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ここはどこ、俺は誰?
ある意味、家訓ぽいもの
しおりを挟む「生意気だな、アペル。…ってか、お前自身も似たようなこと思ってたろ」
なんて、まるでさっき思っていたことがバレたみたいで、一瞬だけ体がビクンと揺れた。
あれ? 従魔契約したら、思ってることも伝わるんだったっけ? どうだっけ。
「…なんだ、カマかけただけなのに正解かよ」
ったら、そういうことかよ。
「ひどっ!」
「ひどいもなんも、自分だって思ってたのを当てられたからって、慌てて隠す方がひどいだろ」
「そ…っ。いや、そうじゃなくてさ。ほら…自分が思うのと誰かに言われるのとは、ちょっと違うだろ? それで俺は」
「一緒だろ?」
「違う」
「変わんねえよ」
「一緒じゃないってば」
「…ガキかよ、ったく」
「ガキじゃないし」
「俺から見たら、ガキだ」
「カムイは、2歳だろ?」
「人に換算したら、28なんだろ? 大人だ、俺は。そしてお前はガキだよ」
「ガキじゃない」
「…っんだとー?」
認識阻害をして早々に、まさかの口論に発展。
俺とカムイさんのやりとりを見ている2人が視界に入った時、すこし困った顔つきだったはずが終わりの頃には笑ってて。
「あぁ? なんで笑ってんだよ、お前ら」
カムイさんも同じように笑いながら、2人へ文句を言いはじめて。
「どうしようもないなぁ、コレは」
イチさんが、そう呟きつつ肩を揺らしてなぜか声を堪えながらさらに笑っていた。
「そろそろ飯が食いたいっす、アペルさん」
ナナさんの言葉にうなずき、ザッとかけ湯をしてから全員そろって転移陣へと向かう。
二階に移動してから、全員に甚平を手渡す。
「俺がいたとこの、暑い時期に着る服の一種なんだ」
って言いながら。
不思議なことにカムイさんはすんなり着られてて、ナナさんが四苦八苦しているのを笑いつつも紐を結んでくれていた。
俺はイチさんに紐を結ぶ順番を説明しながら、丁寧に結んでいく。
「…うん。似合いますね! とっても」
結んだ紐の上を手のひらでポンを叩いてから、カムイさんと階段へと向かう。
「何食べたい?」
「あー…麺類と肉…いや、野菜…うーん」
「味は濃いの? 薄いの? こってり? あっさり?」
「なんでも美味いからなー、お前んちの飯」
と話をしながら、おもむろに顔だけ振り返る。
「イチさんは、辛いの食べてましたっけね。鍋の時」
鍋を二分割して、しゃぶしゃぶしてた時のことを思い出した。
「あれ、シメってやつの麺が美味かったの憶えてる!」
ナナさんがそこに食いついた。
「たしか、鶏白湯となんか辛いスープですよね。機会があったら、また鍋やりましょう」
「マジすか! 今度は違う味のも食ってみたいっす」
「そうだねー。今度は何味にしようかな。…って前に、これからのご飯が決まらないんだけど。ナナさんは何が食べたいの? また甘いもの?」
クスクス笑いながら、俺がそう言えば「それは、飯の後のお楽しみ!」と甘いものもリクエストに含まれたよう。
「魚もいいっすねー。腹持ちがいい魚って、なんかありますかね。…汁物も、何か飲みたいかも? オススメのがあったら」
汁物も、か。
具だくさんのスープパスタとか、いいかも。汁物と麺類のいいとこどり。それと、アジフライとかは? フライの盛り合わせにしようかな。
スープパスタは、叔母さんの店で時々出てきたのがイメージしてるやつ。
叔母さんは家だと冷蔵庫の掃除がてら、あまりものの野菜でスープを作ることが多かったらしく、その雰囲気で出来上がったのが具だくさんのスープパスタだ。スープパスタにはベーコンやウインナー、鶏胸肉も入れて、キャベツやブロッコリーの芯の部分とかも使って…。コンソメ風味の味付け。ポトフっぽいイメージが出てきたな。
肉は…うーん、なんだっけ…あれ。豚肉で、ケチャップとソースと隠し味にしょう油をちょい垂らすってやつ。ポークなんとか。
ピーマンも一緒に炒めたいな。パプリカも一緒にすれば、彩りもよさげだ。
掘りごたつの部屋に着いて、何の打ち合わせもなく自然と各々が席に着いた。カムイさんと俺が向かい合わせ。イチさんとナナさんは、あの夜と一緒の位置。俺から見て右にナナさん、左にイチさん。
「…ふっ」
思わず笑っていたら、カムイだけが首をかしげてて、イチさんとナナさんはなぜかドヤってた。
「それじゃ……、こんな感じでどう…か、な? …っと」
さっき思いうかべたメニューを、ドン! といっぺんに出す。
「飲み物のリクエストあれば、合わせて出しますよ」
「俺、あっさりした酒。…ってあるのか? そういうの」
「あー、俺も食事に合わせたら、あまり味が影響しないのがいいです」
「俺は、あの水」
というリクエストに、カムイさんとイチさんにはウーロンハイ。ナナさんには、俺のインベントリから水。
俺はというと、食べ物云々おかまいなしで、飲みたくなったものを出した。ハイボールだ。食後のカクテルっていう話があのじーさんからあった気がするけど、別にいいよな?
一番好きな割合は、ウイスキー1に炭酸水が4! じーさんから習って、それが一番好きな割合になった。
「お? それ、しゅわっとしたやつか。さっき、イチに出さなかったな、そういや」
「あー…なんとなく、風呂で飲むのに別のにしたかっただけ。イチさんって、なんていうか…こう、カッコいいから、絵になるグラスで出したかったというか」
スパークリングワインを飲んでいるイチさんは、個人的にはカッコよく見えた。セレクトミスはないなと思った。
「…え」
イチさんが一瞬で顔を赤らめて、ナナさんを困ったように見つめていた。でもナナさんからのフォローはナシ。
「へぇー…イチは確かにカッコいいよなぁ?」
カムイさんが語尾を伸ばしつつ、イチさんに絡んでいるようにも見える。
「カムイ? どうかしたの?」
「いやぁ? べつにぃ?」
と言いながら、全員がグラスを手にした。
「そう? …じゃあ、とりあえず乾杯しよう」
「おう」
「…はい」
「はーい」
「いろいろおつかれさまでしたー」
俺の掛け声で、全員のグラスがカチンと音をたてて合わされる。
グビグビと一気に3分の1ほどを飲み、息を吐く。かすかに香るウイスキーのいい匂い。
「フライの盛り合わせと肉の炒めたのは、大皿に盛ってあるからさ。食べられる量だけよそって、適当に食べてね。フライにかけるものは、こっち使って?」
しょう油にソース、タルタルソースに大根おろし。それとレモンを切ったのも用意した。
「具だくさんのスープパスタにしたんだけど、どう? カムイ。麺と野菜と、これにも少し肉が入ってるよ?」
「ん? とっくに半分くらいまで食っちまってるけど? うめぇな、これ。よく見りゃ人参も入ってるな。思ったよりも甘い人参だな。…ふはっ」
カムイさんは人型になって、どれくらいの回数、人に紛れて食事をしてきたんだろう。箸さておき、カトラリーを普通に使えるし、なんならマナーも悪くなきゃむしろ品を感じるくらい。
(そういえば、なんであの洞窟にいたのかも、強いはずのカムイさんが大怪我して死にかけていたのかも聞けていないな。一緒にいるのに何の問題も不安も感じなかったから、後回しにしちゃってたもんな)
「イチさん、どう? 食事の方は」
「あー……これが美味い。フライのコレ」
といい、示したのはアジフライだ。
「美味いですよね、アジフライ」
「アジフライ。…なるほど。………この緑の棒みたいなフライは何ですか」
「あぁ、アスパラガスっていう野菜ですね」
「…噛むと後からほんのり甘さが来ますね」
「うんうん。青臭いというか、野菜らしい匂いもするし」
「それは気にならないですね、俺は」
よかったなと思いながら、ナナさんに話しかける。
「甘いものが欲しいタイミング来たら、いつでも言ってね?」
「もちろん!」
って感じで。
ナナさんはほっといても、次から次へと食べていくもんだから、どれも口に合ってるんだと理解できた。
「おかわり欲しいのあるかな、ナナさん」
「麺! もっと具がいっぱいでもいい」
「了解。……っと、はい! もっと具だくさんのスープパスタ、どうぞ」
「わはっ。めっちゃうれしー。…あ、水もいいっすか」
「いいよー。…はい、水。…って、ここにピッチャーに入れて冷えた状態にしておくよ? 飲みたいだけ飲んで?」
「この水、すごく美味いんすよ。口に合うっていうか。…ゴクゴクッ」
飲んだり食べたり、ナナさんの口が大忙しだ。
そこそこ食べたあたりで、そういえばと思い出してカムイさんに「カムイに聞きたいこと出来た」と話しかける。
パスタをちゅるんとすすり、食みながら「あんだよ」と眉間にシワを寄せるカムイさん。
カムイさんの耳にあるピアスを指さしてから、許可を乞う。
「それと同等の、2人にも創りたいったら…カムイは嫌?」
なんとなくカムイさんに聞いてからのがいい気がしたんだよね。本当になんとなくなんだけど。
「え? そのピアスって、アペルさんのお手製ですか」
イチさんの疑問に、うんと答える。
「というか、予想してるかもだけど…いろいろ仕込んであるちょっと物騒な防御アイテム」
と俺が言えば、「防御より攻撃特化型だろ?」とカムイさんがかぶせてきた。
「ちなみにね? …これも」
言いつつ、認識阻害させていた両手の指輪の阻害を一時的に外す。
左の親指を示し「コッチが、防御リング」、右手の中指を示し「コッチが雷の魔法を仕込んだ、物騒な方」と教える。
「カムイがつけているピアスは、コッチのと同等の効果があるもので、効果の調整は手首のブレスレットで三段階で調整可能にしてある。…元・上司を気絶させたのが、そのピアスの効果なんだよね。実は」
ここにきての、ネタバレ。
「は? え? あの若干焦げていたのって、カムイさん?」
「俺であって俺じゃねえよ。このピアスの効果だし、とっさに加減するのが難しくて」
「マジすか! パッと見、んな攻撃力を秘めているアイテム持ちとか思わないでしょ」
「…ホーンラビットの時には特に攫われたりしたら嫌だなって思ってたのもあって、効果を大きめに設定しちゃったんだよね。……ほら、カムイって可愛いからさ。モフモフしてて、そこに顔を埋めて吸うと甘い匂いがするんだよね。いつか誰かに攫われたらと思うと、気が気じゃないんだよね。…俺の癒しだし」
「え」
「アペル! 待て待て! 落ち着け。何の話をしてる」
「だって、カムイの可愛さと癒しは、誰でも夢中になっちゃうでしょ」
「落ち着けって! お前がそういうものが好きだっていうのはわかってるけどな? 俺を吸うとか吸わないとかなんでここで話す!」
「は?」
「そういうのが好きなんだったら、俺の尻尾はどうっすか? アペルさん」
「あぁ?」
「え?」
「あ! そういえばモフモフだったね。って、ぶんぶん振ってたら、触れないんだけど」
「ワザとっす」
「……ふわぁ…カムイとは違う感触。モフモフじゃなく、フカフカ! あとでブラッシングしてもいい?」
「へ?」
「はぁあ?」
「腕もこんな風に…ほら」
そう言いながら、ナナさんが風呂に入った後のフサフサつやつやの毛並みの腕を見せつけてくる。
「…………触り心地、すっごくいい! 大型犬とかだったら、一緒に昼寝したいくらい」
「え? 俺、犬じゃないっすけど、別に添い寝くらいしますよ? ご希望なら」
「うえ?」
「なにぃ?!」
「してみたい! 添い寝!」
ナナさんが腕を広げたのを見て、右に座っているナナさんへと飛びかかろうとした瞬間。
「止まれ! 落ち着け! バカアペル」
向かい側に座っていたはずのカムイさんが、俺とナナさんの間に割り込んでいた。
…ってことでナナさんに飛びかかろうとしていた俺の体は、カムイさんの胸元に飛びこんだ格好になってて。
「もう酔ってんのかよ、お前は」
なんて呆れた声で呟くカムイさんの左腕が、俺の頭を抱えていた。
「…ツヤツヤの毛並みだったのに」
文句を言う俺に、「ちょっとまわりを見ろ、お前は」とカムイさんが静かな声で窘めた。
「…イチさん?」
見るとイチさんが顔を真っ赤にして、口元を手のひらで押さえ、なんならちょっと涙目になってる。
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ゆっくりと体を起こして、イチさんの方へと体を向けて問いかけるけれど。
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としか言ってくれなくて。
「え? なにかお願いしたわけじゃないんで、無理とか言われても」
って俺が返しても、イチさんは自分の腕を撫でながら「ごめんなさい」と続けるだけ。
「……カムイ。これ、俺はどうしたらいいんだと思う? 俺が何かやっちゃったんだよね」
カムイに助けを求めてみれば、さっき同様で呆れた顔つきのままだ。
「イチが勘違いしてるだけだから、そのうち落ち着く。…だからお前も落ち着け」
「ん? うん」
「…わかってねえな、お前」
「ん? どうだろ。…って、さっきの話はどうしたらいい? 二人に創ってもいい? 三日間、この俺と過ごしても一緒にいてもいいって思ってもらえたら…だけど。一緒にいる相手には、何かの時のアイテム渡したいし、俺の…って何かを身に着けてほしいし」
これまでを一緒に過ごしてきたカムイさんが嫌だなっていうなら、同じ仕様のものは創らない。他の仕様のもので、何らかのものは創るかもしれないけど。
「んー…。俺が嫌だって言ったら創らないってことなんだろ? それもどうだ? ってなるしな。って、効果は全く同じか?」
「そうだなぁ。カムイのピアスもすこし仕様を変えるのにいじるつもりなんだけど、互いのとこに転移を簡単に出来る仕様にしたいなって。誰んとこ集合ね! みたいな」
カムイさんのには、俺とだけ出来た通信を、他でも可能に。相手を選んでイメージして、先に脳内にメッセージを送り、場合によってそのまま通信かスピーカーかと、映像つきのビデオ通信も可能にしたい。そこの調整が出来るかやってみなきゃだけどね。
「……俺はどっちでもいいぞ。お前がしたいようにさせるって、いつも言ってんだろ」
そう呟いて、また自分の席に戻っていくカムイさん。
席に戻ったかと思えば、俺が飲んでいたハイボールが飲みたいと言い出す。出してあげれば、無言でグビグビと勢いよく飲んでいた。
「…あの、さ。イチさん、ナナさん」
カムイさんから言質は取れた…ようなもの、かな?
「話をしてもいい?」
だから、三日間一緒にいた後の話をする。
「いいすよ」
「あ、……はい。どうぞ」
イチさんが困った顔つきのままなのが気にはなるけど、いいと言われたので話を進める。
「さっき見せたようなものを、これからも一緒にってのが確定した時点で2人にも贈りたくて。…迷惑じゃなきゃいいんだけど、よかったら着けてほしいなって思ってて。…で、心が決まった時にね? 自分がつけてほしい仕様があれば、相談してほしくて。…あ、ナナさんはあの水が自由に飲める仕様が欲しいとかある?」
「その仕様、カムイさんにはついてるの?」
「従魔契約した後からだけど、俺が持ってるインベントリの一部は共有可能になっててよ。飲みたい時に飲み水があればいつでも」
「…へえ。それはいいな、俺欲しいかも」
「でも、甘い食べ物が勝手に出てくるとかは無理だからね」
「はははっ。それはここに帰ってきてからでよくないすか?」
「うん。一緒に旅に出た時には、帰宅した後にパッフェルとか出してあげるよ」
「うはぁ。お高いパッフェルが好きなように食える幸せが、ここに!!」
「あははっ。大げさだなー。…でも、甘いものにつられて未来を決めないでね? ちゃんとこの姿の俺と一緒にいて、これからもこれでいいって思えたら…答え、聞かせて?」
「……よく考えます。大事なことじゃないっすか。俺にも、アペルさんにも」
ナナさんは普段どこかふざけたり軽い口調になることも多いけど、根は真面目で礼儀正しいんじゃないかと思ってる。
そして、相手を軽視しないし、状況だけで安易にいろんなことを判断しない。いろいろ見て聞いてから、よく考えて決断をする。…わずかな期間だけど、彼の言動や行動を見てきてそんな印象を受けた。
だから、そんな彼がこんな風に言ってくれるのなら、俺は黙って待っていよう。一緒にいたいと思ってもらえる自分でいよう。
「イチさんにも、考えておいて欲しいけど…どうかな」
俺とナナさんのやりとりを無言で見ていたイチさんに、改めて話しかける。
イチさんはボンヤリした顔つきで、首をかしげた感じで俺を見ていた。
「今すぐ決めることじゃないから、頭の端っこでいいから…引っかけといてもらえるかな?」
なんとなくで憶えてくれてたらいいやって感じで伝えると、すこしの間の後に「了解です」とだけ返ってきた。
「この姿、やっぱり違和感ありすぎる? イチさん」
あんな風にイチさんから言葉をもらったとはいえ、その後にこの姿を明かして今後の話をしたわけで。
もしかしたら、髪色って指針がなきゃ不安だから一緒にいるのは無理ですとか言われるんじゃないかと思ってしまう。
ナナさんはあんな感じだから、もしかしたら気にもしないでいてくれるかもしれないけど、イチさんはナナさんとは違う意味で真面目っぽいし。
「――――いいえ? 違和感はなくて、むしろ…」
と言いかけて、その続きは教えてくれない。
ただ、微笑んでいるだけなんだ。
聞くに聞けなくて、あははとお互いに笑うだけで話は終わり。
飲んで、食べて、またお風呂に入りたい人がいたら入って、好きなように過ごしてもらう。
久々の感覚に、ホッとした自分がいた。
掘りごたつの部屋を出て、一人で寝室の方へ向かう。
食事をしながら思いついたことがあったから、ちょっとやりたくなっちゃったんだよね。試したいっていうか。
部屋のパソコンを起動させて、ネット回線が間違いなくつながっていることを確かめて。
(……出来たらいいんだけど)
コッチの世界でのネット銀行経由で、元いた世界の銀行口座にアクセスが出来ないかっていうのと、アクセスが出来たらその残金を送金したくて。
カチャカチャとタイピングをし、この世界でのネット銀行を開く。まずは第一段階、っと。
緊張してきて、喉が急激に乾く。
さっきのナナさんじゃないけど、麦茶でも飲もう。ジョッキで。
厚めのジョッキグラスに、氷がぶつかるかすかな音がする。カロンッ…って。
コクコクと飲みながら、キーボードを打鍵していく。
その指先に魔力を纏わせながら…。
「どうか上手くいきますように……っと」
ターン! とEnterキーを押して、画面が切り替わるのを待つ。
俺を含めて漂流者を召喚するシステムはある。ということは、別の次元に干渉できないわけじゃない。
一回限定とはいえ、俺が消えた後の元の世界にだって干渉できた。
「…なら、俺の魔力の量やチートな創造魔法ってのが存在するなら、アッチへの干渉も過度なものじゃなきゃ可能だろ?」
…エラーメッセージが出て、表示できないと出た。
「じゃあ…コッチからアクセスしてみて…。この世界の最大手の銀行の方にアクセスして…から」
真っ暗な部屋で、パソコンと黙々と向き合う。指先に纏わせる魔法の属性を変えてみたりしながら、どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、やっとそれらしきサイトにたどり着いた。
「第二段階…っと」
両手を恋人つなぎのように組んでから、手のひらをパソコンの方へと向けるように捻ってから、その格好のままで上へと背伸びでもするみたいに伸びる。
光魔法と闇魔法の複合が一番よさげで、その先にもさらに魔力の量を変えながらネットの中に入り込んでいく。
「……きたっ! ……っと、たしか番号が…で、パスコード……っと、よし! 口座に……思ったよりもあるな。……この時点で時間はどれくらい経過してるのかな? ……5年、か。時間の進み方がずいぶんと違うんだな」
自分の口座にアクセスすることが出来た。最後の給料が振り込まれてから、5年経過。何かの引き落としでいくらか引かれてはいたけど、思ったよりも残っている。というか、使う用事も時間もなかったから貯金みたいにかなりの金額が残ってた。
「これなら…お礼として、十分かな? たしか…振り込みの時にこの仕組みが…」
振り込みの画面に入り、金額を入力したその下にある囲みに文字を入力していく。
『オレゲンキダカラ。オバサンモゲンキデ』
この銀行ではネットで振り込む時に、カタカナ限定でメッセージが送信できる。
詳しい話は出来ない。下手すりゃ、会いに来るとか言いかねない人だから。
最低限の言葉を打ち込み、そっと手をあわせて目を閉じる。
もしかしたら、俺の能力次第で元の世界に帰れるかもしれない。そういうものを作り出せる可能性はゼロじゃない。
「…でも、俺はここで生きてくって決めたんだから」
あの場所に戻ったところで、自分を認めて、自分の言葉を聞こうとしてくれる人が…どれだけいるか。
どこでもなく、この場所がいい。元の場所に戻る不安よりはっていうのがないわけじゃないけど、短い時間の中で感じたものがあるんだ。
ある意味、直感で。
「ごめんね、叔母さん。……今まで、本当にありがとう」
聞こえるはずがないってわかってるのに、言葉にせずにはいられない。
これからアペルとして生きるために、心残りは少ない方がいい。それにきっと両親も叔母さんも、俺に言うはずだから。
「思いきり楽しむよ、この旅を」
一緒にどこかに出かけた時に、繰り返し聞かされてきた言葉。
何かしなきゃいけないことがあろうが、旅に出た時は旅のことだけ考えて、思いきり楽しむ。やんなきゃいけないことは、後で集中して向き合えって。
なかったことにしろっていうんじゃなく、ちゃんと後からやりなよってあたりが両親と叔母さんっぽい。
終わらなかったら終わるまで一緒に寝不足になりながら付きあってくれたっけ。
思い出せば、頬がゆるむ。
「……じゃあね」
送金のボタンをクリックする。クルクルと通信中の小さな輪が回りだす。
このまま繋がれば、叔母さんの口座へ送金できるはずだ。
パッと画面が切り替わり、送金完了の文字と、問い合わせコードが表示された。その画面をスクショして、画像を保存しておき、パソコンの電源を落とす。
小さなモーター音に近いノイズのような音をさせながら、静かになっていくパソコン。
ヒューン…とかすかに音をたてて、モニターが暗くなった。
これでもう、叔母さんへの連絡は二度とつけない。あの場所への心残りも、ないことにする。まったくないわけじゃないけど、これまでよりはきっといいはず。
「…なんてね」
自分に言い聞かせてるんだってわかってるのに、知らないふり。
「俺って、なんで俺に…こんな、冷たいんだろ」
ボソッと呟いたそのひとり言の後に、真っ暗な中で椅子に腰かけている俺の太ももに重みを感じた。ホーンラビットのカムイさんだ。
「…カムイ」
デスクに、カムイさんの角がゴツゴツ当たっている音がする。
「角、傷ついちゃうよ?」
暗闇の中で、そっと角を撫でる俺。
「傷ついたら、お前がヒールかけてくれんだろ?」
さも当然のようにそう返してくるカムイさんをそっと持ち上げて、背中の方からギュッと抱きしめた。
「…吸っていいぞ」
何も言ってないのに、先に許可が出た。
「いつも、ありがとね」
お言葉に甘えて、カムイさんの首回りのモフモフさが一番なところに鼻を近づけて。
「んふふふふー。お風呂上がりの匂い、どこいったのさー。お酒の匂いばっかりー。…でも、いつもの匂いもめっちゃするー。甘いなぁ」
「はいはい。好きなだけ吸って、とっとと寝ろ。俺は後でまた風呂だ」
「いいよー。いってらっしゃーい」
そんなやりとりをする俺たちは、いたっていつも通りだったりする。
俺たちのやりとりを、イチさんとナナさんが廊下から見てることは、俺だけが知らずにいた。
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