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6章:永き夢想の果て
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まだ日本人が着物姿であった遠い昔。まだ妖怪が物の怪の呼び名であった頃、昊はいつの間にか物の怪として生まれていた。生まれた場所は今でいう辰野。自分が只のホタルであったことを知っているが、何を持って物の怪になったのか……。いつも考えていた。
「僕は、どうして物の怪になったんだっけ?」
仲間たちに聞いても、分かるものなどおらず、一人で考えるのが日常だった。
だがそんな昊にも楽しみがあった。毎年、ある時季にあった人間との交流だ。
ホタルは綺麗な河原を住処とする。そこに人間がホタルを鑑賞しに来るのだ。その時、身なりを変えたりして人間に紛れ人間と話をする。それが昊に取っての楽しみだった。
時代が変わっても、その時季になると人間が訪れる。時折仲間を捕まえ持って行ってしまう人間もいたが、後をついて行き、目を離した隙に逃がしたりした。自身は物の怪であるから人間の隙を突く等朝飯前だった。
そんなある時、鑑賞の時季でもないのに、一人の年老いた男が河原に訪れていた。昊は興味本位で近づき彼と話をした。お爺さんは昊の世間知らずな物言いや行動に、腹を立てる事はなくいつも穏やかだった。
「ねぇ、お爺さん。信じてもらえないだろうけど……僕は物の怪なんだ。それでね、どうして僕は物の怪としてここにいるんだろうって、ずっと考えて来たんだ。でも何も分からなくて……」
「うーむ、そうだねぇ……。昊、きっとお前が人間のことを好きだからだろう。好きでもなければ、姿なんて見せないし、人間を食べるんだろう?」
お爺さんの言葉に昊はようやく納得がいった。そうだ自分は虫であったあの頃から、人間が好きだった。いつも面白い話を知っていて、色んな場所に行けて、苦しくても助け合って……。そんな人間が昊は好きだったし憧れていた。だから、自分も人間に近いモノに成れたらきっと楽しいはず、とそんな楽観的思考で物の怪になったのだ。
昊は自分の考えが可笑しく吹き出して笑った。
「昊、人間は良い奴ばかりではない。きっとお前達に害を為す連中は現れる。避けては通れない。それでも、人間がこれからも好きだと思えるかい?」
「うん。多分!」
多分と言葉を付けた昊に、今度はお爺さんが笑った。一頻り笑ったお爺さんは、咳払いをすると立ち上がる。
「その時にならないと分からんしなぁ。さて、ワシはもう帰るとしよう。ありがとうな、昊。お前さんと話せてとても楽しかった。だが、これだけは覚えておいて欲しい。『壊す人間は必ずいるが、守る人間も必ずいる』だから、どうかお前が好きな人間を信じてやっておくれ」
「うん、分かった」
お爺さんは「達者でな」と手を振り帰っていった。
それから、お爺さんは二度とこの河原に訪れる事はなかった。
風の噂でお爺さんが亡くなったと知ったのはいつだったか──。
「ありがとう。お爺さん、お元気で」
その言葉は響くことなく風にかき消された。
お爺さんが眠りにつき、いくつもの年を越え、時代も移り変わり、やがて着物から洋服へと変わった。道が舗装され、馬ではなく車が走るようになり、便利になっていくと同時にどんどん町並みが変わって行く。
だが決して良いことばかりではなかった。仲間が大勢、寿命よりも早く死んでいく。自分達が住めない程水が汚れていた。昊は何も出来なかった。人間に訴えようと近づいても、誰もこちらに気付く事なく素通りされる日々。
もう人間には見えていない……。死にゆく事は分かっている、だけど、これは殺戮とどう違うのだろう?
あの日、教えてくれたお爺さんはもういない。一人きりで消えて行ってしまうのだろうか。手の中にいる仲間は冷たくてとても軽かった。
「僕たちの生命は、軽かったのかな……」
足元から崩れていく、楽しく美しかったかつての世界の記憶。
昔は、あの頃は、分かっていたはずだったのに、今は何がシアワセなのか分からない。
自分の死期が近づいている。
変わりきってからしか気付けないのだ。後戻りなど出来ない事に。
「僕は、どうして物の怪になったんだっけ?」
仲間たちに聞いても、分かるものなどおらず、一人で考えるのが日常だった。
だがそんな昊にも楽しみがあった。毎年、ある時季にあった人間との交流だ。
ホタルは綺麗な河原を住処とする。そこに人間がホタルを鑑賞しに来るのだ。その時、身なりを変えたりして人間に紛れ人間と話をする。それが昊に取っての楽しみだった。
時代が変わっても、その時季になると人間が訪れる。時折仲間を捕まえ持って行ってしまう人間もいたが、後をついて行き、目を離した隙に逃がしたりした。自身は物の怪であるから人間の隙を突く等朝飯前だった。
そんなある時、鑑賞の時季でもないのに、一人の年老いた男が河原に訪れていた。昊は興味本位で近づき彼と話をした。お爺さんは昊の世間知らずな物言いや行動に、腹を立てる事はなくいつも穏やかだった。
「ねぇ、お爺さん。信じてもらえないだろうけど……僕は物の怪なんだ。それでね、どうして僕は物の怪としてここにいるんだろうって、ずっと考えて来たんだ。でも何も分からなくて……」
「うーむ、そうだねぇ……。昊、きっとお前が人間のことを好きだからだろう。好きでもなければ、姿なんて見せないし、人間を食べるんだろう?」
お爺さんの言葉に昊はようやく納得がいった。そうだ自分は虫であったあの頃から、人間が好きだった。いつも面白い話を知っていて、色んな場所に行けて、苦しくても助け合って……。そんな人間が昊は好きだったし憧れていた。だから、自分も人間に近いモノに成れたらきっと楽しいはず、とそんな楽観的思考で物の怪になったのだ。
昊は自分の考えが可笑しく吹き出して笑った。
「昊、人間は良い奴ばかりではない。きっとお前達に害を為す連中は現れる。避けては通れない。それでも、人間がこれからも好きだと思えるかい?」
「うん。多分!」
多分と言葉を付けた昊に、今度はお爺さんが笑った。一頻り笑ったお爺さんは、咳払いをすると立ち上がる。
「その時にならないと分からんしなぁ。さて、ワシはもう帰るとしよう。ありがとうな、昊。お前さんと話せてとても楽しかった。だが、これだけは覚えておいて欲しい。『壊す人間は必ずいるが、守る人間も必ずいる』だから、どうかお前が好きな人間を信じてやっておくれ」
「うん、分かった」
お爺さんは「達者でな」と手を振り帰っていった。
それから、お爺さんは二度とこの河原に訪れる事はなかった。
風の噂でお爺さんが亡くなったと知ったのはいつだったか──。
「ありがとう。お爺さん、お元気で」
その言葉は響くことなく風にかき消された。
お爺さんが眠りにつき、いくつもの年を越え、時代も移り変わり、やがて着物から洋服へと変わった。道が舗装され、馬ではなく車が走るようになり、便利になっていくと同時にどんどん町並みが変わって行く。
だが決して良いことばかりではなかった。仲間が大勢、寿命よりも早く死んでいく。自分達が住めない程水が汚れていた。昊は何も出来なかった。人間に訴えようと近づいても、誰もこちらに気付く事なく素通りされる日々。
もう人間には見えていない……。死にゆく事は分かっている、だけど、これは殺戮とどう違うのだろう?
あの日、教えてくれたお爺さんはもういない。一人きりで消えて行ってしまうのだろうか。手の中にいる仲間は冷たくてとても軽かった。
「僕たちの生命は、軽かったのかな……」
足元から崩れていく、楽しく美しかったかつての世界の記憶。
昔は、あの頃は、分かっていたはずだったのに、今は何がシアワセなのか分からない。
自分の死期が近づいている。
変わりきってからしか気付けないのだ。後戻りなど出来ない事に。
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