光を纏う日――婚約破棄からの再出発

こうたろ

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2話「幸せの崩壊II」

 ———え?

 思考が一瞬止まる。意味がわからない。白紙?何故?どうして?頭の中で疑問符ばかりが浮かび上がり、声が喉に詰まって出てこない。

「諸事情により、我々の結婚は正式に解消されることとなりました。つきましては、私ベントリー家としては今後、より高位の家柄の方々と新しい縁を繋ぐこととなります」

「そ、そんな……っ」

 ようやく絞り出した声はあまりにも弱々しかった。手足が震える。自分がいまどれほど間抜けな顔をしているか、想像もつかない。

「本日より、ミレーナ・ヴァイスクローネ氏は当家の人間としてではなく、一招待客として扱わせて頂きます」

 その言葉とともに、グレンはすっと立ち上がる。あんなに近くにいたはずの距離が、一気に果てしなく遠くなった気がした。

 会場は水を打ったように静まり返っていた。だが、次第に幾つかの囁き声が漏れ始める。

 「まさか婚約解消?」「ベントリー家が?」「あの娘、やっぱり不釣り合いだったわね」「まあ、若いのですから……」

 嘲りにも似た笑い声が、さざ波のように広がっていく。ミレーナは息をするのも忘れて呆然と立ち尽くしていた。自分の鼓動だけがいやに大きく耳につく。

「……嘘」

 半ば無意識に呟いた言葉は、誰にも届かないまま消えていく。嘘だと言い切りたいが、眼前の光景が否応なく現実を突きつけてくる。あの青い瞳からは完全に熱が失われ、ただ冷ややかな侮蔑の色だけが浮かんでいた。

「そんな……」

 膝から崩れ落ちそうになる寸前、執事の老人が静かに近づいてきた。差し出された手を無視し、自分で椅子に座る。だがグラスを持とうとする手は震え、冷たい汗が背中を伝う。

「……グレン様」

 呼びかけるも、彼はすでに興味を失ったかのように背を向けている。代わりに母親らしき女性が満足げな微笑を浮かべて言った。

「よかったわね、グレン。やはり最初から決めていた通りでしょう。子爵家なんて格の違いがありすぎるもの」

「ええ、母上。ですがこの場ではっきりさせておかねばなりませんから」

 会話の内容はまるで他人事のように空疎に聞こえる。自分が今まで信じてきたものが脆くも崩れ去る音が、心の奥底で響いている。

 婚約してからの日々。苦労しながらも共に過ごした時間。些細な喧嘩も、ちょっとしたデートも、全部偽りだったのか?

「あの……どういうことですか?」

 ようやく喉から絞り出した声は掠れていた。それでも問わずにいられない。しかしグレンはこちらを見向きもしない。

「説明する義務もないだろう」

 冷たい言葉が突き刺さる。それは刃物よりも鋭かった。会場の雰囲気も完全に変わってしまっている。好奇と嘲笑。同情を装った憐憫の眼差し。すべてが針の筵となってミレーナを苛む。

「失礼」

 短く言い放つと、グレンはそのまま踵を返し、両親と共に奥の部屋へ消えていった。残されたミレーナは、一人ぽつんと取り残されたまま、椅子の上で固まるしかなかった。
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