。そう言うお主だって、酷く震えているではないか。」

「ボクは嵐なんて怖くないよ。でも、今日は何だかとても寒いんだ。せめてこの雨だけでもしのげればいいのだけど。」

「ならば、オレ様の腹の下に入るがいいさ。えい。こんな恐ろしい時には、敵も味方もない。共にしのぐとしよう。」

「ありがとう。オオカミさん。」

 そう言うとトマトは、オオカミの腹の下に素早くもぐりこんだ。

 暫くすると、暴れん坊の嵐も立ち去り、西の低い空はピンク色に染め上げられていた。

「やれやれ共に助かったぞ。」

 トマトの返事はない。

「どうした?トマト。」

「・・・オオカミさん。どうやらボクは、雨に浸かりすぎてしまったようだ。・・・もう・・種を飛ばす力は残っていない。・・・オオカミさん、ボクを食べてくれないか・・。」

「なんてこった。オレ達は共に嵐と戦った。もはや友ではないか。」

「だから・・こそ、・・頼んで・・いるん・・・だよ。・・ボクは・・・死・・ぬんじゃない。ボ・・クは、君の中・・でキ・・ミと共に生き・・・るんだ。ボクは・・君に・・な・り、君・もまた・・ボ・・クに・・な・・るんだ・・よ。さ・・あ・早・く。時・・間が・・ない。」

 それきりトマトは何も言わなくなった。

オオカミは、シワシワの今にも崩れそうなトマトを黙って見下ろした。 

オオカミは、頭上に昇ってきた月をキッと見上げ、一気にトマトを飲み込んだ。
そして、

「ウオォォ!!!」

と一声叫び、草原の彼方に消えていった。




おしまい。
    
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