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一章 - 魔王就任と迷宮門 -
13. が、が、がぁ……
しおりを挟む一般的なスライムと言うべき別個体を見ていないのに、オニキスの思考は珍しいに違いないと加速する。
『そうなのかなー?』
「性格に影響しているようなことは書いてあったけど、全然意識していないってことは生まれつき、みたいな?」
『……かもー』
相性の良い属性が身体の一部や体毛に現れることは確かにある。これは魔物だけではなく、人類だって髪の毛や虹彩に現れたりするくらいだ。
だが、火魔法のスキルを認識していなかったあんずは、自信なさげに同意するしかない。
オレンジ色のボディは珍しかったのかと改めて確認するように、三角錐を持ち上げてはふりふり、まげまげと動かしてみる。
眼下でぽよんぽよん跳ねているお仲間を見掛けたとき、ずいぶんと薄い水色だったことは特に気にしていなかったらしい。
ちなみに、ライハンス大陸にある冒険者ギルドには、生まれつきスキルが備わっている野良スライムの目撃情報がないではない。
それでも、魔法系統のスキルはかなり特別であると考えられている。目立つ色合いになってしまうから、発見されるほど生き残っている確率が低いことも相まって。
『――あっ!』
生まれた頃を思い出すようにどうだったかな、どうだったかなと揺れていたあんずが、何かに反応してぎゅりんとボディの向きを変えた。
意識を向けるときに体勢を入れ替えているのは、あまり関係ないように見えるスライムにも、前と後ろの感覚の違いがあるからか。
「ん? どうかし――」
『シーッ!』
声を出しちゃ駄目と左手で合図を送り、眼下を伺うようにあんずが姿勢を低く潰していく。
そんな様子から隠れた方が良いかなと、幹に背中を預けて一体化したつもりのオニキスが視線を動かして周囲を探る。
「おん……? あー、何やら大きな蛾が――」
オニキスにも十数メートルほど離れた、木漏れ日で明かりが差し込む場所に近付く飛翔体が確認できた。
森に溶け込むと言うには主張が激しい、巨大昆虫な魔物が地上から三メートルほどを浮遊している。
どす黒い紫色の斑点が怪しげに彩る、鮮やかな黄色の羽を広げた瞬間は一メートルに迫りそうだ。
焦げ茶色をしている胴体部分は、あんずの全長と変わらない三十センチほど。そして、陽光に照らされた脚がわしゃりわしゃりと奇妙に蠢いている。
「が、が、がぁ……」
受け取る気持ち悪さも倍増で、見ていられないとオニキスは大いに顔を歪ませた。
各部位が認識しやすい大きさは、誘蛾灯に引き寄せられていた存在とは段違いだ。頭部から生えている、二本の牙のような突起は魔物っぽい変化なのかもしれない。
しかし、バッタやカブトムシに興奮して、ぐわしと素手掴みしていたのは遠い昔のこと。
(……うげげー、キモいよぉ)
デフォルメされた可愛らしさなど一切無い巨大生物は、迫力までマシマシである。幼虫のサイズまであの大きさが基準だったら、出会っちまったらどうしようと想像が巡り、おぞましさが全身を駆け上る。
敵対しそうな魔物と初遭遇だとか、そんなドキドキの入り込む余地がない。
『ボクに任せるのだー!』
気付かれていないから小さな声のイメージで、それでもしっかりと自信があるぞと伝えてきた。ぐっと突き出してくる右手が頼もしすぎる。
あんずは大気を震わせて発声していないから、大声で気合いを入れても見付からないのだけど。
「ちょい待ち、さっきの〈鑑定眼〉を魔物にも試してみないと」
『おけ!』
彼我の距離を測っていたところに待ったが掛かり、あんずが跳び上がりそうな姿勢で動きを止めた。
嫌そうな顔をしていたオニキスが、ぎこちない動きのまま正面に捉える。
「フイーーー……」
凝視したくないけど、それでもスキルを試す絶好の機会は逃せない。
(可能な限り細部を意識しない、あれの全体を眺めることにしよう)
鑑定眼の存在を認識して、正しい使用方法をなぞると、オニキスの目の前には鑑定結果があっさりと表示される。
【名 前】
【年 齢】 0
【種 族】 パラライズモス
【レベル】 11
【職 業】
【称 号】
【体力値】 35
【魔力値】 22
【物理攻撃力】 11
【物理防御力】 11
【魔法攻撃力】 18
【魔法防御力】 13
【幸運値】 3
【戦 闘】 浮遊 弱麻痺の鱗粉
固有の名前なし、職業や称号もなし、進化もしていないっぽいランクの個体だ。
「よわー……」
直前に見た自分達の数値と比べてしまい、思わず言葉として漏れた。
ご主人様から名前を贈られて職業を得る前のあんずだったら、ちょっと危ない戦いとなるくらいの能力値だろう。
「職業とかの補正がないからか、……うん、あんずの方がずっと強いな」
鑑定したことに気付かれてはいないなと羽の模様を見下ろしながら、叩き落としてしまえとゴーサインを送る。
『よしきた!』
ご主人様から太鼓判を押されて、フタマタの樹を潜り抜けていくところを待って、呑気に漂うパラライズモスの背後からオレンジの刺客が飛んだ。
『ドッカン!』
予期せぬ方向からの襲撃に、あっさりと羽ばたく部分を押さえ込まれてしまった。
そして、敵対者に貼り付かれて混乱した状態で、落下の勢いを緩められぬまま地面へ激突。
グシャリと脚が折れ曲がるような、強烈なダメージは一手目からすでに致命傷だ。
『ドッシーン!』
接地した反発で一度跳ねたあんずは、回転を加えて両足着地でもう一度胴体の中央を踏み抜いた。
みっちりと詰まった水袋級の重量感が、両の踵を押し付けるように形作られた突起が胴体に突き刺さり、あっという間にパラライズモスを黒く染め上げていく。
ファングランドの世界でなければ、オニキスには直視できないような惨状になっていたかもしれない。何がとは言いたくないけれど、巨大さに見合うあれやこれが撒き散らされていたはずの衝撃だったから。
『ふはは、負けはせぬぞー!』
右半身で羽の付け根部分を押さえ付け、左半身でげしげしと頭部を踏み付ける。
黒い痣が広がっていくような変化は、ライフポイントが削られた攻撃を表していそうだ。羽まで全身が満遍なく変色していくのだから、もはやこの戦いは完全決着しているし、あとはドロップアイテムを待てばよいだけの状況っぽい。
鱗粉を掛けられて麻痺状態にされた記憶、一時間近く地面を転げ回り、上になり下になりじわじわと削り合った経験が、動きが残る相手に追い打ちを掛けさせている。
「容赦ないなー……」
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