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  後編『童子の霊が買える寺』

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「そう、交通事故。子供がはねられたりとか」 
 
 旅社一階の南京飯店で遅い昼飯を食べていた時、ドレモン先輩が唐突に店の女主人に尋ねた。オカルト通の先輩が、この手の噂話を逃すはずがない。先輩は現地語と英語をおり混ぜてゆっくり話したが、意味が通じないようだ。

 女主人はサワニーといい、例に漏れず 潮州人ちょうしゅうじんである。すかさず先輩が筆談に切り替えると、理解できたようだ。

「有没有 車輌事故 小児 在六四公園」

 最初の三文字以外は、適当に漢字を並べただけだが、これに現地語と英語で補足すると、概ね相手に通じる。潮州人が普段使う漢字は、台湾や香港と同じでやたら画数が多く、日本のものとは異なる。それでも、だいたいの見当がつくという。

「そんな話、最近ないのか…」

 質問は通じたが、収穫はなかった。サワニーによれば、車の衝突事故はあるものの、子供が巻き込まれて亡くなったケースはないという。一人しかいない店の従業員にも聞いたが、ここ最近事故があったという話は耳にしていない模様だ。

「ロータリーの車道じゃなくて、公園の中だよな。交通事故は関係ないかも知れない」

 ドレモン先輩に連れられて、初めて六四公園を訪れた。かつてここが街一番のダークスポットだったとは思えない。華僑の老人が碁を打ち、ベンチには暇そうな作業着姿の男が休んでいる。中央には水量の乏しい噴水があって、整えられた植え込みが周りを囲む。

「ジャンキーどもが真っ昼間からポンプ打ってた頃は、殺人事件とかもあったりしたんだろうけど、被害者は子供じゃないよな」

 今やすっかり浄化された雰囲気だ。何年も前、ある華僑の有力者が動いて公園を再整備し、夜間立ち入り禁止にした。それと並行して、薬物中毒者が入り乱れる悪の時代も終わったという。当時を知る者も少なくなり、名残りはない。

 公園に出没する子供の幽霊の話は尻すぼみで幕を引くかと思われた。他の連中は無理な関連付けだと笑うかも知れないが、俺には印象深い話だった。教えてくれたのが、安宿街のアイドルことヌイである。

「お寺で子供のピーが買える」

 この国の北部に古都と呼ばれる観光地がある。そこに建つ寺院で、ピーを買うことが出来るのだという。この場合のピーは化け物系とは逆の守り神に近い精霊だ。

 精霊を販売しているのは、インチキ臭い新興宗教団体ではなく、格式が高い古刹である。購入者は子供を亡くした女性や身寄りのない老女。男子禁制ではないが女性ばかりで、寺から授かる精霊はみな男の子なのだという。ちなみに金額、僧侶に渡すお布施の額は相当高く、庶民には手が届かない。

 その精霊とは、使い魔みたいなものなのか、式神に似たものか。ヌイのカタコト日本語も毒蝮どくまむしの通訳も単語レベルで怪しく、どこまで正確に理解できたのか自信はない。それでも精霊は呪術などは違って悪意がどこにもなく、やや不適切な表現だが、ペットのようにも思えた。寂しい女性を癒す高級なお人形といっても良いだろう。

「ご飯食べる時は、必ず子供のぶんも用意して一緒する」

 意外にも本格的で、長距離のバスや列車に乗る際は、子供のチケットも用意するという。飛行機はさすがに無理だが、町中の走るバスなどでは膝の上に精霊を載せる設定らしい。設定などと言ったら、たぶん叱られる。ピーを連れる女性は本気で、少しも気が触れていない。

「写真に写ることもある」

 精霊を連れた女性が知り合いと旅行に出掛け、観光名所で記念撮影した。そのスナップに男の子が写り込んでいたのだという。鮮明ではなかったが、ほかの家族連れが紛れ込んだのではなかった。

 男の子は、髪の毛をてっぺんでお団子のように結び、額には細い縄を巻きつけいた。ひどく古めかしい格好で、明らかに現代人とは違う。童子と呼んだほうがしっくり来るだろうか。

 三○三号室の幽霊と似通っているが、こちらは恐怖体験ではない。写真を渡された女性は、童子の姿を見て感激し、泣いたという。いい話である。周囲の人たちが、普段見えない童子を連れた女性を小馬鹿にしたり、邪険に扱わないところがいい。

「でも、お婆さんが先に死んじゃう」

 ヌイは本気で心配しているふうだった。親役の女性が亡くなったら、連れ子の童子はどうなるのか。そもそも精霊には寿命がなく、必ず親役が先に鬼籍に入る。その後、どうするのだろう。親を失った精霊の童子は路頭に迷ってしまうのではないか…

 六四公園で目撃された男の子の幽霊は、そんな迷い子の一人であるように思えた。
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