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3.最弱勇者は知る①
しおりを挟む場所は変わって城塞都市リベルハルのギルドに戻る。
さすが大魔道士というべきか、彼女は簡単に転移魔法陣を組み立てると、かつて設置した都市の魔法陣を遠く離れた距離から察して繋げたのだ。
そんなわけでお手軽簡単に森から都市へと到着したのだった。
意外なことに、すれ違う人達はニナの姿を見ても反応を示さなかった。せいぜい可愛い子がいるなぁ程度の反応で、断末騎士の一人を目にした表情ではなかった。
どうやらニナの名前は有名だが、その姿を知っている者は少ないらしい。
「ニナさんって、この都市に来るのは初めてですか?」
どこかを向かって歩いているニナに尋ねた。
「前回来たのが100年より以前ですので、全く街並みが変わっています。そういう意味では初めてと言えるかもしれません」
「ニナさんの種族は長寿なんですね」
「ニナでいいですよ。私たち魔女は軽く1000年以上は生きる種族ですから、わりと100年前というのは最近の記憶ですね」
「あ、はぁ……」
ニナは当たり前のように語るが、平均寿命が1000年を超える種族なんてそうそういない。
ニナの種族である『魔女』はその数が極めて少ないと聞いたことがある。高い魔力を持って生まれ、互い稀な魔法の才があるものの、生まれてくるのが女性である確率が極めて高く、そもそも恋愛感情も薄い為ほぼ絶命状態下にあるそうだ。
まさにクールな雰囲気のニナに当てはまる種族といえる。
「着きました。ここですね」
しばらく歩くと、ニナはある建物の前で足を止めた。
「……ここって、ギルドですけど?」
いつも任務を受けて、自殺に疲れたら酒を飲む。そんな生活の中心地である馴染み深いギルドがそこにはあった。森に行く前に酒を飲んでいた場所と同じところだ。
「おかしいですね。ここは私の屋敷だったはずなのに……」
ニナが深刻そうに首を傾げている。
「100年前に所有してた屋敷ですか?」
「はい。私の拠点の一つでした」
「百年間放置してたんですか?」
「特に用がなかったので」
「………」
100年も放置してたら所有権が譲渡されていてもおかしくはないだろう。
この城塞都市では、数十年前まで森からの魔物の群れによる攻撃で街全体が崩壊する被害が出たことも多々あったそうだ。
その時に、所有者が数十年失踪してることをいいことに、土地を略奪していった者がいても何ら不思議ではない。
「家……ない……今晩どうしよ……」
ニナは首をカクカクさせてこちらを向いた。ちょっと涙目になってるところが少し可愛らしかった。迷える子猫のような純粋な眼差しは、俺には眩しすぎた。
「ウチの屋敷広いので、ぜひ使ってください」
「ありがとうございます」
ニナは一礼すると、嬉しそうにそう言った。この笑顔を守りたい、なんてほざくカップルの気持ちが初めて理解できた瞬間だった。
「でもまずは、ここで食事にしましょう。話したいこともありますし」
「そうしましょうか」
「行きつけの酒屋だそうですし、沢山食べてたくさんまけてもらいましょう!」
「よ、容赦ないですね……」
ニナはクールキャラではなく、見た目と違ってお金に貪欲で、結構お茶目な人みたいだ。その性格が、ニナさんも同じこの世を生きる生命と再確認させてくれる。
お腹を鳴らしたニナと一緒に、ギルドの中へと入る。
ここはギルド兼酒屋であるが、飢えた冒険者達が昼夜問わず愛用しているので、昼食メニューも品揃えがいい。
ただ、荒くれ者も多い為、人が沢山来るわけではない。それでも、数多くいる冒険者が利用しているので、常に一定以上席が埋まっている。
俺とニナは隅の方のテーブル席に着いた。一旦グサフクの森の調査結果報告のために俺は席を外すことにした。
「少しの間、報告に行ってきます。先にご飯食べていても構いませんよ。ここは俺が奢るので」
「では、お言葉に甘えるとします」
ニナはさっそく注文をして、料理が来るのを楽しみにしている。
俺は2階にあるギルドの方に向かい、調査結果を報告する。
「随分早い到着ですね。グサフクの森で何か良からぬことが起こったんですか?」
ギルドの受付に調査報告をしようと話しかけると、不安そうな顔で受付の女性が尋ねてきた。既に俺が森に調査へ行ったことを知っていたらしい。
「はい。以前よりも魔力濃度が上昇していました。入り口付近でも強力な魔物の出現が見られました。それと、……森へ旅立った冒険者パーティーですが、全滅とのことです」
冒険者パーティーの遺体は実際には確認していない。このギルドに向かってる道中、ニナが冒険者らしき遺体を見たと言っており、その内容が相当一致していたため、間違いないと思ったのだ。
なにより、通常よりもさらに危険になったあの森では、命が何個あっても足りない。それこそ、断末騎士クラスの実力者でなければ。
一応、ニナが拾っておいた冒険者パーティーの私物を受付台に置いた。比較的新しい、装備の一部分だった。
それを見た受付の女性は、出発前の勇者パーティーの装備と一致しているのを思い出し、頷いた。
「最悪の事態ですね。森からの侵攻が止み30年経ちますが、こんな事態は初めてです。」
受付の女性は考え込むようにしてそう言った。再びグサフクの森から魔物の侵攻が行われたとしても城壁がある。昔とは違う。とはいえ不安は募るだろう。
「分かりました。今回の調査報告は、上にも伝えさせていただきます。コチラは依頼達成料です。疲れたと思いますので、休みを取ってまたご利用ください」
「ありがとうございます」
俺は報酬袋を手に取り受付に一礼した。受付の女性は笑顔で手を振ってくれたが、内心穏やかではなかったのだろう、すぐに下を向いてしまった。
(これは荒れそうだなぁ……)
自然に異変が起こる時は、決まって嫌なことが起こる。昔からそう決まっているのだ。今回も、何か物凄いことが起ころうとしているのかもしれない。
と、ここでニナを待たせていることを思い出した。話があると言っていたし、早く戻ったほうがよさそうだ。
「遅れました。……って、ニナさん……」
下の階まで降りてテーブルまで戻ると、俺の視界にはとんでもない光景が映り込んできた。
大量につまれた食器の数々、10数枚積まれた食器が何個も束になっている。それも一皿一皿残さず綺麗に完食しているようだ。
今は、顔より大きい骨付き肉を豪快に食いちぎっている。術者は剣士に比べて少食なのだが、やはり大魔導士。こういう些細なところでも規格外なのだろう。
「あ、クロスさん。戻ったんですね」
ニナは俺を見ると、「料理とっておきましたよ」と言って料理の乗った皿をいくつか差し出した。
「結構食べますね……」
「まだまだ序の口ですよ。こっからが本番です!」
「え!?」
俺が驚く隙も与えずに、追加で料理が大量に運ばれ、済んだ皿が数人掛かりで持って行かれた。
2人分とは思えない量の料理が食卓に並ぶ。この異様な光景を、周りにいた全員が興味本位でチラチラ見ていた。
「おい、あれって勇者クロスの連れか……」
「めっちゃ暴食じゃねえか!あの小さな体のどこにあんな量の料理が入らんだ!?」
近くのテーブルに座る冒険者からそんな声が聞こえてくる。
どうやら俺は、本物の断末騎士を舐めていたようだ。今回の報酬は、全部食費に吹っ飛びそうで恐ろしい。
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