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ここはどこ、俺は誰?
狡い
しおりを挟む「悪いけど、覗かせてもらうね」
許可を取っているようで事後承諾のような言葉を吐き、特に名付けることもなく魔法を行使する。
ステータスを開けて、それに紐づかせて対象者の過去や人間関係を洗いざらい高速で流し見ていく。
バ課長と魔法の出会いと、魔法によってどんな変化があってこうなったのか。
元いた世界のテレビ局のブースかどこかで、モニターがたくさんある場所のようなイメージだ。
流し見していく中で、最初に魔法に目覚めた時の光景が見られた。
まだまだ幼い彼は、小さな火を指先に灯して、誰かにそれを見せてはしゃいでいる。
(……施設出身者か。じゃあこの大人は、施設の人?)
なんて感じで単純なことを考えていたのに、どうやら違ってて。
(…本当の父親の従者? 父親が屋敷にいた侍女に手を出して産まれた子ども…で、施設に捨てられた……。その5年後に、本当の父親の従者で、当時の魔法課の課長補佐のような役か? それが、彼を見つけて魔法の指導をしたのか)
本当の父親は魔法が得意で、本来であれば男ということで後継を…という話にならなくもなかったが、本妻が彼を殺そうとしていることに気づき、逃がした。
それが屋敷から遠く離れた孤児院。
従者は彼の体内にある魔力が少なめで、屋敷にいてももしかしたらひどい扱いを受けていたのかもしれないと思うと同時に、自分の主には内緒で彼に魔力の使い方を指導していけば、成長とともに魔力が増えるか扱いに長けた人物になれるかもしれないと信じ…月に何度か施設を訪れては魔法の使い方を教えていたよう。
彼の本当の父親が当時の魔法課の課長のうちは、補佐をしつつ休みの日には彼に会いに行き、指導をし、いつの日か親子と明かさずににその成長をお披露目できればと考えていた。
が、課長が事故で亡くなり、その機会自体がなくなった。
課長補佐をしていた彼が孤児院から彼を引き取り、本妻に見つからないようにと俺のように認識阻害魔法で見た目を変えて、彼を育てていった。
「ってことは、魔法を解除しても認識阻害されている嘘の姿…ってことか」
でも、そのこと自体は彼には伝えていないし、彼にはそれまでの自分と同じ顔にしか見えない認識阻害魔法になっているよう。
なかなかな技術を持っていたんだなと思い、さらにその課長補佐をやっていた人を探ると。
「……だから、か」
過去の漂流者の子孫。認識阻害系の上位のものは、漂流者が一番扱いが上手いと書かれている。
だから俺もやろうとしたら、同じ方法でかけられるかもしれない。
(というか、最終的には”ある姿”になったままで過ごそうと思ってるんだよね。俺は)
彼がかけた認識阻害魔法のおかげで本妻が亡くなるまで見つかることもなく、課長補佐の息子として成長をし現在に至っている。
…と、課長補佐だった義理の父親が亡くなった後の映像が映った。途端に、目の前の彼の意識が頭の中に流れこんでくる。俺が彼に仕掛けたVRの映像のように、彼の体験や考えが実体験しているみたいに…リンクする。
課長=本当の父親が亡くなって以降、階級があがるということもなく、ただ魔法の研究に勤しみ、まるで研究者のような人生だったっぽい。
義理の父親の彼の魔法の扱いや魔法に対しての熱量を普段から聞かされていたこともあり、目の前にいる彼はもっと自分の義父が評価されてもいいはずなのにと思い続けていた。
義父が魔法課にいるうちに同じ課に配属され、同じ職場で堂々と魔法について一緒に語り一緒に開発をし、魔法の素晴らしさを広めるために共に尽力を…といった最中に職場の魔法課で彼は帰らぬ人となった。
まわりは義父を裏では評価しつつも、都合よく使うことばかりで負担を強いて、あまり眠れぬ日々が続いた結果の突然死だった。
”もっとまわりが義父に対してこんな評価をしていたら…。義父がまわりに自分を認めさせるためのアピールをしていたら?”
義父は漂流者の子孫だったことを隠そうとしていた。漂流者だけが特化して使える能力も、息子になった彼にだけは見せていたが他で使う機会を作らなかった。その事実を知らない義理の息子になった彼は、どうして? と思い続けていた。家の中と外の間に乖離が起きていたことに、義理の息子になった彼が気づくことはなかった。
”俺の義父さんは、本当はすごいのに!”
まわりが正当な評価していないとだけ思い込み、その裏にあったものを知らず。亡くなった義父からの推薦で魔法課の課長へと昇進して以降、義父が魔力が少ない自分のためにと考案してくれた少ない魔力で大きな魔法を放つ魔方陣などを使い、まわりは普通の魔力の使い方をしていると思い込み、課長としてふさわしいと崇め。
けれど捻くれた性格に出来上がっていった彼は、その評価がまだ足りないとモヤモヤしていたタイミングで、今期の決算前の漂流者が召喚された。
詳しい情報はすぐにはあがってこなかったが、召喚直後に知らされた情報だけでも利用に値すると思えた彼は、すぐさま動き出す。
その力や恩恵に預かろうとしていたナンバーズや他にも漂流者にすり寄ろうとした奴の中に混じっていれば、じっくりと観察できるはずだと考えていて。どこをどう利用してやろうかと思った矢先に、出会った施設で逃げられ、自宅まで行けば単純な方法で魔法を弾かれ、飛ばされ、魔法課の連中を引き連れていけば用意していた転移のための魔方陣を乗っ取られ逃げられた。
たった一人の異世界から来た、魔法に精通しているわけでもなさそうな小僧にアッサリやられた。
その事実は、彼を蝕んだ。
魔法の素晴らしさの欠片もまだ知りもしない奴が魔法を使うな。俺のすごさを知りもしない奴が、俺よりも評価されるな。
なにが大賢者だ。ただの名前だろう? 俺の課長と同じだ。だが俺のそれは、義父が認めて推薦してくれたものだ。価値が違う。
ただの大賢者とかいう役職の奴に、一体何が出来るというんだ。
何も出来ないから、あの場から逃げたのだろう? 違うのか?
逃げるような奴なら、俺より出来ることはない。俺よりも偉いはずがない。俺の義父を超える者は現れない。
だから、魔法はすごいということを広めなければならない。俺がすごいと言われれば、その力を開花させた義父も同時に評価されるはずだ。
俺への評価は、俺に新しい世界を見せてくれた恩人への評価になるんだ。
「…………そういう、こと」
と呟いて、映像を切る。これ以上の干渉は、俺に負担が大きすぎる。魔力の方への負担は気にもならないけど、これはメンタルが削られてしまう。危険を察知し指先を振って、魔方陣を解いた。
なんだろう。どうしたらいいんだろう。誰も悪くないかもしれないのに、誰も彼も悪い気がしてしまう。
――そう。…俺ですらも、だ。
偏った情報。偏った愛情。自分勝手。一方通行。固定観念。
「なんて…言えばいい? コレは」
表現しがたい状況を作った一番の戦犯は、誰で、何?
ただ感じたのは、魔法によって目の前の彼が義父とのつながりを濃くしたんだとしても、その存在がまわりから善しとされない人格を形成したのも魔法によるところが大きいということ。
そして、魔法が彼にとって大事なものだったのと同時に、魔法のせいでそれまでのすべてが無に帰そうとしている事実。
コイツを信じ、従い、同じ道を歩んだ部下たち。その一部はしでかしたことの罪の大きさに気づき、謝罪をして刑を受けた。部下はどこまで裁けばいい?
(頭、痛ぇ)
ジクジクと疼くような痛みが、頭に広がりだす。
(あぁ…イラつく)
ふ…と、話しかける。
「一番大切なものは?」
付箋に書けそうなほど、短い文章。
俺のその質問に、彼は即答する。
「魔法以外に大事なものなどない」
と。
その答えを聞き、踵を返し、ナナさんに連絡を取る。すぐそばにいるけど、念話で。
『ナナさん。悪いんだけどさ、ちょっといい』
このタイミングで話しかけられると思っていなかったようで、一瞬、声があがったのが聞こえた。
「わっ!」
と。
俺はそれに気づかなかったフリをして、彼がいる檻を背に地面を見下ろしていた。
『すみません。声出しちゃって。…何かありましたか? アペルさん』
声をあげたことに関してはスルーして、俺は話を続ける。
『あのさ、国王陛下とおじさんって、この時間帯…人前に出られる服装してるもん?』
『……え? 今、ですか?』
国王陛下が食事中とか風呂入ったりとか、わかんないじゃん。
『今日、コレ…三日目でしょ? さすがにほったらかしで外遊とかしてるとか思いたくないけど、今日のスケジュールとか聞いていたりする?』
『こっちの結論待ちで、執務室にいるはずですよ。正装じゃないけど、人前に出られる服装だと思いますよ?』
鈴木のおじさんに直接聞けばいいってわかってるけど、ワンクッションがほしかった。
ちょっと、冷静になるために。
ナナさんが、なんで自分に聞いてきたのかと思ってるに違いない。でも今は、それを説明できない。
『じゃあ、俺が転移陣をおじさんのブレスレット経由で送りつけて、ここに呼びつけても問題はない?』
「は?」
念話の方じゃなく、またナナさんの声が聞こえた。
驚きを声に出した後、すぐに嘘の咳を繰り返すナナさん。ゲホンゲホンって何度かしてから、こう返してきた。
『問題ない、かと』
すこしだけ躊躇いがあった気がする。
『……そ』
その躊躇いに気づかなかったフリをまたして、短く返事をした。
鈴木のおじさんに通信を試み、『今から2人そろって広場に呼びつけるけどいいかい?』と話しかけた。
しかも、国王陛下と宰相というコンビで…だ。
国王陛下と相談しているのか、長い長い沈黙があった。
『呼びつけてから俺がいろいろ話をするけど、拒否は認めないから。俺が話す全てを、2人とも受け入れるように』
続けてそう告げると、息を飲んだ気配の後に『了解した』とだけ返ってきた。
『じゃあ、今から魔方陣を送るから、揃って魔方陣に乗ってて。30分後にこっちに転移になる』
返事を聞く前に、通信を切る。
すうっと息を吸い、声に出して彼らを呼ぶ。
「イチ、ナナ。…前に来い」
すぐさま俺の前に片膝をつき、「「…はっ」」と頭を垂れる。
「先に収監していた者もすべて、この広場へ。今、ここに残っているものと、先の謝罪以降で分けた後者の者を同じ檻に。前者の方を別の檻に。…今から30分以内で」
そう言ってから、転移陣を二つ。行きと、帰りの分。そして、簡単な説明をする。
「全員まとめて乗っても問題ないから、そのまま使うように。人の重さで反応するようにしてある。特に魔力を流したりはしなくてもいい」
これに関しては、魔方陣を丸い形状にして、使う時に指先でつつくとパッと開いて展開するように。パッと見、ガチャガチャのアレ。
ポンとボールみたいにして放って、「青いのを先に使うように」と付け加えた。
イチさんとナナさんが転移したのを見送り、国王陛下と鈴木のおじさんの方へも魔方陣を送る。
広場にある檻の上に、魔方陣を展開させる。
数個の檻をひとまとめにする魔法だ。それを二回やって、大きめの檻を2つ。
30分以内と告げたけど、思ったよりも長く感じる時間だ。
腰に手をあてて、空を仰ぐ。
空にはまだあの魔方陣が残っている。話では明日あたりに天気が回復するらしい。その頃にでも解除しよう。
顔を空へ向けたまま、右へと傾けた。
広さが変わった檻の中で、他の収監者から距離を置かれながら俺のように空を見上げている彼がいる。
その姿を視界に収め、顔を左に動かして彼と同じように空を眺めていた。
かすかな音がして、先に国王陛下と鈴木のおじさんが広場に転移してきた。
「……こちらへ、どうぞ。イスの用意などはありませんので、そのまま待機願います」
顔だけ2人へと向けて、体は檻の方へ向けたままだ。
無言で移動して、俺が指示した場所で待機をしている。
国王陛下たちが到着してまもなく、別な場所に収監されていた者たちが転移されて、大きくなった檻へと移動させられた。
「イチとナナは、2人の両側へ」
「「了解です」」
2人が国王陛下と鈴木のおじさんを挟むように配置したのを確かめてから、俺は檻へと近づく。
「国王陛下より、これらを罰する権利を預かった大賢者である」
あえて、名乗らない。
水兎の名前は、あの時、ここに置いていった。アペルは、これからを生きる名前だから、枷になるような立場はいらない。
「それでは、刑を執行する。まずは、こちらを」
といい、最初に謝罪があった彼と数名の魔法課の連中へと体を向けた。
「今後、魔法を使えぬよう…封じることとする。ただし、生活魔法の類までは使えるくらいの魔力は残そう。回復速度は、これまでよりも遅い。工夫し上手くやりくりをすれば、十分に生きていける。が、基本的に魔法に頼らぬ生活を試みよ」
とか言ったけど、実は10年の期限付き。10年を経過する前に、各々の状態次第じゃ期限延期か、再び魔法がちゃんと使えるようになるかは、本人次第。期限があることを伝えると、きっとその目標だけに必死になる。
俺が見たいのは、魔法以外にも生きるために自分を支える何かを見つけてくれること。誰かに頼ったり甘えたり相談したり、一人で生きようとしないこと。それが一番の目的だ。
多分、かなり甘い罰だな。
その罰に決めた時点で、自分自身に負荷がかかっていることを感じていた。
(基本的に、偉そうにするのが…嫌いだからな)
チラッと国王陛下と鈴木のおじさんを見てから、先の刑を執行する。
まとめて魔方陣で同じ効果が出るように…とやってみて、相手の小指の爪が黒く染まればオッケー。
「その爪が、説明した刑を執行された証。見るたびに、自分たちが犯した罪を思い出し、繰り返さぬよう心掛けよ」
これで、先の方は終わり。
左の方へと足を向け、スタスタ歩いていく。
「……お待たせ」
彼にだけ目を合わせ、見下ろす。それから視線を右へ動かすと、他の連中が固まって俺を睨みつけていた。
ふう…と胸の中の重たいものを吐くようにし、踵を返して今度は国王陛下と鈴木のおじさんの方へと体を向けた。
「この国の発展のためにと支援をしてきただろうが、今、この場を以て彼らから”魔法を失くす”刑を執行する。この刑は、彼らを止められなかった者たちも別な形の刑を執行することとした。……彼らの刑が執行された後、証人が多数いるこの場で執行とする。…異論はないか」
広場にはこの街の住人に、他の街からやってきた旅行者に冒険者もいる。証人にしては多すぎるほどかもしれないけど、逃げ場を失くすにはちょうどいい。見えない場所で刑を執行したと言っても信じられるかどうかは本人次第になってしまう。刑を受ける側に都合がいい状態でやってやる義理なんかない。ある意味可視化するってことだよね。意味が合ってるかはしらないけど。なんにせよ、何も手を打たない=無関心と一緒でしょ? そんな相手に優しくしてやることは、ない。いらない。
「……異論、ございません」
「同じく、受け入れます」
2人が俺に向かって、腰を折り頭を下げた。
これで言質は取れた。
「――では、刑を執行する」
魔方陣は二つ。彼に一つ。彼以外の部下数名に一つ。
と、魔方陣を構築し始めたその時、彼が小声で呟いた。
「部下は…巻き込まれただけだ。どうか…刑を軽く…願う」
何を今更? と言いかけて、口を噤んだ。彼が背中を丸め、刑の執行を待つその背後。どうやら彼の声が聞こえていた部下がいたようで、体を震わせて涙しながら上司だった彼の姿を見つめていたからだ。
どうしてこんなことになっちゃったんだろうね? ただ、魔法が好きだったんでしょ? 単純な話、さ。
魔方陣を構築しながら、彼へと呟き返す。
「どうか…魔法じゃないなにかを…見つけなよ」
願いなのか、祈りなのか、文句なのか、なんなのか。無慈悲になりきれないから、こんなに苦しいんだ。
こんなことになる前に、誰かがどうにかしてやればよかったのに。どうせ話をしたってって諦めず、呆れずに、もっと近づこうってしたらよかったのに。
「…………見つかればよいな」
彼のひとり言のようなそれを耳にしてから、魔方陣をそれぞれの上へと飛ばす。
部下たちの方は、魔法という概念そのものが記憶からなくなる。魔力もなくなる、完全に。体内にある魔力を生んだり体内に循環させる構造も、すべて失う。一般人と同じになる扱いだ。魔力を使うものが必要ならば、その手のアイテムを買わなきゃいけない。今の魔法課から一般職への人事異動をしてもらうことになるんだろう。
こっちは先の刑同様で、10年の期限付き。彼ら次第で、未来を変えられる猶予をあげたい。
家族に対しての説明は、役所か国の方からやってくれるだろうから、そこまでを背負う義理はないや。
バ課長と名付けた彼を、魔方陣が行使される直前で呼ぶ。
「ジャンクさん」
彼の顔が上がった。きっと義父以外に知らないはずの名前だから、驚いたのかもね。
「俺がいた場所じゃ、ジャンクって再生できるクズ…って意味らしいですよ。やったことはクズだったけど、次の生き方で変われたらいいですね」
右の口角だけを上げ、薄く笑みながら。
「そう、か。再生できる…クズか」
一瞬、俺が言ったことに驚いた表情を浮かべた後に、俺のように口角を上げただけの笑みを浮かべ、彼の刑は執行された。
部下同様、魔法の概念自体が彼の中から失くなり、彼の方は期限なし。死ぬまでずっと魔法は使えないし、概念を知ろうとしても身につかない仕組み。魔法に嫌われていると思いたくなるほど、身につかない。
誰かが魔法を使っていても、あれはなんだろう? 程度。元々魔法への興味があった気持ちが深ければ、興味程度は沸くんだろうけど、見るのと使うのは意味が違う。
好きだったはずの魔法に嫌われる人生。
ジャンクという言葉の意味に、無価値なものというものもある。実の父親がつけたのか違うのかわからないけれど、この国でその名前の意味は何なんだろう。せめて、無価値だなんて言わないであげてほしい。
彼の体内から魔力の根源にあたるものもすべて閉じられたのを確かめて、彼と部下の意識を飛ばす。
「彼らを檻から出して、ローブを持っているものは取り上げ、今着ている服とは別の服を。魔法課だったことに紐づくすべてを排除するように」
ローブを着ずに市民の中に紛れ込んでいたから、事が起きていた時に着ていた服じゃない方が、目が覚めた時にそれまでの自分とは違うという感覚があった方がいいと思った。…なんとなくだけど。
そこに出てきたのが、サンさん。
「かしこまりました。仰せのままに…」
とか言いながら、胡散臭い笑顔を振りまいて。
それに対して特に返事もせず、チラッと見ただけで国王陛下と鈴木のおじさんのところへと向かう。
長らくお待たせしましたとかいうでもなく、二人の正面に立って両腕を伸ばし、両手を開いて、魔方陣を同時に飛ばす仕草を見せた。
「……いきます」
前フリもなく、それだけ呟いた俺。
俺に裁きの立場を与えたと言ったって、結局尻拭いだ。一番上の立場のくせに、狡いよ。
闇魔法と光魔法の複合魔法だ。二人の中から一番大事なものへの記憶が失くなる魔法。
先にそれぞれが大事に思っている存在が何かを見ているが故の、刑だ。
それまでの人生の記憶はあるけれど、その人の記憶というかつながりに対してだけ希薄になる。
俺だけは、知っている。国王陛下と宰相という立場の二人が、それぞれが結婚して子どももいるとしても、一番大事に思っているのは幼なじみのこと。
国王になるため、支えてくれた宰相さんのこと。
宰相になるために身を削って苦労も努力も厭わなかったのは、幼なじみの彼の心を知っていたから。
支え、支えられ。そうして出来た関係の彼らだけど、これからは幼なじみという過去がない状態で国王陛下と宰相として、一から互いの関係を深めていかなければならない。
仕事自体を忘れることはないから、業務への支障は基本的にない。
ただ、今までだとアレとかコレで話が通じていたはずのことが通じなくなる。
それと、あの時間がなくなる。
朝が弱い国王陛下のために淹れられる、一杯の紅茶。
幼なじみでいる時間だ。一日のはじまりを共にし、これからを語り合う時間でもあったことを知っている。
魔法がちゃんとかかったかどうかは、明日の朝になればわかる。
きっといつもとは違う朝になるはずだから。
「刑は執行された。今はまだ何の違和感もないかもしれぬが、明日の朝になれば…理解る」
一番面食らうのは、家族や執事に侍女関係かな。いつもなら紅茶を淹れに行くという宰相さんに、寝ぼけ眼で着替えるだけ着替えて執務室に向かう国王陛下が、どちらもそれをやらなくなるんだから。
「…家族との時間を大事にするように」
今はその言葉の意味を理解らなくてもいい。そのうちわかるようになる。
幼なじみとの時間分、削られていたんだろう家族との時間があったはず。今までとルーティーンが変わってくるだろうけど、いつか慣れるはず。
それに、この魔法には魔法課に施したような仕組みはない。
だから…いつか互いに信用も信頼も得られる関係に戻れたら、これまでと全く同じじゃなくても近い関係にはなれるかもしれない。
すべては、2人次第。
誰もいなくなった檻を、指先を一振りして消して。
街の民は、なんだもう終わりか…みたいな感じで日常へと戻っていった。
イチさんとナナさんに頼んで、魔方陣を預けてからまた執務室の方へと連れて行ってもらう。
ローブはまだ脱げない。大賢者としての役割は、ここから去るまで終われない。
(ああ…家に帰るまでが遠足って言ってたアレみたいだな)
失笑したように目尻だけ下げて笑み、ゆっくりと歩き出す。
その俺の後ろから、かすかな音が聞こえている。
カムイさんがホーンラビットの姿のままで、飛び跳ねながら付いてきてくれているみたいだ。
『イチさん、ナナさん。三日後までに謁見の準備してって、2人に言っといてくれる? その場に、イチさんとナナさんにもいてほしいんだ』
『…了解です』
『承知しました』
それぞれからの返事を聞いて、通信を切る。
歩きながら、もう一つあったやることについて思いめぐらせる。
「カムイ」
奥まった場所までたどり着き、踵を返せばカムイさんが追いついてきたところで。
俺が手を差し出すと、カムイさんがすぐさま人化して俺を支えてくれた。
あとは家まで転移するだけなのに、結構クタクタで。
「……おつかれ」
俺よりもすこし背が高いカムイさんが、軽く抱きしめてから、右手で後頭部をゆるく撫でている。
本当にお兄ちゃんって感じで、体から緊張感が溶けてなくなっていく気がする。
「…モフモフしてない」
「俺を吸うのは、帰ってからなんだろ? …ほら、とっとと帰るぞ?」
「…ふふ。じゃあ…帰ろっか」
と呟いて、転移陣を発動した。
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