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第二部 魔法学校の教師

真実のために

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 昼下がりの港街は昨日と比べて随分と落ち着いていた。
 道を賑わせていた露店も今日は店を開けておらず、イーゼルを立てて首を傾げていた路傍の絵描きもいない。
 船着き場は普段通り交易をしているようだが、街の大半が静まり返っている。

 何かを自粛しているような雰囲気といえばよいのだろうか。街を表現する為の声や音が特別に少ないのだ。一体何があったというのだろう。

(一斉停電してるのか……? それとも断水……? ってわけではなさそうなんだけど……)

 色々考えながらブティックの暗いショーケースを過ぎ、目の前の女騎士の後ろを暫くついて歩く。

 カナンに案内された騎士団のファレル支部は、想像していたより幾倍も洒落た建物だった。
 それは日本の警察署を連想するような無機質なビルでは無く、どちらかといえば海外の官邸等を思わせるような施設。
 噴水が設置された広い庭の向こう側に横に長い洋館が見えていた。

 白く輝く綺麗な壁と柱が奥まで何本も続いている。
 結構な敷地面積な気がするが、これが騎士団のファレル支部だとして本部はどれだけの物になるのだろうか。
 
(本部は北にある長い掛け橋のずっと先。王都にあるらしいけど、まさか城一件分とかいうんじゃ……?)

 と、ビアフランカに昼間習ったばかりの知識を思い出しながら歩く。

 学校からどのくらい歩いてきたのだろう。ビアフランカに子供たちを任せて街まで来るのに数分。それからまた歩き続けて合計で一時間以上は経過しただろう。
 足を棒にした俺の体感が「まだ着かないのか」と俺に代わって文句を言いたそうにしている。
 騎士団に送迎車は無いのだろうか。自動車は無いにしても、馬車か何かがあるのがファンタジーにはお決まりのはずなんだがカナンはそんなもの呼んでくれなかった。

 仕方がない。噂の支部は視界の先にある。マグに借りた俺の足よ、もう少しの辛抱だ。

「教諭、こちらへどうぞ」

 腕を広げて俺でも五人分くらいはある……自家用車が擦れ違えるほど大きな鉄格子の門が開け放たれていた。
 側に行くと何やら人々が忙しく出入りをしていて、危うく肩がぶつかりそうになる。

「おおっと、っと……」

「ちょうど負傷者の受け入れとかぶってしまったようですね。教諭、お気をつけくださいませ」 

 白衣の人間達が担架を持って前を横切ると、強く縛った金髪を揺らしカナンは俺に振り返って言った。

「大半がファレルファタルムの被害者達です」

「被害者って……あの、カナンさん。ファリーが彼らに怪我をさせたということでしょうか?」

 真横を足早に通り過ぎ、洋館の方へと向かう医師の格好をした人は腕に小さな子供を抱えていた。
 丁度セージュとスーの間かそのくらいの年齢だろう。血の滲んだ包帯を巻いて腕の中でうずくまっているのが見えた。
 庭を通る際、俺はその子以外にも多くの子供たちが傷付けられているのを見ることになった。

「今朝、隊長達が森で魔物を討伐していたところ暴れるファレルファタルムを発見したそうです」

 背中を向けたままカナンが話し始める。
 俺と彼女の数メートルの間合いをまた一人、痛みに大泣きしている子供をあやしながら翼の生えた女性が通った。
 彼女は申し訳なさそうに俺に小さく頭を下げると、白衣を揺らして別の医師らしき人と合流し、二人がかりで子供の足の怪我を看始めた。
 門から離れた敷地の内側でも白衣の人々はひっきり無しに怪我人を連れて駆け回っている。

「奴は……いえ、貴方は彼女とおっしゃっていましたね。彼女は今は森に踏み入れた者を無差別に襲っているようで、負傷者は我々が対策をする前に被害を受けてしまった方達です」

 俺に顔半分で振り返りながらも、周囲の白衣の集団を気にしているカナン。
 俺を気遣ってファリーのことを言い直すと、

「我々がもっと早く対処をしていれば」

 赤く塗ったリップを擦って悔しそうに唇を噛んだ。

 俺とカナンが噴水の前を通りがかったとき、庭の内でも一際多くの白衣の男女がそこで働いていた。
 
「―――足らない薬剤の件は至急セファ医師長に連絡を!」

「誰か、飛べる者は手伝ってくれ!」

「只今! 8番の患者(クランケ)の処置次第、テーオバルトが参ります」

「先生、医師長から許可が下りました!」

「備品はコランバインに頼んで!」

「助かります! すぐに調剤を開始してください!」

「調剤に必要な道具をそろえて! ―――2分で戻って!」

 等々。会話の内容は様々だが、そこでは人と言葉の激しい往来が繰り広げられている。
 救急箱や診察札を配り、銀色のバケツを抱えて怪我人を搬送しいったり来たり。
 彼らの間で目まぐるしく会話の連鎖が起きており、耳にするだけでも圧倒されてしまいそうだ。

 これまで見ていた俺は彼らが名乗らなくても何者かすぐ判断できた。
 この羽根が生えた女性が多く所属している白衣の医療集団は街の医者などではない。
 教科書で見た挿絵と同じ、竜がぐるりと一回りした十字のマークが彼らの服に皆印されている。
 彼らこそが『十字蛇竜治癒団(リントヴルム)』だ。

「すごいな……これがこの世界の医師団か……」

「はぁー。やっぱ治癒団(リント)ちゃんたちパないっすわぁ」

 手際よく傷付いた子供たちの面倒をみて、各々の決められた役割を次々とこなしていく仕事ぶりに感心した。
 俺が感嘆を漏らすと、カナンのものではない声が俺の声に台詞をぶつけてきた。

「騒がしいけどマジすご。体力底なしだし的確だし激ヤバめのあれじゃんね?」
 
 いつの間に現れたのか。隣で医師達の働きを眺める女の子は、感心してうんうんと頷き俺に顔を向けた。
 露出が高く部隊の黒い隊服をかなり着崩してしまっている。白衣ではなく怪我人でもない彼女が此処にいるのは騎士団に所属する人間だからなのだろう。

 銀色の部隊証つけ緑色の布を腰に巻いたおかっぱ頭の少女が人懐こく笑う。
 健康的な褐色肌は海を利用して日焼けしたにしても色が少し濃い。まるで日焼けサロンに通っているみたいだ。

「やっほー。カナンちゃん、お帰りぃ。なになに? このトンボっぽい人が例のドラゴンの正体なわけ? なーんか拍子ぬっけっけだね~」

 砕けた、というよりも砕けきって弾けたような滅茶苦茶な言葉遣いで彼女はカナンに呼び掛ける。
 少し古い世代のギャルとでも言えばいいだろうか。今時使われない気だるい学生喋りを、この世界で何と表現したら良いのだろう。若者言葉にしても崩れすぎている。
 やたらと明るく、言葉が汚いのとはまた違う印象を与える不思議な口調だ。

「またトンボって……」

「副隊長が言ってたのと全然ちがくね? 弱そげ?」

 前下がりに丸いシルエットの銀髪をした少女は、頭の上に生えた猫の耳を動かして早口に言い、俺の顔をずいっと覗いてきた。

「そんなわけないでしょう、ミレイ。こちらの方は重要参考人のマグ氏。魔法学校の教諭です」

 カナンが彼女の態度を叱り、そのままの口調で俺を紹介した。

「あちゃー。それはどもども失礼しました」

 おかっぱ少女は頭を掻いて短く二度下げながら俺に謝る。髪が揺れると内側だけ緑に染髪しているのが見えた。

「まぢかぁ。あーしはミレイ・キャスパルでっす。てきよろでお願いしやっす」

 俺の返事を待たずにミレイが名乗ると、彼女の猫耳とはだけた胸が跳ねるようにぴこっと揺れた。
 彼女の猫耳でふと思い出したが、学校を出る際に玄関口で会うと思っていたコズエとディルバーは何処にいったのだろう。スーの話では、夜に備えて光る精霊を呼びに行ったと言っていたが見掛けなかった。

「てきよろ……?」

「あー。テキトーによろしく的な?」

 独特の喋り方と高いテンションについていけない俺は、急に自分の正体はもしかしたらマグよりももっと歳をとったおじさんなのではないかと思い始めた。
 ミレイとの会話が成立しないことに少し困った。

「あ、ああ。そういう意味か……」

「そそ。テキトーテキトー。……っていうか」

 制服の着こなしも褐色肌の肢体も自由気ままなスタイルのミレイに聞き返すと、彼女はにやにやと笑いながら俺に興味を示してきた。
 ついさっき謝罪したことなどノリが軽い彼女の頭の中からはもうすっぽ抜けてしまったようだ。

「マグっちと先生ちゃんどっちがよさげ?」

「ええと……」

 不意に彼女の問いに戸惑う。ミレイは俺に腕を絡め、長い尻尾をしゅるりと背中に沿わせた。初対面とは思えないほど距離が近い。
 スーに引っ付かれていた時には存在しなかった柔らかい脂肪の感触がすぐそこにある。谷間がはっきりとした彼女の乳が俺の脇に触れている。恐らくこれはわざとあてている。

「よーびーかーたー! ね、どっち? どっちする?」

「ミレイ。よしなさい。客人に失礼です」

 彼女からの謎の色仕掛けはカナンの声にストップを言い渡され、ミレイは俺の胸のそばに預けていた顔を離した。
 顔は離すが腕も尻尾もくっつけたまま、彼女は前を行くカナンに不満げに口を突き出す。

「もう。わーかってる、わーかってるって」

「理解していないからそういうことをするんでしょう。隊長たちが許しても貴女には騎士としての体裁というものが……」

「はいはーい。カナンちゃんあーしと違って仕事出来てめっちゃ真面目だからねー」

 生真面目な姿勢を崩さず前を歩くカナンと自分の感情に正直者のミレイ。
 彼女たち二人の会話を聞いていると、昨日から今朝にかけての俺に対する態度が真逆だったスーとアプスの言い争っている姿が思い出される。

 ビアフランカ以外には何も言わずに来てしまったが、二人は今頃どうしているのだろう。
 出来る限り早く学校に帰りたいが、この様子から察するに話をしたらすぐに騎士団とはさようならというわけにいかなそうだ。


 背筋を張りさっさと先を歩くカナンと、俺の脇でくすぐりの効く場所を探して悪戯をするミレイ。
 タイプの違う二人に案内されながらやっと庭を過ぎ、俺たちは館の入り口を通過した。

「御足労をお掛け致しました、教諭」

「いえいえ。カナンさんこそこんなに遠くからいらっしゃってたんですね」

「私はそれが仕事ですので」

 ファレル支部は本拠内部も天井が高く、外側と同じ石膏色の柱が聳え立っていた。
 正面の奥に両側開きの扉が見え、両脇には燭台が灯っている。
 赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれる上を行けば、風のない道で俺達の通過に合わせて騎士団の旗が靡いた。

「この先で隊長達がお待ちです」

「よろしくね、マグっち。気を付けてね。隊長キレるとクソこわだよー。副隊長は逆に怒んな過ぎで怖いけど」

 カナンとミレイが扉の横、少し手前の柱に立って俺を見送る姿勢をとる。

「お二人は?」

「我々は一度、治癒団(リント)の方々を見てきます。それと、森や街の周囲で待機している隊員にも連絡をしなくてはなりませんので」

「治癒団(リント)ちゃんたちに任せとけばへーきだし、手伝うことなんてないと思うけど 一応(イチヨー)ねー」

 二人と別れて扉に向かうと、俺の行く手に見覚えのある背丈の大きな女性が一人。赤いソースの入った小瓶を持って扉を叩いていた。
 
(たしか彼女は昨晩の……)

 まだ俺に気付いていない彼女の後ろ姿に近寄り声を掛ける。

「あの……」

「ひっ! あ、あわわっ! 先生さん!?」

 牛の尻尾がピンと誰かに引っ張られたように伸び、肩をびくんと震わせる大袈裟なリアクション。
 俺の存在を認識し、慌てて騎士の長身女性は振り向いた。驚いた彼女は危うく持っていた瓶を落としそうになり、俺は彼女の片手を受け止める。

「ええと……フィーブルさん、でしたっけ?」

「ひゃあぁ、どうも。昨日ぶりですぅ~」

 思った通りだった。
 見覚えのある飛び抜けて高い身長に、身丈に似合わず怯えたような涙目とおどおどした喋り方。彼女は牛の特徴を持った獣人、フィーブルだった。

「それは?」

「ち、調味料です! 隊長がピザを食べるのに持って来いって……。先生さんこそ、どうしてここへ? この先はうちの会議室ですけど……」

 手を離し、二人同時にドアに向き直る。

「俺は隊長たちに用があって来たんだ。例の、ファレルファタルムの件で話すことがあってさ」

 赤い小瓶の正体はピザやパスタにかける辛味調味料らしい。タバスコのような物なんだろう。彼女が説明し別の問いを返す。
 その問いに俺が答えるとフィーブルはもともと眉間に寄っている眉をさらに潜ませて、

「や、やっぱり、あの……ファレルファタルムって、せ、先生さんのとこの、スーちゃんと関係あるんですか……?」

 そのまま小さな声で話を続ける。
 彼女の言葉には今度は俺の方が驚かされた。彼女は核心をついてきた。
 どうやら俺の考えと彼女の想像していることは近いらしい。挙動で自信のない様を全面に出している彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

「わ、私、あ、あのっ、隊長達には言えてないんですけど、ファレルファタルムが人を傷付ける竜だなんて思えないんです……だって、な、名前だってこの街の護り神……って意味で、絵本にもなってるんですよぅ……」

 俺はフィーブルの話を信じたい。俺自身もそれを肯定する為にやってきたのだから。
 夢の中で見たファリーが無差別に人を襲って怪我をさせるなんて思えない。

 噴水の周りで忙しくしていた治癒団の人々や傷付いた人々を見て、少し揺らいでいた気持ちを彼女に引き戻された気がする。

「……ありがとう、フィーブルさん。俺もそう思ってる。だから話をしにきたんだよ」

 学校に来たカナンが見せてくれたイラストの優しいタッチのほうが恐らくフィーブルの言う絵本の挿絵なのだろう。
 俺の知るファリーのイメージと一致するし、彼女の言う『港街の護り神』とは街民にとってもそういう存在なのだ。

 否、そうであってほしいと思う。

 俺の悪夢はファリーへの疑いか、それとも真実か。
 俺には悪夢と事件の関係を調べる義務があるし、真相を知る権利もある。
 自分が騎士団に出向いたことで傷付いた人々とファリーを救えるならばこれには大きな意味がある。

 強く願いながら扉を叩き、そっと開いて会議室へと至った。

 騎士団支部の会議室は、学校で見た講堂を縮小したような場所だった。
 講堂は高い位置に生徒の席があり中央の凹んだところに黒板がある形だったが、会議室はその逆に発言者が高い所に立ち聴衆を見回せるようなつくりになっていた。

 一歩踏み入れて見れば、扉に程なく近い席で優雅な佇まいの男が書物に視線をあてながら食事を摂っていた。
 昨晩フィーブル達と共に街を巡回していた銀蜂隊の副隊長・イレクトリアだ。

「こんにちは、教諭」

 彼は俺に気付くと、本から顔を上げ机の上に置いた小さなボウルに片手を入れて洗う。水分を布で綺麗に拭き取り、挨拶をした。

「ファレル支部へようこそ。御足労をおかけしましたね。教諭も召し上がりますか?」

 乳製品の強い香りが鼻孔を刺激する。
 部屋に入る前にフィーブルが言っていた話の中で単語は聞いたが、本当に会議室でピザを食べる人間がいるとは。
 しかも読書のお供に。わざわざページを捲る度に手を洗えるようフィンガーボールまで用意してだ。

「い、いえ俺は大丈夫です」

 少し退き気味に遠慮し、マイペースな食事を続けるイレクトリアに会釈する。
 初めて出会った時の清廉な印象を覆すような彼の食事風景を見、会議室に突入した瞬間の緊張感は奪われてしまった。
 彼の口元で濃厚に糸を引くチーズの匂いにあてられ、少し頭がくらっとする。

 と、ふらついて一歩道を進んだ俺に突如として、

「よぉ、クソトンボ先生。よく来たな」

 聞き覚えのある声が頭の上から降ってきて、俺はそちらへ振り向いた。

「おい! フィー! 早く寄越せ。ピザが冷めちまうだろうが!」

「は、はいぃ……っ! 隊長ぉ!」

 上座で暴言を吐く荒くれ者。
 そこにいたのは、昨日の晩フィーブルと共に俺たちを救った鬼顔の悪漢・ジンガだった。
 相変わらず騎士とは思えない言葉遣いと形相で会議室の中心、発言者が座する台から身を乗り出してフィーブルを呼ぶ。

「ま、待てよ……隊長って……まさか……」

 フィーブルの返事の最後に出てきた名詞で、俺はそれに気付かされた。

「ジンガさんが隊長ーーーッ?!」

「ふえっ?!」

 思わず声を挙げてしまった俺に、ジンガにタバスコを手渡していたフィーブルがビクッと肩をすくめた。

 確かにジンガは他の隊員に比べて立派なコートを着ていたし、勲章も沢山付けていた。
 しかし、騎士という存在としての姿は手本のように秀麗なイレクトリアと対照的に乱雑で醜悪なもので、とてもじゃないが彼が副隊長以上の地位を持つ者には見えなかった。

 俺は情報の更新を拒んでいる自分の脳に訴える。

「あの……イレクトリアさんは昨日、解ってて言わなかったんですか?」

「……ええ。私は『私が副隊長です』と名乗っただけで、『隊長のことを隊長ではない』とは言ってませんね」

「た、確かに言われてみれば昨日は隊長、自分が隊長だって名乗らなかったかもですねぇ……」

 俺がきくと皿の上の物を平らげたイレクトリアは口を拭きながら落ち着いた声で言い、それに合わせてフィーブルも苦笑いをしながら納得していた。

「それはそうと先公よぉ。テメェかぁ? 俺ら銀蜂の管轄(ナワバリ)で悪さしてんのは。よくも息子ぶら下げて歩いてやがるぜ。なあ?」

 俺の脳内で情報の受け入れが済むか済まないかしていると、フィーブルに持ってこさせたタバスコを自分の分のピザに振り掛けながら、ジンガが眉根を潜めて話を切り出した。
 威圧的な眼光が赤くなったチーズの塊から俺の方に向けられる。

「単刀直入に聞く。テメェは 例の竜、ファレルファタルムとどういう関係だ?」

 彼の狂暴性は知っている。
 隊長なんて肩書きで鎮座しているが、ジンガはその肩書を自らの行いで忘れさせてしまうような暴漢でもある。

 逆らえばどうなるか解らない暴力の権化の見本市のような人間の羅刹が、俺の前で拳を鳴らす。

「正直に吐けよ? 道中見てきたと思うが、ヤツの被害が出てる。俺たちゃ今すぐヤツをぶちのめしたくてうずうずしてんだ」

 彼に下手なことを言えば路地裏でスーに手を出した男と同じ目に合うかもしれない。
 何処に目がついていたかわからないぐちゃぐちゃのトマトのようにされ、真っ赤なタバスコをかけられて手元のピザ生地と一緒に食べられてしまいそうだ。

 彼の目を恐怖から見返せなくなってしまった俺は彼の二人の部下に視線を送るが、二人は静かに俺を見守っていた。

 心配そうに潤むフィーブルの青い瞳も、冷たく笑わないイレクトリアの黄の瞳も、今は真剣に俺の言葉を待っている。 

「ジンガさん。俺は……夢の中でファレルファタルムの最期を見届けたんです」

 口を開いた途端、滅多に使わない四字熟語が脳内に浮かんだ。四面楚歌という言葉を使えるとしたら今がタイミングではないだろうか。騎士団の人々は具体的にはまだ敵か味方かも解らないが、俺の発言の内容でそれは決まることになる。

 いつまでも怯えてすくんでいるままではここに来た意味もなく、マグが寄越した俺の物語も進展しないままだ。

 俺は意を決し、自分の心臓の音を聞いた。
 
 大丈夫。大丈夫じゃないときに使うのは嫌だと何処かで思っていた言葉が何故だか今はとても心強い。

「彼女は俺の前で死にました。だから、ファリーが街の人々を傷付けることなんてできるはずがありません」

 三人の騎士に囲まれて彼らに話を始めた。
 ビアフランカに教わった事やカナン達に連れられて見たファリーの被害者だという人々を思い浮かべながら、今朝の悪夢を思い出し心の中身を絞るように彼らに告げる。

 真実を明かし俺がいる世界のまだ見ぬ未来の先を綴る為に、もう一度大きく深呼吸をして立ち向かった。





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第2話をお読み頂きありがとうございました!
1話に比べて少し量は多く流れは早くを意識して編集をしたのですが、いかがでしたでしょうか。
ご感想や励ましのメッセージなど残して頂けると元気になります!

次の第3話はすれ違いや戦闘や親子愛など色々な要素が入ったお話となっております。
また読みに来て頂けたら嬉しいです~


海老飛 拝
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