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空を仰いで、アナタを想う 8 ♯ルート:Sf
しおりを挟む隣にいるナーヴくんが珍しく動揺しているのがわかる。
その原因が誰なのかまでは、わかる。…でも、どうしてか…がわからない。
不安で心が満たされそうになる。
「…チッ。なにか余計なことしやがったな」
焦りが声に現れている気がする。
さっきの感じからいけば、シファルがなんらかのダメージを受けたようだった。
本当なら、今すぐに下に下りてしまいたい。
誰よりもそばにいたい。抱きしめたい。今まで何度となく看病してくれていたことを、そのままお返ししたい。
そう焦れつつも、すぐにナーヴくんが動き出さない時点で、こっちで出来ることはないのかもしれない。
それに、もしかしたらカルナークがどうにか対応出来るのかもと思いたい。いや、願いたい。
隣から一瞬だけ、視線が向けられて。その視線はまるで無言の圧力のように、浄化に集中しろと言っている気がした。
いろんなことをみんなに任せっぱなしで、知識も経験もないあたし。緊急時の判断は、あたしの感情だけで決めていいものじゃないだろう。
たとえあたしが聖女だからと決定権を行使したとしても、そっちの方が生存率と成功率に差が出るのは言わずもがな。
ならば、あたしが出来ること、そして最優先でもあることは浄化だけ。
思いのほか長丁場になっている浄化に、下で起きているナニカがあって。
焦っちゃダメだと思うのに、ブレブレになりそうな自分が一番の敵かもしれない。自分の弱さを恨みたい。
(あぁ、様子が知りたい。モニターみたいに見れる魔法があったら…って思っても、今この場で言ったってどうにもできるはずがないのにな)
思考をアチコチに揺らしながら自問自答を繰り返していると、目の前の魔方陣に不思議な感覚がある。
「重…たい?」
自分の腕になにもぶら下がっていないはずなのに、急激に重たさを感じた。しかも、魔方陣にわずかな色の変化が起きたその途端に…だったんだ。
それを感じた刹那、浄化前につけたピアスから熱を感じる。
(……え? なにも付与してないよね? このピアス)
じわりと熱さを感じはじめた時、隣にいるナーヴくんがまた…チッと舌打ちをした。
「なに? どうしたの? シファルに何かあったの?」
妙な感じがしてナーヴくんに聞くと、大きなため息をつき、指先をパチンと鳴らす。
すると不思議なことにあたしの体を包み込むように、不思議な色合いの膜がいきなり現れた。
さっき見ていた極薄のものとは違う感覚。そして色合い。
「え? なに? これ……って」
いきなり現れたんじゃない、これ。
「もしかして、ずっと……あった?」
疑問への答えは、どこからも返ってこない。
生唾を飲み、魔方陣に触れている手と逆の手を伸ばして、不思議な色合いの膜をつまもうとした刹那。
パチッと静電気のような音を立てて、その膜が霧散した。
「は?」
短く声をあげて、あたし以上に驚いたのが隣にいるナーヴくんで。
思わず漏れたように吐き出したその声に重なるように、カルナークの叫び声。
シファルを呼ぶ声が聞こえて、ナーヴくんの顔色が一瞬で変わった。
「どうした、カルナーク! シファ!」
二人を呼ぶけど、カルナークがシファルを呼ぶ声だけでなにも状況がつかめない。
二人で見合って、目の前の魔方陣を睨みつける。
まだなの? ねえ! って言いたくなるほど、いまだ浄化をすすめられない状況に涙が浮かぶ。
その魔方陣に、ピキリ…! とヒビが入る。
「え? …は? おい! どうした!」
真横でそう叫ぶ意味は、ヒビの原因が下でシファルに起きたことにつながっていると確信したからに違いない。
さっき霧散した膜だったモノが、目の前でぐるぐると螺旋を描きながら魔方陣の中心へと伸びていく。
その形はまるで槍みたいに、長くて尖ったもの。どこかで見たことがある形状の槍。
なんだかギヌスってやつだったっけ? あまりハッキリ思い出せない。
自分の体を覆っていたはずの物が、形が変わっただけでどこか怖くなる。
目の前で起きていることと、これから起きようとしているかもしれないこと。
あたしはそこまで頭が回る方じゃないから、みんなをつなげて考えられない。
これがあるから、これが必要。このために、これを準備する。単純な話で、どの世界にいたって誰にでもよくある話だ。
だとしても、この世界の魔法同士の相乗効果めいたものの組み合わせのよさなんか、知らない。
目の前で槍状になっていくこれだって、多分魔法だよね? 何をするために、こうなってしまったの?
「シファ!」
ナーヴくんが大声で、彼の名を呼んだ。
その声に呼応したように見えた、大樹の下にいるはずの彼の魔力の色。
淡い緑の光が強くなり、下の魔方陣と上の魔方陣が高い金属音を鳴らして互いに共鳴しあっていく。
重なり膨らんでいく音は、高く高く空の彼方へと拡がっていく。
目の前と下で、それ自体が呼応し合っているように異変が起こり続ける。
重ねるようにブゥ…ンとモーター音に近い、細かい振動音がしたと思った時、目の前に現れたものに目を奪われた。
淡い緑色の光を纏ったシファルが、魔法陣の前に浮かんでいる。
魔方陣と、そこへと伸びている槍に似た形のあたしの体を覆っていたはずのモノ。その間に立ちふさがったような位置に、シファルが現れたんだ。
――すこし、うなだれた姿で。
「シファル!」
「シファ!」
二人同時に彼を呼んでも、彼は淡く光ったままで目は虚ろに見える。あたしたち二人が視界に入っているのかも定かじゃない。
「シファル!!」
霧散したものから形作られていく槍状のそれが、どんどんシファルへと向かって伸びていくようにすら見えるんだ。
「ダメ! やめて! これ以上伸びないで! シファル避けて! ねえってば」
どうして? どうして、こんなことが起きているの? シファルに何が起きているの?
涙があふれてくる。意識がシファルの方にばっかり行ってしまう。
「…チッ! 集中しろ! これ以上、浄化に時間をかけてられるか!」
そう言ったかと思うと、ナーヴくんがシファルを指さしてから何かを呟き、いつものように指先を鳴らした。
いつもの音のはずなのに、ただ指先を鳴らした音すらも共鳴の中に混ざり合っていく。
ナーヴくんが何をしたのかはわからないけれど、淡い光の中ですこしうなだれていた彼が顔を起こす。
「シファル!」
焦れる気持ちを抱えながら、浄化を進めていく。
自分の手に反動のような感覚があったその時、目の前のシファルの口角が上がり、微笑んだ気がした。
彼が虚ろな目をしたままで、自分へと伸びてくる槍状のそれへ手を差し出す。まるで、どうぞと言っているように薄く微笑んで。
「シファルーーー!!!」
形がないようで在る、その槍状のモノ。それにシファルの指先が触れた瞬間、槍状のその色が変化していく。
触れた指先から、シファルの魔力の色だろうか。ここで見下ろしていた時よりも色濃く発光していった。
「…………え? あれ…って」
シファルの胸より少し下あたり。そこから何か滲むように、シファルの服を汚してくのが見えた。
最初は小さな点にしか見えなかったけれど、気づけば離れた場所からも視認できる大きさにまでなっている。
「ナーヴくん、あれって…気づいてる?」
反動があったことで、浄化の第二段階なんだと気づき、次の準備に取り掛かるあたしたち。
準備をしながらも、目の前に浮いている大切な人から目を離すことが出来ない。
「気づいてたけどな、よくわからない状態だ。ケガをした関係なのか、教会の連中がしでかした何かなのか。その判断をするには、まだちょっと…って言ってらんねぇのに、決めつけで間違った魔法ぶちかまして、シファを傷つけることになるかもしれない可能性があるなら、俺は今それを選べない」
こんな状態の中でも、冷静に考え、そして言葉を選んで、何かしらの手を打ちたいだろう気持ちを堪えてでも、シファルのことを考えてくれている。
「お前にとって大事なやつなんだろうけど、俺にとっても……大切にしてきた親友で悪友…なんだよ」
何も出来ないままなのが、心底悔しそうに奥歯を噛んでいるのがわかる。
眉間のシワもいつもより深いくらいだ。
「――知ってるよ。二人の関係は、カンタンな言葉で言い表せられないくらいに深いってこと」
あたしから二人へ贈れる最大の賛辞の言葉だ。
そんな気持ちであたしが口にしたことを、ポカンとした顔で聞いていたナーヴくん。
「変なこと言っちゃって、ごめんなさい」
自分の気持ちを言葉にするのが下手なのは、自覚がある。元いた場所でも、ちゃんと伝わった確率がかなり低かったもの。だから、あんな人間関係しか築けなかったんでしょ? きっと。
常にそう思い続けてきたから、相手の反応次第じゃ謝らなきゃと思ってしまうんだ。
だから、謝る。二人への最大の賛辞だったんだとしても、あたしがそんなことを言える立場じゃなかったのかもしれないし。
視線をフイッとナーヴくんから逸らして、シファルへと向ける。
この言葉は、いつかシファルにも伝えたいと思っていた言葉だったことを思い出したから。
「変なこと…じゃ、ねぇし」
ポツリと、素っ気なく。そして、ナーヴくんらしい返しがあった。
今度はあたしがポカンとする番だったのかな? ってくらいに、きっと今ものすごくマヌケな顔になってるはず。
「知ってくれてて…ありがとな」
耳を赤くしながら呟く彼に、今までよりももっと近づけた気がした。
「んな話は後ってことで、次の段階だ。…の、ま・え・に! アイツをどうにかしねぇと、巻き込みかねん」
そうだ。次の段階だというのに、シファルがいる位置が問題なんだ。
「どうしてあの場所にいるんだろう」
「魔方陣を経由して来たって感じがあったな。転移の文言は陣に含んでいなかったのに…おっかしいな。一体アイツはどうやって来たんだ?」
次へ進めそうで進めない展開に、焦れつつもただ時間を持てあますあたしたち。
そこに、カルナークからナーヴくんへと通信が入る。
「ナーヴ! 兄貴を! 兄貴をっっ……消してくれ!」
「消……す?」
通信が漏れ聞こえ、ナーヴくんの横で固まるあたし。
消すという言葉の意味を間違いたくないけど、真横にいるナーヴくんの顔は真っ青をこえて白くなったように見える。
「このままじゃ……兄貴が兄貴じゃなくなっちまう」
カルナークの言葉に、ほぼ同時にシファルへと顔を向けたあたしたち。
虚ろな目のままのシファルと一瞬目が合った気がして、思わず手に力が入って強く握りこんでしまう。
「シファル…」
シファルがシファルじゃなくなる、という言葉の意味を、正直考えたくない。
ふ…と耳に指先をあてて、彼に着けてもらったピアスに触れる。
その時に感じた彼の指先の感触と、すこしひんやりした体温。
(もう一度、彼に触れたい)
予想は所詮予想だよと思いたい。だけど、真横にいる彼の顔色がそれを許してはくれなさそうで。
「シファル?」
もう一度、彼の名前を呼ぶ。
「あたしを見て? シファル」
彼の瞳に自分が映っているかわからないけれど、未来の彼の瞳に映っている自分でいたいと願って。
「さっさと…浄化終わらせて、一緒に帰ろう? いつもの薬草茶、淹れてよ」
祈るように握りこんだ両手を胸元へくっつけて、シファルへともう一言だけ贈る。
「大好きなシファルと一緒がいい。一緒に帰ろう? ね?」
あたしがそう告げた瞬間、ジリジリとわずかに熱を持っていたピアスからカチリと音がして。
「…ひな。ごめん、な」
シファルの声で、いつものトーンで、そう呟く。
その刹那、目の前に浮いていたシファルが目を閉じた。
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