黄金色の君へ

わだすう

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20,嘘

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 寝たか。

 蓮の自室。蓮はようやく眠った王子にほっと息をつき、まだ握られている手をそうっと離す。涙がにじんでいる閉じた目元をぬぐい、金髪を優しくすいてから立ち上がる。そして、椅子にかけてあった黒コートを手にとると部屋を出た。




 深夜の廊下は静まりかえっていた。つい数時間前までの野戦病院かのような慌ただしさが嘘のようである。蓮は足早に階下の4階を目指した。


 あの後、ザイルは致死量をはるかに越えた毒物の服用により死亡した。すべて解決したとは言えないが、一応それで事件は一段落となった。国務大臣たちへの報告はシオンとクラウドが行い、明日改めて城内の者たちへ説明し、箝口令を敷くことになっている。

 王子はというと、ザイルが自害した部屋にいたくない、蓮といたいと泣きわめき、大臣たちを困惑させた。そこで仕方なく、応急措置として蓮の自室にてしばらく過ごすことになった。それでも精神的に不安定で泣いたり落ち着いたりを深夜まで繰り返し、蓮がずっとそばに寄り添ってやっと眠っていた。





「よう、レン」

 蓮が4階に降りるなり、廊下に座っていたクラウドが片手を上げて声をかけてくる。顔にはあざ、頭や腕、足には包帯が巻かれ、特に胸のさらしが痛々しい。本人も気づいていなかったが、肋骨が数本折れていたのだ。

「医務室にいろよ、怪我人」
「やなこった。あいつらの中に混ざって寝たくないだろが」

 城の医務室は怪我をした護衛たちであふれている。シオンが怒りのあまり手加減しておらず、重傷者が多いらしい。王子付きの護衛ふたりも重傷だが、命に別状はなかった。

「あいつら、どうなるんだ?」
「さぁな。解雇は決定だろうよ」

 十分、罰は受けたのになと笑うクラウドが少し寂しげな表情に見え、蓮は複雑な気持ちになる。シオンは後輩護衛たちにとって近寄りがたいカリスマという感じだが、クラウドは面倒見の良い兄貴分といったところ。かわいがっていた後輩たちの裏切りはきっと堪えただろう。

「王子は?」
「寝た」
「お前の部屋にいつまでいるんだ?夜這いしに行きづらいな」
「来んな」

 クラウドは寂しさをごまかすように茶化してくる。

「お前、あの人が犯人って知ってたのか?」
「え?」

 蓮は気になっていたことを聞いてみる。

「あの人が飲んだ毒、お前が俺に飲ませたのと同じだろ」

 半年前、クラウドに盛られた甘ったるい薬物。ザイルが飲んだものと同じだと蓮は匂いで気づいていた。

「あー…気づいたのか?もらったんだよ。賄賂のつもりだったのかもな。輸入物で多量に飲めば毒、少量なら強力な媚薬だとよ。薬品の輸入は基本禁止。おかしいとは思ったけど、あそこまでやろうとしていたとはわからなかった」

 クラウドは気まずげに頭をガリガリかいて話す。

「ふーん…」

 嘘ではなさそうだなと蓮は思った。

「それ、返しに行くのか?」
「ああ」

 手に持つ黒コートを指され、うなずく。

「そんなの後でいいだろ。ここ、俺の部屋なんだけど寄っていかないか?」
「断る」

 背後のドアを指して誘われるが、間髪入れずに拒否する。

「冷たいな。怪我人には優しくしろよー」
「医務室行け」
「じゃあ、手だけ貸してくれよ」
「チッ…面倒クセ」
「本当に性格悪いな、お前」

 心底嫌そうな顔をして手を出す蓮に、クラウドは苦笑いしつつその手を握る。

「っ?!」

 そして、そのまま勢いよく引っ張ると、蓮は耐えきれずにがくんと膝を付いて胸元に倒れこんでくる。

「やっと抱けた」

 と、クラウドは驚く蓮をぎゅうっと抱きしめた。

「おい…っ離せ…!」

 怪我人相手に本気で突き放すことも出来ず、蓮は戸惑いながらもがく。

「ごめんな、レン。守ってやれなくて」

 しかし、頭上で聞こえたのは軽い口調ではなく真剣な謝罪で、もがくのを止める。

「そばにいたのに…!あいつら、お前に好き放題触りやがって…っすげえ悔しい」

 最後の方は声が震えていた。蓮もクラウドほどの重傷ではないが、掴まれていた腕や足にはひどいあざが出来てしまい、一応治療して包帯が巻かれている。蓮はふうとため息をつく。

「お前が言うか」
「なっ?!俺は権利があるだろ!」

 悪態にクラウドは身体を少し離して言い返す。

「知らねーよ」
「うっ…悪かったよ。許せよ、もう…」

 犯された蓮にとっては権利も何も関係ない。じとっとにらまれ、言葉に詰まって再び謝った。

「…俺も、悪かったな」
「ん?」

 蓮も顔を伏せて謝罪を口にし、クラウドは何のことかと思う。

「王子を抱きてーとか…そんな気、全然ねーんだろ」

 ザイルの言ったことが本当なら、『金眼』の血縁者であるクラウドは国に対する忠誠心が強く、王子を手込めになんて考えもしないのだろう。

「はっ…そんなの、忘れてた」

 クラウドは蓮が気にしてくれていたことが嬉しくて、また強く抱きしめた。

「…なぁ、レン」
「あ?」
「…だ…」
「ああ?何?」

 何やらぼそりと言ったことを聞き取れず、蓮は聞き返す。

「…いや、何でもない」

 クラウドは首を横に振り、顔をしかめる蓮をそっと離した。

「じゃあ、それ返した帰りに寄れよ」
「断る」

 クラウドはひらひらと手を振り、蓮の背を見送る。そして、大きくため息をついて天を仰いだ。良かった。聴こえていなくて。聴こえていても、本気にされないだろうけど。

「好きだ、レン…」

 もう一度つぶやき、自嘲した。









「レン」

 シオンは訪問者がわかっていたのかサングラスもせず、普段着の姿でドアを開けた。

「寝てたか」
「いいえ。どうぞ」

 にこりと微笑み、蓮を迎え入れる。

「ん」

 部屋に入るなり、蓮は持っていたシオンの黒コートをつき出す。

「ありがとうございます。差し上げても良かったのですが」
「いらねーよ。んなデケエの」
「ふふ、そうですね」

 シオンは笑い、受け取ったコートを椅子にかけた。

「王子はお休みになりましたか」
「ああ」
「本当にありがとうございました、レン」

 シオンはさっと片膝を床につき、頭を下げる。

「あなたのおかげで王子が傷つけられることはありませんでした。王室護衛を代表し、感謝いたします」
「うぜーよ。やめろ、それ」

 蓮はこの敬意の表し方が嫌だった。それに、結界は護衛たちのためではなく王子のため。礼を言われることではないと思っていた。

「あと、お前嘘つきやがったな」

 立ち上がったシオンをギロっとにらむ。彼はザイルが首謀者だったことに気づいていた。蓮が何度か聞いても否定していたのに。

「何でだよ?さっさとあの人捕まえとけば、誰もケガしねーで済んだだろ」
「言ったでしょう。証拠がありませんでした。私ひとりが訴えたところで一蹴されるだけだったと思います。護衛たちの中に共犯者がいるのもわかってはいましたが、誰かまでははっきりしなかったので余計に公言出来ませんでした。これ以上、犠牲者を出したくありませんでしたから。ただ、予想より共犯の人数が多かったことは非常に残念です」
「あ、そ…」

 シオンの方が何手も先を読んでいた。どちらかと言うと単純な考えの蓮は言い返す言葉がない。

「レン、あなたも嘘をつきましたね」
「あ?」
「私の自室にいてくださいとお願いしたはずです」
「しょうがねーだろ。結界が知らせたんだ」
「あの結界ならまず破られません。それより、あなたがあれ以上傷つけられていたら、解けてしまう可能性もありましたよ」

 『結界』は術者本人が解かない限り、他人が破ることは出来ない。しかし、術者が死亡したり、心身にひどいダメージを負ったりすると解けてしまうのだ。

「事件から3日経ち、ザイル大臣がすぐに計画を実行しないのは、おそらく王子の『身代わり』であるあなたも抹殺する気だからなのではと思いました。眼の力はなくとも、あなたがいたのでは彼の目的は達成出来たことになりません。ですから、私はあなたの来訪に反対したのです。おひとりにならないでいただきたかったのも、私の自室にいていただきたかったのも、あなたを死なせたくない一心からでした」

 シオンはつらそうな表情で蓮に近づき、手を伸ばす。

「それに、半年前にもおひとりで無茶な行動をなさらないようにとお約束をしたはずです、レン」

 濃い紫色の左目が蓮を捉え、手のひらがほほに触れる。蓮は動くことも出来ず、びくっと身体を震わせた。

「ですが…今回は仕方ありませんね。城内は混乱しておりましたし、私もいくつか嘘や隠し事をしていました。あなたもお辛かったでしょう。改めて、申し訳ありませんでした」
「も、いい。謝んな…」

 シオンには戦闘の力も頭の良さも何も敵わないことがよくわかった。蓮は気が抜けて反抗心などなくなり、自分からシオンの胸元に身体を預ける。

「はい」

 シオンは微笑んで蓮を抱きしめ、優しくキスをした。






「お前らが強いのは、金眼が身内にいるからか」
「はい」

 テーブルに着いた蓮の前に、シオンは温かいお茶を注いだカップを置く。

「なら、王子は何でフツーなんだ」
「力を引き出す必要がないからです。一般の金眼保有者のほとんどは戦闘の力を発揮することなく過ごしています」
「ふーん…」

 確かに戦争もしないこの国で、それこそ護衛にでもならなければその必要性はない。

「王子のお部屋の鍵は『金眼』の血。つまり保有者か血縁者にしか開けられないようになっているのです」

 血縁者の護衛を共犯に引き込めないのならと、ザイルは強行策で彼の腕を切り落として鍵としたのだ。

「じゃあ『権力』ってのは?」
「それは身に危険の迫りやすい保有者が、周りの者に守ってもらうために備わった力だと言われています。特に王のものは力が強く、我々国民は何百年とそれに従い、同時に守られてきたのです」
「王子、も…?」

 蓮はおそるおそる聞く。王子の輝く金色の眼を見ると、妙な気持ちになることが度々あった。他人に興味のない自分が何故か王子に世話を焼きたくなったり、色々な感情が芽生えたのは眼の力だったのか。

「王子はお優しい方ですから、その力を積極的に発揮しようとなさりません。なので、今回のような裏切り行為が起こってしまったとも言えます」
「…」
「あなたの王子へのお気持ちは、その力によるものではないと思いますよ」

 シオンは蓮の気持ちを察してか、にこりと微笑む。

「…あ、そ」

 蓮は恥ずかしくなってほほを赤らめ、目を反らした。
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