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  後編『史上最凶の怨霊に会いに行く』

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 立派な寺院だった。 辺鄙へんぴな農村の寺という話だったが、尖塔が黄金色に輝く、格式の高そうな寺院である。手前の駐車場には車が何台も停まり、参拝客も多い。そして、お供え物や女性服を売るショップが境内に併設されている。陰気な感じは少しもない。平日だが、まるで祭日のようだ。

「夫に逃げられたナークさんの霊は、さらに凶暴化します」

 村全体が恐怖に おとしいれられた。ナークさんの怨霊は次々と村人に襲いかかり、犠牲者が続出する。怨霊出没の噂は近隣の村に留まらず、遠くの地にまで及んだという。そしてエンターテイメント性抜群の壮絶なバトルシーンが始まる。

「ドラマや映画だと、対決の場面が派手で凄まじいようです」

 何人もの僧侶や名うての祓い屋が怨霊に立ち向かう。様々な方法で鎮めようとするが、いずれも歯が立たず、返り討ちに遭う。この壮絶なバトル展開が、この国で史上最凶の怨霊と呼ばれる理由らしい。ナークさんの霊は、ますます たけり狂って、災厄は拡大する一方だ。

「誰もが諦めた頃、村に一人の小僧がやって来ます。非常に徳の高い、比類のない超常能力を持つ少年僧です。彼はバトルを制し、見事、怨霊を壺に封じ込めることに成功しました」

 続編を作るのが不可能なくらいの完全勝利で怪談は終わる。余韻を残さない点が好感を持たられるらしい。また少年僧は完全無欠のヒーローだが、この国の僧は誰しも法力を備えていると考えられる。厳しい修行の過程で霊力を獲得し、怨霊や怪異と対峙する。僧侶が尊敬される秘密は、こんなところにもあるのではないか。

 本堂の脇に、供養の人形が鎮座する間があった。金箔が全身に貼られた女性像で、子供の像も一緒だ。その背後には複数の肖像画が掲げられ、周囲にはドレスが吊り下げられている。境内のショップで異彩を放っていた女性服は奉納品だった。

「服をお供えするって感覚は、ちょっと分かりにくいですね」

 参拝客は女性が多く、小汚い格好の安宿組二人は悪目立ちした。鮮やかな色のドレスを供えるのは、女性ならではセンスなのだろうか。そして、参拝に訪れる女性たちがホラーマニアというわけでもないようだ。 
 
「愛の物語でもあるんです」

 係長の口から不似合いな単語が飛び出して、笑いを堪えるのに苦労したが、この怪談が語り継がれる理由は、夫婦が共に抱く強い愛情にあるのだという。そして、もうひとつの特徴は悪人が登場しないことらしい。

 果たして日本の三大怪談と比較するのが適切かどうか悩むが、確かに「皿屋敷」や「四谷怪談」には極悪人が登場し、幽霊となった女は強く恨む。強い愛情が鍵になる「牡丹灯籠」にしても、強欲な悪人が騒ぎを引き起こす。

 「メーナーク・パッカノン」では、正体を発見した夫が罵るくらいで悪い輩は一切登場しない。全員が被害者で、その分やる瀬なく、切ない。係長は、ナークさんが怨霊に変化するキッカケがやや雑で、もう一工夫ほしいと言う。ひと様の国の有名な怪談にケチをつけるとは、どういう了見だ。

「夫への強い愛情の裏返しとも読めるけど、誰でもちょっとしたことで悪い霊に変わるってしまうとか。そんな警告の意味があるんじゃないかな」

 俺は反論してみたが、自信はない。念頭にあったのは宿で起きた憑依事件だ。悪い霊に取り憑かれた本人に原因はなく、ふだん善行を積んでいようがいまいが、襲われる時は襲われるらしい。その為に、この国の人たちはお守りを携え、聖なる紐を手首に巻いてもらったりする。

「これも少し意味合いが飲み込めないんですが、裏手に本家本元があります」

 言っている意味が分からない。寺院の背後に回ると、また女性の像があった。雨除けの ひさしは付いているが屋外だ。照明が輝く寺院内とは違って、どことなく暗い雰囲気に包まれている。
 
「こちらが びょうになります」

 今しがた拝んだ金色の女性像とどんな違いがあるのか…確かに理解が追い付かない。辺りが暗いのは高速道路が日除けになっている為だけではない。廟の奥は運河だ。宿周辺の運河と同じく黒い水を たたえている。

「物語の最後で、少年層が怨霊を封じた壺を投げ込むんだよね。川に」

「運河です。整備が始まったのは十八世紀なので、ナークさんが亡くなった頃は、既にあったと考えていいでしょう」

 投げ込まれたポイントも、夫婦が住んでいた家も今となっては正確に分からない。ただ、寺の近くの運河であることは確かだという。この国の人々は、投げ捨てられた壺の行方を気にしないのだろうか?

「少年僧の法力は圧倒的で、呪いも祟りも完全に鎮まりました。この結末は揺らぎません」

 怨霊を甘く見ている。百年以上が過ぎて、ふとしたはずみで封印が解け、再び災厄の嵐が吹き荒れる…俺はそんな続編を思い付いた。
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