追放された聖女ですが、辺境の貴族様に溺愛されています

こうたろ

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第9話 帝都に向けて

 出立の朝。黎明の薄闇の中、エルナは荷造りを終えていた。最低限の着替えと針道具だけの小さな袋を見つめると不思議な感慨が湧いてくる。
 まさか追放された身から自らの意思で旅立つ日が来るとは思わなかった。

 館の前では馬車が用意されていた。簡素な馬車には紋章もなく、いかにも非公式な任務に相応しい。

 レオンハルトは外套を纏い、腰に剣を佩いていた。いつもの領主姿とは違う武人らしい佇まいにエルナは思わず見惚れる。

「準備は良いか?」

「はい」

 レオンハルトは頷くと御者に合図した。馬車がゆっくりと動き出す。

「街道を通るからな、前の森とは違い街道沿いに回り込む。道中休憩は適宜取る」

「わかりました。ところで、レオンハルト様はなぜあの時森に居たのですか?」

「ああ……それは」

 レオンハルトは少しためらった後話し始めた。

「ただの仕事だ、偶然お前が倒れていたんだ」

「……私にとっては幸運でした」

 馬車は領境を越え帝都へと続く道を進み始めた。景色が変わっていくにつれ、エルナの心臓は鼓動を速める。

「怖いのか?」

「少し……でも大丈夫です」

 レオンハルトはその答えに満足したように頷いた。

「無理をする必要はない。辛くなったらすぐ言え」

「はい……ありがとうございます」

 二人の距離は以前より縮まっているのを感じる。互いの存在が心の支えになっていることは明白だった。



 昼過ぎに最初の休憩地点に到着した。街道沿いで昼食をとることになった。

 店内は活気に溢れている。商人や旅人で賑わい、四方八方から話し声が飛び交っていた。

 レオンハルトは周囲を警戒しながらエルナの正面に座った。

「普通の旅人と見分けがつかないようにな。俺のことを領主とか様とは呼ばないようにな」

 エルナは苦笑いする。

「わかりました。では何とお呼びすれば?」

「好きなように呼べばいい」

「……では、失礼ながらレオンと呼ばせてもらってもいいですか?」

 レオンハルトの目が僅かに見開かれた。だが拒否はしなかった。

「構わない」

 エルナは微笑んだ。彼女の笑顔を見たレオンハルトの表情も緩む。

 その時店の外から物騒な噂話が聞こえてきた。

「おい聞いたか?最近真の聖女様が来たらしいぜ」

「本当か?」

「帝都の神殿で大規模な儀式があるって……」

 レオンハルトの眉間に皺が寄る。エルナも耳を澄ませた。

「偽りの聖女を追い出し、ついに真なる聖女が生まれるって話だよ」

「そりゃ凄いな。それでどうなる?」

「詳しくは知らねえけど、何か大きな改革があるらしい。皇帝直々の案件だとか」

 話は途切れ、別の話題へと移っていった。

 レオンハルトは険しい表情でカップを置いた。

 エルナは震える声で言った。

「私の代わりに……別の聖女が……」

「焦るな」

 レオンハルトは彼女の肩に手を置いた。

「むしろ我々にとって好都合かもしれん。混乱に乗じれば行動しやすくなる」

 その言葉に幾分か安心するエルナだったが、胸の奥に棘が残ったままだった。



 夕暮れ時。一行は中継地の宿泊施設に到着した。古い建物だが掃除は行き届いていて清潔感がある。

 部屋は一つしか空いていなかった。レオンハルトは渋い顔をしたが、エルナは気にしていなかった。

「別に構いません。テントで寝るよりいいです」

 レオンハルトは溜息をついた。

「お前は俺を何だと思っているんだ?」

「信頼できる方です」

 即答にレオンハルトは言葉を失う。不思議なほど胸が高鳴った自分に驚いていた。

 部屋に入るとエルナは窓から外を眺めた。星空が輝き始めている。

「綺麗な星……故郷を思い出します」

「そうか」

 レオンハルトは彼女の横顔を見つめながら思った。この娘はどんな苦境にも負けずに前を向いている。その強さが眩しくもあり、同時に脆くもある。

「明日からは本格的に首都へ向かう。覚悟はできているか?」

「はい」

「では今日は早く休め」

 エルナは頷き、ベッドに腰掛けた。レオンハルトは椅子に座り、馬車から持ってきた地図を広げる。

「ルートを確認しておく。お前はもう休んでいい」

「ありがとう……ございます」

 エルナは疲労のせいかすぐに深い眠りに落ちた。規則正しい寝息を聞きながらレオンハルトは彼女の寝顔を見つめた。

(この笑顔を守らねばならない)

 心の中で誓いを新たにする。彼女の人生を狂わせた陰謀を暴き、聖女としての地位を取り戻させてみせる。

 夜更け、レオンハルトは地図を片付けると立ち上がった。静かにエルナのベッドサイドに歩み寄り、そっと毛布を直す。

「おやすみ」

 囁くように言い残し、自らも休息に入った。
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