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30.迫られました
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「ん……」
うっかり寝入ってしまったと気が付いたのは、目を覚ましてバキバキに凝り固まった肩に気が付いてからだった。ソファにもたれたまま寝るなんて、余程疲れていたんだろうか……と考えたところで、気が付いた。
「ぁ……っ!」
私の膝の上ですやすやと寝息をたてているライの存在だ。本に夢中になってしまったと言っても、これだけ存在感のある人を忘れて寝てしまうなんて……寝不足が理由としても、ちょっと自分の羞恥心とか諸々を疑ってしまう。
「ん、ぐ……」
まだ夢の中なのだろう。ライは小さく唸って頭の位置をもぞもぞと変え始めた。そのくすぐったさに体が震えるけれど、窓の外に気を逸らして、なんとかやり過ごす。外は夕闇に包まれていて、そろそろ夕食の時間だろうか、と腹時計が鳴らないことを祈る。乙女として、意識がなくても至近距離で聞かれてしまうのは避けたい。切実に。
「む……ん……?」
寝ぼけたライの両腕が、私の腰を抱きしめるように回される。断じて抱き枕ではないのだけれど、ぎゅうっと締められ、あまつさえ顔をこすりつけるようにぐりぐりとされると――――
「ぃんっ!」
くすぐったさと羞恥で漏れた声がきっかけになってしまったのだろう。ライの瞼が震え、ゆっくりと持ち上がり、ガーネットのような赤い瞳と視線が交わった。
「アイリ?」
「お、はよう?」
微妙に、いや、絶妙に掠れた声が、なんかもう、色気駄々洩れで、じんわりと私の頬が熱を持つ。そんな私の気持ちが分かりやすかったのか、せっかく頑張って挨拶を口にしたというのに、ライは唇の端を持ち上げて笑った。
「起きてすぐにアイリの顔が見られるのは、嬉しいな」
「ちょ、あんまり見ないで! なんだか恥ずかしい!」
思わず私が両手で顔を隠すと、ライの笑い声とともに太腿に乗った頭が揺れるのが分かった。
「そんな顔を見れるなら、アイリに夜型の生活になってもらえばよかったかな」
それは初めて庭園を二人で歩いたときに、私の方から提案してライが蹴ったもの。やっぱり、合わせる方が自然なんだろう、と思っていたら、ライは首を小さく横に振った。
「だめだな。やっぱり今のままでいい。そこまで寄り添ってもらうと、襲いかねない」
「おそ……!」
それは色々と倫理上問題がありそうで困る。むしろ、私が罪の意識に苛まれそうで。いやでも、同意の上ならいいのか? いやいや、私の心の準備もね!
「アイリ、顔を見せて?」
「えーと、もう少し待って! 今は無理!」
「今のその可愛い顔が見たい」
「だめだから!」
明らかに私に分が悪い攻防を遮るように、ノックの音が響く。
「……なんだ」
「食事の準備が整っております」
「間の悪い。もう少し待てなかったのか」
「冷えたスープをお嬢様にお出しするわけには参りませんから」
渋々体を起こしたライは、部屋の外で声をかけてきたリュコスに向けて盛大に舌打ちした。行儀が悪いと思ったけれど、それを指摘する精神力はまだ回復していない。
「アイリ、立てるか?」
「え、もちろん立てるに決まって……ないです」
ずっとライの頭を乗せていたからなのか、膝から下の感覚が鈍い。痺れにも似た感覚を少しでも緩和させようと、腿のあたりを叩いていると、ふいに体が浮いた。
「ちょ、大丈夫だから!」
「スープが冷めるとリュコスも言っているだろう。いいから運ばれておけ。うっかり落とす程やわな鍛え方はしてないし、そもそもアイリは軽い」
「ちょっと休めばいいだけだから!」
「こっちの方が早い」
かくして、お姫様抱っこをされたまま、私は食堂まで運ばれることになったのだった。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「リュコス、お前の思惑は分かるが、二度目はない」
「かしこまりました」
食堂に入ったときに、そんなやり取りだけで、私が散々取り乱した諸々があっさり手打ちになってしまったことを嘆けばいいのか、それとも後に引くようなことにならなかったことを喜べばいいのか、非常に複雑な気分だった。
「何か?」
「いいえ、なんでも」
不満もあってジト目で見ていたのを気づいたライに尋ねられ、私は小さく首を横に振った。
「言いたいことがあるなら、何でも言って欲しいな?」
「ライは年齢に似合わず大人な対応をするし、色気はあるし、いったいどれだけ年齢を偽っているのかと思っただけよ」
「……!」
不貞腐れた私のセリフに、何故かライが目を見開いた。珍しく驚きの感情を露わにしている。
「私、何か変なこと言った?」
「……無自覚なのは罪なことだと思っただけだよ」
「無自覚?」
「そう。アイリとの年の差を埋めようと頑張っているだけなのにね」
微笑むライは、やっぱり色気過剰だった。
(頑張って色気とか大人な対応が身に着くなら、誰も苦労しないと思うんだけど……)
できる人とできない人の間には深い溝がある。そんなことを思いながら、私は気を取り直して目の前の食事に集中することにした。
その後も、散々「膝枕は愛しい人にしてもらうに限る」だの「何なら毎日添い寝してくれても嬉しい」だの「でもそうすると我慢できずに襲っちゃうかも」だの、ライのセリフに悶絶するかと思ったけれど、食事はいつも通り美味しかった。
うっかり寝入ってしまったと気が付いたのは、目を覚ましてバキバキに凝り固まった肩に気が付いてからだった。ソファにもたれたまま寝るなんて、余程疲れていたんだろうか……と考えたところで、気が付いた。
「ぁ……っ!」
私の膝の上ですやすやと寝息をたてているライの存在だ。本に夢中になってしまったと言っても、これだけ存在感のある人を忘れて寝てしまうなんて……寝不足が理由としても、ちょっと自分の羞恥心とか諸々を疑ってしまう。
「ん、ぐ……」
まだ夢の中なのだろう。ライは小さく唸って頭の位置をもぞもぞと変え始めた。そのくすぐったさに体が震えるけれど、窓の外に気を逸らして、なんとかやり過ごす。外は夕闇に包まれていて、そろそろ夕食の時間だろうか、と腹時計が鳴らないことを祈る。乙女として、意識がなくても至近距離で聞かれてしまうのは避けたい。切実に。
「む……ん……?」
寝ぼけたライの両腕が、私の腰を抱きしめるように回される。断じて抱き枕ではないのだけれど、ぎゅうっと締められ、あまつさえ顔をこすりつけるようにぐりぐりとされると――――
「ぃんっ!」
くすぐったさと羞恥で漏れた声がきっかけになってしまったのだろう。ライの瞼が震え、ゆっくりと持ち上がり、ガーネットのような赤い瞳と視線が交わった。
「アイリ?」
「お、はよう?」
微妙に、いや、絶妙に掠れた声が、なんかもう、色気駄々洩れで、じんわりと私の頬が熱を持つ。そんな私の気持ちが分かりやすかったのか、せっかく頑張って挨拶を口にしたというのに、ライは唇の端を持ち上げて笑った。
「起きてすぐにアイリの顔が見られるのは、嬉しいな」
「ちょ、あんまり見ないで! なんだか恥ずかしい!」
思わず私が両手で顔を隠すと、ライの笑い声とともに太腿に乗った頭が揺れるのが分かった。
「そんな顔を見れるなら、アイリに夜型の生活になってもらえばよかったかな」
それは初めて庭園を二人で歩いたときに、私の方から提案してライが蹴ったもの。やっぱり、合わせる方が自然なんだろう、と思っていたら、ライは首を小さく横に振った。
「だめだな。やっぱり今のままでいい。そこまで寄り添ってもらうと、襲いかねない」
「おそ……!」
それは色々と倫理上問題がありそうで困る。むしろ、私が罪の意識に苛まれそうで。いやでも、同意の上ならいいのか? いやいや、私の心の準備もね!
「アイリ、顔を見せて?」
「えーと、もう少し待って! 今は無理!」
「今のその可愛い顔が見たい」
「だめだから!」
明らかに私に分が悪い攻防を遮るように、ノックの音が響く。
「……なんだ」
「食事の準備が整っております」
「間の悪い。もう少し待てなかったのか」
「冷えたスープをお嬢様にお出しするわけには参りませんから」
渋々体を起こしたライは、部屋の外で声をかけてきたリュコスに向けて盛大に舌打ちした。行儀が悪いと思ったけれど、それを指摘する精神力はまだ回復していない。
「アイリ、立てるか?」
「え、もちろん立てるに決まって……ないです」
ずっとライの頭を乗せていたからなのか、膝から下の感覚が鈍い。痺れにも似た感覚を少しでも緩和させようと、腿のあたりを叩いていると、ふいに体が浮いた。
「ちょ、大丈夫だから!」
「スープが冷めるとリュコスも言っているだろう。いいから運ばれておけ。うっかり落とす程やわな鍛え方はしてないし、そもそもアイリは軽い」
「ちょっと休めばいいだけだから!」
「こっちの方が早い」
かくして、お姫様抱っこをされたまま、私は食堂まで運ばれることになったのだった。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「リュコス、お前の思惑は分かるが、二度目はない」
「かしこまりました」
食堂に入ったときに、そんなやり取りだけで、私が散々取り乱した諸々があっさり手打ちになってしまったことを嘆けばいいのか、それとも後に引くようなことにならなかったことを喜べばいいのか、非常に複雑な気分だった。
「何か?」
「いいえ、なんでも」
不満もあってジト目で見ていたのを気づいたライに尋ねられ、私は小さく首を横に振った。
「言いたいことがあるなら、何でも言って欲しいな?」
「ライは年齢に似合わず大人な対応をするし、色気はあるし、いったいどれだけ年齢を偽っているのかと思っただけよ」
「……!」
不貞腐れた私のセリフに、何故かライが目を見開いた。珍しく驚きの感情を露わにしている。
「私、何か変なこと言った?」
「……無自覚なのは罪なことだと思っただけだよ」
「無自覚?」
「そう。アイリとの年の差を埋めようと頑張っているだけなのにね」
微笑むライは、やっぱり色気過剰だった。
(頑張って色気とか大人な対応が身に着くなら、誰も苦労しないと思うんだけど……)
できる人とできない人の間には深い溝がある。そんなことを思いながら、私は気を取り直して目の前の食事に集中することにした。
その後も、散々「膝枕は愛しい人にしてもらうに限る」だの「何なら毎日添い寝してくれても嬉しい」だの「でもそうすると我慢できずに襲っちゃうかも」だの、ライのセリフに悶絶するかと思ったけれど、食事はいつも通り美味しかった。
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