婚約破棄が成立しない悪役令嬢~ヒロインの勘違い~

鷲原ほの

文字の大きさ
2 / 10
本編

2. 悪事を暴きたいのだ!

しおりを挟む
 
 フランメール大陸の中央地域、戦乱から離れた平穏な国家に、由緒正しき国立リルフレア魔法学院はある。
 騎士、侍従、経営、医薬、芸術などの分野ごとに設けられた専門学院と一線を画すその魔法学院は、学術都市にて唯一国家の名を冠する学び舎だ。
 世界から集められる最先端の知識を求めて、各地の王侯貴族から跡継ぎ候補の令息令嬢が通う。そして、優秀な後継者として、貴族の一員として認められるためには、卒業証書が必須であると言われるまでになっている。

 入学式で宣誓する表向きの共通認識では、国威や家格で競い合うことをとしないこと、一学院生として切磋琢磨せっさたくますることが望まれている。
 しかし、個人に関わりのある事柄、その全てを取り払うことは難しい。
 国同士の関係、家同士の関係、ありとあらゆる場面に滲み出るそれらは、卒業して大人の仲間入りをする前に経験する貴族社会の縮図に違いない。魔法学院時代の関係すら、未来に大きく影響を及ぼすことは事実なのだから。

 そんな高貴なリルフレア魔法学院にあって、しかも門出を祝うべき神聖な卒業記念式典にて前代未聞の事件は起こってしまう。
 後世まで語られることになった此度の顛末は、世界の一般常識すら学ぶことを疎かにして、大失態を演じた転生者が関わった出来事である。


   ☆   ☆   ☆


 三年間の厳しい研鑽けんさんを終えて、卒業生が祖国へ凱旋がいせんする季節。
 涙する父母、家長や親類に見守られて、国立リルフレア魔法学院の卒業証書授与式は滞りなく終わった。
 茜色に包まれていくリルフレアの宮殿にて、程なく卒業を祝う式典の最後を飾る、華やかな舞踏会が開演する。
 最上級に盛装せいそうする卒業生が、大人の一歩を踏み出す瞬間を待ち侘びる静寂。
 そんな優美な控え室を凍り付かせる、歴史に名を残す暴挙が動き出す。

「こうして我々が集える最後の瞬間に、皆に聞かせたいことがある!」

 控えの広間に集まった同級生を見渡して、舞踏会場と指定された大広間『紺碧こんぺき』へ繋がる両開きを背にして、アルフォンス・ロンドベルトが声を張り上げた。
 ロンドベルト家はリグレット王国の王家であり、彼は国王の息子、三番目の王子にあたる。

「ふふん」

 このタイミングで騒ぎを起こすかと呆れるような視線を集めておきながら、期待する視線が集まったと勘違いするアルフォンス王子が、成功を疑わない勝ち誇った笑みでゆっくりと歩を進める。
 彼に付き従うのは、桃色ゆるふわ髪の女子学院生一名と、五名の男子学院生。身に付けるネクタイや手袋に縫われた紋章から、リグレット王国の出身者だと瞬時に把握される。

「私はこの場で、侯爵令嬢という立場を悪用した悪女、エリザベート・リルフレアの悪事を暴きたいのだ!」

 アルフォンス王子が勢い良く指を突き付けた場所では、輝くブロンドヘアを優雅に流して、青紫色のドレスの裾を広げて、一人の女子学院生が驚くような顔をして振り返る。

「あら? わたくしをご指名ですか……」

 王子から話し掛けられたことすら不思議と言わんばかりに、エメラルドのようだと称えられる瞳を困惑に揺らす。

「とぼけたところで無駄である! 聖女の資質を備える、愛おしきメアリー・プリア男爵令嬢をお前がずっとしいたげていたことは分かっているのだっ!!」

 王子の左腕が二人の親密度をアピールするように、顔を伏せて並んでいた桃色髪の女子学院生を抱き寄せた。

「アルフォンス様に助けていただけなければ……、どうなっていたか……」

 もたれ掛かるように身を寄せて、彼女は悪女の恐ろしさを、ずっと我慢させられてきたことを包み隠さず聞いてほしいと、小さく震えるように言葉を絞り出した。
 リグレット王国の北限、未開地にほど近い田舎に生まれた彼女、メアリー・プリアは転生者である。
 三歳の頃、前世の記憶が戻り、今世のあまりの貧しさに涙を流した。
 五歳の頃、アルフォンス王子の名前を聞いて、乙女ゲームの世界、しかもその主役だと歓喜した。
 七歳の頃、教会の祝福の儀にて、神託を受けられるほどの聖女の資質ありと認定された。そこから簡単な読み書きを習い、王都の教会へ招かれて生活が一変した。
 プリア男爵家の跡継ぎにはならないはずの彼女が、魔法学院にその才能開花だけを見込まれて入学していることは有名な話だ。男爵家だけでは到底用意できない諸経費を、国庫から補填されていることも当然知られている。

「此度は、その愚かな行いを皆の前で罰してやると言っているのだ!」

 乙女ゲームの舞台となっていた国立リルフレア魔法学院でさらに仲を深め、彼女の中ではフィナーレを迎えようとしているのだろう。
 青色の目を見開き怒鳴り付けた王子の横で、同時に顔を上げたメアリーは、正対する相手にニヤニヤと小馬鹿にするような笑みを向けている。
 呼び出されたエリザベートの後ろへ寄り添う令嬢達はもちろん、控えの広間で談笑していた無関係な学院生まで、虐げられて怯えていた男爵令嬢と受け取る者はいそうにない。

(ハァ、ヤレヤレねぇ……、演技がなっていないわねぇ)

 周囲から聞こえてくる不評の囁きに、エリザベートはお粗末すぎることを心の中で嘆いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

氷の薔薇は砕け散る

ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。 彼女の人生は順風満帆といえた。 しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。 ※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

何か、勘違いしてません?

シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。 マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。 それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。 しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく… ※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。

ヒロインは敗北しました

東稔 雨紗霧
ファンタジー
王子と懇ろになり、王妃になる玉の輿作戦が失敗して証拠を捏造して嵌めようとしたら公爵令嬢に逆に断罪されたルミナス。 ショックのあまり床にへたり込んでいると聞いた事の無い音と共に『ヒロインは敗北しました』と謎の文字が目の前に浮かび上がる。 どうやらこの文字、彼女にしか見えていないようで謎の現象に混乱するルミナスを置いてきぼりに断罪はどんどん進んでいき、公爵令嬢を国外追放しようとしたルミナスは逆に自分が国外追放される事になる。 「さっき、『私は優しいから処刑じゃなくて国外追放にしてあげます』って言っていたわよね?ならわたくしも優しさを出して国外追放にしてさしあげるわ」 そう言って嘲笑う公爵令嬢の頭上にさっきと同じ音と共に『国外追放ルートが解放されました』と新たな文字が現れた。

処理中です...