俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ

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5月

第九話「放課後の逢瀬」

 一週間後の放課後、俺は美術室の扉を開けた。
 いつもと変わらず油絵具の香りが漂い、冬月凛は相変わらずキャンバスに向かって筆を動かしている――かと思いきや。

「……終わったわ」

 振り返った彼女の表情は珍しく柔らかい。イーゼルには大きなキャンバス。そこに描かれていたのは間違いなく俺自身だった。

「こ、これ……」

 驚きを隠せない。そこに立つ"山田拓海"は日常で見る自分とはまるで別人だった。窓から差し込む斜光の中で立つ青年は憂いと決意が同居する複雑な表情をしている。背景の壁には見たこともない青紫色のグラデーションが広がり幻想的な世界が表現されていた。

「これでようやく……答えが出せた気がする」

 凛がペンキのついた手で額を押さえながら呟く。彼女の瞳には成功の喜びと共に解放感のようなものが見えた。

「すごいな……これが俺だって?」

「そう。でも描いたのは私の目を通した君よ」

 凛は近づいてきてキャンバスに描かれた俺の輪郭を指でなぞる。

「孤独を受け入れながらも前を向こうとする矛盾……それが最も美しい瞬間だと思うの」

 熱っぽい言葉に少し気後れする。それでも確かにその絵には惹きつけられる魅力があった。自分の知らない別の自分がそこにいるような感覚。

「あの……これはどうするの?」

「文化祭に出展してもいい、もちろんモデルの許可を得る必要はあるけど」

 凛の視線がまっすぐ俺を捉える。即答できる問題ではなかった。全校生徒の目に晒されるということだ。

「少し考えさせてもらえるかな」

「いえ、大丈夫よ。これは出さないわ」

 意外な返事だった。俺としては願ったりだけど。

「え?いいの……?」

「これはある意味私にとって通過点に過ぎないから。展示のために描いたわけじゃない」

 彼女はまるで当然といった風に答える。

「プライベートでちゃんとずっと保管してあげる」

(保管って……)

 なんだか恥ずかしい気持ちになった。

***

 教室に戻ると室内はほとんど空になっていた。まあ放課後から1時間以上経っているから普通なんだけど。
 外の運動部の喧騒と違いここだけ時間が止まったように静かだ。
 自分の荷物を取りに行こうとした時だった――

「あれ?拓海君!」

 明るい声。見れば天宮瑠璃が窓際に座っていた。制服のブレザーを脱ぎワイシャツ袖を捲って参考書を開いている。気温も段々上がってきている。

「天宮さん、何してるの?こんなところで」
「予習だよ予習!大会近いからって授業も疎かに出来なくてさ」

 彼女は陸上部だ。6月に大会があるようだ。ただ、6月は中間試験もある。練習と学業を両立させようと常に努力している。

「ちょうど良かった。実は気になることがあってさ」

 瑠璃は人懐っこい笑顔で参考書を掲げる。

「数学教えてくれない?ちょっとわからなくて……」
「俺だって得意じゃないけど」
「それでも助かるよ。一人でやってると堂々巡りだし」
「わかった。少しだけね」

(なんだろうこの流れ……まるで青春ドラマの一場面みたいだ)

 瑠璃の横に座りノートを見る。公式がなかなか思い出せないで困っているらしい。一緒になって頭を捻るうちに気がつけば30分近く経っていた。

「助かった!おかげで解けたよ。ありがとう」
「役に立ててなにより」
「お礼に何か奢ろうかな」
「そんな大したことしてないから」

 俺の返事を待たずに瑠璃は立ち上がろうとして……躓いた。

「わっ!?」

 俺は咄嗟に抱き留めた。彼女の胸が俺の左肩あたりに押し付けられる。

「ご、ごめん!」
「いやこっちこそ……」

 慌てて離れようとするが彼女の腕がまだ俺の首に回ったままだ。瑠璃は顔を真っ赤にして俯いている。

「……拓海君は……温かいね」
「そ、そう?」
「うん……安心する」

 思いがけない言葉に言葉を失う。天宮瑠璃は明るくて真面目なスポーツ少女だと思っていた。こんなに穏やかな一面もあったんだ。
 というか胸が大きくて柔らかい。バックンバックンと心臓の音が聞こえてきそうだ。
 もう離れないとまずいのにどうしても動けない。

「あの……」

「ダメだね私」
「え?」
「拓海君を囲んでる人たちに悪いことしちゃってるかも」
「どういう意味?」
「私自身もよくわかんない……でも、こうしてるの、結構好きだよ」

 天宮さんはギューッと強く抱き締めてくる。まるで離さないと言わんばかりだ。力強い女子の抱擁に抵抗できない。
 なんだよこれ。俺はどう反応すべきなんだ。胸の感触がやばすぎるって!!

「えっと……」
「ごめんごめん!つい興奮しちゃった」

 突然の切り替え。いつもの元気な天宮さんに戻る。パッと離れた時の温度差で若干の寒気すら覚える。

「えっと……じゃあ帰ろうかな。ありがとね」
「あ、うん……気をつけて」

 颯爽と退出していく陸上少女。残された俺は全身に広がる不思議な疲労感に包まれた。

「……」

 一人になった教室。夕焼けが差し込む。
 ほのかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
 今夜は眠れないかもしれない。
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