バケモノの棲む家

麻竹

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前編

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青年は、目の前に聳え立つ立派な一軒家を見上げていた。

「本当に、ここが家賃3万円の家なのかな?」

黒い髪に焦げ茶色の瞳。
この国特有の一般的な色彩の瞳を、野暮ったい黒縁眼鏡から覗かせた青年は、屋敷を見上げながら呟いていた。
普通の容姿に、そこそこある身長。
顔のつくりも、どこにでもある顔立ちをしている普通の青年だった。

彼は今、つい先程契約したばかりの新しい住居に来ていた。

とある住宅街の一等地。
一人暮らしをする青年には、いささか広すぎるその家は、俗に言う『事故物件』だった。

青年は大学を出て、この地に仕事をしにやって来た。
そして見つけたのが、この”破格の家”だった。
その、あまりの金額の安さに二つ返事で契約してしまった。
担当してくれた不動産屋のひとが「ここだけは辞めておいた方がいい」というアドバイスを無視して決めてしまったが、まあなんとかなるだろう。
不動産側も事故物件という事をきちんと明確に説明し、それでも住みたいと言ってきたお客様を無碍にすることもできず、心配そうに鍵を渡してきてくれたのが、つい先程。
そして、すぐにでも暖かい部屋とベッドが欲しかった彼は、何も考えずにここまでやってきたというわけだった。

木枯らしが吹き始めたこの季節、青年はいそいそと玄関の鍵を開けて中へと入っていく。
屋敷の中へと入った瞬間、青年は立ち止まった。
ドアを開けた瞬間、その中があまりにも真っ暗なことに思わず一瞬立ち竦んでしまったのだ。
そして、意を決して恐る恐る中へと入っていく。
そして先程視えたものは、気のせいだったと思うことにした。

彼が玄関を開けて中を見たとき――真っ暗なその空間に爛々と光る複数の目が、こちらを見ていたような気がしたのだった。





一階のリビングに辿り着き、青年は一息つく。
とりあえず、電気もガスも通っているようでよかった。
事故物件と言うから、どんな襤褸屋かと思っていたら、想像以上に綺麗な家でびっくりした。
青年は、背負ってきたリュックを大きなソファに置くと、部屋の中を見渡した。
玄関から入ってすぐにあるリビングは、カウンターキッチンのある広い部屋だった。
しかも必要な家具まで揃っている。
ソファの前に、でんと置かれた巨大なテレビは、今流行りの画像が素晴らしく美麗な最新機種だ。
カウンターキッチンの側には、大きなダイニングテーブルもある。
これだけ揃っていても広さに余裕のあるこの部屋は、一体何畳あるのか?
前に住んでいたボロアパートを思い出しながら、青年は興味津々に家の中を探検しだした。
トイレは1階と2階にそれぞれあり、お風呂と洗濯室まで個別にある。
しかも2階には大きなダブルベッドが置いてある寝室や、子供部屋にする予定だったのだろう、可愛い壁紙の貼られた部屋まであった。
ベランダも十分広く、椅子やテーブルまで置けそうな広さがある。
家賃3万円では到底住めないような、最優良物件の間取りを隅々まで見ながら青年は喜んでいた。
その時――

カタン

2階のウォークインクローゼットの中から、物音が聞こえてきた。
しかも前を通ったときに音がしたので、青年の耳にはっきりと聞こえ、彼は思わず動きを止めた。
恐る恐る引き戸を引くと、パッと電気が点いた。
どうやらオートライトのようだ。
明るくなったお陰で少しほっとした青年は、ゆっくりと部屋の中へと入っていった。
6畳ほどもある部屋の中は、荷物や服を仕舞うための仕切りのある棚が壁際に設置されているだけだった。
もちろん、何かが落ちるような荷物など一つも置かれていない。
その事実に気づかないフリをして、青年は部屋を後にした。





仕切り直しと、青年は夕飯を食べに行こうと、外へ出た。
外は既に夕暮れで、あと小一時間もすれば真っ暗になってしまうだろう。
青年は急いで食事を済ませることにした。

近くのレストランで食事を済ませた彼は、家に戻って来た。
途中にあったスーパーで、明日の朝食も買ってきた。

「さっきのスーパーの店員さん、変なことを言っていたな。」

青年は食材を冷蔵庫につめながら、先程寄ったスーパーのレジのおばさんが、奇妙なことを言っていたことを思い出した。

――○×通りの曲がり角の家は、幽霊屋敷だから気をつけてね。

その通りの曲がり角の家といったら、この家のことだった。
確かに不動産屋の担当のお兄さんも、そんな事を言っていた。
何度も家主が変わっては、一ヶ月もしないうちにすぐ出て行ってしまう曰くつきの場所らしい。

「幽霊なんて……。」

彼がそう口走ったとき――

ひやり、と手に何かが乗っている感触がした。
慌てて冷蔵庫の中に荷物をつめていた手を見ると、何も無かった。

多分、冷蔵庫の冷気が当たっただけだ。

青年は、そう考えて冷蔵庫の扉を閉めようとした、その時――

ゴトリ

はっきり聞えてきた音に恐る恐る視線を落とすと、そこには先程冷蔵庫に入れたばかりのペットボトルが転がっていた。
見ると、ドアポケットに入りきらず、冷蔵庫の棚の方に入っていた内の一本が無くなっていた。
扉側にあった方なら、閉める時に勢いで落ちたと思ったのだが、しかしきちんと中に入れた筈の物が自然に落ちたとは考え辛い。
青年は暫く冷蔵庫の中を凝視していたが、ペットボトルを元の位置に戻すと、そっと扉を閉めたのだった。




青年は暫く黙ってテレビを見た後、お風呂に入ることにした。
今日は疲れていたため、シャワーだけで済まそうとバスルームへと向かう。
そして暫くしたあと――







「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



青年の悲鳴が屋敷中に木霊したのであった。







数週間後――またその屋敷に、とある青年がやってきていた。

屋敷の中の住人は、その青年を見ながらほくそ笑む。

ああ、また遊び相手がやって来た――と。







新しくやって来た青年も黒髪に黒い瞳を持つ、この国特有の平凡な色をしていた。
住人は、たまには色の違うヤツも来ればいいのにと思った。
世の中には外人と呼ばれる人間もいるのだとか。
その人間達は、金や赤茶の色をしていて体も大きいらしい。
屋敷を見上げる青年も、ずいぶんと背が大きい方だが、しかし体の線が細過ぎて物足りないと思った。
もっと大きくて強そうなやつと遊びたいのに。
住人達はそう言って、うんうんと頷くのだった。







やはり背の高い青年は、この家の新しい家主だった。
彼は鍵を開けて屋敷に入ってきたからだ。
青年は家に入るなり、ずかずかとリビングへとやって来た。

「へえ、事故物件にしては綺麗な家だなぁ。」

凛と澄んだ声がリビングに響く。
その自信に満ちた声を聞いて、住人はにやりと笑んだ。
自尊心の高いやつほど面白いからだ。
青年は前回の青年と同じように眼鏡をしていた。
しかし青年の眼鏡は細い銀のフレームで、デザインも洗練されているものだった。
イケメンと呼ばれる類の人種なのだろう、その立ち姿も妙に様になっていた。
そして不思議なことに青年は手ぶらだった。
ここへ来る家主になる者たちは、大抵大きな荷物を持ってきている。
それは着替えとか財布とか、彼らにとって無くてはならない貴重なものだ。
しかし新しく家主になった青年は、身一つで家の中にやってきていた。

まさか、すぐに帰ってしまうのでは?

住人達は焦った、それでは困るからだ。
青年の様子を窺っていると、彼は徐に大きなソファへと腰掛けると、テレビのリモコンを操作しだした。
大きな画面に映像が流れてくる。
画面の中では、スーツを着た女性がニュースを読んでいた。

―― 数週間前から行方がわからなくなっていた○○さんが、今日未明、無事保護されました。彼は意識が混濁している様子で意味不明な言葉を発しており・・・・ ――

画面に映る保護されたという青年の顔写真は、黒髪茶目の黒縁眼鏡をかけた人物だった。
ピッ、という音と共にテレビの画面が暗くなる。
青年が飽きたようで、テレビを消したらしい。
彼は徐に立ち上がると、廊下に出た。
そのままバスルームに向かい、脱衣所で服を脱ぎだした。
住人達はそれを見て、にやりと笑った。

さあ、ショータイムの始まりだ。







勢い良くお湯が出る音が聞えてくる。
バスルームの中は大量の湯気で中が見えなかった。
青年は椅子に座って頭を洗っているらしい。
彼が頭にシャンプーをつけて、勢い良く洗っていると、ふいにその手が誰かに掴まれたような感覚がした。
ぴたりと青年の動きが止まる。

恐がってる、恐がってる。

手を掴んでいたソレは、その反応にほくそ笑んでいた。
しかし、次の瞬間――

バシッ

掴んでいたソレを、彼の手が弾いた。
え?
何が起きたのか理解できなかったソレは、弾かれたまま目の前の青年を見た。
青年は何事も無かったように頭を洗っている。
そのうち体も洗い終わった彼は、さっぱりした様子でバスルームを出て行ったのだった。





「ふう。」

青年はシャワーを浴びた後、冷蔵庫からジュースを取り出し一気に呷る。
はて?あんなものいつの間に冷蔵庫に入れてたんだ、と首を傾げていると、青年は立ち上がり今度は2階へと上がっていった。
向かった先は寝室だった。
今日はもう寝るらしい。
しめしめ、と住人達は、にやりとする。
今日のメインディッシュの時間だ。
前の奴は一週間と持たなかったので、今回は少し手加減してやろう。
部屋の中へ入ると、青年は既に寝る準備を整えていた。
布団に入り、上半身を起こしたまま携帯を操作していた。
完全に無防備な状態で隙だらけだ。
人間にとって寝るという行為は、一日で一番リラックスする時間だ、その後の事を想像して笑みが自然とこぼれた。

青年は暫く携帯を弄った後、横になった。
綺麗に仰向けになって寝る姿は、まるで死んでいるかのようだ。
寝る時まで眼鏡を外さない青年に首を傾げたが、まあいいかとすぐに忘れた。

もぞり もぞり

布団の中を何かが這いずり回っている。
足元からゆっくりと、競り上がっていく布団の感覚に青年が目をあけた。
そして次の瞬間――

ゴスッ

彼は足で何かを蹴り落としたのだった。
ベッドから転げ落ちる何か。
その何かは、床に這い蹲ったまま何が起きたのか、わけがわからず固まる。
そして暫くすると、ベッドの上からすやすやと寝息が聞えてくるのであった。





一夜空けて。

住人達は天井裏で、ひそひそと話し合っていた。
昨夜の出来事は、この家に住み憑いてから初めての事ばかりだった。
この家に来る人間達は、自分たちの存在に気づくと必ずと言っていいほど恐がり逃げ出していくものばかりだった。
なのに……。
あの青年は恐がる素振りを見せなかった

自分達を恐れない人間。

そんな人間が果たしているのだろうか?
長い年月、彼らは人を脅かして過ごしてきた。
だからだろうか、己の存在を酷く過信していた。

我らはこの世で最も恐ろしい存在だ!あんな若造に舐められるわけがない!

彼らは、そうだ、そうだ、と声を上げる。
きっとあの男は痩せ我慢をしているんだ。
誰かが言った。
彼らは、そうに違いないと頷き合いながら、次の作戦を立てるのであった。
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