婚約破棄が成立しない悪役令嬢~ヒロインの勘違い~

鷲原ほの

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本編

4. そこの騎士に命ずる!

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 しかし、そこに王子の期待したような拍手喝采の盛り上がりはない。最後まで何を言っているんだという白けた表情ばかりが並んでいる。
 後ろで必死に拍手している取り巻き以外、周囲の反応は愚かな発言を見下しているようにすら感じるはずだ、普通なら。

「ハッハー、驚きすぎて反応すらできないか!」

 何事も前向きに受け取れる王子の笑い声が虚しく響いた。
 お前の信じられない発言、受け入れがたい事実誤認に驚いているんだよと、居合わせた者達の心が揃った気がする。
 その一つは、腰巾着のように付き従っている男子学院生五人、その全員にメアリーと秘すべき関係にあるという噂話が出回っていたことだ。彼女が王子の婚約相手として相応しいか否かは、男爵令嬢という身分を抜きにして考えても大半が相応しくないと答えるだろう。
 真実の愛だと思い込んでいる王子は、さぞ滑稽に映っていることだろう
 そして、彼等のさらなる勘違いが、警備に就く騎士へ向けて王子が命令を下したことから明らかになっていく。

「おい、そこの騎士に命ずる! 未来の王妃を長きに渡り害していた、そこの阿呆な非道女を捕まえよ!」

 紺碧の大広間へ繋がる両開きを挟んで、命令を向けられた騎士二人がどうするんだと視線を交わす。

「何をしている! さっさと動かないか、のろま共がっ!!」

 訳の分からない主張を繰り返す王子の罵声に、騎士二人は困った顔をエリザベートに向けた。

「ハァ……、お二方、こちらに来てください」
「「はっ!」」

 自らの少し前を示したエリザベートの呼び掛けに応じて、騎士二人が動き出す。

「勘違いを正している最中に暴れられても困りますから、その場で彼等の動きを監視していてくださいな」
「「はっ! お任せください!」」

 歩き出したところを見て、ようやく命令を理解したかと愚鈍な騎士を見下していた王子の顔が、あり得ない展開に歪んだ。
 自分の命令を無視する形で、睨むように正対してきたのだから。

「お前達は何を考えている! 俺様は、その勘違い女を捕まえろと言ったのだっ!!」

 お前らまで阿呆なのかと喚く王子に向かって、極めて冷静にエリザベートが事実を伝える。

「彼等は我がリルフレア侯爵家に忠誠を誓った騎士ですから、私の言葉を優先するのは至極当然のことですよ」

 国立リルフレア魔法学院に常駐する騎士が、隣接する宮殿を警備している騎士が、リルフレア侯爵家に関係があるのは分かりやすいはずだ。見物に回った学院生は胸元の紋章を知っているから、誰もそのことを疑問に思っていないというのに。

「ふん! 侯爵家如きが、我が王家に逆らうとは良い度胸だなっ! ――い、今すぐ後悔させてやろうかっ!!」

 握った右拳を振り上げ、進み出ようとした王子が、騎士二人が腰の剣に手を添える動きを見せたことで慌てて振り下ろした。
 その眼力に負けて、ずりずりと後退りしていく。

「ぶ、無礼だぞ!」

 騎士程度が王族を睨むなどあり得ないと、突き出した人差し指をぷるぷると震わせながらまた喚いた。

「ヤレヤレですね。……まずは一つ、あなた方が酷く勘違いしていることを訂正しておかないといけないのでしょうね」

 遠ざかった距離を縮めるように、騎士二人を従えるように真ん中へエリザベートが歩み出た。
 誰に対して蔑む言葉を投げ続けているのか、それを正さないことには話が進まない。

「あなた方に質問してみたいのですけどね、我がリルフレア侯爵家はリグレット王国の貴族なのでしょうか? ロンドベルト王家から爵位を賜っているのでしょうか? 色々と足りない皆様でも、それくらいはお分かりになるのでは?」

 アルフォンス王子とメアリー、後ろの男子学院生達も何を言い出したのだとお互いに顔を見合わせた。
 お分かりにならなかった集団にいて、一人だけ何かに気付いたかのように青ざめたのは彼の国の宰相令息か。
 そして、当然のようにエリザベートの問い掛けの答えを知っている周囲の学院生達は、そんなことは常識だろと、本当に分かっていなかったのかと囁き合う。

「ハッ、何を言い出すかと思えば、侯爵家は我がロンドベルト王家の家来に決まって――」
「あらあら、本当にこんなことすらお分かりになっていないなんて」

 高貴なる自分の言葉を遮ったこと、嘲笑を含むようなエリザベートの口調に、アルフォンスの顔が茹で上がっていく。

「き、きさ――」
「あなたの言い分は、相手が王国貴族の家系である場合にのみ通用する関係性ですよ」

 燃え上がりそうな王子に対して、エリザベートの瞳は凍えるほどに冷えていく。

「回りくどいぞ! お前は何が言いたいっ!!」

 不愉快に貯まる唾を吐き飛ばして、王子が怒りに顔を赤く染めた。
 その横で、抱き寄せる左腕に力が込められていくメアリーが迷惑そうな顔をしている。そんなことを気にしているどころではない会話がなされているというのに。

「我がリルフレア侯爵家は、あなた方のリグレット王国も構成国の一つに名を連ねている、バルトガイン帝国の爵位として初代様より侯爵位を賜り続いている家系です。あなた方が勘違いしている王国貴族ではなく、帝国貴族としての侯爵家なのですよ」
「「「……は? はあぁぁぁ?」」」
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