黄金色の君へ

わだすう

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10,王子と護衛

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「ふぅー…」

 蓮が服を羽織り、王子は大きく息を吐く。他人の裸体に免疫がなく、誰であっても見ていられないのだ。

「どうした?」
「あ!あのね、レン昨日大丈夫だったかなって」

 王子も昨日の一連の出来事を知っているのか、蓮はドキリとする。

「大臣たちに怒られたでしょう?僕と外出したせいで…。レンは僕のためにしてくれたって言ったのに、みんなレンが悪いの一点張りで…」

 王子はうつむき、申し訳なさそうにぽつぽつと話す。その後のことは知らないようで蓮は安堵した。

「ごめんね、レン…」
「気にすんな」

 怒られたことなど本当に気にしていない。頭を下げたままの王子にクローゼットを閉めながら言う。

「ありがとう!レンは優しいね」

 王子は顔を上げ、ぱあっと笑顔になる。輝く金色の瞳。直前まで高ぶっていた身体のせいか、蓮はまた妙な気分になってくる。

「レン?」

 じっと見つめられて首をかしげる王子に近寄り、そっと抱きしめる。

「どうしたの?疲れているの?」

 初めて見る蓮の様子に、王子は戸惑う。

「少し…このまま…」
「え?…うん」

 ぼそっと言われ、不思議に思ったがすぐにうなずき、蓮の背に手を回す。

「…ワリ」
「悪くないよ。友達だもの」

 蓮は目頭に熱いものがこみ上げ、王子の肩に顔をうずめる。
 この世界に来て2日。不本意なことばかり味わわされ、誰に対しても気を張り続けていて。今、一緒にいて安心出来るのは王子だけだと気づいた。もしかしたら、自分の世界でも父親と仲違いして以来、気を許せる者も場所もなかったかもしれない。こうやって安心して触れあえて、こんな自分のことを心配して受け止めてくれる。この存在を守りたい。蓮は心の底から、そう思っていた。






「またオアズケかー…」

 クラウドは廊下を歩きながらぼやく。王子の気が蓮に釘付けになっている隙に、蓮の部屋を出たのだ。そこへ、廊下の向こうから長身の同志がやってくることに気づいた。

「クラウド、あなたは謹慎中のはずですが」

 勤務は終わり、青布は外しているが相変わらずの黒コート姿の護衛長シオンが冷ややかに言う。

「だからって、ずっと部屋にいるのは馬鹿…」
「謹慎中に徘徊している者の方が愚かです」
「…はい、そーですね」

 正論に同意するしかない。

「どちらに行かれていたのですか」
「どこでもいいだろ」
「いいえ」
「あ、俺向こうから来たからな。気になるよな」

 クラウドはにやっと笑い、後方を指す。

「ジョウノレンを犯しに行ってたんだよ(未遂)」
「クラウド、レン様にはその必要がないと何度も…」
「お前にばかりいい思いさせるかよ。俺にもその権利はあるだろ」

 呆れ気味なシオンに言い返す。

「楽しむものではありませんし、複数で行う必要もありません」
「やけに突っかかるな。ああ、そうか。あいつ、『あの人』に似てるからか」
「何のことでしょう」

 表情のわからないシオンの目が、サングラスの奥で少しは泳いだに違いないとクラウドは思う。

「とぼけるなよ。後輩の面倒もろくに見ないお前が何で必要以上にあいつの世話してるんだ?」
「レン様のお世話も私の役目です」
「はあ?食事の用意も抱くこともか?」
「はい」
「嘘つけ。お前は役目だろうが仕事だろうが、興味ない他人の身体なんか触りもしないくせに」
「…いい加減にしてください。突っかかっているのはあなたの方です」
「…っ!珍しく感情的だな」

 シオンから鋭い殺気を感じ、クラウドは背筋がゾクッとする。
 王室護衛ナンバー1の護衛長シオンとナンバー2のクラウド。あまりウマのあわないふたりだが直接闘ったことはほとんどなく、過去のこともあり、クラウドはシオンから一歩引いた行動をとることが多い。それゆえ、こんなに言い争ったこともなかったが、もし戦闘になってしまったらお互い無傷では済まないだろう。

「わかったよ。おとなしく部屋に戻るわ」

 クラウドはふっと息を吐いてお手上げのポーズをする。冗談の通じない同志にこれ以上何か言っても何の得もない。

「あ、それより。お前、王子があいつの部屋来てるの知っているのか?」

 殺気をおさめたシオンとすれ違いながら聞く。

「はい」
「放っといていいのか?」
「いいえ。対処はしますのでご心配なく」
「ああ、そう。じゃあな」

 クラウドはひらひらと手を振り、廊下を歩いて行った。





「レン、今日は訓練だったんでしょう?大変だった?」
「まぁな」

 蓮と王子は並んでベッドに腰かけ、他愛もない話をしていた。

「お前はいつも何してんだ?」
「勉強ばっかりだよ。王になるために必要なんだって」
「ふーん…」
「それよりさ、レンの世界の話を聞かせて!レンの世界のことは誰も教えてくれないから」

 金色の瞳をキラキラさせ、王子はぐっと蓮の方へ身を寄せる。そう言われても何を話したらいいのかわかんねーと困っていると、ふとこの部屋に近づく者の気配を感じた。

「レン?」
「隠れろ」
「え?ぶふっ!!」

 蓮はきょとんとしている王子の腰をつかむと、ベッドから下ろして伏せさせ、その下へ乱暴に押し込んだ。

「失礼しま…っど、ドアが…っ?!」

 ノックと同時に驚く女性の声。蓮はため息をついて歩いていき、壊れたドアを開けた。そこにいたのはエプロン姿の若い使用人。

「ああ、後で直せよ」
「は、はい!あ、し、失礼します。お茶をお持ちしました、レン様」

 彼女は蓮の命令に驚きつつ返事をし、ティーセットの乗ったカートを押して部屋に入る。

「お茶?誰が」
「シオンさんに頼まれました」
「あ、そ…」

 シオンの名に、蓮は暖まっていた心が冷えていくのを感じた。



 お茶とお菓子をテーブルに並べ、彼女は失礼しましたと部屋を後にした。

「出ていいぞ」

 それを見送り、蓮はベッド下の王子に声をかける。

「はぁ~苦しかった!ビックリしたよ、レン!」
「しょーがねーだろ」

 顔を真っ赤にしてやっと這い出てくる王子に苦笑いして、その手を取る。

「わ、お菓子だ!僕も食べていい?」

 王子はテーブル上のお菓子を見て目を輝かす。

「ああ…」

 そんな王子を見ながら蓮はうなずき、この意味をこいつは気づかないのかと思っていた。






 その夜。

「どうかされましたか、レン」

 夕食の用意をする様をずっとにらみつけている蓮に、シオンが聞く。

「お前、俺を監視してやがるのか」
「何のことでしょう」
「ふざけんなよ」
「ふふ、お菓子より甘くないものの方がよろしかったですか」

 シオンは声を出して笑い、仏頂面の蓮の前にスプーンとフォークを置く。

「知ってたのか、王子のこと」
「はい」

 使用人の持ってきたティーセットはふたり分だった。王子が自分の部屋に来る時は誰にもわからないようにしていると思っていたが、護衛たちには周知のことだったらしい。あわててベッド下へ王子を隠したことも意味がなかったということ。

「何で最初に止めなかった」
「王子は寂しい思いをされてきた方ですから、あなたとお話をされるくらいなら構わないと考えていました。しかし、あなたも王子もそれだけの関係に留まろうとは思われていないようです」

 王子を城から連れ出したり、注意を受けても再び会いに行ったりするふたりの行動は彼らにも予想以上のことだった。

「あなたと王子は『友達』や『恋人』といった馴れ合いの関係になってはなりません。あなたの任務を遂行しなければならない時、様々な支障が出てしまいます」
「支障…」
「今のあなたになら、おわかりでしょう」
「…ああ」

 蓮はうなずく。
 王子を守るという使命を受け入れた今、自分がしなければならないことは王子の『身代わり』。文字通り、王子に命の危機が訪れる際に自分の命を代わりに捧げるということ。そんな者が『友達』といった大切な存在になってしまったら。どんな支障が出るか想像に難くない。

「よって、今後は王子と個別にお会いすることは出来ません」
「っ!」

 そうなるだろうと覚悟はしていたが、実際告げられると心に刺さる。

「お話相手が欲しいのであれば、私がいつでもお相手いたしますよ」
「…いらねーよ」
「そうですか」

 ぼそっと拒否して顔を反らした蓮に、シオンは口角を上げて料理の乗った皿を置いた。






 翌日。
 次期国王たる者、高度な教養が必須である。学校に通えない王子のため、城には様々な分野の専門家が教えを説きに訪れている。王子は専用の勉強部屋で生物学の講義を受けている真っ最中だった。

「ティリアス様、ここ、お間違えですよ」
「あ、ごめんなさい」

 生物学者エクレに指摘され、素直に謝る。彼女は王子が幼い頃から教鞭をとっており、王子が『王子らしく』しなくてよい数少ない者のひとりだ。

「では、ここを直しましたら終わりにいたしましょう」
「はーい」

 長い講義が終わり、王子は嬉々として返事をした。

「ティリアス様」
「何?」
「先日いらしたあなたの護衛…レン様とおっしゃいましたね」
「うん」
「彼の自室を許可なく訪れているそうですね」
「う…え?何で知って…」

 うなずこうとして、驚いてエクレを見上げる。

「護衛長様にうかがいました。誰も知らないとお思いだったのですか?」

 蓮の自室に行く時は、お付きの護衛にも誰にも見つからないように気をつけていたのに。護衛たちはわかっていながら、目をつぶっていたのかと王子はようやく気づく。

「今後はお控えください」
「でもっ、レンは友達になってくれて…!」
「友達?あなたは王子で、レン様は護衛です。そんな関係になどなれるはずがありません。あなたはお優しいから、彼のいいように騙されているのではないですか?」

 素敵な存在なのだと伝えたかったのだが、エクレは呆れて全否定する。

「違うよ!レンは…っ僕のことを…!」
「彼は許可なくあなたを外に連れ出したとも聞きましたよ。怖い思いをされたのではありませんか?」
「で、でも…っレンは…」
「ティリアス様、レン様のお役目はご存知なのでしょう?」

 エクレの言うことは間違っておらず、うつ向いてしまった王子に、彼女は優しく諭すように話す。

「うん…」
「では、それを彼には心おきなく遂行させてあげてください。他の関わりは無用ですよ」
「うん…わかってる」

 王子は表情を消し、うなずいた。
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