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第四部 誰が為にあるのか
それからのこと
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月日が経つのは早いもので、今の暮らしにも段々慣れつつあった。
俺がこの世界に来てから既に一ヶ月が経過しようとしており、毎日マグとしての責務を果たしている……つもりだ。
日が昇ってから暮れるまでの一日はいつも決まって平和で、ファリーの一件以来大きな事件もない。
あの何かを訴えるような頭痛も暫く起きていない。
まるで最初からそうだったように健康的で穏やかな当たり前の日常が始まっていた。
今日も質問責めにするジェイスとちょっかいを出してくるディルバーの二大おバカをいなしつつ、セージュとコズエに少し気を遣わせてしまいながらも授業は事なく済んだ。
アプスが以前より少し自信を持って皆を纏め俺の手伝いもしてくれるようになり、ビアフランカは負担が減ったと大層喜んでいた。
俺自身すっかりこの生活にもマグの体にも馴れたものだ。ようやくこの台詞を浮かべる余裕が出てきたくらいには。
自室に戻り、ペンを手に取る。
今から記すのはファリーの件から数日間、今日までの出来事。実に色々あった。
順番に思い出しながら書き込んでいこう。
ーーーー戦いの終息。
ファリーの体は俺達の前で光の粒になり絵本の終わりをなぞって星空へと昇っていった。
泣きじゃくるスーを誰も引き留めることはせず、そっと見守り俺達は一緒にファリーを見送った。
ファレルの守り神という意味の名前で呼ばれていたファリーの童話の全容は後になってから知った。
あの時、「もしかしたら何かの役に立つかもしれないと思いまして」と、フィーブルが絵本を持ってきてくれていて助かった。機転を利かせることが出来たのも彼女のお陰だと思う。
あの絵本は彼女から貰い、帰り際にスーに預けた。
帰宅後、ビアフランカが本気で怒るところを初めて見ることになった。
その時の彼女の様子と言えば……思い出しただけでもゾッとする。表現しきれないし、万が一この日記を見られたらと思うと書き記してはおけない。
普段温厚な人ほど……とはよくいうのだが、それにしてもという感じだった。脳裏に焼き付いてすっかりトラウマだ。
それからスーとアプスの二人には暫くの間、外出禁止令が出された。
俺を探しに来たというので不憫に思い庇ったのだが、ビアフランカの言い付けは絶対に破れなかった。
一件から何もなかったようにスーは生徒達とは明るく普段通りでいるのだが時々、塞ぎ混んでしまっているようにも見えた。無理もない。
少し俺を避けてるようにも感じて寂しい。話したいことはたくさんあるのだけれど、今はまだ時間が必要なんだろう。彼女から触れてくるまでファリーの話題は一旦置いておこうと思う。
一人で街に出た。
上階席の壁に大穴が空けられてしまったシグマのレストランは現在修復工事中。
だが、シグマは休む間も無く働いていた。
彼自身が店頭に立ち料理の配達とテイクアウトを始めたらしく、その日も忙しそうにしていた。暇をもて余すくらいなら少しでも稼ぎたいという商売人としての熱意がすごい。
借りた指輪(エメラルドリング)を返しにいったのだが、客入りがよく接客から離れられない彼に代わってシグマの奥さんが俺に気付いてくれた。指輪は彼女伝に返却できた。
返却、といえば思い出すことがもう一つ。
ビアフランカから借りたお金のことをシグマの店に来て思い出した俺は、ほこりをかぶった財布をはたいて中にお札があることを確認した。帰宅したら返そうと思っていたが、レシート類がパンパンになっており机がないと迂闊に開けない。
今この筆を走らせながら整理していくことしよう。
二枚重なった雑貨店のレシートを見、俺はこの世界の不思議を再認識する。
シグマの店の一件で目にしたり聞かされたりすることはあったが、不思議なことにこの世界での通過は現代日本と同じく「円(エン)」だった。
電子演算機が存在していることに関しては地下水道が当たり前のように通っていたり、スイッチを捻ればコンロの火がつく仕組みと同じように、「機械都市」からもたらされ広まった技術だとビアフランカに教わっていたのでもう気にしていない。
だが、お金についてはやっぱり不思議な感覚で、慣れるまで少し苦労した。
(世界観にどうしても合わないんだよなぁ……)
円とはいえ紙幣には有名な文豪や博士や総理大臣やその他見知った偉い人が描かれているわけではないし、硬貨にも桜や菊のような馴染みの絵は描かれていなかった。
それらの代わりになっているのはとてもぼんやりとした全く知らない人物の輪郭と、行ったこともない建造物など。
少なくともファレルの港町近郊では見たことがない場所だった。
ビアフランカから一時借りて返したお金だけではなく、マグの財布に入っていたお札も硬貨もみなそうだ。
「……なんだ? これ」
雑貨店の次は文具店。学校で使用する教材などだろうか。領収書と一緒に針金でとめられたレシートを片付ける前に裏面に書かれた文字を見、手が止まる。
「何か書いて……『新しいマグへ。真実が知りたければ来たらいい。機械都市で待っている』って……? 機械都市? まさかこれ、マグからのメッセージじゃ……!!」
つい大声になってしまい慌てて口を塞ぐ。
誰かに聞かれていたら疑いの目を向けられてしまっていただろう言動に自分で急ブレーキをかけ、
「なんでこんなところに? 俺が財布の中を見るのを見越して書き置きしたのか?」
ノリツッコミよろしく冷静になって筆跡を目で辿る。
短いが整った丁寧な文字。俺のことを招くような、誘うような、導くような文が二行つづられていて、俺は久しく感じていなかった胸の高鳴りを思い出していた。
初めてこの世界で自分を認識し、スーと話していたときのあの不思議な緊張感に似た感覚だ。
胸の奥で、ずん。と重みを感じる。
新しいマグへ。
真実が知りたければ来たらいい。機械都市で待っている。
宛てられている新しいマグとは俺のことでまず間違いない。
ファリーから落ちて死にそうになった時連想したような、二人目三人目がいるかも今は解りはしないが、現段階では俺を指す名詞。
死んでしまったマグがこれを俺の為に残したのだろうか。だったら益々死ぬときまで財布を持っていて欲しかったものだ。そうだったらもっと早くメッセージに気が付けたのに。
それよりも今、このメッセージを見付けた事で新たな謎がまた一つ生まれてしまった。
「マグは、本当は生きてるんじゃないか? でも、だったらこの体は……」
スーもアプスもビアフランカもコズエも、マグを知る皆は彼が死んでしまったと口にしたが、だとすればこの書き置きは一体誰がしたというのだろう。
真実が知りたければとあるが、その言葉が指すのはマグがまだ生存していて俺に体を託した理由を話してくれようとして書いたのではないか。
疑いは同時に一縷の希望をも生んでくれたようにみえた。
(でも、機械都市って……何故そこへ?)
機械都市。
その地名についてだけはよく耳にしていた。
先程挙げた演算装置に関しても機械都市の技術と聞いているし、学校の玄関ホールに一台だけ取り付けられているオルガンのようなサイズの大きな通信機(電話のような機械)も、ミレイが担いでいた銃と剣の合体した武器も全てそこからもたされたものだという。
最も印象に残ったのはビアフランカの授業の中できいた、空想魔法を発現させた子供が機械都市へ送られるというものだった。
子供たちはそこで教養を身につけ、選ばれた者だけが家へ返還されるのだという奇妙な制度がこの国にはある。
帰ってこなかった子供らはどうなっているのか。
銀色の高い壁の向こう側は未知が多すぎる。
しかし、何よりも今は。
「待ってるのか? 俺を? 機械都市で……」
非日常に慣れてしまった俺の、本来の目的。自分の記憶を探すために冒険に出なければ。手懸かりに向かっていかなければ。
次の行き先は、謎に包まれた土地。機械都市に決まった。
俺がこの世界に来てから既に一ヶ月が経過しようとしており、毎日マグとしての責務を果たしている……つもりだ。
日が昇ってから暮れるまでの一日はいつも決まって平和で、ファリーの一件以来大きな事件もない。
あの何かを訴えるような頭痛も暫く起きていない。
まるで最初からそうだったように健康的で穏やかな当たり前の日常が始まっていた。
今日も質問責めにするジェイスとちょっかいを出してくるディルバーの二大おバカをいなしつつ、セージュとコズエに少し気を遣わせてしまいながらも授業は事なく済んだ。
アプスが以前より少し自信を持って皆を纏め俺の手伝いもしてくれるようになり、ビアフランカは負担が減ったと大層喜んでいた。
俺自身すっかりこの生活にもマグの体にも馴れたものだ。ようやくこの台詞を浮かべる余裕が出てきたくらいには。
自室に戻り、ペンを手に取る。
今から記すのはファリーの件から数日間、今日までの出来事。実に色々あった。
順番に思い出しながら書き込んでいこう。
ーーーー戦いの終息。
ファリーの体は俺達の前で光の粒になり絵本の終わりをなぞって星空へと昇っていった。
泣きじゃくるスーを誰も引き留めることはせず、そっと見守り俺達は一緒にファリーを見送った。
ファレルの守り神という意味の名前で呼ばれていたファリーの童話の全容は後になってから知った。
あの時、「もしかしたら何かの役に立つかもしれないと思いまして」と、フィーブルが絵本を持ってきてくれていて助かった。機転を利かせることが出来たのも彼女のお陰だと思う。
あの絵本は彼女から貰い、帰り際にスーに預けた。
帰宅後、ビアフランカが本気で怒るところを初めて見ることになった。
その時の彼女の様子と言えば……思い出しただけでもゾッとする。表現しきれないし、万が一この日記を見られたらと思うと書き記してはおけない。
普段温厚な人ほど……とはよくいうのだが、それにしてもという感じだった。脳裏に焼き付いてすっかりトラウマだ。
それからスーとアプスの二人には暫くの間、外出禁止令が出された。
俺を探しに来たというので不憫に思い庇ったのだが、ビアフランカの言い付けは絶対に破れなかった。
一件から何もなかったようにスーは生徒達とは明るく普段通りでいるのだが時々、塞ぎ混んでしまっているようにも見えた。無理もない。
少し俺を避けてるようにも感じて寂しい。話したいことはたくさんあるのだけれど、今はまだ時間が必要なんだろう。彼女から触れてくるまでファリーの話題は一旦置いておこうと思う。
一人で街に出た。
上階席の壁に大穴が空けられてしまったシグマのレストランは現在修復工事中。
だが、シグマは休む間も無く働いていた。
彼自身が店頭に立ち料理の配達とテイクアウトを始めたらしく、その日も忙しそうにしていた。暇をもて余すくらいなら少しでも稼ぎたいという商売人としての熱意がすごい。
借りた指輪(エメラルドリング)を返しにいったのだが、客入りがよく接客から離れられない彼に代わってシグマの奥さんが俺に気付いてくれた。指輪は彼女伝に返却できた。
返却、といえば思い出すことがもう一つ。
ビアフランカから借りたお金のことをシグマの店に来て思い出した俺は、ほこりをかぶった財布をはたいて中にお札があることを確認した。帰宅したら返そうと思っていたが、レシート類がパンパンになっており机がないと迂闊に開けない。
今この筆を走らせながら整理していくことしよう。
二枚重なった雑貨店のレシートを見、俺はこの世界の不思議を再認識する。
シグマの店の一件で目にしたり聞かされたりすることはあったが、不思議なことにこの世界での通過は現代日本と同じく「円(エン)」だった。
電子演算機が存在していることに関しては地下水道が当たり前のように通っていたり、スイッチを捻ればコンロの火がつく仕組みと同じように、「機械都市」からもたらされ広まった技術だとビアフランカに教わっていたのでもう気にしていない。
だが、お金についてはやっぱり不思議な感覚で、慣れるまで少し苦労した。
(世界観にどうしても合わないんだよなぁ……)
円とはいえ紙幣には有名な文豪や博士や総理大臣やその他見知った偉い人が描かれているわけではないし、硬貨にも桜や菊のような馴染みの絵は描かれていなかった。
それらの代わりになっているのはとてもぼんやりとした全く知らない人物の輪郭と、行ったこともない建造物など。
少なくともファレルの港町近郊では見たことがない場所だった。
ビアフランカから一時借りて返したお金だけではなく、マグの財布に入っていたお札も硬貨もみなそうだ。
「……なんだ? これ」
雑貨店の次は文具店。学校で使用する教材などだろうか。領収書と一緒に針金でとめられたレシートを片付ける前に裏面に書かれた文字を見、手が止まる。
「何か書いて……『新しいマグへ。真実が知りたければ来たらいい。機械都市で待っている』って……? 機械都市? まさかこれ、マグからのメッセージじゃ……!!」
つい大声になってしまい慌てて口を塞ぐ。
誰かに聞かれていたら疑いの目を向けられてしまっていただろう言動に自分で急ブレーキをかけ、
「なんでこんなところに? 俺が財布の中を見るのを見越して書き置きしたのか?」
ノリツッコミよろしく冷静になって筆跡を目で辿る。
短いが整った丁寧な文字。俺のことを招くような、誘うような、導くような文が二行つづられていて、俺は久しく感じていなかった胸の高鳴りを思い出していた。
初めてこの世界で自分を認識し、スーと話していたときのあの不思議な緊張感に似た感覚だ。
胸の奥で、ずん。と重みを感じる。
新しいマグへ。
真実が知りたければ来たらいい。機械都市で待っている。
宛てられている新しいマグとは俺のことでまず間違いない。
ファリーから落ちて死にそうになった時連想したような、二人目三人目がいるかも今は解りはしないが、現段階では俺を指す名詞。
死んでしまったマグがこれを俺の為に残したのだろうか。だったら益々死ぬときまで財布を持っていて欲しかったものだ。そうだったらもっと早くメッセージに気が付けたのに。
それよりも今、このメッセージを見付けた事で新たな謎がまた一つ生まれてしまった。
「マグは、本当は生きてるんじゃないか? でも、だったらこの体は……」
スーもアプスもビアフランカもコズエも、マグを知る皆は彼が死んでしまったと口にしたが、だとすればこの書き置きは一体誰がしたというのだろう。
真実が知りたければとあるが、その言葉が指すのはマグがまだ生存していて俺に体を託した理由を話してくれようとして書いたのではないか。
疑いは同時に一縷の希望をも生んでくれたようにみえた。
(でも、機械都市って……何故そこへ?)
機械都市。
その地名についてだけはよく耳にしていた。
先程挙げた演算装置に関しても機械都市の技術と聞いているし、学校の玄関ホールに一台だけ取り付けられているオルガンのようなサイズの大きな通信機(電話のような機械)も、ミレイが担いでいた銃と剣の合体した武器も全てそこからもたされたものだという。
最も印象に残ったのはビアフランカの授業の中できいた、空想魔法を発現させた子供が機械都市へ送られるというものだった。
子供たちはそこで教養を身につけ、選ばれた者だけが家へ返還されるのだという奇妙な制度がこの国にはある。
帰ってこなかった子供らはどうなっているのか。
銀色の高い壁の向こう側は未知が多すぎる。
しかし、何よりも今は。
「待ってるのか? 俺を? 機械都市で……」
非日常に慣れてしまった俺の、本来の目的。自分の記憶を探すために冒険に出なければ。手懸かりに向かっていかなければ。
次の行き先は、謎に包まれた土地。機械都市に決まった。
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