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61.強制的な睡眠(前)

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「~~~~~っっっ!」

 ベッドで体を起こした私は、反射的に吐きそうになっていた。口元を押さえ、浅い呼吸を繰り返す。心臓がおかしいぐらいにバクバクドコドコと騒いでいて、体は冷たく指先は震えている。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)

 生きている。私はちゃんとここで生きている。
 どれくらいの間、必死にそう繰り返していたのか、ようやく呼吸は落ち着いてきた。そうすると今度は、べったりと汗で張り付く寝間着が不快になってきた。

(何カ月ぶり? あぁ、覗き見されたとき以来か)

 前世の最期は何度見ても慣れるものじゃない。自分の死に慣れられるなら、その方法を聞いてみたいもんだけど。
 汗をぞんざいに拭い、髪をまとめて、肌触りの良いワンピースに着替えて寝室を出る。窓の外はまだ暗くて、夜が明ける前の一番暗い時間帯だろう。朝が来るまで、ちびちびとホットワインでも舐めていよう。

「むふっ!?」

 寝室を出た途端、動きが阻害された。いや違う。これは――――

「ヨナ?」
「……リリアン、ちょっとこっちに来い」
「へ、嫌だけど? ちょ、こら、持ち上げないでよって!」

 筋力強化の魔法なのか、それとも素でそれだけ鍛えているのか、ヨナは軽々と私を持ち上げる。私がじたばた暴れようがお構いなしだ。

「ちょっと、何よ。っていうか、なんで起きてるの?」
「あんな声を出されて起きないわけがないだろう」
「……えぇと、睡眠妨害、しちゃった的な?」

 そういえば、実家でも何度か奇声を上げて跳ね起きたとか言われたっけ。いやでも、夢を見ているのにそこらへんの制御なんてしようがないのよね。

「いっそのこと、防音にでもしてもらおうかしら。あ、魔法でそこんところどうにかできない?」
「もちろんできるが、する気はない」
「ちょ、まさか盗聴? プライバシーの侵害で訴えてやる」
「お前の異変を見逃すような魔法をかけるとでも?」
「……」

 どうしよう。なんかグッと来た。ヨナのくせに。
 いや待て。勘違いするな。これはストーカー的な意味合いなんだ。そうに決まってる。

 運ばれた先は、……ヨナの寝室?

「ちょ、待って、これはさすがに」
「無理にそういったことをする気はない。それとも、期待していいのか」
「同意しないから!」

 慌てて否定したが、私の体はぼすんとベッドに転がされた。クイーンサイズじゃなくキングサイズよね。広いベッドだし寝心地もにじゅうまる

「いいから寝ろ。まだ朝には遠い」
「こんなところで寝れるわけないでしょ。戻るから離して」
「阿呆。こんなに体が冷えてるのに手放すか。とっとと寝ろ。悪夢の番くらいしてやる」
「は? 別にいらな――――」

 だから魔法で強制的に眠らせるのは卑怯……ぐぅ

🌸🌸🌸

「いやだから、強引過ぎるんだって」

 すっきり目覚めたときにはヨナの姿はなく、出勤することを伝える書置きが一枚だけ残されていた。

「悪夢の番とか言っておいて、出勤した後にまたあの夢見たら意味ないじゃん」

 のそのそと起きる。また髪はぼさぼさだし、ワンピースは余計な皺がついた。

「うー、ちょっと匂いついた」

 男臭いとかそういんじゃないんだけど、いっつも薄荷ハッカみたいな香りがするのよね。香水を付けてるのか、そのうち確認してみよう。
 思いきり伸びると、部屋の隅にある水時計を確認した。時間は正午から1時間ほど前。寝過ぎだし朝ごはんは食べそこねてるし、……まぁ、いいか。
 自分の部屋に戻ると、髪をまとめ直す。熱々のハーブティを入れてホッと一息ついたところで、考えることは一つ。今朝の強引な所業を叱るか否か。

(他人を気遣うこと自体は悪くないんだけど、やり方が強引だし問題ありありなのよ)

 婚約者だからと言っても、節度は必要だ。何もしなかったと言っても、寝床に引きずり込むのはいかがなものか。
 どう話を持って行こうかと考えながら、並行して夕飯は煮込み料理にしようと玉ねぎを手に取る。昼ご飯はボリッジを適当に作り、夜はほろほろになるまで牛肉を煮込もう。そうしよう。煮込みながら、もう何も考えずに刺繍に没頭しようと決めた。

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