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一章 グリーン・ライフ

第33話

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(…日進月歩。成功は1日にしてならずとも言うしな。まあ地道に努力していきますか)

 それから数時間が経過。空は完全に暗くなり、月明かりと星空が夜の海を照らし始める。

「今日はこれで引き上げるか」

「…マスター。お疲れ様」

「お。助かる」

 クラリアからやけに赤いタオルを受け取り全身の汗を拭う大助。彼は自身の楽しみのためならコツコツと努力ができる人間だ。魔法の基礎的な部分は既に押さえている。あとは反復練習あるのみという状態だ。

「当面の課題はいかに長く魔力を纏った状態で活動できるかという感じかな。最大出力で全身を強化すると俺でも流石にキツい」

 魔力を最大限に出力した状態で活動した場合、その負荷は凄まじい。そして魔力の消費速度も当然桁違いに早くなる。

(要所要所で部分的かつ一時的に強化するのが無難か。何か外的に魔力を回復させる方法があれば色々と無茶もできそうなんだが…)

 思考の波を打ち切り、大助が帰り支度を始めた。

「クラリア。今日は手伝ってくれてありがとな」

 砂で巨大なうさぎを作り遊んでいたクラリアに感謝の言葉を伝える大助。

「…ん。役に立ててよかった」

「約束のケーキは後でアイテムボックスに送るとして、このまま返すってのも何だかな……あ、そうだ」

 スマートフォンから「メイド服」という特級危険物を散り出す。

「…めっちゃ可愛いメイド服。つまりマスターは女装した姿を私に見て欲しいの?分かった。私はマスターのどんな性癖も受け入れる覚悟がある」

「そんな崇高な趣味は俺にはねえよ!…俺からお前へのプレゼントだ。受け取れ」

 体良くメイド服という危険物をプレゼントという形でクラリアに押し付ける大助。

(上手くいけばこの装備の強さも確認できるしな)

 どこまでも自身の楽しみしか考えない大助であった。だがクラリアからすれば、普段はぶっきらぼうな男が自身の為だけに可愛い服をプレゼントしてくれたという事実だけが残る事になる。そこに何かを期待してしまうというのが乙女心というやつなのだ。

「…めっちゃ嬉しい。……大切にする」

 年相応の顔を綻ばせて、クラリアは上機嫌で手元のスマートフォンを操作し、元の世界へと帰って行った。

「…え?俺が操作しなくてもあいつ勝手に帰れるのか?」

(今まであまり気にしてなかったが、あいつらが持ってるスマートフォンにどこまでの権限があるのか把握しておく必要があるかもな)

 課題は山積みで先は見えない。それでも確かな充実感を噛み締めながら大助は自宅へと帰還した。
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