TEM†PEST

Nagato Yuki

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Mov.39 分裂の始まり

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「――これは差別だッ! 横暴だァッ!」

 濁り、よどんだ黄昏に韓服軍団とこぶしを突き上げ、キム・ジュクは九十九つくも式自動小銃を携帯して運営委員会事務所前にずらりと立つ白い壁――矢萩、潤が率いる警備隊に青筋立てて怒鳴った。だが、総勢15名のコリア・トンジョクに対し、相手はおよそ100名。しかも、数に加えて武器やバリア、アクセサリーのレベルも上。まともにぶつかれば、敗北は確実。それゆえキムは、事務所の窓から顔を出している局員や観衆によく聞こえるよう声を張り上げた。

「――何で俺たちは狩りを減らされ、テルマエランドや公共トイレの掃除ばかりさせられるんだッ!」
「そうだ、そうだ! デュフンッ!」憤慨するオ・ムミョン。「しかも、難癖付けて報酬を減額しやがって!」

 続いてチュ・スオがホンたちやユン、独り後ろにいるクォンをあおって口々になじらせる。それを腕組みして眺める矢萩は振り返って三人衆と顔を見合わせ、やにわに九十九式自動小銃の銃口を空に向けてトリガーを引いた。ダダダダダダッ――立て続けの響きが非難を途切れさせると、切り返しが間隙を突く。

「ごちゃごちゃ騒ぎやがって。委員会が承認したワークプランに文句を付けるつもりか?」
「報酬が減額されているのは――」潤が、冷たく反論する。「きちんと仕事をしていないからでしょう。それで満額支給されると思う方がおかしいわ」
「ふざけるなッ! 俺たちは掃除なんかしたくないんだ! 狩りをさせろッ! これは、俺たちを弱らせるための策略だァッ!」
「黙れッ! 黙らないと――」

 銃口をキムに向けようとした矢萩は、後方の警備隊員が左右にサッと割れ、そこを後藤アンジェラと歩いて来る佐伯を見て目元をゆがめ、結んだ唇をひねって横にどいた。矢萩と潤の間を通って前に出、まなざしでコリア・トンジョクメンバーを突き刺す佐伯、その斜め後ろでメガネレンズ越しにグレーの瞳を光らせる後藤――ハーモニーのリーダーとサブ・リーダー、警備隊隊長と副隊長である両名を、キムは左右に立つチュ・スオ、オ・ムミョンとにらみ返した。

「新田がいなくなった途端、イジン差別を始めやがって……おいッ!――」

 キムは傍観者たちを見回し、間合いぎりぎりに立つ佐伯を指差して憤然と吠えた。

「――こいつは、イジンを見下して差別していやがるんだ! 放っておいたら、韓国系以外もひどい目に遭うぞ! 純血だって、手前勝手な理屈でベース・ギャランティ制度の支給額を引き下げ、ルルりんキングダムを強引に抑え込むようなヤツに従っていたら、ろくなことにならないぜ! 俺たちと闘え! こいつらの勝手を許すなッ!」

 朱のパジチョゴリと赤のベストに燃え上がる顔を合わせるキムだったが、周囲の反応は冷ややかだった。後藤が隊服のカラーを白に変えて警備隊のイメージを向上させる一方、情報マネジメント局を使ってコリア・トンジョクのネガティブイメージを強めた結果、たびたび問題を起こしてきた彼等はすっかり悪者になり、多少強引なことをしてでも弱体化させなければならないという『世論』が作られてしまっていた。

「……どうしたんだ、お前らァ! いいのか、こいつの思い通りにさせてッ!」
「黙りなさいッ!」バッと銃口を向ける潤。「コミュニティを乱そうとするならず者め! これ以上誹謗中傷すると、容赦しないわよ!」
「何だと、このクソガキィッ!」
「立ち去れッ!」

 銅鑼どらを打つような佐伯の一喝いっかつ。思わずひるんだキムに、腕組みした佐伯は不動明王さながらの迫力でたたみかけた。

「――これ以上騒ぎ立てるのなら、全員捕らえて厳罰に処す!」
「ふざけやがって……! こんな真似しやがるのなら、俺たちはハーモニーを抜けるからなッ!」
「好きにすればいい。ただし、そのときはこの遺跡から出て行ってもらう。森を含めたこの付近一帯での狩りも認めない。テリトリー侵犯や夜間に密猟してフィールドにダメージを与えるといったことがあれば、敵と見なして徹底的に潰す」
「……この野郎ッ!……」

 ひん曲がった口の左端をぴくぴくけいれんさせ、キムがこぶしを作っていた右手を開いてそこにアックスガンを出現させようとしたとき、朱の袖がクイッと引っ張られ、すぐ後ろからクォンのささやき声が聞こえる。

「それをやったら思う壺、みんなやられてコリア・トンジョクはお終い、ジ・エンドですよ。だから、ボクはこんなことやめようって言ったじゃないですか、ねぇ?」
「――指図するなって言ってんだろうがッッ!」

 肘がクォンの顔面にめり込み、ユンたちが慌ててどいたところにドッと倒す。こぶしを震わせるキムは鼻血をだらだら流すキツネ顔をにらみ、歯ぎしりしながら血走った目を佐伯たち警備隊に転じた。

「あ、兄貴、確かにやばいっスよ」
「デュフ……ここは引き下がって何か方法を考えましょう」
「……く……!」

 なだめるチュとオ、青ざめたユンたちを見たキムはうなると警備隊に背を向け、大地を踏みつけるように歩いて側近と広場を去った。その後をコリア・トンジョクメンバー――そして、折れた鼻を血で汚れた右手で押さえるクォンが見えない鎖に引っ張られて追う。そうした無様ぶざまな背中に、矢萩から「お前らは、おとなしく便所掃除でもしていればいいんだ」という侮辱が、三人衆をはじめとする警備隊メンバーからは嘲笑が投げつけられた。





「……そっか」

 あだっぽい唇を舌打ちでゆがめ、ため息を噴いたルルフは胡坐あぐらから足を投げ出してボフッと仰向けになった。外れた視線を追って動いたコネクトのウインドウがベッドの天蓋てんがいをバックにし、四角い画面に映る鎌田がピンクのキャミソールに隠された豊満をちら見しながら続ける。

『そのような訳で、コリア・トンジョクの連中は尻尾を巻いて逃げて行きましたよ。はじめは威勢が良かったのに』
「まったく情けないなあ~」

 黄金のツインテールを抽象芸術のごとく広げるルルフ……無造作に転がる怪獣のぬいぐるみの一つをつかみ、鋭い爪が生えた太い手足をいじりながらぷるっとした唇を尖らせる。

「――捨て身でやっつけてくれればよかったのにさ。コンサートは開けない、家の周りでは警備隊が目を光らせているなんてたまらないよー!――ねぇ、カマック、何とかならないの~? あなた、運営委員会の委員でしょぉ?」
『それを言わないで下さいよ、ルルりん。委員会は佐伯リーダーが牛耳っているんですから。にらまれたら、ボクなんか一溜まりもありません。とにかく、今はおとなしくしていましょう。そのうちきっと流れが変わりますよ』
「『そのうち』っていつよ?」
『そ、そのうちです……』
「……もういいよ。バイバイ、カマック」
『あっ、ルッ、ル――』

 コネクトを切ったルルフはぬいぐるみをポイと投げ、いら立たしげに寝返った。

『――キャハキャハ♪ ルルりん、モンモンしちゃってるね。キャハキャハッ♪』

 宙にロココ調デザインの楕円型ミラー――ミラが現れ、くるくるひゅんひゅんはしゃぐ。

「笑い事じゃないわよ! こっちはストレス溜まりまくりなんだから! あー、イライラするよー! もっともっとポイントが欲しいのにー! ルルラーたちも警備隊にビビって頼りにならないし、どうしたらいいのよー!」

 両腕とショートパンツから出た足をばたつかせると、ミラが笑いながらくるくる飛び回る。いらついたルルフは手を伸ばしてつかんだワニクジラ怪獣のぬいぐるみを投げつけ、うつ伏せになって歯がみする顔をうずめた。

「……それもこれもジョアンあいつのせいだ……! 絶対……絶ッッ対許さないんだから……!」





「――くそっ、上等だ! あいつら、全員ぶっ殺してやるッ!」

 ストレートウイスキーをグイッとあおったキムがグラスをコースターにガンと置くと、ローテーブルの向こうで横二列に並んで正座しているユンたちがビクッと体を震わせる。抗議のみじめな結果に怒りが収まらないキムはメンバーを引き連れて赤瓦台に入り、会議と称してやけ酒をあおっていた。

「……ったく、俺たちみたいな闘士は他にいないらしいな! どいつもこいつも佐伯と警備隊に尻尾を振るか腹を見せるかだ! まったく情けねえッ!」
「ホントっスね、兄貴」

 隣でチュ・スオがうなずき、赤ら顔をしたキムのグラスにウイスキーを注ぐ。

「――このままじゃ、早晩コリア・トンジョクは潰されてしまうっス。殺るしかないっスよ、佐伯を……オレたち全員でかかれば、きっとできるっスよ」
「デュフフフゥ! やろう、やろう! おれのクローでズバズバーッと切り裂いてやるっ! デュフフーッ!」

 キム、そして左右からあおるチュ・スオとオ・ムミョン――それを一列目の端からうかがうユンは、どんどん悪い方向へと転がる状況に青くなる一方だった。ホン・シギやイ・ジソンたちも『敵』憎しの気持ちが強い半面、対立が深まっていくことへの恐れで顔をこわばらせている。だが、誰も自分たちを飲み込んだ流れを変えようとはしなかった。

「あの~ よろしいでしょうかぁ?」

 二列目の後ろ――独り正座するクォンが、そろそろと右手を上げる。先刻肘打ちを食らって流血した鼻は、ポーションで完治していた。

「何だクソ犬! また生意気な口を利くつもりか!」
「いえいえ、そんな滅相めっそうもない」

 黒革ソファにふんぞり返って吠えるキムにクォンは両手をふるふる振って恐縮し、背中と首を伸ばすと横二列の頭越しに上申じょうしんした。

「――お気持ちはよく分かります。とってもね。だけど、佐伯は手強い。その上、いつも手練てだれの警備が複数付いています。闇討ちも想定しているでしょう。ですから、もっと別の策でいくんです。一気に白黒付けようとするんじゃなくて、じわじわ苦しめてやったらどうかと思うんですよ」
「ああ? どういうことだ?」
「ゲリラになるんですよ。ハーモニーを抜けてね。今の戦力じゃ、正面切ってやり合うなんて無謀。だから、この遺跡を出て他のフェイス・スポットを探し、そこをベースにしてコツコツやるんです。ワークプランに縛られずに狩りをして力を付け、StoreZで機械人形〈オートマトン〉を購入して頭数を増やし、狩りに出て来たハーモニーのメンバーを襲って地道にダメージを与え続ける……賢明なキム族長なら、この案をご理解下さいますでしょう?」
「ふん、なるほどな。しかし、お前も散々俺に殴られているくせに、ずいぶんとまともな意見を言うじゃないか? ま、闇討ちだの何だのをやるとなったら、一番に突っ込むことになるのは自分だからだろうけどな」
「そんな~ 邪推ですよ、族長。そりゃ、確かに殴られたりするのは嬉しくないですけど、ボクは族長に忠誠を誓った身ですし、何よりもあいつら純血日本人が嫌いなんです。何よりも、ね。だからこそ、しっかりこってりたっぷりと思い知らせてやりたいんですよ」
「ふん。それで、いつ実行するとかも考えているのか?」
「しばらくは油断させるためにおとなしくしていましょう。そして、機を見計らって警備隊の誰かを血祭りに上げてから離脱するんです」
「警備隊のヤツを?」と、チュ・スオがグラス片手に聞き返す。
「はい。狩りに出て来たところをやるんです。チームの他のメンバーを追い払って数人がかりでやれば一捻りですよ。その方がただ離脱するより面白いでしょう? ま、宣戦布告ってやつです。標的は、そうだなあ……あのクソ娘――加賀美潤なんかどうですか?」
「あいつか……お前にしてはナイスアイデアだな、クソ犬」
「はは、やってやりましょうっス、兄貴!」
「デュフフフゥ! 面白そう!」

 鬼畜な案にキムたちは盛り上がり、黙って正座し続けているユンたちの前でよこしまに笑い、アルコール臭をまき散らした。
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