EQ200

凛快天逸(Rinkai Tensor)

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エンディング

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 人生で初めて親友になったのは、皮肉にも零血とであった。愛九と零血は唯一のEQ200の仲であり、そして同時に、彼らはお互いを殺し合おうとする因縁の相手でもある。

「親友の証に、俺から択捉林檎を送るよ」
「択捉、林檎……?」
 聞き慣れない単語に、愛九は首を傾げる。
「俺はかなり前から択捉島に移住してたんだ。そこで択捉林檎農家として、自足自給を生活をしてた」
「ふーん、変わってるんだな……」
 初耳の情報だった。零血は見るからに異様な人物だが、ここまで変わっていたのは。自分一人でどうしてそこまで。まあそれなりの理由でもあるのだろう。




 親友の証として零血から送られてきたのは、択捉林檎と呼ばれるもので、丁寧に箱詰めされていた。3×3、つまり合計9個の真っ赤な林檎だ。択捉林檎は今が旬だから、是非食べてほしいとのこと。
 もしかすれば、この林檎は毒でも盛られているのか? 
 そんな疑問が沸いてきたが、あり得ないだろう。零血はQが愛九であると確信でもしなければ、毒入り林檎なんて送るはずはない。それにもしそんな事をして、他の家族の人間が食べればどうするんだ。 

 帰宅すると愛九は箱の中から一つ林檎を拾い上げて、自室の二階に移動していった。階段を上って自室の部屋の扉を開く。
 その間もちろんだが、愛九は零の監視をしていた。多くの意識を注ぎ込み、彼の動作一挙一動を仔細に観察していくのだ。

 零血の自室にはいつも林檎が置かれている。傷一つない真っ赤な択捉林檎。普段から好物として食しているのだろう。だが今日の林檎は普通の果実じゃない。
 林檎の中には毒が含まれている。もちろん、入れたのは愛九だ。人を遠隔操作して、バレないようにと仕込んだのだ。
 そして予想通り、零血は全く気づいていないようだ。何気なく択捉林檎を手に取ると、それを顔に近づけていく。その間も彼は何かに集中しているようだ。
 


 愛九は他に操作している人間の様子を確認した。するとまた予想通りの事態が発生した。なんと操作している人間の周辺に、零血から操作されている人物の様子が見えるのだ。
 例え零血が他の人間を操作していても、彼の持つ癖が出てしまうのだ。彼の場合は絶対に人と目線を合わせようとしないということだ。

 その致命的な癖が今もはっきりと出ていた。そしてその最も些細なミスが、最も大きな致命傷となるなんて。なんて皮肉だ。
「くくく……」
 勝利を確証した。零血は愛九ではなく、他の人間がQであると信じているのだ。つまり捜査本部の情報を信じているのだ。

 そして愛九は択捉林檎を齧り付いて勝利を祝った。勝利という名の甘美な味だった。なんというみずみずしく、芳醇な自然の味だろう!択捉島への感謝を述べよう!
 愛九は勝利したのだ。
「これから、お前が死にゆく様を、この目で拝んでやるからな」
 そう言い残して、愛九は超日本タワーに出発した。

 そして二人は超日本タワーに向かっていく。




 超日本タワーの頂上には、孤高なる二人のEQ200の天才の姿があった。
「どうしたんだよ、こんな所に呼び出して」
 愛九は開口一番でそう訊いた。
「協力してほしいんだ」
 すると零血は起伏なくして、そう要望したのだ。
「協力……?」
「そうだ。これから超日本帝国は最後の抵抗を見せるだろう。だから、俺たちの力を合わせて、何とか最大の悲劇を防ぐんだ」

「くくく……」
 愛九は笑い出した。
 
「それは無理だね……」
「どうしてだ」
 零血は訊き返す。
「だってこれから君は死ぬんだ!君が死んだ後に、僕が一人で超日本を救い出し、再建していくんだ!」
 愛九は狂気に染まり上がり、叫んだ。
「もうそろそろ、毒が効いてくるだろう……」
 
 毒の効き目は数十分後に調整されている。
「残念だが、それはどうだろう」
 だが未だに零血は動揺すら見せない。ただどこか遠くの空の果てを眺めながら、深遠なる面持ちになっているのだ。
「うん?もしかして否定でもするのか?こんな場面にもなって?妄想に浸っても、ここは現実だぞ」
「愛九、残念だが、俺も毒を仕込ませてもらった」 
「僕が毒を仕込まれた……?」
 零血の宣言に、愛九はただただ動揺した。
 あり得ない。もしそれが本当であれば、林檎全てに毒が仕込まれていたとでも言うのだろうか。ならば、大変な事態に発展している。

「お前、俺が送った択捉林檎の真ん中、取っただろう」
「え……?どうして、それを……」
 魂が震えた。そうだ、愛九は真ん中の択捉林檎を取っていたのだ。
「あ、あり得ない……」
 それら全ては零血の嘘ハッタリに思えた。だがしかし愛九は自分の腕を見てみる。すると腕は青ざめて、血液が毒に侵されてきている。
 つまり零血は真実を告げているのだ。零血が生き残り、愛九はこれから死する。


「この林檎、美味しいね!」
「択捉林檎ですって。最北で育てられただけはありますね、素晴らしい甘みが――」
 自宅のリビングでは妹と母親が既に択捉林檎を食しているのだ。



「大変だ!僕の家族までが毒殺されてしまう!今すぐ、電話を掛けて――――」 
 ポケットから急いでスマホを取り出そうとする愛九に、零血は冷静に告げた。
「いいや、その必要はないよ」
「な、なんだと!?」
「毒を仕込んだのは9個の内の一つだけだ。それ以外は俺が育てた、ただの豊穣な択捉林檎が詰められている」

 零血は自信を持ってそう説明したが、愛九には幾つもの部分が理解の範疇を越えていた。まずどうして一つだけしか詰めていないのに、愛九がそれを選ぶと確信を持って言えるのか。
「そ、それじゃ、どうして僕が9個の中の一つを選ぶのを……」
 狼狽えながら、愛九は問うた。

「愛九、お前には癖があったんだ。それもEQ200の天才らしい癖だ」
「癖……?」
 愛九はただただ困惑していた。特に癖なんて持っているとは思っても見なかった。それに誰かを演じる時、愛九は必ずその人物の特徴を理解するはずだ。だからそもそも癖でバレるなんて、ありっこない。

「愛九、お前はずっと自分が主人公だと思っているんじゃないのか。お前が先日、自分を含めて9人演じた時、自分が何処にいたと思うんだ」
「え……?」
 その言葉は、何故か神霊なる切れ味を持って、愛九の魂に切れ込んでいった。
 愛九は中央キャンパスで講義を受けていた。そして他の8人は愛九を起点にして、散らばっていた。そうだ、愛九が完全に中央にいた。

「中央、つまり、i=9……」
 愛九は己の最大の失敗を悔いた。
 愛九が自分を含めて9人同時に操作するという超絶技巧を見せつけたあの時。彼は無意識にも自分が中央に居た事に気づくことが出来なかった。 

「だから択捉林檎をお前の自宅に送りつける時、梱包に気をつけたんだ。君なら端の方は絶対に取らない。取るなら、絶対に真ん中。なぜなら君は自分を主人公だと思っているからだ」
「ば、馬鹿な……そんな愚かな理由で、この僕が死んでしまうのか……?」
「愚かな理由なんかじゃない。君がこうやって自分の父親を人質にして世界侵略をしようとしたのも、全て、君が自分をそう思ってきたからだ。全ては繋がっている」
「……」
 そう指摘されて、愛九はこれまで自分が重ねてきた行為の数々を思い出した。




「愛九、まだ終わりじゃない……これからまだやることが残っている」
 愛九から視線を逸らし地上に向けると、零血は口調を変えてから言った。
「え……?」

 零血と同じ方向に視線を移動させると、地上では動乱が起きようとしていた。
 愛九の父親を首相とする超日本帝国が、あらゆる国民の意に逆らって、さらなる独裁政権を強行しようとしていたのだ。京都府に開府を要求しようとする抵抗軍に抗うために、残されたIR機体を使用して最後まで抵抗するつもりらしい。
 このままだとさらなる悲劇を生み出していくのみ。

「「……」」
 二人は目線を合わせて、お互いが頷きあった。
 そしてEQ200の天才達は能力を合わせることになった。最も幅のある感情の天才と最も深い感情の天才が力を合わせた結果、京都は最悪の悲劇から免れることが出来た。

 最大の動乱が静まっていくと、愛九はゆっくりと倒れていった。
「「……」」
 愛九が地面に倒れる寸前、二人のEQ200の天才は、初めて心の目を重ね合った。これまでずっと誰とも心の目を合わせようとしなかった二人の感情の天才は、初めて発露される感情を心の内に感じた。
 例えそれが一瞬だけの経験であっても、それが二人にとってどんな意味を持っていたのか。

 そして愛九はゆっくりと双眸を閉じていった。



 超日本タワーの階段を全速力で上ってくる一人の人間。
 屋上の扉を開くと、開口一番でこう言った。
「零がQに勝ったんですね!これで日本は平和になるんですね!」
 だがしかし、興奮は零血に共有されることはなかった。

「Qはもういないよ。だから安心して良い」
 零血は静謐な声調で伝えた。その声には興奮が滲んでいなければ、ただ空虚に虚空を貫くような、そんな虚しさが走っていた。

「それじゃ、これからやるべき仕事があるので、早速―――」
 と彼女が言おうとすると、零血は途中で遮った。
「俺はもう、ここから降りないよ」
「え?それってどういう事……?」
 彼女は困惑した。

 だがその困惑に答えるように、零血は口を開いた。
「あれが俺の最後の択捉林檎だったんだ」
「え……?」
 零血の言葉の意味するところが一瞬では分からなかった。だがしかし零血の青ざめていく表情を見て、全てを悟ったのである。

「そ、そんな……」
 零血は演技のために自分から毒の仕込まれた択捉林檎を食べたのだ。愛九が遠隔操作して仕組んだシナリオを自分から嵌っていく、そんな演技をしたのだ。

「ど、どうして毒の入った林檎を自分から食べたんですか……EQ200の天才の貴方なら、演技することも出来たのに……」
 彼女は涙を零しながら、零血に問うた。
 だがしかし零血は疑問を答えるのに、時間を必要とすることはなかった。

「唯一の理解者を失った世界に、俺は興味なんてないよ」

 超日本タワーの一番上、冷たくなった愛九の隣で、零血は果てしない空を眺めていた。
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