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BA、聖女召喚の儀式に巻き込まれる

素直すぎる聖女様

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 早速、宰相さんがつけてくれた執事オスカー君に、王宮をたっぷり1時間案内してもらった。
 なんと彼は、宰相の妹さんが嫁いだ伯爵家の執事らしい。
今のさっきでよく来たな。マジで。
 代々、伯爵家に仕えてきた家系の生まれで、幼少期から上級貴族に仕えるすべを叩き込まれたそうだ。
いやほんと、18歳とは思えない落ち着きっぷりよ。
 俺が18の時はそんなんじゃなかった。
 あと、久々にフツメンを見て親近感が湧いた。ありがとう、オスカー君。
なるべく迷惑はかけない様にするから。


「トキトゥ様が自由に行き来出来る場所は、このくらいですかね。
はじめにご案内した各部屋は、案内のものがつきますのでご安心下さい。
ただ、誤って入室されない様にご注意下さいませ」
「分かった、大丈夫(広過ぎる、1人で出歩かない様にしよう)」
「ではそろそろ、聖女様との謁見の時間ですので、正装に着替えましょう」


 廊下と扉の造りが一緒過ぎて、全く覚えられん。
迷子になるのは必す。
 今着てるのでも、十分畏まってると思うんだが、いちいち面倒だな。


「はあ、お願いします」


 着替えの為に来てくれたメイドさんは初めて見る人達ばかりだった。
 ミレーさんは仕事中かな?


 ロココ風というか、ジャボのブラウスなんて初めて着た。
完全に服にきられてないか、これ。
 前髪も後ろに撫で付けられ、成人式以来のオールバックだ。
メイドさん、このワックス代りに塗られた油は何ですか。初めて嗅ぐ匂いなんですが。
やっぱり動物由来? そうなのか、ねえ、誰か!


「これは…印象がガラッと変わられましたね。
とても良くお似合いですよ、トキトゥ様」
「あ、ありがとう。はは……(今すぐ風呂に入りたい)」






◇◆◇◆◇◆◇◆


 木々に囲まれた小さな噴水の先にひっそり佇む離宮。
 入口には10人もの警備が周囲を警戒していた。


「トキトゥ様、こちらでお待ち下さい」
「ああ」


 執事に案内されやって来た鴇藤は、警備と話す彼をどこか朧げに眺めていた。


「トキトゥ様、許可がおりました。どうぞお入り下さい」
「分かった。……あれ、オスカー君は?」
「私は中に入れませんので、ここでお待ちしております」
「え、暑くない? 大丈夫?」
「はい、問題ありません。さ、皆様がお待ちです」
「あ、うん。ごめんね」


 鴇藤は、にこやかに礼をする執事に見送られ、警備が2人がかりで開けた扉の中に入った。
静まり返り、どこか神秘的な空気が漂うその場所は、不思議と懐かしさを感じさせた。
 長い無人の廊下を進むと、重厚な扉が控えていた。


「ここか。入って良いのかな」
「入りたまえ」


 扉の前で鴇藤が思案していると、中から返事が返って来た。
ゴクリと息を飲んで開ければ、一般人とは思えない煌びやかな男性達が聖女を守る様に並んでいた。


「し、失礼しま~す。
えっと鴇藤 蓮です。どういった理由で呼ばれたんでしょうか?」


 緊張した面持ちで問えば、聖女の右隣に座る青年が口を開いた。
座っているのが、聖女と青年、左隣のベイリー王子だけな事から、彼は高位な人間なのだろうと鴇藤は身構えた。


「ああ、呼んだのは私だ。
ヒナコが環境の変化に戸惑っている様なんだ。
彼女と共に召喚された君なら、少し気持ちが落ち着くんじゃないかと思ってね」
「はあ、そうでしたか。えっと……?」
「ああ、すまない。あまり自分から名乗る事がないから失念していた。
私は、第一王子ベルヘルム・ハルシファーだ」
「すみません、こういった場は初めてで、礼儀とかマナーが分かりません。
何か無礼な事をしていたら謝ります」
「構わない。君が学ぼうとしている事はジークから聞いている。
徐々に学んでいけば良い。講師やベイリーから問題ないと報告が上がるまでは、些細な無礼は不問に処す。
城内の者達にも、そう先触れを出してあるから安心して良いぞ。
ただ、父である陛下と他国の者には気を付けてくれ。庇えない可能性もあるからな」
「ご配慮、ありがとうございます!」
「いい。さて、近くまで来い。
彼女の悩みや困っている事があれば聞いてやって欲しい」
「鴇藤さん……」


 周りの誰かに聞いたのか、この国の者には難しい発音を綺麗に発し、聖女は潤んだで鴇藤を見た。
 言われた通り彼女の前に立ち中腰になって、彼は人好きのする接客スマイルで彼女の頭を撫でた。


「大丈夫か? 昨日はちゃんと眠れた?」
「ぜんぜんっ、眠れなくて、夢だったらって思ったのに、夜が明けても知らない場所でっ」
「うん、恐かったよな。実を言うと俺もまだ半信半疑なんだ。
けど、夢にしては感覚があまりにリアルすぎて、とりあえず生き残る為に何とかしなきゃな~って、考えてるとこ」
「私にはムリっ! お家に帰りたい。お母さんとお父さんに会いたい! きっと心配してるわ、それにここの人達変なのっ。私の事、聖女だとか、特別だとか言って。部屋の中でだって監視されてるのよ?! 耐えられない、助けてっお願い!」
「(うわ、美少女のお願い光線はやべえな。反射的に頷きたくなる。つか部屋の中まで監視って、何か監禁されてるみてぇで、確かにキツイわ、そりゃ) う~ん、ごめんな。それは難しいかも。
でも一緒に居る事は出来るから、相談相手っていうのはどうかな?
同郷の大人として、心配だし」
「やっぱり帰りたいよぉ、ぐすっ。
帰れるまで、側にいて下さい。私を1人にしないで、鴇藤さん」
「(うん、1人ではなくね? うじゃうじゃ居るよ、周りに。お偉いさん方が) 分かった、聞いてみよう」
「ありがとうございますっ。あと、ごめんなさい。巻き込んじゃって」
「……仕方ないよ、急にあんな事になったら恐いのは当たり前だ。
それより、これからの事を考えよう」
「鴇藤さんっ」
「ほら、泣くな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ(ぶっちゃけ泣いてても可愛いけど。世の中は不公平だ)」
「あっ///」


 目の前で繰り広げられる何とも言えない光景に、ジークやウイリアム達、大人組は微笑ましく、ベルヘルムや護衛達の若者組は微妙な顔を浮かべていた。


「ごほんっ、あー、トキトゥ。少し距離が近いぞ」
「え、そうですか(爺さん居たのか。王子達のオーラが強すぎて気付かなかった)」
「お前、素なのか」
「え」
「(鴇藤さんって女慣れしてるのかな? 何かモテそうだし) ///」


 鴇藤の反応にウイリアムは驚き、聖女は興味深そうに彼の顔を見た。


「それで、大体の事は聞こえていたがトキトゥの意見を聞かせてもらおうかの」
「はい、そうですね…まずは確認なんですが、警備体制というか、部屋の中でも1人になれないというのは本当ですか?」
「ああ。ヒナコに何かあったら大変だからな。当然だ」


 得意げな表情で答えるベルヘルムに、鴇藤と聖女は「有り得ない」と、心の中でツッコんだ。


「ベルヘルム殿下のお気持ちは素晴らしいと思うんですが、四六時中というのは精神的に堪えると思います。
自由に外に出られる立場でもないでしょうし、まるでかんきーーいえ、軟禁状態です」
「軟禁だとっ! 私は彼女の為に!」

 良かれと思った配慮を否定され、王子もムッとしたが、無礼を許すと言った手前あまり強く言えないでいる。
その様子を、弟のベイリーとジークが珍しい事もあるもんだといった表情をして、顔を見合わせた。


「もちろん分かってます。ですが、彼女はまだ17歳ですよ。
急に連れて来られた知り合いもいない世界で、心を休める時間がないのは却って危険です」
「そ、そういうものなのか」
「はい(当たり前だろ)」
「そうか。考えよう。
それと、やはり君が居る方が落ち着く様だ。しばらくは毎日ここに来てやってくれるか?」
「鴇藤さんっ」


 ベルヘルムの言葉に、聖女は目を輝かせ、鴇藤に期待の眼差しを向けた。
彼女の視線に苦笑しながら了解する。鴇藤の頭には、
「俺の勉強時間はどうなるんだ? 」という問いでいっぱいになっていた。


「ええ、もちろんです」
「礼を言う、トキトゥ。これからヒナコとティータイムをするつもりなんだが、君もどうだ」
「鴇藤さん、まだ行かないで下さい!」
「あ~、ではお言葉に甘えて。
あと、表で執事のオスカー君が待っているんですが」
「おい、誰か外の者に帰って良いと伝えよ。
帰りはこちらから誰か付けると」
「ハッ!」


 少し笑顔が戻って来た聖女を見て、これは仕方ないなと鴇藤は諦めた。


「そうだ、トキトゥ。お前の荷物を魔術師団で預かってる。
後で取りに来ておくれ」
「ちょ、爺さん、それを早く言えよ!」
「すまん、すまん。忘れておった。
嫁の件も頼むぞ~」


 笑いながら部屋を出て行ったウイリアムに、彼は静かにキレるのだった。


「あんの、ジジイっ」

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