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第二章 イグニース王国
チェーニの力
しおりを挟む剣で敵を薙ぎ払いながらチェーニの方に目を向ける。
フォルティスも同様だ。
胸の下までしかない黒のシャツ。
手が汚れない為か、戦の時には必ず身につけている黒の手袋。
目と同じく真っ赤な色をルビーのダイヤが埋め込まれたペンダント。
丈の短い黒のスカート。
スカートの横にボタンで留められた、腰から膝裏までの長さの黒いマント。
戦にはそぐわない黒のヒール。
スカートの隙間から見える赤い刺青。
黒を見に纏うチェーニ。
彼女の両手には、黒い長方形をした剣の柄のような物が握られていた。
剣というのは柄と呼ばれる部分と、剣身と呼ばれる部分がある。
そして剣身は主に金属でできている。
「……何なんですか?あれ」
しかし、彼女のは違う。
黒い長方形の柄と真っ赤な剣身。
剣身と呼んでいいのかすら謎な赤は、風が吹くと形を保ちつつ一番外側のみ小さく揺らぐ。
「火……ですか?」
「そうだ」
「剣に油塗って燃やしてるとかですか?意味あります?それ」
「見てればわかる」
俺は深く語ることはしなかった。
自分の目で確かめた方がいいと思ったから。
俺達の隊よりもかなり左側を駆けてくるチェーニ。
「グルルルルル、ガウッ!」
チェーニは自分のイアン……ラフィークと共に、戦闘に備えて正面を向いて整列していた最後尾の敵に斬りかかる。
奇襲に慌てて後退しようとしていた後列の兵達を仕留める為だ。
今回、敵兵を殲滅するようシュヴァリエ隊長から命を受けている。
一人たりとも逃すことは許されない。
その為に後方から素早くチェーニが兵をねじ伏せるのだ。
背後に屍が散らばっていては、後退しようにも身動きが取りにくく、迂回をするか足場を探して下がるしかない。
逃げるのに時間がかかるという事は則ち、その間に相手から狙われる事を意味する。
イアン隊を率いる我らイグニース王国の兵からすれば、僅かな時間があればいいのだ。
ラフィークに跨りながら赤い剣で次々と敵の首を取っていく。
腕力で剣振るうわけでも、小技で隙をついて取るわけでもない。
姿勢を低くし、敵の首の位置に両手を広げて剣を持っているだけ。
ラフィークが駆け抜けるスピードで刈り取っていく。
餌食になった敵の首は花火のように空に向かって数メートル打ち上がり、順番に地面へと落ちていく。
斬られた直後に出血はなく、地面に落ちた衝撃でようやく血が流れる。
返り血で鎧や剣が赤くなる俺達とは違い、一切返り血を浴びていない。
そして正面から見て左側から突撃し、右側に移動するまでの数十秒で、約五十人ほどの首を取っていた。
チェーニ達が通った場所に生存者は居らず、後方に死体が転がっているという状況を作り出す。
敵に屍という足枷をはめたのだ。
彼女達にしかできないであろう早業。
「人の首って、剣を振るわなくてもあそこまで綺麗に切れるもんなんですか?」
「んなわけないだろ。そんなことできたら皆やってる」
理解できないと頭を抱えるフォルティス。
剣がよく見える位置であればすぐにでも納得できるのだが、生憎、俺たちとチェーニ達には少しばかり距離がある。
「あれ?チェーニがイアンから降りましたよ」
俺は再び左側へと目を向ける。
フォルティスの言葉通り、ラフィークから降りて地面に立っているチェーニがいた。
擦り寄るラフィークの頭を撫で、後ろに下がらせる。
そして両手に持っていた剣から赤い剣身が消え、黒い柄だけが手に残った。
片手に黒い長方形の柄を纏めて持ち、マントを片手で靡かせてから尻の部分に仕舞う。
おそらく、ポーチか何かがあるのだろう。
「え?ちょ、は?赤いの消えましたよね?今」
「消えたな」
「なんで副隊長はそんなに冷静なんですか!」
「毎回見てるからな」
柄をしまったチェーニは徐に天を仰ぐ。
「おーい、そろそろ後退の準備しておけよー」
俺の間の抜けた声にフォルティス以外の部下達が反応する。
「巻き添えは御免っす!」
「遅れるなよ!合図からすぐ始まるからな!」
チェーニと共に戦った事のある者達は、近くにいる仲間に声を掛ける。
「フォルティス。お前も死にたくなかったら遅れるなよ」
「え?あ、はい」
敵を殲滅する作戦のはずなのに、副隊長である俺が後退を指示することに困惑しているようだった。
一人困惑しているフォルティスを他所に、その時はやってきた。
「合図だ!後退するぞ!急げ!」
細く長い火柱が上がる。
上空へ、一直線に。
後退の合図である。
「副隊長!く、口から火が!火が!」
「わかってんだよそんなことは!見てても良いが死にたくなければ足を動かせ!火柱がなくなる前に後退する!」
全軍が一斉に後退し始めたことに敵が驚愕しているのか、追いかけることなく呆然と立ち尽くしていた。
猶予は一分。
その間、火柱は上がり続ける。
チェーニの力によって。
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