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第一章 転校生
桜が舞っております
しおりを挟む桜の季節である、春。
風という音楽にのって可憐に舞うその様は、世辞を抜きにして美しい。
窓越しではなく、肌で感じたい。
そう思うのだが、ドアを開けて飛び出すにはスピードが出すぎている。
諦めて他の観察対象を探そうと視線を動かせば、新しい制服に身を包み、頬を緩ませながら歩く生徒に目がいった。
夢と希望に満ちている顔。
これから始まる学校生活に、期待をしているのが見て取れる。
特に何も変わりはしないというのに。
「春都様。ネクタイをお締めください。鎖骨が見えていますよ?」
ミラー越しに俺に話しかけてきたのは、運転手兼専属執事の佐山 太一。
程よい長さの茶髪をワックスで後ろへと流しており、強面ではあるものの、人懐っこく、愛想がいい。
観察力も優れており、俺の異変にいち早く気づくことのできる敏腕執事。
そして徒歩で行ける範囲である寮から校舎までの僅かな距離を、“始業式だから”と無理矢理車を出すよくわからない奴だ。
年齢は23歳と執事や運転手としてはかなり若い。
しかし、太一の祖父の代からずっと我が家に使えており、英才教育の賜物か、親父に俺の専属執事になるよう命じられたそうだ。
「んー?減るもんじゃないし、別にいいんじゃん?」
「春都様はよくても、周りの方々はよくないと思うのですが」
「フェロモンがやばいーって言いたいわけ?知っててやってんだよバーカ」
そう言えば、太一は呆れたようにため息をついた。
再び窓の外へと視線を戻せば、ホテルと勘違いしてしまいそうな程大きい建物が近づいてくる。
しかしそれはホテルなどではなく、俺が通う学校の校舎である。
外装は白で統一してあるものの、自動ドアであったり、校舎前の石像であったり、校門と校舎のほぼ中心にある噴水など、余計な部分にばかり金をかけているこの学校は、本当にバカだと思う。
そんな所に金をかけるなら、授業料を無料にするとか、生徒が得をする使い方をしてほしいものだ。
「春都様」
不意に名前を呼ばれ前を向く。
しかし、運転席にいたはずの太一がいつの間にか姿を消していた。
不思議に思い首を傾げていると、再び名前を呼ばれる。
「ボーッとし過ぎではありませんか?」
太一はすでに車を降りており、ドアを開けて俺が出てくるのを待っていた。
「あー……悪い悪い」
そう言いながら、教科書、筆箱、ノートパソコンなど、とにかく色々入った鞄を持ち、車を降りる。
普段はもっと荷物が少ないのだが、明日から始まるであろう授業の為に、今日持ってきたのだ。
車から降りたのを確認してから扉を閉めた太一は、「いってらっしゃいませ」と頭を下げる。
「はいはーい。いってきー」
そんな太一にヒラヒラと手を振った。
見えてはいないだろうが、わざわざ寮から学校まで車を出してくれたわけだし、それぐらいはしないとな。
まぁ、無理矢理だけど。
「あ、鵤様!相変わらず今日もお美しいです!」
「鵤様!おはようございます」
欠伸をしながらのんびりと歩いていると、俺の存在に気付いた連中が挨拶と言う名の歓声があがる。
有名人が登場したかのようなこの状況に、他の学校の生徒達が見たらきっと驚くだろう。
「おはー。入学おめでとさん」
「あ、ありがとうございます!」
たったそれだけの言葉を発しただけで、一年生達は頬を赤らめ、嬉しそうに歩き出す。
一年生だけではない。
同い年の二年や、先輩の三年もだ。
ここへ来て約一年半。
小学校から大学までエスカレーター式であるこの聖エリオ学園に、親の転勤で中学三年の二学期に編入してきた俺。
初めての事ばかりで戸惑いはしたものの、今は楽しく過ごしている。
「あ、あの!」
校舎の入口のすぐ近くまできた所で、1小柄で女と勘違いしてしまいそうな顔をした男が話しかけてきた。
両手でスボンを掴み、モジモジと恥ずかしそうにしながら。
「どしたー?」
スラックスのポケットに両手を突っ込み、笑みを浮かべながら首を傾げる。
なぜ話しかけてきたのか。
理由を知っているのにも関わらず、ワザとらしく問いかけるのは、相手の恥ずかしそうな顔を見たいからである。
リンゴみたいに真っ赤にしちゃってさ。
本当にここの子達は可愛いよね。
「こ、今夜、空いてますか?」
「今夜?生徒会の仕事あるから遅くなるけど、それでもいいなら空いてるよー」
「ほんとですか!?」
俺の返答に笑顔になる。
うん。
可愛い。可愛い。
「9時ぐらいに部屋においで?鍵開けとくから」
「はっ、はい!」
断られなかったのがよっぽど嬉しかったのか、遠くから見守っていた友達の所へ駆け足で戻り、ピョンピョン跳ねながら校舎へと入って行く。
先ほども話したが、ここは小学校から大学やでエスカレーター式。
ついでに言えば、金持ちばかりが通う“男子校”でもある。
男ばかりしかいないために、ここはゲイとバイが多い。
寧ろ、生徒のほぼ全員がそうだと言っても過言ではないだろう。
俺も例外ではない。
ゲイではなく、バイだがな。
さっき今夜空いてますか?と聞いてきた男は、俺に夜の相手を申し込みに来たのだ。
ここではそれそど珍しくはない。
顔がいいやつはだいたいこれを経験する。
俺もその中の一人ってだけのこと。
顔がよく、フェロモンが垂れ流しなのは自覚しているし、周りの奴らがなぜ顔を赤らめたり、倒れたりしているのも原因はわかっている。
要するに、“無自覚”ではないということだ。
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