EQ200

凛快天逸(Rinkai Tensor)

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京心大学、学生自治会での立候補、議論、事件発生、

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 時刻は12時であり、大学では昼休みの時間に突入していた。生徒達は様々な場所で昼食をつまんでいる。愛九と理沙はと言うと、大講義室の中で座っていた。
 今二人は大学内の政治に関与しようとしていた。
 京心大学に於いて、所謂高校などにもある生徒会に近い組織が存在する。その組織の名前は学生自治会である。生徒が自治的に大学生活を規律しようとする団体だ。
 学生自治会のリーダーの正式名称は学生自治会長であり、通称は会長と呼ばれる。一年生から誰でも立候補可能である。

「それでは、只今より立候補者の確認をします」
 学生自治会のメンバーの司会がステージ脇に立って、会を進めていた。

  愛九は大学でも会長に立候補するのだ。高校でも生徒会長として活躍していたように、ここでもその手腕を発揮する。
 京心大学の生徒数は莫大なので、会長を選ぶ選挙過程は険峻な道になるだろうと、ある程度予測していると、そこまで立候補する人間はいないらしい。
 どうやら愛九以外は一人だけだ。これなら楽勝だ。愛九はそう確信しながら、挙手すると。

「ん?」
 だがしかしながら、立候補者の数など問題ではなかった。大事なのは数ではなく、質だったのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、愛九の以外の立候補者はあいつだったのだ。
 隣からいきなり話しかけられたので、視線を横に移動してみると、そこには生徒の姿。
 男子大学生だった。あのセンター試験会場でも、二次試験会場でも、そして入学式の登壇上でも顔を見合わせた、あの人物であった。

「……」
 立候補の希望を取り終えると、立候補者は簡単な自己紹介を交えたスピーチをしなければならない。最初は愛九が行った。時間は数分程度だった。内容は至って普通のものである。
 そして愛九の次に、零血の出番になった。スピーチを終えた愛九は登壇台から降りて、講義室の壁際に設えられた待機席に戻っていく。その入れ替わりで、零血が今度は登壇していく。
 と、その途中で。
 
「緊急ニュースだってよ!」
「え!?どれどれ!?」
 突然、緊急ニュースが流れててきた。どうやら全国規模の大々的な報道らしく、京都だけではない。講義中にも関わらず、受講者達は全員スマホを見ていた。遂には講師までもがスマホを取り出して、ニュースを確認する始末だ。

 待機席に座っている愛九の横の理沙も、同じ様に世相に敏感であった。
「愛九、ほら見てよ、これこれ!」
「え……?」
 愛九は自分がスマホを取り出すよりも、理沙が彼女のスマホを見せてきたので、それを通して、緊急ニュースの内容を見ることになった。

「これは……」
 ニュースは超日本国会議事堂を映し出していた。愛九の父親である木戸哀田首相に対して、謎の人物が対峙しているのだ。
 女性だった。彼女はまるで超日本帝国軍を相手取るように、まるで英雄の如く豪胆にもスピーチを行っていくのだ。彼女は一人だけではなく、集団らしい。

「凄いことになってるな!」
「まさか、抵抗軍の人間が、超日本帝国軍を打ち負かそうとしてるか!?」
「さあな?どっちが勝つんだ!?」
 緊急ニュースのせいで講義室は烈風の如くその雰囲気を激化させていく。超日本の未来を左右する謎の人物とその集団を見ながら、大学生と教授たちは、ただひたすら政治に熱くなる。

「み、みなさん、会長候補者のスピーチがあるので、静粛にしましょう」
 だがしかし司会の注意によって、場の喧騒は静まっていく。
 そして司会が次なる候補者、つまり零血の登壇を促した。
「それでは、零血さん、スピーチをお願いします」
 無言で頷きながら、零血は講義室の前に登壇していくと、スピーカーを自分の所まで取り寄せた。そして彼は、超日本国会の謎の女性と同じタイミングでスピーチを始めたのだ。

「私の名前は零です」
「俺の名前は零千零血」



 それから二人は数分程度のスピーチを続けていった。
 愛九は自然と姿勢を防御態勢に構えていた。なぜなら零は明らかにQに対して批判的であり、攻撃してくるであろう事は確かであったからだ。
 だがしかし意外なことに、零はまずQに対する擁護からスピーチを始めたのだ。それは愛九が予想していた内容と180度乖離していたと言っても過言ではない。

 零はまずこう主張した。
「正直に告白しましょう、Qがこの短期間で行ってきた革命は、ある一面から見れば、称賛に値します」
 Q反対派側から主張されるような台詞ではなかったので、そのスピーチを聞いていた全員は度肝を抜かれた。

「ど、どういう事だ!?零は、Q反対派じゃないのか!?」
「いきなり肯定して、どうするんだよ!?」
「こいつ、馬鹿か!?」
 などという否定や批判が講義室内では生まれていた。

「……?」
 その間、愛九は動揺していた。 
 一体何を彼女はしようとしているんだ。どうしてQに対する肯定なんて、ただの自爆にしかならないじゃないか。こいつはただの心の馬鹿か、などと思っていた。

 そんな愛九の心の罵倒など知る由もなく、さらに女性はスピーチを進めていく。 もちろんだが彼女は次に、Qに対する批判を述べる。
「だがしかしながら、Qのやったことはやはり許されるものではありません。選挙過程、法律的な枠組みを完全に無視して、唯我独尊の如く国を動かしていくのは、それは違憲という枠組みを越えて、悪であることは間違いありません」
 零は断言した。
「私は超日本という無謀な革命を止めさせて、日本を取り戻すことを約束しましょう」

「やっと現れたぜ!救世主がよ!」
「超日本はもう終わったな!」
「ああ、流石に超日本大戦はやり過ぎだしな、まあ、もう革命は成されなかったのさ」
 講義室内はもちろんのこと、京心大学内、ひいては超日本中は喧騒に満ちていた。新たなる希望が現れた事によって。
 そして最悪な事に、Q肯定派の人間までもが、その零に対して好意的な印象を持っていたのだ。
「まあ、Qに対しての幾つかの功績を肯定的に評価しているのは、悪くないね。Q肯定派の俺でも、それぐらいは認めるよ」

「こいつ……」
 愛九は心のなかで聞くに堪えない罵詈雑言を放っていた。
 もし零がもっと乱雑に登場してくれれば、Q肯定派の人間たちが批判するような事にもなったのに。だが零は、いやらしいぐらいにまで丁寧に登場して、スピーチを行ったのだ。
 そのせいで、Q肯定派までもがその姿勢について感心しているじゃないか。
 ふざけやがって。

「……」
 そして零と名乗る人間を殺害することも出来ない。それは彼女に乗り移ることが不能であるという能力上における技術的な障壁ではなく、もし彼女を殺害すれば、既に形成されていくQ反対派をさらに増長させる事に繋がり、それはもう超日本帝国という偉大なる革命の終焉を意味するからである。
 だから絶対に足の指一本も彼女に触れることが出来ないまま、愛九は何故か小指ではなく薬指を齧りながら、眺めることしか出来ないでいた。これはEQ200の天才としては精神的な拷問に近かった。




「それではこれより、候補者による議論に移りたいと思います」

 簡易なスピーチの後は、議論会というスケジュールになっていた。
 日本の各地と同じように、京心大学ではQ派と零派の二派に分かれていた。そして零血は零派、愛九はQ派となって立候補をしたのだ。
 当議場と化した大講義室では、既に熱気が迸っていた。会場は満員であり、一年から四年までの大学生徒、そしてさらには教授までが集合している。
 そんな緊迫した空間で二人はこれから議論を交わし合うのだ。

「今回のテーマはこちらになります!」

 ”正義とは何か”

「んだよ、それ」
「曖昧過ぎて、実りのある議論にならねーだろ」
「もっと具体性持たせろよ」
 会場では既に薄汚い野次があちこちで飛んでいた。
 確かに分かる。
 
 議題になったテーマはあまりにも抽象過ぎて、一体どこから議論を開始していけば良いのかすら、検討も出来ないものだった。
「それでは会長候補である愛九さん、発言をお願いします」
 司会が議論を進めていく。

 それを受けて、愛九は待機席から立ち上がる。ステージにまで移動していき、登壇。スピーカーを自分の所まで寄せる。
「僕にとって正義とは――」
 そして愛九が絶対的な自信を持って発言しようとすると、再び、緊急ニュースが流れてきたのだ。

「事件だってよ!」
「嘘!?」
「どこで!?」
 議論会場に居合わせた生徒から教授まで騒ぎ立てている状態である。一様にスマホを取り出して、事件の状況を追っているのだ。 

「くそ、こんな時に!」
 銀行強盗事件だった。 
 事件現場は京都市。京心大学の近隣であり、既に警察側が動きを入れているのが、警察車両のサイレンの動きで理解できた。
 それ以外の情報は不確かであり、やはり、これから愛九が事件に直接関与しなければならない、ということは明白な事実であった。
 愛九がまず事件を解決しようと、状況の確認に努めた。スマホを取り出して、ニュース画面を開く。



 京心大学の講義室で激論が交わされる中、超日本国会でも議論はなされていた。
「Qは犯罪者です。彼は決して英雄ではありません!」
 数十分前に突然姿を現した零と呼ばれる首相候補と、木戸首相が激烈なる議論を交わしているのだ。二人は超日本を巡ってお互いの正義を主張し合う。

 超国会では、Q派と零派の二派に分かれていた。
 議論内容は正義であり、同じような内容であった。Qの正当性、そして零の正当性、それらが俯瞰的に激論されていき、深まっていく。

「何だと!?Qこそが正義であり、そして偉大なる革命家――」

 Q肯定派の代弁者である現首相の木戸哀田は激烈なるスピーチを行っていた。
 だが今現在、木戸首相の世論支持は低迷が続いていた。超日本列島での内戦を受けて、各地から批判が相次いでいたからだ。
 それでも木戸首相はQという存在を心の底から信じていた。なぜなら彼は自分が思っていた意見を代弁していたのだ。



「「……」」
 二人のEQ200の天才は、事件現場まで心を飛翔させていく。
 同時刻に二人が事件現場に到着した。一瞬たりとも時間を浪費することなど出来ないので、彼らは一瞬で事件の状況のおおよそを看破した。
 銀行に立て籠もっている犯人の数は3人である。彼らは銀行外に車両を用意しており、逃げ道も用意しているらしい。
 だがしかし多くの情報は未だに不確かである。そんな曖昧な状態のまま、事件に直接関与すべきか。これは問題に対するアプローチによって異なってくる。



「そ、それでは皆さん、取り敢えず事件はさておいて、議論に戻りましょう……」
 という司会の言葉によって、集中力を取り乱した講義室は平常心を取り戻していった。生徒達はスマホをしまい、二人の立候補者に視線を傾ける。

「愛九さん、貴方にとって、正義とは?」
 そんな深遠なる疑問について意見を述べるのは難しいだろう、そんな思いが会場には張り付いていたのだが、愛九は爽快な表情を保っている。そして――
「早速ですが少しばかり、議論のテーマについて、変更することを願います」
「ええ、構いません」 
 愛九は司会の許可を得ると、強引に設定された議論のテーマを捻じ曲げていく。



 そして愛九の半分の精神は、事件に傾いていた。
 さらに事件は迅速に解決されなければならない。なぜなら既に事件現場に大勢の警官たちが登場して、犯罪者の焦りを招いているのだ。 
 銀行内の犯罪者達は銃を持って、客や銀行店員を脅迫している。
 
「僕にとってただの正義など、興味はありません。唯一、有意義な正義とは、究極なる正義をのみ意味するからです」
「究極なる、正義……?」
「それは一体……?」
「何だ?」
 観客はその概念の定義に対して、理解に及ぶことがなかった。

「究極なる正義とは、厳格なる愛、そして苦です」
 愛九は一寸の迷いを見せることなく、そう一言述べた。
「厳格なる……愛……苦……?」
 あまりにも理解しがたい台詞に、観客たちは戸惑いを覚えていた。
 そしてそんな観客の戸惑いを晴らすように、愛九は続けていく。


「ぎゃあああ!!!」
 まずは明らかに一般市民に対して銃撃を放っていた攻撃的な犯罪者に乗り移ると、彼の舌を噛みちぎり、殺害を図った。場がさらに喧騒を加速させていく。
 それから愛九は数を持って事件を解決しようとした。人々を同時に操って、強制的に事態の鎮圧を狙ったのである。この戦略は極めて厳格であり、強引であった。
 数秒前まで銃器を持っていた強盗員達は突如として、謎の行動を取り始めた。彼らはまるで罪を後悔したかのように、いきなり銃を地面に捨ててから、両腕を上げながら銀行の入口から退出していったのだ。そして自分から警察に降参していった。

「な、何が起こったんだ……?」
 その謎の光景を目の当たりにしていた銀行店舗内の人間たちは困惑していた。
 だがその御蔭で、犯罪者達を外に移動させていったお陰で、銀行内で脅されていた無罪の人間たちは危機から逃れることが出来た。

「どういう事だ!?事件が自ずと解決されていくぞ!?」
「神の見えざる手……?」
「アダム・スミス……?」
 外で待機していた警官たちも、神の見えざる手(The Invisible Hands of God)の介入を目の当たりにして、驚愕せざるを得なかった。
「Qだ!Qに違いない!」
 そこで感の鋭い警官たちは、その超常的な現象の在り処を悟っていくのであった。



 愛九は主張を紡ぐ。
「残念ながら、ここで人類に関する深遠なる事実の一つについて、告げなければなりません。それは、究極的な正義が果たされるためには、犠牲が必要になるのです」
 愛九の饒舌はそこで流麗極まる。
「だがしかしながら、みなさん、ここで大いなる約束を取り付けましょう。厳格なる愛の果てには、甘美なる果実の褒美が賜われるということを――」
 愛九は零血に対して鋭利な目線で切り込んでいった。
「……」

「あの愛九って奴、変わってるけど、悪人には見えないな」
「ああ、それにあいつ、頭も良いらしい」
「俺、あいつに一票投票しようかな」
 パチパチパチ。
 盛大な拍手が湧き上がった。名誉教授から生徒まで誰でも愛九の主張には賛成しているようであった。そんな拍手喝采は長く鳴り止まない。

「これで事件解決だ」
 愛九が正義についての議題の主張を述べ終わると、同時に降壇していく。事件は一見すると解決していくように思われた。犯人たちは誰も傷つけることなく、銀行の外に出頭して、降参していく、と。

「勝った!」
 愛九は自分で事件を解決して、心の内で確信したのだ。
 愛九一人であらゆる事件は解決していくのだ。究極なる正義が達成された、そんな完璧な世界に、零などという不審者の存在は不必要であり、排除されるべきだ。



「それでは次に、零血さん、お願いします」
「はい」
 愛九は次なる主張者に出番が交代されていく。愛九と入れ替わりで、零血が今度はステージに登壇していく。
「零血さん、貴方にとって、正義とは?」
 司会によって、再び深遠なる問が放たれた。

 が、早速零血は驚きの行動に打って出た。
「あいつ、何してんだ?」
「黒板でも、使う気なのか?」
「でも、どうして?」
 既に講義室は謎の騒ぎを立てていた。
 それも、零血はなんと講義室の黒板をも同時に使用しながら、スピーチを行うようなのだ。ガリガリガリと、勢い良くチョークを黒板に走らせながら、彼は語る。
「正義とは、所詮こんなものだ」

 ”Justice Is Just Justice"
 黒板に書かれたのは、一つの英文であった。

「正義とは……ただの正義に過ぎない……?」
 愛九に続いて、零血も曖昧な台詞を使ってきたので、聴衆は理解に難を唱えていた。
「どういう事だ……?」



「よーし!そのまま両腕を交差させたまま、こっちまで来い!」
 警官たちは操られた犯罪者達を誘導していき、手錠を掛ける用意をしていた。
「さすがQだ!神業で、こんな凶悪事件を解決してくれるとはな!」
「ああ、やっぱり、俺もQ肯定派に移行しようかな」
 一見すると事件解決と思われたが、そこで衝撃的な出来事が発生した。愛九に操作されながら降参していく犯罪者の一人が射撃されたのだ。

 ガツン。
 という鈍い音がどこからともなく峻烈に風を切って、犯罪者の身体を貫いたのだ。間違いなく、スナイパーライフルの弾丸であった。
「!?」
 警官たちと犯罪者、野次馬、視聴者、愛九も含めて、全員が衝撃を受けた。

 そのまま犯罪者の一人は重傷を置いながら、地面に倒れていった。
 つまるところ、愛九の解決方法は未熟だったのだ。彼は犯人を直接操作して事件を解決しようとしたのだが、結果としては事件を難化させたと言っても過言ではない。
「大変だ!」
 事件は混迷を加速させていく。



「くそ!」
 愛九は、言外出来ないようなで毒を心のなかで吐いた。が、それでも事件解決までの進捗は幾ばくか出来たようだ。なので無駄ではなかった。

 零血は己の正義の主張を続けていく。
「正義の対義は別の正義であり、悪のそれも、そのまた別の悪である」
「は……それ……ただ繰り返してるだけじゃん……?」
「なに……それ……早口言葉……?」
 そしてとうとう、観客は完全に意味を理解しそびえれた。それはトートロジーであった。そしてそれは早口言葉でもあった。

 その時、零血ももちろんだが、事件現場に意識を飛翔させていた。
 だが直ちに事件に関与することを避けていたのである。あらゆる角度から、あらゆる事項を熟考していくのだ。一体どうして犯人は犯罪を犯しているのか、どうしてここ事件現場を選んだのか、など。
 まずは事件現場の周辺を徹底的に精査していたのだ。

「やはり、犯人は三人だけではなかったか」
 悪化していく事件を見ながら、零血は唇を噛み締める。
 零血は既に予測していたのだ。
 犯罪者はそこまで愚かではないことを。これは無鉄砲に行われた強盗ではなく、極めて緻密に計画された凶悪な犯罪であると。

 銀行店舗の周辺にまで思考の烈風を吹き付けていたのだ。
 零血は銀行店舗内に一般人として潜伏している犯罪者に対して監視を続けていた。さらに、犯罪者達が脱走用に使用するであろう車、そしてそのダミーまでも既に看破していた。それらの情報を統合的に分析していくと、表面上では見えなかった様々な事実が浮かび上がってくる。
 犯罪者の中に如実なヒエラルキーが存在していること。一番ランクが低いのは、表向きに強盗している犯罪者である。そしてランクが高い犯罪者は一般人として扮しており、監視しているのだ。恐らく、スナイパーライフルを使用し護衛についている犯罪者もそれなりにランクは高いのであろう。
 
 表面以上の知識を得た状態で、零血は次なる行動にへと移行していく。
「スナイパーライフルの弾丸は、北の方向から放たれた」
 零血は弾道の方向を捉えると、思考の風とともに移動していった。銀行前の大通りをあっという間に駆け抜けていき、遠距離射撃の犯罪者の身体を捉える。

「くそ!僕の能力じゃ、あんな距離まで飛べっこないじゃないか!」
 愛九は己の能力の限界を感じて、心の悪態をついた。

 二人の視点は交差していったのだ。まずは愛九がある程度事件の複雑さを展開させていくことで、表面的な事象を抉り出していく。
 そしてそこから、零血がさらに事件を深く追求していき、事件解決までの糸口を模索していく。二人は決してどちらも欠けてはならないのだ。
 愛九と零血の視点は共有されていき、愛九は奇しくも、零血と一緒に事件を解決していこうとしている連帯感が心中に発露していることを感じざるを得なかった。



 そして数秒後。
 零はようやく事件に直接介入していった。



 零血は顔をさらに顰める。
「だが1つだけ断言することがある」
 そこで口調を一層厳格なものとしてから、こう述べたのだ。

「究極なる正義など、そんなものはただの虚飾、幻想であり、俺はそんな夢物語、真っ向から信じない」
 零血も愛九と同じように爽快に意見を述べた。彼の主張は極めて否定的であった。そしてそれは愛九との意見と真っ向から衝突するものでもあった。
「な、何だと……!?」
 愛九は憤怒した。
 まるで愛九の全てが否定されたような、そんな思いがしたのだ。

「へー、零血君って、けっこうかっこいいかも……」
「え……!?」
 すると隣で座っていた理沙は、何故か、零血に対して双眸を煌めかせていた。
「ど、どうしたんだ……理沙……?」
「あ、うん、何でもない!」
 まさか、理沙は零血が好みだったのか!?ということは相対的に考えて、僕はそこまで好かれていないのか!?いいや、まだ彼女の口から何も発言されていないので、被害妄想はそこで止めておこう。

「……」
 とにかく今は恋愛と関係ないので、議論と事件に集中しよう。
 という事で思考を議論と事件に戻してから、零血の主張について耳を傾ける。



 その間、愛九も同じ様に事件の解決に尽力していく。再びスナイパーライフルの餌食にならないようにと、他の犯罪者達を物陰に移動させる。

「……」
 このままでは零の手柄になってしまうだろうが、そんな事は今、関係ないのだ。
 なぜなら愛九と零血は正義の為に戦っているのだ。彼らの往く道は異なるが、究極的な目的という点に於いては一致を見せていたのだ。

 それらの点を踏まえて、零血はさらなる行動に移行した。
 スナイパーライフルの護衛担当の犯罪者の身体に乗り移ると、零血は彼の無線を奪い取った。そして犯罪組織のアジト内から指示を出す人間たちの居場所を追求していく。

 零血は能力を使わずに、まずは徹底的な状況の解明に時間を割いた。下手に事件に手を出せば、解決に至る時間は逆に長引くと思っているのだ。
 それに対して愛九は逆のアプローチを取った。彼は取り敢えず出来るだけ多くの人間に乗り移っていき、迅速に事件解決に努めるのだ。
 二人の異なる手法は、お互いにとって必要だったのだ。
 
 もし愛九が居なければ、事件の相貌はあまりにも表面的であり、どれだけ洞察力の優れた零血でも解決までには漕ぎ着ける事は不可能であった。そしてもし愛九しかいなければ、あまりにも解決方法が深みに欠けて、事件はただ難化していくだけだった。



「つまり、超日本帝国という革命は、最初から夢物語だったのです!」
「く、くそ……」
 国会議事堂では、抵抗軍の主張が優勢だった。やはり北海道侵略を始めとする超日本列島大戦は根強く尾を引いているようだ。思うように反論することも出来ずに、哀田首相は既に危機に陥っていた。
 さらに優勢を利用していき、零は議論にトドメを刺しにいった。


「ここがアジトか!」
 すると犯罪者のアジトに思考の風を飛翔させて、その中に決定的なヒントを見つけた。
 そして遂に犯罪組織のボスに侵入することに成功。だがそこでも零血は早急な決断を下すことはなかった。
 まずはアジト内の状況を精査していくのだ。そこから読み取れる情報を汲み取っていき、事件を悪化させずに、最も最適な方法で終焉に導く為に。
 アジト内の壁面には詳細な計画、マップが用意されていた。京都市の全体像であり、そこの上に逃走経路などが記載されているのだ。どうやらこの犯罪では三通りに逃走経路が用意されているらしい。
 だが運で逃げる方法を決めているのではない。彼らは状況に応じて、臨機応変に選択を下すつもりなのだ。そして最も被害を少なくする方法を零血は突き止める必要がある。

 それらを踏まえて、遂に零血はアジト内のボスの身体で、犯罪者達に指示を出した。

「ルートBを選択してください」
 神の一手だった。
 もし犯罪組織のボスがあの状況で降参しろ、などという安易な指示を出せば、一般人に扮し潜伏していた他の犯罪者達は仲間を殺すように計画していたのだ。
 ここは辛苦の思いだが、敢えて、犯罪集団を逃がすという選択肢を取った。それが最も合理的なゲームであり、そして最も被害の少ない決断だったのだ。

 遂に、事件は解決を見せた。
 犯罪組織は多数の重症者を出したものの、一般人には負傷者なし。また犯罪組織は逃げたものの、これから時間を費やして、追跡していけばいいのだ。



 京心大学の講義室では零血に対して評価がなされていた。
「まあ、今回は零血の勝利だよな」
「俺もそう思う」
「私も」
 という意見が主であった。

 もちろん、愛九にも幾ばくかの軍配は上がるのだ。
「でも、愛九さんが居なければ、こんな崇高なる議論はそもそも成り立たなかったじゃないですか」
「ま、まあ、言われてみればそうかな……」
「それに、愛九が最初からあんなに議論を方向づけにいったんだ。彼には度胸もあるし、それに――」

 愛九が多大に議論に貢献しながらも、だがしかしながら、勝負のラインを切るという、議論における最も象徴的な行為を完了させたのは、零血だった。状況を完全に理解できるまで安易に手を出さずに、慎重さを重視したその手が事件解決の最善手になった。
 もちろんだが、愛九の努力も解決に至るヒントを与える重要なステップとなったことも認めざるを得ないのだが。それでも今回は零血の勝利だった。



「それでは今回の議論は終了します」
 そして激甚なる議論は幕を閉じた。
 現段階では零血に対して信頼が集まっている。このまま行けば、彼が大学の会長となるだろう。もちろん、今回の議論では一辺倒ではなかったので、愛九にもちんけな票は集まるであろう、が。そして、これは一騎打ちである。よって敗北は必然。

 くそ!
 零血に負けたことは屈辱でしかなかった。彼から己の究極的な主張を否定されて、そして彼がその正当性まで、今回においては証明してしまった!
「……」
 敗北感を滲ませながらも愛九は、理沙とともに講義室から退出していく。

「あー退屈だった。ほら、侍ワッフル食べに行こーよ」
 どうやら理沙は興味なかったらしい。
「うん!実は今日からあのカフェ、期間限定メニューもやってるんだ」
「うそ、楽しみ!」
 だがしかし愛九は人生をも楽しむために、一度過ぎたことは、特にそれが後悔しても意味がないのならば、心を切り替える事にしていた。
 なので大学生活をエンジョイするために、これからを生きよう。



「おい、零血!」
「ん?」
 それに零血とはイデオロギー的な観点からは敵なのであるが、飽くまでもそれは思考上での敵であり、現実世界ではやはり区別するべきなので、零血も誘うことにした。
 零血にも大学生活をエンジョイさせるように、その楽しみを共有させよう。彼はいつも思考に耽っているのか、人と目線を合わせずに生活している。あのままだとキャンパスライフという唯一無二の時間は無駄になっていくことは十中八九間違いないのだ。

「零血、これからカフェに行くんだけど、どう?」
「え、カフェ?まあ……林檎あるなら……?」
「え、林檎……?」

 理沙はどうやら零血に対して好意を抱いているらしい!なんということだ!彼女はああいう感じがタイプなのだろうか。
 もしこのまま愛九が零血と友好関係を築いていけば、零血と理沙は必然的に結ばれていく可能性が高まっていくが、もしそんな事が起きれば、まあ、それも仕方ないことなのかもしれない。
 人間には相性というものがあり、それは決して後天的に変わるものではないのだ。もし理沙に愛九よりも相性の良い人間が居るならば、やはり愛九は手を引くべきなのだ。
 でももちろんだが、理沙とは今親密な関係性なので、ある程度は愛九が理沙との関係性を守っていくつもりだ。だって、愛九は少なくとも理沙に対してかなり好意を持っているから。

「ねえ、零血君、どうして君はいつも人と目線を合わせないの?」
「まあ色々」
「……」
 そして、三人は京心のキャンパスから退出していった。

 だがしかし愛九にとって一番腹立たしいことは、そんな表面上的な事象ではなかったのだ。
 奇しくも、愛九は零血と一緒になって事件を解決していくことで、零血の根本的な主張を逆説的に証明していたのだ。正義は正義でしかない。零士の主張は正しいのだ。そうつまり、究極なる正義という、愛九の主張は根本的な欠陥を抱えていることを。そして愛九はその奇妙なる皮肉に対して、段々と理解の芽を萌芽させていくしかなかった。
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こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

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