光を纏う日――婚約破棄からの再出発

こうたろ

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3話「幸せの崩壊III」

 一体何が起きているのか。夢を見ているのか、それともこれは悪質な冗談なのか。けれども胸を貫く冷たさと吐き気のする現実感が、これを紛れもない「現実」だと告げている。

 豪奢な晩餐会場は、あたかも巨大な檻の中のように圧迫感を増していく。美しく着飾った招待客たちは、もはや敵意と同義だった。

 幸せだった。少なくとも昨日までは。でも今、その全ては瓦礫となって足元に積み重なり、無惨に砕け散った。

 これが自分の終わりなのか? 何もかも嘘だったというのなら、今まで感じてきた喜びも愛情も、全てが幻だったということなのだろうか。混乱と絶望が渦巻き、頭が割れそうに痛む。

 それでも身体は本能的に動いた。逃げなければならない。ここにいることが耐え難いほど苦しい。ミレーナはふらつきながらも立ち上がり、出口へと足を向けた。

 背後で聞こえる嘲りの声や忍び笑いも、もはやどうでもよかった。今はただ、一刻も早くこの空間から抜け出したかった。

 ガシャンッ!

 大きな音が室内に響く。見れば、誰かが落としたグラスが割れていた。その破片は光を乱反射させ、一瞬だけ虹色の煌めきを見せる。しかし瞬く間に光は消え、砕けたガラスは冷たい床へ沈んでいった。

 それはまるで、今の自分を象徴しているかのようだった。婚約者だった男に見限られ、誇りも希望も粉々になり、残されたのはただ孤独な影だけ。胸の奥で何かが崩れ落ちる音がした。

 それでも生きていかねばならない。たとえそれがどんなに暗く長い道のりでも、逃げるようにしてこの場を離れることは、彼女にとって唯一の選択肢だった。

 背中に突き刺さる嘲笑を振り切るように、ミレーナは歩みを進める。煌びやかな会場を後にし、重厚な扉を潜ったところで、ようやく大きく息を吸い込んだ。

 だが胸に溜まった苦しさは、いくら呼吸しても晴れることはなかった。まるで自分の内側が丸ごと潰されていくようだ。

 足元がふらつく。それでも倒れることだけは許されない気がして、必死に踏みとどまる。周囲に目を向ければ、使用人たちが怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。だが彼らもまた、ミレーナに対して同情ではなく「厄介な客」という目を向けているのがわかる。

「馬車……」

 ようやく呟くことができたのは、それだけだった。早くここから立ち去らなければ。グレンの顔も、嘲る視線も、煌びやかなシャンデリアの光さえも、すべてが悪夢に変わる前に。

 ミレーナは急ぎ足で玄関ロビーへ向かう。足が鉛のように重い。それでも進まねばならない。使用人が止める隙も与えず、自分の乗ってきた馬車を探して進む。
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