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1,異なる世界
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前を行く黒コートの男の靴音が、むき出しなコンクリートの壁にコツコツと反響する。
「まだご機嫌を直していただけないのですか?」
振り向きもせず、男は話す。
「昨日のことはあなたを…」
「黙れ」
「はい」
短い拒絶で遮られ、また靴音だけが響く。
話は昨日の夕方までさかのぼる。
「お前か、城野蓮(ジョウノレン)ってのは」
ある底辺高校の校門前。テンプレな不良の格好をした男たちが十数人、出てきたひとりの学生を引き留めた。
「昨日、うちの後輩がずいぶんと世話になったらしいなぁ」
リーダーらしい男がこれまたテンプレなセリフを吐く。もちろん、そのままの意味でなく、お前とケンカしてひどい目にあわされたということ。
「本当にてめぇひとりで8人を病院送りにしたのかよ」
ひとりがそう言って顔をしかめる。疑いたくなるのも無理はない。目の前にいる学生は格好こそ学生服を着崩し、指定ではないTシャツを着てヤンキーのようではあるが、黒髪に半分隠れた目はぱっちりと大きく、唇はぷっくりとしてかわいらしい顔立ち。背も小柄で一見すると暴力的なことには無縁に思える。
「そうやってナメてっから、あいつらやられたんだろ。俺たちがこの人数でかかればやられるワケねぇ」
「だな。おい、てめぇツラ貸せ。世話んなった礼してやるよ」
「断る」
「向こうの河川敷に…って、はぁ?!なんつった?!」
テンプレではない蓮の拒否に男たちは面食らう。
「ふざけんなテメ…っ!」
「待てよコラぁっ!!」
スタスタと彼らに背を向けて歩いていく蓮に、怒り心頭で手を伸ばす。
「っ?!」
その手首は蓮の肩をつかむ前にぐっと握られていた。そして、そのまま腕投げされてアスファルトに背を叩きつけられる。投げられた男は声も出せずに伸びてしまい、彼らは一瞬の出来事に驚いてざわつく。
「な…っ何だ、今の…っ?」
「知るかっ!勝手にコケたんだろ!」
「もう場所なんか関係ねぇ!やっちまえ!!」
わぁっと一斉に男たちが蓮に襲いかかる。蓮は手首をつかんだままだった男をぶん投げて前衛の彼らをなぎ払い、残った男たちには流れるようにそれぞれ一撃をくらわせていく。ほんの数秒で、十数人の男たち全員地べたに這いつくばっていた。
蓮はふっとしゃがみこむと、倒れてうめく彼らの尻ポケットやカバンを探り、財布を取り出す。
「少ね」
中身の紙幣だけを抜き取ってつぶやき、自分のポケットにねじこむと、何事もなかったかのようにその場を後にした。
学校前の歩道は倒れた男たちで埋まり、歩行者には迷惑極まりなかった。
「ジョウノレン様…ですね」
学校から少し離れた住宅街。再び蓮は引き留められた。その人物の異様さに、蓮は思わず立ち止まって見つめてしまう。
薄紫色の長髪を後ろで束ね、その頭をおおうように巻かれた鮮やかな青布。190センチ近くあろうかという長身にまとうのは首から足首まである黒いロングコート。まるで、ファンタジーゲームから出てきたような男だった。口角は上がっているが、顔半分を隠すスキーゴーグルのようなサングラスで表情はよくわからない。
蓮が黙っていることを肯定ととり、彼は片膝と右拳を地に着けた。
「お迎えに参りました、レン様」
「あ?」
「私、ウェア王国護衛長のシオンと申します。諸事情により本来の時期より一年ほど早いうえ、急なお迎えとなったことをお許しください」
ここ数日、ぽかぽか陽気が続いている。春先にこういった頭のネジがゆるむ人が出てくるのは致し方ない。蓮は関わらないのが得策と決め、無視して歩き出した。
「お待ちください」
「!」
シオンと名乗った男がいつの間にか自分の前にいて、蓮は驚く。後方で膝をついていたはずなのに、瞬間移動をしたかのようだった。
「ミノル様がおっしゃられたとおりのようですね」
父親の名が初対面の者の口から出、更に驚く。ただの春先の変質者ではなさそうだ。蓮は改めて目の前の男を見つめる。
「あなたに重要なお話がございます。今すぐご自宅へ参りましょう、レン様」
「断る、と言ったら?」
「力ずくでも」
シオンの口角がく、と上がる。何だかわからないが腹が立つうえ、面倒なことになりそうな気がする。これくらいの体格差なら問題ない。蓮はいざとなったら殴ってやろうと拳を握り、身構えた。
しかし、蓮はその体勢から動けなくなった。目の前の男…シオンから発せられる恐ろしいほど強い覇気。自分と格が違いすぎる。
動けば、やられる。
冷や汗が吹き出し、背中を伝う。
「…さすがです、レン様」
「…っ!!は、はぁ…っ!」
シオンの覇気がふっと消え、蓮はがくんと膝をつく。恐怖から解放され、立っていられなかった。
「相手の強さがわかることも強さの表れです。賢明な判断でしたよ」
嬉しくない誉め言葉を言うシオンを呆然と見上げる。
「では、参りましょう、レン様」
もう拒否は出来なかった。
住宅街をしばらく歩き、立派な門構えの和風の邸宅が見えてくる。その門前に彼らを待っていたらしい家主がいた。蓮の父親、実である。
「見つかったか、シオン君」
「はい、ミノル様のおっしゃられたとおりでした」
「はは、ここでそれはやめてくれないか。さぁ、入ってくれ」
膝をつくシオンに苦笑いすると、門扉を開けて促す。
「…お前も」
「…」
そして、仏頂面の息子をちらっとだけ見て、そう言った。
「本当に驚いた。見違えたよ、シオン君。あれから13年も経つのだから、当然か」
城野家の応接間。主は皮張りのソファーに深く座り、促された客人は遠慮がちに浅く座っていた。
「ミノル様はお変わりありませんね」
「はは、いや、老けこんだだろう。君とはもう会うことはないと思っていたのにな、嬉しいよ」
旧知の仲、といった雰囲気でにこやかに会話する父親と客人を蓮はどういった感情で見たらよいかわからない。
「驚いたろう、お前も」
「…」
「父さんとは話したくないか」
部屋の中に入らず、入り口の柱に寄りかかり、口も開かない息子に実は苦笑いする。
「なら、聞くだけでいい。覚えているか?お前が幼い頃から、訓練を積んできた理由を」
ふっと蓮は視線をそらす。覚えているという返事だと実もシオンも受け取った。
「そうか…。良かった」
実はほっと息をつく。
「シオン君はその人に仕えている人たちのひとりだ。あとは彼に全て聞くといい。それからの判断はお前に任せる」
「…っ!?」
蓮が口を開く前にシオンが目の前におり、文句を言うこともこの場を去ることも遮られる。
「お部屋に参りましょう、レン様」
「…」
蓮に選択の余地はなかった。
「失礼します」
蓮に続き、シオンがうやうやしく頭を下げて蓮の自室に入る。水色を基調としたベッドと机だけの生活感のない部屋。蓮は自分の部屋であるが、久しぶりに入ったため落ち着きはしない。とりあえずベッドに腰かけた。
「先ほどは失礼いたしました、レン様」
ドアを閉めると、シオンはさっと片膝と右拳を床に着けた。
「改めて申し上げます。私、ウェア王国護衛長のシオンと申します。ミノル様に代わり、ご説明をさせていただきます。ウェア王国はこちらの地図上には存在しない国です。この世界とは歴史も地理も異なる世界にあります。ミノル様がおっしゃられた、私たちが仕えているお方はウェア王国を治められている国王陛下です。その方があなたの『これから出会う大切な人』なのです」
ぴくりと蓮の指先が動くが、かまわずシオンは続ける。
「ジョウノ家の当主は代々、一定期間、我が国王陛下を命をかけて守ります。それが次期当主であるレン様、あなたの使命です。いつからの伝統なのか、いわれは諸説あるようですが、理由は明確です。国王陛下にお会いになればおわかりになります。そして、私がレン様をお迎えにきた理由ですが」
「待てよ」
蓮は話し続けるシオンを止める。
「はい」
「何わけわかんねーこと勝手にしゃべってんだ」
「ご理解いただけませんでしたか。では、どのあたりを改めてご説明すれば」
「全部」
「…」
「てめーの言ったこと、存在も全部わけわかんねーよ」
顔を上げたシオンを苦々しくにらみつけた。
城野蓮、17歳。
冒頭の底辺高校の3年生になったばかり。授業など受けていないに等しいが、何故か進級はしていた。
蓮は幼い頃から、厳しい戦闘訓練を父親から受けていた。空手や柔道といった、ルールのある格闘技ではなく、生死を分けるような実戦を想定した戦闘である。元々センスがあったのもあり、何の疑問も抱かずに蓮は強さを身につけていった。
『これから出会う、大切な人を守るため』
父親が休憩時間によく言っていた訓練の理由。それを目標のように感じ、今後の楽しみでもあり、蓮はますます訓練に打ち込んだ。
しかし、2年前。蓮はぱたりと訓練をやめた。それからは高校にもほとんど通わず、家にも帰らず、ふらふらと街中をうろつくようになった。
そして、気づいたのは自分には頼れる存在が父親以外いないこと。学校にも友達と呼べる者はおらず、他人とのコミュニケーションすらうまく出来ない。それを楽しむべき時を訓練に捧げた代償だった。
出来るコミュニケーションは街中で絡んできた者たちとのケンカだけ。訓練で培った並外れた強さで負けることはなく、それが余計に蓮を孤独にさせた。
「…そうですか。ですが、ご理解いただけないと困ります。あなたはこれから我が国にご来訪いただき、お役目を果たさなくてはなりません」
口調は変わらず、表情もわからず、困ったようには見えないシオンを蓮はいっそうにらむ。
「何で俺のことをてめーに決められなきゃなんねーんだよ」
異世界やら国王やら、冷静になって聞いても荒唐無稽な話なうえ、あまりに唐突で。真面目な父親の様子を見ると、嘘ではないかもしれないが。蓮としては、何よりも一度外れたレールにまた乗せようとしているのが腹立たしかった。
「お言葉ですが、私が決めたことではありません。先ほどもご説明したとおり、何代にも渡り続いてきたあなたの使命なのです」
「知るかよ。俺のやることは俺が決める。てめーらの王サマだかのために、何で…っ?!」
話している途中でいつの間にか立ち上がっていたシオンに、蓮はベッド上へ押し倒された。
「な…っ?」
焦ってもがいてもシオンはびくともせず、余計に強く両手首をベッドへ押さえつけられる。
「やはり、恐怖を感じるのですね」
と、蓮を見下ろす。さっきまでにらみつけていた蓮の大きな目は泳ぎ、身体は震え、明らかに驚き以上に怯えていた。
「確かに、お父上からこうされたら怖かったでしょう」
「…っ!」
そのセリフに、びくっと震えが大きくなる。
「この役目は本来、ミノル様でなく私が行うものです。順序が逆になってしまいますが、仕方ありません。ご説明より先にこちらをさせて頂きます」
「…?」
「性行為です」
蓮は血の気が引くのをただ感じていた。
「まだご機嫌を直していただけないのですか?」
振り向きもせず、男は話す。
「昨日のことはあなたを…」
「黙れ」
「はい」
短い拒絶で遮られ、また靴音だけが響く。
話は昨日の夕方までさかのぼる。
「お前か、城野蓮(ジョウノレン)ってのは」
ある底辺高校の校門前。テンプレな不良の格好をした男たちが十数人、出てきたひとりの学生を引き留めた。
「昨日、うちの後輩がずいぶんと世話になったらしいなぁ」
リーダーらしい男がこれまたテンプレなセリフを吐く。もちろん、そのままの意味でなく、お前とケンカしてひどい目にあわされたということ。
「本当にてめぇひとりで8人を病院送りにしたのかよ」
ひとりがそう言って顔をしかめる。疑いたくなるのも無理はない。目の前にいる学生は格好こそ学生服を着崩し、指定ではないTシャツを着てヤンキーのようではあるが、黒髪に半分隠れた目はぱっちりと大きく、唇はぷっくりとしてかわいらしい顔立ち。背も小柄で一見すると暴力的なことには無縁に思える。
「そうやってナメてっから、あいつらやられたんだろ。俺たちがこの人数でかかればやられるワケねぇ」
「だな。おい、てめぇツラ貸せ。世話んなった礼してやるよ」
「断る」
「向こうの河川敷に…って、はぁ?!なんつった?!」
テンプレではない蓮の拒否に男たちは面食らう。
「ふざけんなテメ…っ!」
「待てよコラぁっ!!」
スタスタと彼らに背を向けて歩いていく蓮に、怒り心頭で手を伸ばす。
「っ?!」
その手首は蓮の肩をつかむ前にぐっと握られていた。そして、そのまま腕投げされてアスファルトに背を叩きつけられる。投げられた男は声も出せずに伸びてしまい、彼らは一瞬の出来事に驚いてざわつく。
「な…っ何だ、今の…っ?」
「知るかっ!勝手にコケたんだろ!」
「もう場所なんか関係ねぇ!やっちまえ!!」
わぁっと一斉に男たちが蓮に襲いかかる。蓮は手首をつかんだままだった男をぶん投げて前衛の彼らをなぎ払い、残った男たちには流れるようにそれぞれ一撃をくらわせていく。ほんの数秒で、十数人の男たち全員地べたに這いつくばっていた。
蓮はふっとしゃがみこむと、倒れてうめく彼らの尻ポケットやカバンを探り、財布を取り出す。
「少ね」
中身の紙幣だけを抜き取ってつぶやき、自分のポケットにねじこむと、何事もなかったかのようにその場を後にした。
学校前の歩道は倒れた男たちで埋まり、歩行者には迷惑極まりなかった。
「ジョウノレン様…ですね」
学校から少し離れた住宅街。再び蓮は引き留められた。その人物の異様さに、蓮は思わず立ち止まって見つめてしまう。
薄紫色の長髪を後ろで束ね、その頭をおおうように巻かれた鮮やかな青布。190センチ近くあろうかという長身にまとうのは首から足首まである黒いロングコート。まるで、ファンタジーゲームから出てきたような男だった。口角は上がっているが、顔半分を隠すスキーゴーグルのようなサングラスで表情はよくわからない。
蓮が黙っていることを肯定ととり、彼は片膝と右拳を地に着けた。
「お迎えに参りました、レン様」
「あ?」
「私、ウェア王国護衛長のシオンと申します。諸事情により本来の時期より一年ほど早いうえ、急なお迎えとなったことをお許しください」
ここ数日、ぽかぽか陽気が続いている。春先にこういった頭のネジがゆるむ人が出てくるのは致し方ない。蓮は関わらないのが得策と決め、無視して歩き出した。
「お待ちください」
「!」
シオンと名乗った男がいつの間にか自分の前にいて、蓮は驚く。後方で膝をついていたはずなのに、瞬間移動をしたかのようだった。
「ミノル様がおっしゃられたとおりのようですね」
父親の名が初対面の者の口から出、更に驚く。ただの春先の変質者ではなさそうだ。蓮は改めて目の前の男を見つめる。
「あなたに重要なお話がございます。今すぐご自宅へ参りましょう、レン様」
「断る、と言ったら?」
「力ずくでも」
シオンの口角がく、と上がる。何だかわからないが腹が立つうえ、面倒なことになりそうな気がする。これくらいの体格差なら問題ない。蓮はいざとなったら殴ってやろうと拳を握り、身構えた。
しかし、蓮はその体勢から動けなくなった。目の前の男…シオンから発せられる恐ろしいほど強い覇気。自分と格が違いすぎる。
動けば、やられる。
冷や汗が吹き出し、背中を伝う。
「…さすがです、レン様」
「…っ!!は、はぁ…っ!」
シオンの覇気がふっと消え、蓮はがくんと膝をつく。恐怖から解放され、立っていられなかった。
「相手の強さがわかることも強さの表れです。賢明な判断でしたよ」
嬉しくない誉め言葉を言うシオンを呆然と見上げる。
「では、参りましょう、レン様」
もう拒否は出来なかった。
住宅街をしばらく歩き、立派な門構えの和風の邸宅が見えてくる。その門前に彼らを待っていたらしい家主がいた。蓮の父親、実である。
「見つかったか、シオン君」
「はい、ミノル様のおっしゃられたとおりでした」
「はは、ここでそれはやめてくれないか。さぁ、入ってくれ」
膝をつくシオンに苦笑いすると、門扉を開けて促す。
「…お前も」
「…」
そして、仏頂面の息子をちらっとだけ見て、そう言った。
「本当に驚いた。見違えたよ、シオン君。あれから13年も経つのだから、当然か」
城野家の応接間。主は皮張りのソファーに深く座り、促された客人は遠慮がちに浅く座っていた。
「ミノル様はお変わりありませんね」
「はは、いや、老けこんだだろう。君とはもう会うことはないと思っていたのにな、嬉しいよ」
旧知の仲、といった雰囲気でにこやかに会話する父親と客人を蓮はどういった感情で見たらよいかわからない。
「驚いたろう、お前も」
「…」
「父さんとは話したくないか」
部屋の中に入らず、入り口の柱に寄りかかり、口も開かない息子に実は苦笑いする。
「なら、聞くだけでいい。覚えているか?お前が幼い頃から、訓練を積んできた理由を」
ふっと蓮は視線をそらす。覚えているという返事だと実もシオンも受け取った。
「そうか…。良かった」
実はほっと息をつく。
「シオン君はその人に仕えている人たちのひとりだ。あとは彼に全て聞くといい。それからの判断はお前に任せる」
「…っ!?」
蓮が口を開く前にシオンが目の前におり、文句を言うこともこの場を去ることも遮られる。
「お部屋に参りましょう、レン様」
「…」
蓮に選択の余地はなかった。
「失礼します」
蓮に続き、シオンがうやうやしく頭を下げて蓮の自室に入る。水色を基調としたベッドと机だけの生活感のない部屋。蓮は自分の部屋であるが、久しぶりに入ったため落ち着きはしない。とりあえずベッドに腰かけた。
「先ほどは失礼いたしました、レン様」
ドアを閉めると、シオンはさっと片膝と右拳を床に着けた。
「改めて申し上げます。私、ウェア王国護衛長のシオンと申します。ミノル様に代わり、ご説明をさせていただきます。ウェア王国はこちらの地図上には存在しない国です。この世界とは歴史も地理も異なる世界にあります。ミノル様がおっしゃられた、私たちが仕えているお方はウェア王国を治められている国王陛下です。その方があなたの『これから出会う大切な人』なのです」
ぴくりと蓮の指先が動くが、かまわずシオンは続ける。
「ジョウノ家の当主は代々、一定期間、我が国王陛下を命をかけて守ります。それが次期当主であるレン様、あなたの使命です。いつからの伝統なのか、いわれは諸説あるようですが、理由は明確です。国王陛下にお会いになればおわかりになります。そして、私がレン様をお迎えにきた理由ですが」
「待てよ」
蓮は話し続けるシオンを止める。
「はい」
「何わけわかんねーこと勝手にしゃべってんだ」
「ご理解いただけませんでしたか。では、どのあたりを改めてご説明すれば」
「全部」
「…」
「てめーの言ったこと、存在も全部わけわかんねーよ」
顔を上げたシオンを苦々しくにらみつけた。
城野蓮、17歳。
冒頭の底辺高校の3年生になったばかり。授業など受けていないに等しいが、何故か進級はしていた。
蓮は幼い頃から、厳しい戦闘訓練を父親から受けていた。空手や柔道といった、ルールのある格闘技ではなく、生死を分けるような実戦を想定した戦闘である。元々センスがあったのもあり、何の疑問も抱かずに蓮は強さを身につけていった。
『これから出会う、大切な人を守るため』
父親が休憩時間によく言っていた訓練の理由。それを目標のように感じ、今後の楽しみでもあり、蓮はますます訓練に打ち込んだ。
しかし、2年前。蓮はぱたりと訓練をやめた。それからは高校にもほとんど通わず、家にも帰らず、ふらふらと街中をうろつくようになった。
そして、気づいたのは自分には頼れる存在が父親以外いないこと。学校にも友達と呼べる者はおらず、他人とのコミュニケーションすらうまく出来ない。それを楽しむべき時を訓練に捧げた代償だった。
出来るコミュニケーションは街中で絡んできた者たちとのケンカだけ。訓練で培った並外れた強さで負けることはなく、それが余計に蓮を孤独にさせた。
「…そうですか。ですが、ご理解いただけないと困ります。あなたはこれから我が国にご来訪いただき、お役目を果たさなくてはなりません」
口調は変わらず、表情もわからず、困ったようには見えないシオンを蓮はいっそうにらむ。
「何で俺のことをてめーに決められなきゃなんねーんだよ」
異世界やら国王やら、冷静になって聞いても荒唐無稽な話なうえ、あまりに唐突で。真面目な父親の様子を見ると、嘘ではないかもしれないが。蓮としては、何よりも一度外れたレールにまた乗せようとしているのが腹立たしかった。
「お言葉ですが、私が決めたことではありません。先ほどもご説明したとおり、何代にも渡り続いてきたあなたの使命なのです」
「知るかよ。俺のやることは俺が決める。てめーらの王サマだかのために、何で…っ?!」
話している途中でいつの間にか立ち上がっていたシオンに、蓮はベッド上へ押し倒された。
「な…っ?」
焦ってもがいてもシオンはびくともせず、余計に強く両手首をベッドへ押さえつけられる。
「やはり、恐怖を感じるのですね」
と、蓮を見下ろす。さっきまでにらみつけていた蓮の大きな目は泳ぎ、身体は震え、明らかに驚き以上に怯えていた。
「確かに、お父上からこうされたら怖かったでしょう」
「…っ!」
そのセリフに、びくっと震えが大きくなる。
「この役目は本来、ミノル様でなく私が行うものです。順序が逆になってしまいますが、仕方ありません。ご説明より先にこちらをさせて頂きます」
「…?」
「性行為です」
蓮は血の気が引くのをただ感じていた。
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