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本編
6. ずっと黙っていてくれないか
しおりを挟む同盟諸国が国教と定める宗教の聖地があることも関係ある。そして、異教徒に対抗している防衛線は、提供される魔導技術なくして成り立たないのだ。
国庫を投じて研究を続け、先へ進む軍事大国に敵うとは思われていない。
「むむうっ!」
アルバートに続く殿下という敬称を改めて聞き止めて、口元を覆うスティーブ王子の腕を振り解いたカトレアが口を開く。
攻略対象だったから、私に声を掛けてきたのねというくらいの軽い気持ちで。
「殿下ってことは、ひょっとしなくても王子様なんですよねっ!? わ、私の名前――」
しかし、今度は彼女の言葉が、ばっさりとアルバートにより遮られることになる。
無礼だと戒めた効果を一切感じないから。腕を組む婚約者と親しげに寄り添う相手に媚びを売ろうとするとは思わなかったから。
「君には何ら興味がないので、名乗らなくて結構だよ。むしろ、話し合いの邪魔になるので、可能ならずっと黙っていてくれないか」
「んなーーーっ!?」
冷たく突き放されたことに、しばらく浴びていなかった厳しい言い方に大口を開けて固まった。
「そもそも、この場は卒業式典の一つとして考えられているが、卒業証書を受け取り学び舎から離れた以上、その立場は高等学院に所属する学生ではなくなっている」
制服姿で出席させないことも、学生気分を抜くための演出だとアルバートは考えている。
家格を意識させるために、わざわざ家を表す花刺繍を施させるくらいなのだから。
「親しい間柄にあるとしても、身分に合わせた振る舞いは心掛けるべきだろう。先程もそうお願いしたはずだと思うのだけどね?」
理解できなかったかなと残念そうにアルバートが伝えれば、エミリアも常識を知らないのですかと淡々と付け加える。
「庇護される子弟の一人ではなくなり、貴族階級にある成人として社交界に身を置くつもりなら、当然のマナーだと思いますわ。勝手に殿下へ話し掛けるなど、無礼なことだと覚えておきなさい」
「く――っ」
悔しさに顔を真っ赤に染めて、スティーブ王子の左腕を強く抱く。そして、溢れる腹立たしさを込めて睨み付ける。
こちらの味方にも王子様がいるのに、ヒロインなのに好き放題言われることが納得できないと。
「さて、静かになったところで、話を続けさせてもらおうか」
「で、ですから――」
「ふむ、殿下は隣国のことと言われていたか……、しかしだ、実際君達の行動により、他国の王族や貴族の交流が妨げられたわけであるから、自国のことだと言い逃れられるような範囲ではないことは明確だ。こちらから口を挟むことも仕方ないと思われないかな?」
「う……っ」
「しかも、ステファント王国の王子である君が先頭に立っているようだし、間違いを正す相手も王子という身分がある方が良いだろうという判断なのだがね」
相手の立場により、明らかにその対応をスティーブ王子が変えることは知られている。
そして、誰も言い返せない相手として、この場ではアルバート皇太子以上の適任者はいないのだ。卒業生達も全員そう思っているから、誰一人口出ししないで控えているのだ。
「そ、それは……、ですが、間違いと言われても……」
「この場の責任者となられている学院長は、まだ到着されていない」
正されることはないと言いたげな相手を無視して、アルバートは言葉を続ける。
「大騒ぎとなる前に、聞いておいた方が君達のためになると思うけどね」
「そ、れは……」
自分達がこのタイミングを選んだ理由を突き付けられて、怒鳴り声を思い出してしまったスティーブ王子が小さく震えた。
ちなみに、足腰を悪くされて爵位を息子に譲っているが、学院長とは先代のマークシア侯爵である。
宰相閣下と肩を並べて王国の舵取りを行い、国王陛下の指導までしていた英傑である。その威厳は、虎の威を借る狐のような彼が対抗できるほど優しくない。
愚行から続く混乱を、現状のまま知られるより多少は穏便に収めてもらえるかもしれないという、アルバートの温情も素早い行動には含まれているのだ、たぶん。
「それでは、皇太子殿下は何かしら、我々が公表した案件について訂正できる証拠をお持ちということですか?」
宰相の令孫ニコラウ・サンシータが、我々に間違いなどありませんと言わんばかりの、自信に溢れた顔付きでカトレアの左隣まで進み出てきた。
「証拠、ねぇ……」
エミリアから溢れた呆れるような、その尊大さはどうやって維持できているのよと言いたげな溜め息を聞きながら、アルバートの視線は役目を終えたと転がされたままの、無残な状態の教科書へ向けられる。
「そうだね、分かりやすく伝えるなら……、証拠として持ち込まれた教科書の全てが、高等学院で使用されている教科書であることは間違いないなさそうだ。そして、卒業単位として必要な教科のものばかりだね」
背表紙を力任せに切断されたと思われる教科書の、無事な表表紙が卒業生達からも見えるように持ち上げた。
「それが、どうだと?」
回りくどいぞとスティーブ王子が視線を下げれば、後方の取り巻き達も段差へ近付き教科書を眺め始める。
そのうちの一人など、先月用意したものなのだから当然だろうと馬鹿にするような表情を向けている。そのことが問題なのだと理解していないから。
「そんな大切な教科書に、私は悪戯をされたのよ!」
「そうだ、手本となるべき令嬢としてあり得ない悪辣さだ!」
可哀想なヒロインを演じるカトレアに触発されて、スティーブ王子も非道を改めて聴衆に訴えた。
そんな当たり前のことを格好付けて告げに出てきたのかと、取り巻き達が開演時の勢いを取り戻して囃し立てる。
だが、そんなことに今更効果を伴うような意味はない。
「それを、本当にオリヴィア・マークシア侯爵令嬢が行ったのだとしたら、だけどね」
確信を持っていながら、ゆっくりと発せられた疑念の言葉と共に、向けられる空気が一気に重くなった。
「――な、にを?」
カトレアを抱き寄せていた格好で、二人の動きが止まる。
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