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包まれた光がほどけると石造りの家の中に居た。
ベッドに木製のデスク、キッチンに食卓がある簡素な家だった。

「あなたがユウタ?」

猫耳の少女が立っていた。


「えっ?あ、はい。」

「僕はエミル。アルテナ様から聞いている。」
「ユウタ、これがあなたに授けられた。」

なになに?
装備類とアイテムに、金貨が1枚入っていた。

「準備したら、商会行く。」
「オッケー!よろしくな、エミル。」

トントントン。
ユウタが準備しているとドアがノックされた。

「こんにちは。大家のバンテルです。」
「はーい。」
ユウタは出るとバンテルは心底怒っているようだった。
「あんたね、家賃を4ヶ月も滞納してどういうつもりなんだ!」
「い、いや…僕はいま来たばかりで…。」
「何を言ってるんだ!!今すぐ払ってもらう。銀貨80枚と今月分を足して金貨1枚だ!!」

エミルを探してあたりを見回しても姿はない。
バンテルの勢いに気圧されて受け取ったばかりのなけなしの金貨をバンテルに手渡した。
「お、金はあるんじゃないか。そうならそうとちゃんと払ってくれたら良かったのに。」
バンテルは機嫌を直して帰っていった。

「おい!エミル!!どこだ!!」
「どうしたユウタ。」
エミルが隠れていたデスクのしたから顔を出した。
「なぁ、家賃の滞納ってどういうことだよ!おかげで一気に一文無しじゃないか!!」
「仕方ない。私たちは貧乏だ。」
くっ…。ある程度の予想はしてたが…早急に稼がなければ。

「おし、エミル。商会に連れてってくれるか?」
「ここ。」
地図上で港の方の建物を指すと行って来いというようにエミルは手を払った。
「なんだよ、一緒に来てくんないのか?」
「ユウタ契約の食べ物くれない。タダ働きはブラック。」
「そ、そういうことか。エミルの好物は?」
「お魚しか勝たん。」
「よし、帰りに魚買ってくるよ。」
「ユウタ、どうせ金もないのに口だけ。」
くっそ…。事実だが悔しい。
「よし、商会に行ってくるから留守をよろしくな。」

小高い丘の上に建つ家から坂道を駆け降った。
同じような石造りの家が建ち並んでその街並みは素敵だ。

「確か地図だとこの辺に商会があったはず…」
辺りを探し回ったが、アルテナ商会は見つからなかった。

「すみません、アルテナ商会を探しているんですが。」
道行く老人に聞いたが昔話をするばかりで要領を得ない。

「あの、アルテナ商会を探しているんですが。」
次に漁師風の男に声をかけた。
「アルテナ商会?前はここにあったんだがどうも景気が良くないらしくて岬の方の街外れに移ったみたいだぞ。」
「ありがとうございます。」
ユウタはお礼を言うと岬の方に駆け出した。

聖地じゃなかったのかよ…街外れにまで追い込まれるなんてアルテナさん不憫すぎる。

岬の方にくると人家もまばらになって廃墟なども点在していた。そんな中に『アルテナ商会』と手書きの看板が現れた。
石造りの建物の外観は苔なのかカビなのか、黒くくすんで石と石の間からは雑草が生えるような悲惨な外観だった。

「こんにちは~…。」
恐る恐るユウタは足を踏み入れた。

ドガッ。
足を踏み出した瞬間、床板が抜けてユウタは足を取られて転倒した。
「コラーッ!床板直したばっかりなのに誰ですかー!」
奥から怒声と共に女の子が走り出てきた。

ドガッ。
その女の子もまた床板を踏み抜いてハマった。
「くぅぅ…。」
「大丈夫かい?」
ユウタは女の子の手を掴むと引き上げた。
「あ…ありがと。あなたは…?」
「僕はユウタ。商会に登録させて欲しいんだ。」
「ふぁっ!?ほんとのほんとにほんきですか!?」
「あぁ。僕はこの商会を立て直しにきたんだ。」
「ありがとうございます!ありがとうございます!では登録料に金貨10枚となりますっ!!こちらをお納め頂きますと手続きを進めさせて頂きます。」
「えーっと…お金かかるの?」
「もちろんです。神の加護はタダではないのです。さあ、金貨をお出し下さい。」
「いや…いま手持ちがないんだよね。」
「チッ。冷やかしですか。それとも何も知らない田舎モノですか?」
「いやいや、アルテナさんに呼ばれて来たんだけどなぁ…。」
「不敬です!アルテナ様の御名を気安く呼ぶとは!!」
「じゃあ…何か登録料を貯めるために僕でも出来る仕事を紹介してもらえないかな。」
「仕方ないですねぇ。見習いとしてならこの由緒あるアルテナ商会の末席に加えてあげようではないですかっ。」
「はい…お願いします!」
「まずはここに名前を書いたらこの石板に手を当てて。」
言われた通り名前を書いて石板に手を当てた。

「!?えっ…?あなた………」
「どうしました?やっぱアルテナさんの加護でめっちゃステータス高いとかですか??」
「はぁ?寝ぼけてるんですか??あなた…Lv1じゃないですか!!!!」
「あ、そうなんですか??」
「そうなんですかじゃないです。その辺の子供ですらLv10~20はあるんです。お子様以下で恥ずかしくないんですか??」
ユウタはガックリとうなだれた。
女神にスカウトされてチート級の強さで無双出来るという僅かな望みだけが支えになっていたのに…。

「仕方ないです。裏にカカシがあるからそこの木剣を持って振ってきてください。きっとそれだけでいくつかLvは上がるはずですから。」
言われた通りにユウタは木剣を持ち裏手に回った。

カカシってこれか…?
そこには朽ち果てて倒れたカカシであったようなものは確かにあった。
仕方なくそれに向けて素振りを繰り返す。
振りかぶって振り下ろす。
右から振り抜き、左から振り抜き、正面へ突く。
適当にアレンジを加えて振っていると中から呼ばれた。
「見習いさん戻ってきてくださーい!」

「もう一回石板に手を当ててみてください!」
するとステータスが浮かび上がってレベルは3にアップしていた。
「まぁこんなもんですね。これなら薬草を摘んでくるくらいの仕事は出来るでしょう。ここから山を上がると薬草が生える草地があるからそこまで行って取れるだけ薬草を摘んできてくださいね。」

バラ色の転生ライフが幕をあけるはずだったのに子どものお遣いかよ。
「ぜってー成り上がってやるかんな!!」
怒りをやる気に変えて草地へ向かった。

言われた通り山を上がると確かに草地が広がっていた。
が、草は草でもどれが薬草なんだ!?
全くの知識ゼロで出てきたことを後悔した。

ま、後悔しても始まんないしな。
片っ端から草を摘んで物量で押す作戦に出ることにした。

「戻ったぞー!」
「お、見習いさん。戻りましたか。てかなんですかその草の詰め合わせみたいなものは。」
「どれが薬草か分からなかったから草全部取ってきた。」
「バカなんですか??これが薬草です!そんなことも知らない無能さんだったんですかぁ??」
可哀想な子を見るような目で諭された。
「んじゃ裏で薬草だけより分けてくる。」
「ったく…。出来の悪い見習いの世話をするのも私の役割です。手伝ってあげますから未来永劫末代まで感謝してくださいね!」
「マジかよ!サンキュー。実は優しいんだな。」
「調子に乗るな見習い!」
思いっきり頭を叩かれた。


「なぁ、ところで名前はなんて言うんだ?僕はユウタだ。」
「受付のお姉さんですっ。」
「は?」
「は?」
「いや、は?じゃないし、名前聞いて受付のお姉さんですっ。はおかしいだろ。コミュ障かよ。おまけにお姉さんですらないだろ。」
「なぁ、見習い。細かい事は気にするな。」
受付のお姉さんの目は据わり謎の殺気に満ちた気配が伝わってくる。
「あ、はい。」
これ以上深掘りすると危険な香りを感じ取ったユウタは追求をやめた。

黙々と作業を続けると日暮れ前には仕分けが終わった。
「わりと薬草が多かったですね。これで銀貨3枚にはなる。私の手伝いで銀貨1枚、商会の手数料が銀貨1枚、見習いの手取りは銀貨1枚です。」
「おぉ、銀貨1枚にでもなるならありがたい。ところで魚っていくら位で買えるか分かるか?」
「んー、銅貨30枚もあれば新鮮なのがたっぷりと買えると思いますよ。」
「サンキュー!あと、買取価格表みたいなものはあるか?それと薬草とか有用なものが見分けられる図鑑みたいなものとか。」
「品物の買取価格はあそこの黒板に書いてあります。調べ物は書庫で勝手に調べて下さいね。」
「ありがとう。ほんと右も左も分からなかったから助かった。これからよろしくな。」
「早く金貨10枚払えるといいな見習い。馬車馬のように働け。フフフ。」

書庫に行くと季節ごとに採れるものや大体の採取可能エリアのマップやレベル毎のエリア適性など一通りの情報が揃っていた。軽く目を通すと重要なところだけ覚えて書庫を出た。

帰り道に商店に寄ると魚と食べ物を買って家に戻った。


「おーい、エミル。魚買ってきたぞー!」
「ユウタ。口だけ卒業か?」
「おう。約束の魚だ。」
「ユウタ、出来る奴に出世した。パチパチパチ。」
「これで明日から手伝ってもらえるか?」
「分かった。マスターユウタ。」
お、ただの名前呼びからマスターに昇格か!?

それからの毎日はエミルと共に野山を駆け巡り薬草や果実、木の実を採っては商会に持ち込んだ。

「頑張ってるじゃないですか、見習いのクセに。」
「おまえが毎日今日のオススメを教えてくれるから効率よく稼げてると思うしありがとな。そろそろ薬草をポーションに加工して納めたいんだけど、道具を揃えるのは結構お金かかるもんか?」
「商会の作業場を使えばいいです。まぁ永らく使われてなかったから掃除をしないと使えないと思いますけどね。」
「ほんとか!明日早速掃除させてもらいます!!」

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