6 / 10
本編
6. 非常に滑稽なだけですよ
しおりを挟むさすがにそれくらいは、そう思った学院生達の予想を裏切る反応がそこにはある。
「「「な、な、なあー……」」」
改めて指摘されるまで誰も理解していなかったと王子達が口をパクパクさせているのだ。置いてきぼりだったメアリーだって、乙女ゲームの舞台は違う国だったのかと驚いた表情をしているほどだ。
各方面へ話題の広がる学術都市で、王国の恥を撒き散らしていたと少しだけ理解したかもしれない。
「その様子ですと、リグレット王国よりリルフレア公国は領土が広いこともご存じなさそうですね。国力にも相応の差があり、異教徒に攻め込まれているリグレット王国には、ずいぶんと支援をしているはずなのですけどね」
嘆いてみせたエリザベートがいずれ治めることになるリルフレア公国の始まりは、バルトガイン王国に併呑された一つの王国から袂を分かつことになった独立勢力にある。
だが、安定した気候の未開地に囲まれていたため、古の大公家を名乗り続けたまま旧王国領土に並ぶほどに拡大していた。最初が分割統治から始まった他の侯爵家より、影響力が抜きん出ていることは間違いない。
また、覇王の溺愛していた一人娘が嫁いでいることから、初代皇帝の血筋を途絶えさせていないことを敬われているほどだ。確実に入れ替わった侯爵家や怪しい侯爵家が多い現状だから。
正直な話、最大任期が十年間と決められている現皇帝より、その機嫌を伺わないといけない影響力ありありの女傑なのだ。
「それから、さらにもう一つ、勘違いされていることを指摘しておきましょうか」
そう言った彼女が余韻の空白を生み出した瞬間、メアリーにはゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「わたくしとグレット王国の第三王子殿下、あなたが婚約しているという事実はございません」
「何だとっ!?」
「わたくしが名前を呼ぶことを承諾していないはずの相手、その程度の関係性でしたから、このような場で、何の意味も持たない婚約破棄を高らかと宣言なされるのは、非常に滑稽なだけですよ」
「なにを! ふざけるなっ!!」
滑稽だと馬鹿にされて、言い負かされた気分になっていた王子の怒りが再び燃え上がった。
「わたくしは、本当のことを申しただけですよ。この場にいるほぼ全ての方が告げたことを事実だと、そう認識されていると思いますわ」
「今更取り縋りたいからと、そんな戯れ言を言い出したか!」
この期に及んで、自分が選べる立場にいるかのような発言が出てくるアルフォンス王子に周囲が疲労感を見せ始めた。
「おおかた、リグレット王国の関係者がわたくしのことを殿下の婚約者と発言されるから勘違いなされたのでしょうね」
「どうだ、その通りではないか!」
何故か自信を取り戻した王子の胸を張る姿勢に、醜態を何度も晒して可哀想にと、憂いや哀れみが空間を埋め始める。
見ていられないと、顔を背ける令嬢まで出てきてしまう。
ちなみに、同腹の兄である第一王子がすでにロンドベルト王家の後継者と指名されている現状、甥っ子まで産まれている状況なのに、メアリーが王妃になれるかのような言い方をするなど、そんなところまで甚だしい思い込みを抱えていることはお伝えしておこう。
あのような発言を繰り返しているとすれば、王位簒奪の疑いありと危険視されてもおかしくない立場のはずなのだが。
「そうですねぇ……、リグレット王国の有力貴族出身であるアイリーン・アーガイン侯爵令嬢なら、情報として確かなことをご存じですよね?」
エリザベートが騎士の後ろへ一歩下がり、右後ろに控えていた黒髪の学院生を指名した。
「はい、もちろん存じ上げていることですわ。エリザベート様とノクトクール殿下がご婚約なさったときは、王国中が祝福しましたもの」
前にいる騎士と被らない位置へ進み出て、アイリーンが良く響く美声で第四王子、アルフォンスの弟王子の名前を告げた。
「なっ!? ノクトクールのヤツだとーっ!!」
「有名なお話ですから、皆様ご存じのことと思っておりましたわ」
そうですわよねと黒髪を広げて確認する彼女に、周囲の令嬢達も当然ですわと頷きを返していく。リグレット王国以外の紋章を身に付けた学院生だって、そんなことは常識だろうと囁き合う。
本当に知らなかったのですかと、アイリーンはリグレット王国の恥部に蔑みの視線を向けることも忘れない。
「ば、馬鹿な……」
「さすがにここまでの反応があれば、第三王子殿下をお相手にして、わたくしが婚約者らしい行動を取る必要がないことはご理解いただけましたね」
リグレット王国からリルフレア公国へノクトクールが婿入りする婚約。その契約は、エリザベートが魔法学院へ入学する前に結ばれた。
遊び呆けていたアルフォンス王子が、顔見せのパーティーへ勝手に出席しなかったことは彼女に知られてはいない。
しかし、その後の両家交流の場、婚約発表の場から閉め出されていた王子と、必要以上に親しくしようとするはずもないだろう。
「当然、あなた方の行動にわたくしが嫉妬するなど、そんなことあり得ないわけですよ」
勘違い甚だしいと吐き捨てて、エリザベートが続けて爆弾を投げ付ける。
「さらに、わたくしが知っていることを付け加えるならば、殿下には特定の婚約者がいらっしゃらないはずですよ」
「はぁ……? 何を馬鹿なことを……」
10
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました
碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる?
そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
氷の薔薇は砕け散る
柊
ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。
彼女の人生は順風満帆といえた。
しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。
※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
何か、勘違いしてません?
シエル
恋愛
エバンス帝国には貴族子女が通う学園がある。
マルティネス伯爵家長女であるエレノアも16歳になったため通うことになった。
それはスミス侯爵家嫡男のジョンも同じだった。
しかし、ジョンは入学後に知り合ったディスト男爵家庶子であるリースと交友を深めていく…
※世界観は中世ヨーロッパですが架空の世界です。
ヒロインは敗北しました
東稔 雨紗霧
ファンタジー
王子と懇ろになり、王妃になる玉の輿作戦が失敗して証拠を捏造して嵌めようとしたら公爵令嬢に逆に断罪されたルミナス。
ショックのあまり床にへたり込んでいると聞いた事の無い音と共に『ヒロインは敗北しました』と謎の文字が目の前に浮かび上がる。
どうやらこの文字、彼女にしか見えていないようで謎の現象に混乱するルミナスを置いてきぼりに断罪はどんどん進んでいき、公爵令嬢を国外追放しようとしたルミナスは逆に自分が国外追放される事になる。
「さっき、『私は優しいから処刑じゃなくて国外追放にしてあげます』って言っていたわよね?ならわたくしも優しさを出して国外追放にしてさしあげるわ」
そう言って嘲笑う公爵令嬢の頭上にさっきと同じ音と共に『国外追放ルートが解放されました』と新たな文字が現れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる