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第二部 魔法学校の教師
会議よ踊れ、ただし進まず
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1話に続けて閲覧ありがとうございます!
今回から三人称視点でのお話を挟んだり、1ページあたりの文字数が少し増えます。
主人公以外のキャラの掘り下げも始まっていきますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。
では、下記から本編へどうぞ。
ーーーーーーーーーー
第二部 魔法学校の教師
会議よ踊れ、ただし進まず
港街の中枢。時計塔の真下に位置するそこには、大橋の向こうの王都に使える騎士たちの窓口があった。
その奥に控える大講堂は、時として荘厳な礼典の場所になり、今もまた、時の会議場として彼らを集約する場所になっていた。
「はぁ、困ったな……また銀蜂(アンバーマーク)にどやされてしまう……」
頭を抱え広い講堂の一辺をいったり来たり繰り返す、鎧を纏った気弱そうな青年――――――ロック・ギースハワードは深い溜め息をついた。
鷹を象った金のマークを胸元と肩の二ヶ所に付ける姿は、部隊を預かる大人物の証。
その中でも、国内最大級の騎士が所属する大部隊、金鷹(ギースハワード)隊の最高位に立つべき人こそ、この迫力ある名前とは裏腹に頼りなさそうな青年なのだった。
彼は先ほどから落ち着かない様子で自分の席をちらちらと見ながら、講堂に人が集まる度に怯えを隠して歩き回っていた。
それというのも全ては、数分前、自分の部隊の者からもたらされた最悪の報告のせい。
「なんでまた、そんなこと……ああもう、勝手なことをするからだ……」
王国騎士団(バテンカイトス)の、すなわち世界の軸位と呼ばれる連名の会議に、今後の活動体型と各地の復興を進めるべく方針を固めた書類を用意し、周到な態度で皆をファレルの港街に呼び出した彼はいち早く会場入りして待機していた。
優秀な部下に代筆させた完璧な資料を傍らに、今日の主謀として騎士たちの一目を欲しいままにし昇進する大切な計画のため、誰よりも努力を重ねてきた事実を発表するのだ。
そう理想を浮かべて待っていたところに、悪い話が突っ込んできた。
「また、なにも今日でなければよかったものを……いや、何を言われても私は銀蜂どもには臆さんぞ……奴らの好きになどさせるものか……」
金鷹(ギースハワード)への関心を仰ぐため、国王の信頼を得るためにと、稀少な竜の子を奪おうと顔もろくに覚えていない部下が動き、勝手な行動をした末、銀蜂(アンバーマーク)から直接注意をうけたというものだった。
声がけの程度ならともかく、奴ら蜂どもの注意は注意というには逸しすぎている。言葉で解決するより早く手が出る凶暴さは野獣のようで、どうしてまた自分の部下はそんな文字通り雀蜂の巣に手を突っ込むような真似をしたのか。
顔形が壊れた部下の回収は、別の部下に知らせたが、剥ぎ取られた金鷹のメダルは宣戦布告のごとく、ギースハワードの席の正面に投げ捨てられていた。
「おい、クソ鷹(ギース)。ぶつくさ言ってねぇでとっとと座れ。話を始めろ。立ってんのテメェだけだぞ」
聞き覚えのある低い声が鼓膜を突き刺す。
言葉の一つ一つに針をぶちこんでくるような尖った暴言の代名詞は、薄汚れた泥靴を円卓の上に投げ出してギースハワードを呼んだ。
今一番顔の見たくない相手。全ての焦りの元凶が彼に命令をすると、
「隊長。もう少し冷静にお話しをしなくては。ここは立ったままハムとビールを楽しむ場所ではありませんし」
奴とは対照的な清廉な身なりの男、銀蜂の副隊長、イレクトリアが姿勢を正した。
こうして部隊の代表として奴らと顔を付き合わせることも幾度も繰り返してきたギースハワードだが、この正反対な風格を取り扱う二人の男のどちらも彼はすこぶる苦手であった。
口を開けば悪態をつき、延々と頭の上からギースハワードを責める銀蜂の隊長、ジンガ・アンバーマーク。
彼を嗜めるように立ち回りこそするものの、副隊長という地位に従い、本質的にはジンガを補佐してこちらの不利を引き出し吐かせようとしてくるイレクトリア。
凸凹の関係に見えて、しっかりとはまる。両方を一度に相手しなくてはならないときの絶望感はギースハワードの名前を鷹から蟻の一匹に変えるほど強大だ。
ギースハワードは二匹の忌々しい雀蜂どもにめった刺され、体に穴を空けられたような気分で渋々自分の卓に座った。
「えー……」
しどろもどろになりかける言葉を、喉の奥で震わせる。
大丈夫だ。手元には完璧な資料もある。
机の上の折り曲げられた部隊証を見ないようにして鎧で覆った背中の筋を張り、ギースハワードも銀蜂隊の二人に負けじと声を出して主張していかなければと会議に立ち向かった。
「この度、お集まり頂きましたのは……」
彼は話しはじめてもジンガのことが視界に入り、どうにも気になって仕方がない。奴は汚い脚をいつまで大理石の机に乗せているつもりなのか。
この場所は既に厳かな会議場として開場し、周囲には他の部隊の面々も自分の顔を見ているのに、奴だけが私を見ずに逆に私が奴を見ていなくてはならなくなっている。
そんな薄汚れた中年の不真面目な態度に焦らされては、蜂どもの思うがままだということは解っているが、一同への面目もある。ギースハワードは覚悟して、
「コホン。その前に、アンバーマーク隊長。姿勢を直しては頂けませんかな?」
冷静な顔をし咳払いを一つ投げ掛けた。
それがこのヤンチャな男を燃え上がらせる火種になるとも知らずに。
「会議の前に一ついいか。ギース。テメェはファレルの港街が俺らの管轄(ナワバリ)だって解ってんだよな? ……だったら、そいつは何だ?」
ジンガは待ってましたとばかりに脚を蹴飛ばすような動きで逆に組み直し、ギースハワードが見ないようにして資料で覆い隠した部下の失態を指し示した。
途端に同席していた数人の騎士達が、数名を除いてざわつき出す。
「どういうことだ?」
「巡回中、私利私欲で住民に危害を加えている金鷹(ギースハワード)隊の方と遭遇致しましてね。そこにある部隊証はその方の物です」
誰かの問いに黙ったままのギースハワード。
ジンガ隊長のサインを受け取ったイレクトリアが続けて言葉を重ねる。
「その部隊証の持ち主である隊員の適切な処分と……ギースハワード隊長、お話の前に貴方の言葉を頂戴したく思います」
言葉は丁寧だが抜かりなく苛烈な彼の台詞に、顔面蒼白になり全て手放してしまいたくなる思いを堪えて、金の鷹は絞り鳴く。
「その件については、私は……」
屈辱を晒される金鷹の隊長を側で支える者は、その事態の回収に走らせておりここにいない。
噛み潰した苦虫から毒が染みだしたような顔で手にした資料を取り落とすギースハワードに、ジンガはにやりと笑った。
***
「服がダメならそろそろかわいい眼鏡でも買おうかなぁ……」
夜になると少し視界のはじのほうが狭まって見辛いな。と、電気の消えたショーウィンドウに情けない顔を映しながら呟くフィーブル。
彼女は自分を連れ歩いていた男二人が会議に出席している間、一人で街を歩きながらウィンドウショッピング等を楽しむ予定だったが、既に閉まりかけのお店を数件急いで見て回るだけで精一杯だった。
営業時間よりも彼女を焦らせるのは、彼女自身の体型のせいで可愛らしい服屋に入ったところで自分に似合う服がないということ。
顔は眉が常に下がっているだけで鼻輪がついているわけでもないし、スタイルも引っ込むところは引っ込んでいる。悪くはないと彼女自身思えるプロポーション。
問題は2メートルもある身長で、彼女はブティックの入り口を通るときにも屈んでドア縁の上に頭をぶつけないよう手を当てるほど大きい。
この長身では同い年くらいの女性がファッション雑誌を片手に選ぶ服など到底入らず、フィーブルにとって最大の悩みであった。
「尻尾や翼の穴を空けてくれるなら、もう少し布の面積を増やした服だって作ってくれてもいいのに。はぁ。私もオシャレしたいなぁ……」
尖らせた口からぽつりと不満を漏らし、イレクトリアから預かった紙袋を見る。
この白いワインを持ってきたのは恐らく、副隊長に関心を寄せている酒屋の街娘だろう。フィーブルはその愛らしい女性を何度か見かけている。
騎士団の功績を称えてを口実に、見た目だけは秀麗な副隊長に取り入ろうとアタックを繰り返しており、イレクトリアもその度に適当な笑顔で接している。
恋の前では盲目というのか、酒屋の娘は本心からではないあの男の業務的な優しさに真実が見えていない。
自分よりもずっと年下で可愛らしい女性の憧れの人への想いは届くことはないのだろう。そう思うと、提げているボトルが悲しそうに揺らいだ気がした。
「あっ、隊長、副隊長! お帰りなさー…ああぁ~~っとっ!」
揺らいだのは硝子のボトルではなく、そこに映った人影。
フィーブルは部隊の黒い制服に身を包んだ男たち二人を振り返った拍子に、持っていた荷物を落としそうになる。
「トロいんだよクソクソ牛」
「おや、隊長。いつもよりクソが一つ多いですね」
「ひいぃ、すみませぇん……」
地面に落ちる前にジンガの片手が紙袋を飛び出したワインボトルを受け止め、フィーブルを叱りつけた。
イレクトリアは様子を後ろから察していてもマイペースな速度で歩いてくる。
この白い葡萄酒は副隊長が貰った街娘の気持ちなのにまるでもう他人事のように。と、先ほどまで考えていたことに重なり、フィーブルの女性らしい心に靄がかかった。
「貰いもん落としてダメにしたら失礼だろうが」
案の定、自分の荷物であったのに既に興味を無くしているイレクトリアに代わり、ジンガは手にしたボトルの栓を歯で抜いた。
副隊長が目当ての街娘には悪い気もするが、他人の気持ちに無関心な副隊長よりも、威勢の良いこの汚い中年の渇きを満たすことでワインも報われる。
普段蹴られてばかりいるフィーブルも、隊長のこういうところには男気を感じて憧れた。
「ほら、飲め。テメェが女から貰った酒だろ」
「いえ、私は結構です」
「……ああ、そうかよ」
軽く首を降る副隊長に隊長はそれ以上強要することもなく、ボトルに直接口をつけて一気にあおる。本来はそんなにぐびぐびと飲むような安酒ではないのに。
下品な言葉を連発する男の喉を水のように流れて潤す様を、どうか酒屋の娘が見ていませんようにとフィーブルは願った。
「……ところで副隊長。会議、上手くいったんですか?」
「ええ」
酒にも街娘の気持ちにも無関心な冷たい男を見て話題を提供すれば、
「クソ鷹(ギース)の野郎、銅獅子(バスティーユ)どもの前で縮んでやがったぜ。けっ、ざまぁねぇな。あの怯えて千切れそうな竿みてぇな顔、思い出すだけで笑えてくるわ」
「まぁ、銅獅子(バスティーユ)の隊長と騎士団長には、我々もやり過ぎだって怒られちゃいましたけどね」
酒瓶から口を離して悪人面でくつくつと笑いながらジンガが答えてイレクトリアも続けた。
銅獅子(バスティーユ)というのは、王国騎士団(バテンカイトス)における最高位の部隊の名称で、この国は騎士団長を除く騎士達が大きく分けて三つの部隊に配属されている。
金鷹(ギースハワード)隊は先ほど会議で二人がやり込めていた鎧の青年、ロック・ギースハワードを隊長とする部隊。
彼の父親が前任で隊長をしており、魔王討伐後それを引き継ぐような形で息子が部隊を任された。
国王からの太鼓判を押されてはいるが、所謂成り上がりの部隊長であるギースハワードは、実践経験に乏しく統計や理論を頼り指揮をとっている。
所属する騎士の身分や地位も様々で、騎士学校にも密接な関係を持ち三つの部隊のうち最も多くの隊員を抱えているが、それ故に問題も多く、ギースハワード自身も新任で全てを把握しきれていない。
ストランジェットに手を出しまんまとジンガに突きだされてしまった男がいたように、統率も信頼もまだ疎らで未熟な部隊だといえる。
銀蜂(アンバーマーク)隊の部隊長は白けた金髪に酒焼け声の男、ジンガ・アンバーマーク。
その口調や身なりのせいで、誰もが一目見ただけでは彼を部隊長だとは思わない。それどころか、吊り上がった厳しい赤目が悪鬼羅刹を彷彿させるような業の深い悪人面の大男を、騎士だと認識することすら難しいだろう。
逆に、荒々しく恐ろしい風貌の彼に付き従う副隊長のイレクトリアは、穏やかで礼儀正しい美形の好青年。街人の誰もが望む理想的で完璧な騎士の鑑のような人物。
この正反対な二人が率いる銀蜂隊の所属人数は多くなく、何百を語る金鷹隊に比べれば僅か一握りの数十名程だった。
フィーブルを始めとして、戦闘に特化しているが性格等の問題を持つ奇人達を取り纏めていられるのは、ジンガの隊長たる力量か、イレクトリアのカリスマか。
いずれにせよ、アクは強いが戦うことに関しては精鋭のチームとも言えるかもしれない。
会議の腰をぶち抜いたように、銀蜂隊は隊長自身が非常に自由に行動してしまう。
そのため騎士団としては疎まれ、王都から離されてはいるものの、港街で庶民の暮らしを守っている。
身近な国民からは信頼を預かっていられるのだ。
そして、銅獅子(バスティーユ)は部隊が三つに別れる以前より、国王の側近として仕えていた騎士の総称で、国王と騎士団長の直下に属する重鎮達の部隊。
常に王都に駐屯しており、膝元を離れている金鷹隊や銀蜂隊との交わりは全くないわけではないが非常に薄い。
この度の会議にも数名、厚いマントを羽織った初老の騎士達が着席していたが、その誰もの顔を覚える機会もなく、
「はっ。引退間際のあんなハゲてくすんだみそっかすジジイどもの警告なんざどうせ口だけだろ」
「ですね。我々は銀蜂隊に任された住民を守っただけで、間違ったことはしていませんから」
このように、離れたところで悪態をついてもまったく耳に届くことはないので言いたい放題にされている。
今回から三人称視点でのお話を挟んだり、1ページあたりの文字数が少し増えます。
主人公以外のキャラの掘り下げも始まっていきますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。
では、下記から本編へどうぞ。
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第二部 魔法学校の教師
会議よ踊れ、ただし進まず
港街の中枢。時計塔の真下に位置するそこには、大橋の向こうの王都に使える騎士たちの窓口があった。
その奥に控える大講堂は、時として荘厳な礼典の場所になり、今もまた、時の会議場として彼らを集約する場所になっていた。
「はぁ、困ったな……また銀蜂(アンバーマーク)にどやされてしまう……」
頭を抱え広い講堂の一辺をいったり来たり繰り返す、鎧を纏った気弱そうな青年――――――ロック・ギースハワードは深い溜め息をついた。
鷹を象った金のマークを胸元と肩の二ヶ所に付ける姿は、部隊を預かる大人物の証。
その中でも、国内最大級の騎士が所属する大部隊、金鷹(ギースハワード)隊の最高位に立つべき人こそ、この迫力ある名前とは裏腹に頼りなさそうな青年なのだった。
彼は先ほどから落ち着かない様子で自分の席をちらちらと見ながら、講堂に人が集まる度に怯えを隠して歩き回っていた。
それというのも全ては、数分前、自分の部隊の者からもたらされた最悪の報告のせい。
「なんでまた、そんなこと……ああもう、勝手なことをするからだ……」
王国騎士団(バテンカイトス)の、すなわち世界の軸位と呼ばれる連名の会議に、今後の活動体型と各地の復興を進めるべく方針を固めた書類を用意し、周到な態度で皆をファレルの港街に呼び出した彼はいち早く会場入りして待機していた。
優秀な部下に代筆させた完璧な資料を傍らに、今日の主謀として騎士たちの一目を欲しいままにし昇進する大切な計画のため、誰よりも努力を重ねてきた事実を発表するのだ。
そう理想を浮かべて待っていたところに、悪い話が突っ込んできた。
「また、なにも今日でなければよかったものを……いや、何を言われても私は銀蜂どもには臆さんぞ……奴らの好きになどさせるものか……」
金鷹(ギースハワード)への関心を仰ぐため、国王の信頼を得るためにと、稀少な竜の子を奪おうと顔もろくに覚えていない部下が動き、勝手な行動をした末、銀蜂(アンバーマーク)から直接注意をうけたというものだった。
声がけの程度ならともかく、奴ら蜂どもの注意は注意というには逸しすぎている。言葉で解決するより早く手が出る凶暴さは野獣のようで、どうしてまた自分の部下はそんな文字通り雀蜂の巣に手を突っ込むような真似をしたのか。
顔形が壊れた部下の回収は、別の部下に知らせたが、剥ぎ取られた金鷹のメダルは宣戦布告のごとく、ギースハワードの席の正面に投げ捨てられていた。
「おい、クソ鷹(ギース)。ぶつくさ言ってねぇでとっとと座れ。話を始めろ。立ってんのテメェだけだぞ」
聞き覚えのある低い声が鼓膜を突き刺す。
言葉の一つ一つに針をぶちこんでくるような尖った暴言の代名詞は、薄汚れた泥靴を円卓の上に投げ出してギースハワードを呼んだ。
今一番顔の見たくない相手。全ての焦りの元凶が彼に命令をすると、
「隊長。もう少し冷静にお話しをしなくては。ここは立ったままハムとビールを楽しむ場所ではありませんし」
奴とは対照的な清廉な身なりの男、銀蜂の副隊長、イレクトリアが姿勢を正した。
こうして部隊の代表として奴らと顔を付き合わせることも幾度も繰り返してきたギースハワードだが、この正反対な風格を取り扱う二人の男のどちらも彼はすこぶる苦手であった。
口を開けば悪態をつき、延々と頭の上からギースハワードを責める銀蜂の隊長、ジンガ・アンバーマーク。
彼を嗜めるように立ち回りこそするものの、副隊長という地位に従い、本質的にはジンガを補佐してこちらの不利を引き出し吐かせようとしてくるイレクトリア。
凸凹の関係に見えて、しっかりとはまる。両方を一度に相手しなくてはならないときの絶望感はギースハワードの名前を鷹から蟻の一匹に変えるほど強大だ。
ギースハワードは二匹の忌々しい雀蜂どもにめった刺され、体に穴を空けられたような気分で渋々自分の卓に座った。
「えー……」
しどろもどろになりかける言葉を、喉の奥で震わせる。
大丈夫だ。手元には完璧な資料もある。
机の上の折り曲げられた部隊証を見ないようにして鎧で覆った背中の筋を張り、ギースハワードも銀蜂隊の二人に負けじと声を出して主張していかなければと会議に立ち向かった。
「この度、お集まり頂きましたのは……」
彼は話しはじめてもジンガのことが視界に入り、どうにも気になって仕方がない。奴は汚い脚をいつまで大理石の机に乗せているつもりなのか。
この場所は既に厳かな会議場として開場し、周囲には他の部隊の面々も自分の顔を見ているのに、奴だけが私を見ずに逆に私が奴を見ていなくてはならなくなっている。
そんな薄汚れた中年の不真面目な態度に焦らされては、蜂どもの思うがままだということは解っているが、一同への面目もある。ギースハワードは覚悟して、
「コホン。その前に、アンバーマーク隊長。姿勢を直しては頂けませんかな?」
冷静な顔をし咳払いを一つ投げ掛けた。
それがこのヤンチャな男を燃え上がらせる火種になるとも知らずに。
「会議の前に一ついいか。ギース。テメェはファレルの港街が俺らの管轄(ナワバリ)だって解ってんだよな? ……だったら、そいつは何だ?」
ジンガは待ってましたとばかりに脚を蹴飛ばすような動きで逆に組み直し、ギースハワードが見ないようにして資料で覆い隠した部下の失態を指し示した。
途端に同席していた数人の騎士達が、数名を除いてざわつき出す。
「どういうことだ?」
「巡回中、私利私欲で住民に危害を加えている金鷹(ギースハワード)隊の方と遭遇致しましてね。そこにある部隊証はその方の物です」
誰かの問いに黙ったままのギースハワード。
ジンガ隊長のサインを受け取ったイレクトリアが続けて言葉を重ねる。
「その部隊証の持ち主である隊員の適切な処分と……ギースハワード隊長、お話の前に貴方の言葉を頂戴したく思います」
言葉は丁寧だが抜かりなく苛烈な彼の台詞に、顔面蒼白になり全て手放してしまいたくなる思いを堪えて、金の鷹は絞り鳴く。
「その件については、私は……」
屈辱を晒される金鷹の隊長を側で支える者は、その事態の回収に走らせておりここにいない。
噛み潰した苦虫から毒が染みだしたような顔で手にした資料を取り落とすギースハワードに、ジンガはにやりと笑った。
***
「服がダメならそろそろかわいい眼鏡でも買おうかなぁ……」
夜になると少し視界のはじのほうが狭まって見辛いな。と、電気の消えたショーウィンドウに情けない顔を映しながら呟くフィーブル。
彼女は自分を連れ歩いていた男二人が会議に出席している間、一人で街を歩きながらウィンドウショッピング等を楽しむ予定だったが、既に閉まりかけのお店を数件急いで見て回るだけで精一杯だった。
営業時間よりも彼女を焦らせるのは、彼女自身の体型のせいで可愛らしい服屋に入ったところで自分に似合う服がないということ。
顔は眉が常に下がっているだけで鼻輪がついているわけでもないし、スタイルも引っ込むところは引っ込んでいる。悪くはないと彼女自身思えるプロポーション。
問題は2メートルもある身長で、彼女はブティックの入り口を通るときにも屈んでドア縁の上に頭をぶつけないよう手を当てるほど大きい。
この長身では同い年くらいの女性がファッション雑誌を片手に選ぶ服など到底入らず、フィーブルにとって最大の悩みであった。
「尻尾や翼の穴を空けてくれるなら、もう少し布の面積を増やした服だって作ってくれてもいいのに。はぁ。私もオシャレしたいなぁ……」
尖らせた口からぽつりと不満を漏らし、イレクトリアから預かった紙袋を見る。
この白いワインを持ってきたのは恐らく、副隊長に関心を寄せている酒屋の街娘だろう。フィーブルはその愛らしい女性を何度か見かけている。
騎士団の功績を称えてを口実に、見た目だけは秀麗な副隊長に取り入ろうとアタックを繰り返しており、イレクトリアもその度に適当な笑顔で接している。
恋の前では盲目というのか、酒屋の娘は本心からではないあの男の業務的な優しさに真実が見えていない。
自分よりもずっと年下で可愛らしい女性の憧れの人への想いは届くことはないのだろう。そう思うと、提げているボトルが悲しそうに揺らいだ気がした。
「あっ、隊長、副隊長! お帰りなさー…ああぁ~~っとっ!」
揺らいだのは硝子のボトルではなく、そこに映った人影。
フィーブルは部隊の黒い制服に身を包んだ男たち二人を振り返った拍子に、持っていた荷物を落としそうになる。
「トロいんだよクソクソ牛」
「おや、隊長。いつもよりクソが一つ多いですね」
「ひいぃ、すみませぇん……」
地面に落ちる前にジンガの片手が紙袋を飛び出したワインボトルを受け止め、フィーブルを叱りつけた。
イレクトリアは様子を後ろから察していてもマイペースな速度で歩いてくる。
この白い葡萄酒は副隊長が貰った街娘の気持ちなのにまるでもう他人事のように。と、先ほどまで考えていたことに重なり、フィーブルの女性らしい心に靄がかかった。
「貰いもん落としてダメにしたら失礼だろうが」
案の定、自分の荷物であったのに既に興味を無くしているイレクトリアに代わり、ジンガは手にしたボトルの栓を歯で抜いた。
副隊長が目当ての街娘には悪い気もするが、他人の気持ちに無関心な副隊長よりも、威勢の良いこの汚い中年の渇きを満たすことでワインも報われる。
普段蹴られてばかりいるフィーブルも、隊長のこういうところには男気を感じて憧れた。
「ほら、飲め。テメェが女から貰った酒だろ」
「いえ、私は結構です」
「……ああ、そうかよ」
軽く首を降る副隊長に隊長はそれ以上強要することもなく、ボトルに直接口をつけて一気にあおる。本来はそんなにぐびぐびと飲むような安酒ではないのに。
下品な言葉を連発する男の喉を水のように流れて潤す様を、どうか酒屋の娘が見ていませんようにとフィーブルは願った。
「……ところで副隊長。会議、上手くいったんですか?」
「ええ」
酒にも街娘の気持ちにも無関心な冷たい男を見て話題を提供すれば、
「クソ鷹(ギース)の野郎、銅獅子(バスティーユ)どもの前で縮んでやがったぜ。けっ、ざまぁねぇな。あの怯えて千切れそうな竿みてぇな顔、思い出すだけで笑えてくるわ」
「まぁ、銅獅子(バスティーユ)の隊長と騎士団長には、我々もやり過ぎだって怒られちゃいましたけどね」
酒瓶から口を離して悪人面でくつくつと笑いながらジンガが答えてイレクトリアも続けた。
銅獅子(バスティーユ)というのは、王国騎士団(バテンカイトス)における最高位の部隊の名称で、この国は騎士団長を除く騎士達が大きく分けて三つの部隊に配属されている。
金鷹(ギースハワード)隊は先ほど会議で二人がやり込めていた鎧の青年、ロック・ギースハワードを隊長とする部隊。
彼の父親が前任で隊長をしており、魔王討伐後それを引き継ぐような形で息子が部隊を任された。
国王からの太鼓判を押されてはいるが、所謂成り上がりの部隊長であるギースハワードは、実践経験に乏しく統計や理論を頼り指揮をとっている。
所属する騎士の身分や地位も様々で、騎士学校にも密接な関係を持ち三つの部隊のうち最も多くの隊員を抱えているが、それ故に問題も多く、ギースハワード自身も新任で全てを把握しきれていない。
ストランジェットに手を出しまんまとジンガに突きだされてしまった男がいたように、統率も信頼もまだ疎らで未熟な部隊だといえる。
銀蜂(アンバーマーク)隊の部隊長は白けた金髪に酒焼け声の男、ジンガ・アンバーマーク。
その口調や身なりのせいで、誰もが一目見ただけでは彼を部隊長だとは思わない。それどころか、吊り上がった厳しい赤目が悪鬼羅刹を彷彿させるような業の深い悪人面の大男を、騎士だと認識することすら難しいだろう。
逆に、荒々しく恐ろしい風貌の彼に付き従う副隊長のイレクトリアは、穏やかで礼儀正しい美形の好青年。街人の誰もが望む理想的で完璧な騎士の鑑のような人物。
この正反対な二人が率いる銀蜂隊の所属人数は多くなく、何百を語る金鷹隊に比べれば僅か一握りの数十名程だった。
フィーブルを始めとして、戦闘に特化しているが性格等の問題を持つ奇人達を取り纏めていられるのは、ジンガの隊長たる力量か、イレクトリアのカリスマか。
いずれにせよ、アクは強いが戦うことに関しては精鋭のチームとも言えるかもしれない。
会議の腰をぶち抜いたように、銀蜂隊は隊長自身が非常に自由に行動してしまう。
そのため騎士団としては疎まれ、王都から離されてはいるものの、港街で庶民の暮らしを守っている。
身近な国民からは信頼を預かっていられるのだ。
そして、銅獅子(バスティーユ)は部隊が三つに別れる以前より、国王の側近として仕えていた騎士の総称で、国王と騎士団長の直下に属する重鎮達の部隊。
常に王都に駐屯しており、膝元を離れている金鷹隊や銀蜂隊との交わりは全くないわけではないが非常に薄い。
この度の会議にも数名、厚いマントを羽織った初老の騎士達が着席していたが、その誰もの顔を覚える機会もなく、
「はっ。引退間際のあんなハゲてくすんだみそっかすジジイどもの警告なんざどうせ口だけだろ」
「ですね。我々は銀蜂隊に任された住民を守っただけで、間違ったことはしていませんから」
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