嘘を書く

泉葵

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 握ったシャーペンを大体40度くらいで維持しながら紙の上を動かし続けていたが、スマホが振動するとどうも集中できず、ペンを置いてしまった。
 時間は思ったよりも早く過ぎ去っていく。一日が充実していれば、その一日は短く感じる。一日が空っぽでダラダラ過ごしていれば、あっという間に1週間が過ぎている。
 孝はソシャゲに時間を潰しているうちに高校1年生という時期を終えていた。
 このころになると、文系か理系か選択することになる。
 孝は文系だろうが理系だろうがどうでもよかった。ただ、少し調べると「理系の方が就職が有利!」「理系は高給取り!」と言うサイトが目につき、そのまま理系コースへと進むこととなった。
 今向き合っている宿題も数学のプリント。2年生になると、数字は少しずつ減っていき、代わりにアルファベットが増えていった。

「昨日の課題見してくれ。頼む」
 孝は自分の席に荷物を置くとすぐに颯太に駆け寄った。
「また?今日の帰りなんか奢れよ」
 颯太は面倒くさそうにプリントをバッグから取り出した。
「あざす」
 孝はすぐに自分の席に帰り、自分のプリントと颯太のプリントを机一杯に広げた。
「俺のも一緒に出してて」という颯太に「わかったぁ」と雑に返事をしながら、バレないよう適度に書き写し、ペンを置いた頃ちょうどチャイムが鳴った。
 先生は少し遅れているらしかった。教室後ろの棚の上に積み上げられたプリントの束に自分のプリントと颯太のプリント、2枚を重ねると駆け足で席へ戻った。
 ややあって、先生が教室へ入った。まだ慣れない先生に教室の雰囲気がピリッとする。そのまま朝のHRが簡単に行われ、先生が教室から出ていくと、またいつも通りの緩い雰囲気に戻った。
 1日はあっさりと終わった。孝は真面目に勉強するふりをして、いつも通りソシャゲのことを考え、午後には惰眠をむさぼったりもした。
「孝、行くぞー」
終礼後、颯太の声に続くように「はーい」と返事をし、教室を飛び出した。
「孝そろそろ勉強しないとまずくない?」
「まぁ大丈夫やって」
「まだ本気出してないから」と続け、コンビニで買った肉まんを口いっぱいにほおばった。
「大学行くでしょ?」
「まぁみんな行くし。今は大学行っとかないとだめだし」
「颯太は?」
「もちろん行く」
 放課後、宿題を見せてもらった颯太に奢るためにコンビニに立ち寄った。昼食が少し物足りなかった孝は肉まんを買ったが、颯太はずっと店内をぶらついていた。結局「今度でいいや。そん時奢って」と、何も買わなかった。
「もうそろ勉強に本腰入れないとまずいって先輩言ってたよ」
「そんなもんか」
 実際孝もそろそろ勉強頑張らないととは思っていた。しかし、まだ2年生が始まったばかりで時間はたくさんある。勉強も少し難しいが、これまでの定期テストで平均点前後を取ってきた実績が孝のペンを持つ手を止めていた。
「じゃあ」
「バイバイ」
 空は青い。やや傾いた太陽が陰り、辺りを暗くした。

あの日から、家に帰ったら課題をやって英単語を20個覚えて、と下校中あれこれ考えたり、授業中真面目にノートをとったりした。
 家に帰ってからは7時から勉強すると決め、7時になると机に教科書を広げた。しかし、すぐにソシャゲを始めて、結局9時から勉強を始めてすぐに寝落ちする日が多かった。授業中真面目にノートをとっても内容がいまいち理解できず、ただ黒板に書かれていることをそれっぽく書き写しただけになった。
 今のままではいけないと思っていた。それでも「しょうがない」と、何かしら理由をつけ続けた。
 肌寒くなり、半袖のシャツから長袖のシャツに衣替えし始めた頃、初めて模試を受けた。結果は惨敗だった。
 この時ばかりは今まで以上に焦った。何もできないのだ。
 もうこの頃には親に大学に行くと宣言していた。
 しかし、模試は酷く、今のままでは地元の国公立に行くのも難しい。
 「孝本当にちゃんと勉強してるの?」
 「うるさい。俺だってよくないって分かってるから」
 「私立は無理だからね。もし私立に行くなら自分で奨学金取るなりしてね」
 昔ほどソシャゲはしなくなった。その分勉強という名目の時間は増えた。それでも自分に言い訳をし続ける癖は中々直せなかった。
 時は過ぎ、すぐに気温は10℃を切るようになった。
「この模試で偏差値50とらないとまずいんでしょ」
「そう、やばいの」
 冷たい机に突っ伏したまま、孝は声を漏らした。
 偏差値50を超えるというのはただの目標でしかない。時間が過ぎるのは早いが、まだ時間はある。3年生になっても間に合うと妄想している。もうハリボテの目標になっていた。
 それでも偏差値が50を切るのは、出来損ないとレッテルを貼られるようで、今までの努力が無駄だと証明されるようで嫌だった。今まで勉強ができないわけでも苦手なわけでもないというのが余計にそう強く感じさせた。
 模試が始まる。
 解けない。
 前回よりは解けている。それでも納得いく出来ではない。
 「努力は報われるまでするものだ」という誰かの言葉を思い出した。
 今まで机に向かった時間は努力とは言えないのか。
 むしゃくしゃして、その言葉を頭から追い出そうとペンを走らせた。
 前を見ると、時計の針は試験開始から一周しようとしている。
 その時、前に座る奴の解答用紙がちらりと見えた。
 すぐに自分の解答用紙に目を戻し、解いているふりをしたが、もう一度ちらっと目線を前にやると確かに一部解答用紙が見えた。
 悪いことだとは知っている。カンニング。でもこうでもしないと点数を取れない。納得できない。
 これで点数が上がったとしても、数点だけ。その点数に見合うだけの努力はたくさんした。だから、ここでカンニングしても別に俺の実力はそこまで変わらない。
 孝はまたちらりと前を見ると、ペンを走らせた。
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