鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹

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第一章【きっかけ】

第五話

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「那々瀬さん待った!」

ようやく追いついた那々瀬の腕を掴みながら兇は静止の声をかける。
腕を掴まれた北斗は兇の言葉に首を傾げた。

「え、なんで?みんな行っちゃうよ」

そう言いながら先ほど走っていこうとしていた場所を指差す。

「いや違うから、アレは光一達じゃないから」

そう言うと北斗の腕を掴んだまま兇はアレのいる場所を見据えた。
つられて北斗も兇がアレと呼んだモノを目を凝らして見てみた。
北斗が先ほど光一達と思っていたモノ達は、いつか見た手招きする影達だった。
しかもその輪郭はぼんやりと青白く光り、目や口と思われる部分が黒くぽっかりとあいていた。
しかも口の部分はにたりと笑っているように見え、さらには青白い手がおいでおいでとこちらに向かって手招きさえしていたのだ。

「ひっ」

北斗は声にならない声を上げると兇の腕にしがみついた。
兇は北斗を後ろに庇うと異形のモノ達をじっと見据え、頭の中で彼らに話しかけはじめた。

――― なぜここにいる、お前達はあの旧校舎に戻れ。

――― ソレ ホシイ   ヒカリ  ホシイ

兇の言葉に異形のモノ達は北斗を指差し答えた。

――― だめだ、この子は渡さないお前達はあるべき場所へ帰れ。

――― イヤダ  ソレ喰ウ  オレタチ ヒカリ ナル

北斗を見ながら三日月形の口をさらに大きく開けて笑う異形のモノ達。
気がつくと兇達は無数の青白い光達に囲まれていた。
じりじりと間合いを詰めて来る光達。
その恐怖に北斗は悲鳴を上げた。
それを合図とばかりに異形のモノ達が飛びかかってきた。
恐慌状態に陥った北斗を庇いながら兇は器用に避けていく。
それでも尚襲いかかってくる光達。
青白い光達は細く長く体を伸ばしては北斗の体を攫おうとする。
その異様な光景は北斗に必要以上の恐怖を与えた。
恐怖のあまり意識を失いかけたその時、北斗の耳に鈴の音が聞こえてきた。

ちりーん

ちりーん

ちりりーん

次第に大きくなるその音色は北斗の恐怖を和らげ同時に眠りを誘う。
不思議と安堵する心に戸惑いながらも、その鈴の音を聞きながら北斗は意識を手放した。
その瞬間まばゆい光が北斗を包み込み膨張する。
今まさに北斗の体を引きちぎろうと腕を伸ばしていた異形のモノ達はその光に触れ霧散した。

―――お前達にこの子は渡さないよ

北斗が意識を手放す間際、耳元で優しくささやく声が聞こえた気がした。







「那々瀬さん、那々瀬さん」

遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
緊張を帯びた声には焦りさえ感じられる。
その声に、ゆらゆらとまどろみの中に身を投じていた己の体が反応し、急激な浮遊感と共にぼやけていた意識がはっきりしだす。
目を開けると目の前には黒い人影がオレンジ色の光を背に自分の顔を覗き込んでいた。
その視界に飛び込んできたのは ―――― 心配げに瞳を揺らす兇の姿だった。
息が掛かるほどの至近距離にある男性の顔 ――― しかも美形 ――― に驚いた北斗は慌てて飛び起きた。
その瞬間ぐらりと視界が揺れ体が傾く。
落ちる!と思った瞬間あたたかい手に背中を支えられ、気づけば兇の腕の中にすっぽりと納まっていた。
思わず顔をあげると、そこには兇の顔のドアップ。

「☆▲&◇%!■!!」

北斗は先ほどと同じ至近距離にある整った顔立ちに、声にならない声をあげ頬を高潮させたまま固まってしまった。

「那々瀬さん?」

いきなり飛び起きたかと思ったら、そのままベンチから転げ落ちそうになった北斗を助けたはいいが、自分の顔を見るなり真っ赤な顔をしたまま微動だにしない彼女に、どこか具合が悪いのかと兇は首を傾げながら彼女の顔を覗き込んだ。
すると、さっきまで固まっていた北斗はいきなりわめきだしたかと思うと、兇を思い切り突き飛ばした。

「ち、ちかい~~ちかいってば~~~///」

肩でぜいぜい息を吐きながら北斗は真っ赤な顔で叫ぶ。
突き飛ばされた相手 ―――兇はベンチの下で尻餅をついたまま呆然と北斗を見上げていたのだった。



「ごめんね、ごめんね~~~痛かったでしょ?痛かったよね・・・ほんとにごめんなさい」

目の前の相手に北斗は何度も頭をさげて謝っていた。
既に日の傾きかけたこの場所は、男女の憩いの場であり一度は恋人と一緒に行ってみたいデートスポットの一つ―――遊園地。
の中にあるレトロな『お化け屋敷』の前にあるベンチに二人は座っていた。

「ほんとにごめんね。目が覚めたらい、いきなり鈴宮君の顔があったもんだから」

そこまで続けると北斗は頬を染めながら俯いてしまった。

「大丈夫だよ、結構俺頑丈だから」

言ってにっこり微笑む兇―――心なしかその笑顔には薄ら寒いものを感じるのだが。

「で、でも」と尚もうなだれる北斗。

ふいに兇の手が頬に触れてきた。
北斗は弾かれたように兇の顔を見上げた。

「良かった、どこもなんともないようだね」

兇は頬に手を添えたまま、何かを確かめるように言いながら安堵のため息をついてくる。
北斗は兇の言葉に内心首を傾げながら、そういえば、と今ある状況を確認しようと口を開いた。

「そ、そういえば、私達あの『お化け屋敷』に入ったんだよね?いつの間に外に出たの?」

「ああそれは、中のお化けの人形に驚いた拍子に走って逃げ出して角を曲がり損ねて壁に激突して気絶しちゃった那々瀬さんを俺がここまで運んできたからだよ」

ひと呼吸で一連の内容を言い終わると爽やかに、そりゃもう爽やかに兇は北斗に微笑んでみせた。

「ご、ごめんなさぃ」

兇の説明を聞いた北斗はみるみる小さくなっていく ――― しかも謝罪の語尾も弱々しく小さくなっていった。

――こ、怖いよ鈴宮君・・・

顔を青ざめ小さくなる北斗に、兇は内心ほっと安堵していた。

――― 良かった何も覚えていないようだ。

そして辺りが大分薄暗くなってきた事に気づく。

「暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」

「あ、うん」

兇に促され北斗はベンチを立たちながらふと、まだここまで運んで来てくれたお礼を言っていないことに気がついた。

――さっき鈴宮君を突き飛ばしちゃったことはまだ気になるし気まずいし、でもいつまでも謝っていたら逆に鈴宮君に迷惑だよね。

――鈴宮君は許してくれたし、とりあえず『お化け屋敷』からここまで運んでくれた事は何かお礼しなきゃ。

そんなことを考えながら隣に立つ兇をちらりと盗み見る。
ちらと見たつもりが、兇とばっちり目が合ってしまいそのまま笑顔で返された。

「あ、あの、こ、これからどっかでご飯食べていこうよ!!」

さっきのお礼もしたいし ―― 熱くなる頬を隠すように視線をそらしながら早口でそう言うと、北斗は兇の視線から逃げるように先に歩き出してしまった。

「あ、ま、待って那々瀬さん!」

ほとんど駆け足状態で先を行く北斗を兇は慌てて追いかけていく。
傍目には甘酸っぱい青春の一ページのようなそんな光景を見ていたのは
おどろおどろしいレトロな『お化け屋敷』と藍色に変わりゆく空を横切るカラスだけであった。
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