アオいハルの練習曲

長野 雪

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Film12.嫉妬はゲンコツの形 ―NAOTO’S EYE―

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「先生が来た!」

 週番のアラート警報に、オレはすばやく席に着いた。自分でもよく慣れたものだと、しみじみ思う。

ガララッ

 いつも通りにピシッとスーツを着た九十九がつかつかと教壇に立つ。

「梶原、三沢。起立」

 いきなり名前を呼ばれ、俺は慌てた。が、それでも一応、言われた通りに立つ。
 イッペーが隣で心配そうに見て……いや、見ているのはオレではなく、さゆりの方を見ているんだろうけど。

「おい、何かあったのか?」

 口をパクパクとさせ、目でそう訴えるイッペーを無視して、オレは真っ直ぐ九十九を見返した。さゆりは……立ってうつむいている。
 あいつにとって、注目されるのはかなりつらいんだろうな。

「……今日、この二人が遅刻してきたのは皆も知っていることと思うが―――」

 九十九の声に、オレは少しイヤな予感がした。通学途中のあの出来事は、さゆりによく言い含めて秘密にしておこうとしていたのに。

「それは電車の中で貧血を起こしていた人を助けたためだった。その人からお礼の電話もあった。……さすがに遅刻を取り消すことはできないが、皆も親切心を大事にするように」

 クラス中の視線がオレとさゆりに集まるのが分かった。あぁ、さゆりは耳まで真っ赤になっている。

「よし……着席」

 その後は普通に帰りのホームルームが始まったものの、オレはこの後のことを考えると頭が痛くなった。


 ◇  ◆  ◇


「な~お~り~ん~?」

 血の池から這い上がってきた亡霊のように、イッペーがオレの肩をがしっと掴む。その手に必要以上に力がこもっているのは気のせい……ではないはずだ。

「このぉっ! ……どこで、その人助けたんだ?」
「えぇっと、八坂駅だったかな。あの、ついこないだ改装したところ」

 迂闊に答えてしまってから、オレは舌打ちした。

「ふ~ん? そこから三駅分と学校までの徒歩二十分ぐらいを、二人で登校してきたわけかぁ?」

 イッペーがぐりぐりとゲンコツをオレのこめかみに押しつける。シャレにならんぐらい、痛い。

(くっそ~。オレが何をしたって……)

 痛みを堪えながらオレはやめろよ、と口に出そうとする。
 だが、さゆりとお嬢が何か言っているのがオレの耳に飛び込んできたため、口を閉ざした。

「ご、ごめん。私も恥ずかしかったし……」
「だからって、あたくしにぐらいは言ってもよろしかったでしょう?」

 あぁ、女子にありがちな「秘密は許さない」ってヤツだな。

「おい、イッペー?」
「んん?」

 余計に拳に力を込めてイッペーが聞き返す。……くそ、後で覚えてろよ?

「梶原がお嬢に何か言われてんぞ」

 案の定、こいつはオレを放し、二人の方へ行く。分かりやすいヤツだよ、ほんとに。

「イッペー、アンタには関係ないでしょ! すっこんでらっしゃい!」
「理由も聞かねぇまんま、ただ責めるのもどうかと思うぜ!」
(……迫力あるな)

 腐れ縁のケンカほど恐ろしいものはない。
 間に挟まれたさゆりがオロオロしてることを除けば、他の人は全く傍観者に徹している。慣れたものだ。

「……!」
「……? ……!」

 放っておけば、いつまででも続きそうな口論を、もう飽きたな、と思う頃になって、オレはあることに気づく。さっきまでオロオロしていたさゆりが、何かをぐっと我慢するように思い詰めた顔で立ちんぼうになっていたのだ。

(やべ。泣く寸前か?)

 オレが二人を止めるか(といっても出来るわきゃねぇが)、さゆりを慰めに行くかどうか考えあぐねていると、さゆりがつかつかと動き始めた。
 口論を続ける二人の間にがっと割って入る。

「もう、やめてよっ!」

 二人は汚く罵りあっていた口を閉じた。傍観者が何かを察してぱらぱらと帰り始めた。

「いけないのは、私なんだから! なのに、どうして二人がケンカしなきゃいけないの!」
(おーおー。強くなったもんだなぁ)

 ある意味、親のように感心しながら、オレはそろそろ二人――いや、もう三人か――の中に割り込んだ。

「恥ずかしかったから、オレが口止めしといたんだよ」

 口論していた二人はのろのろとオレの方を見た。さゆりだけが一人、うつむいている。

「イッペーが怒るかもって思ってさ。まさかお嬢も怒るなんて思わなかったんだ。悪いな」

 最初に反応を返したのはお嬢の方だった。

「……そうね、まぁいいわ。さゆりも人に言われると断れないからね」
(オレが一人悪者か?)
「あ……、部活行かなきゃいけねぇんじゃん?」

 イッペーが一人、去っていった。右手にはバッシュを持っている。

「さゆり、ごめんなさいね。あたくしも言い過ぎたわ。――――今日は生徒会の方があるから、一人で帰って……ね?」

 さゆりは、ひとつ頷いた。それを確認してお嬢がカバン片手に教室を出ていく。
 いつの間にかまばらでも居たはずの観客も消えてしまっていた。
 教室には、もうオレとさゆりだけ。もちろん、廊下や隣の教室には他の人の居る気配がある。

「……帰るか? さゆり」

 反応は、ない。仕方がないので、頭をわしわしと乱暴に撫でる。それでも反応がないので――――

(泣きたいんだろーなぁ……。泣かせてやっか)

 とりあえず、顔を自分の胸にぽすっと押し込んでみた。

ガララッ

 運悪くドアが開いた。そこにいたのはあの下級生だった。
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