83 / 103
第五章 仮面のない生活
懐かしい記憶
目を開けると真っ白い世界が広がっていた。
眠りから目が覚めたのだと思って起き上がろうとしたが、力を入れる前にフワフワと体が前傾した。まるで俺の意志に反応しているかのようで、重力なんてものが全くないようだ。
あぁ、これは夢だな。
そう判断するのに十分な現象で、俺は浮遊感に身を任せながらぼーっと前だけを見つめていた。
幸せな夢が見たいと思って眠りについたというのに、やって来たのは白の世界。ふざけんな、とわざと口にする。
しかし、いつまで経っても音はせず、口から空気が漏れていくだけ。
(ふざけんなー!!!)
どんなに叫んでも俺の耳には何も届かない。よくわからない世界に来てしまった。
「……都。春都。お粥を持ってきたよ」
真横から聞き慣れた声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには会いたくて焦がれていた太一の姿があった。
喜びのあまり抱きつきたい衝動に駆られるが、体は全く反応してくれない。どうやら精神と体の感覚がリンクしていないようだ。
「た、いち?」
「当たり。少しでもいいから食べよ」
「……食欲がない」
「ダメ。治るものも治らなくなるから食べて」
最初は太一の姿だけだったのに、しばらくすると見覚えのある姿が出現した。
銀髪で整った顔をした小柄な少年。それが幼い頃の自分だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
本人が“整った顔”というのも可笑しいが、昔から褒められていれば嫌でも自覚する。当然のことだ。
「……美味しい」
「春都の風邪が早く治るようにって思いながら作ったからね」
「そんなんで味が変わるかよ」
「変わるよ。料理は気持ちだから」
その会話を聞いて真っ先に“懐かしい”と感じた。
両親が海外出張で日本を離れている時に風邪をひいて、太一が家に来て看病をしてくれたんだ。確か小学生の低学年ぐらい……だった気がする。
「……ふぁー……っ」
用意された半分を食したところで、もう一人の俺は欠伸をしながら瞼を擦る。
食事をして眠くなったのだろう。満腹で睡魔が……なんて子供らしいが、目の前にいる俺は子供なのだから仕方がない。
「お皿を片してくるから春都はゆっくり寝てな」
正式に専属執事になったのは中学生になってからだったので、この頃の太一は敬語を使っていない。懐かしさでなのか、心の奥がぎゅっと締め付けられた。
ベッドから離れようとした太一に、子供の俺は手を伸ばす。
あぁ、そうだ。この時なぜか寂しくて、
「側にいて……」
(側にいて)
と口にしたんだった。
若気の至りというかなんというか。10代後半で使う言葉ではないだろうが、この時の自分は本当に幼かった。
今と違って感情に忠実というか、太一に対して素直に自分の気持ちを伝えていた気がする。
「……ふっ。側にいるよ。ずっとね」
そう言って太一は子供の俺にキスをした。もちろん口ではなく額に、だ。
その発言に安心し、すぐ眠りついたのを今でも覚えている。
(ずっといてくれるんじゃないのかよ)
気づけばそう口にしていた。この世界で俺の言葉は音にならないというのに、性懲りも無く呟く。
感情が勝手に溢れ出したという方が正しいかもしれない。
(どうしてお前は隣にいない)
嘆き。
(会いたい)
願望。
(好きだ)
好意。
全ての感情が、思いが、言葉が、無惨にも散っていく。色のない世界に、虚しく。
生暖かいものが頬を伝った。それが涙だと、すぐにわかった。
白の世界から消えていく太一の姿を見て、夢でも現実でも会えないのか。そう思ったら悲しくて、耐えられなかった。
(俺の側から離れるな、太一)
そう口にした瞬間、景色は暗転した。
あなたにおすすめの小説
お姉ちゃんを僕のお嫁さんにするよ!「………私は男なのだが」
ミクリ21
BL
エリアスの初恋は、森で遊んでくれる美人のお姉ちゃん。エリアスは、美人のお姉ちゃんに約束をした。
「お姉ちゃんを僕のお嫁さんにするよ!」
しかし、お姉ちゃんは………実はお兄ちゃんだということを、学園入学と同時に知ってしまった。
同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが
カシナシ
BL
聞いてくれ。
騎士科学年一位のアイツと、二位の俺は同じ部屋。これまでトラブルなく同居人として、良きライバルとして切磋琢磨してきたのに。
最近のアイツ、俺のシャワー中に絶対入ってくるんだ。しかも振り向けば目も合う。それとなく先に用を済ませるよう言ったり対策もしてみたが、何も効かない。
とうとう直接指摘することにしたけど……?
距離の詰め方おかしい攻め × 女の子が好きなはず?の受け
短編ラブコメです。ふわふわにライトです。
頭空っぽにしてお楽しみください。
親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール
雨宮里玖
BL
エリート高校の親衛隊プラスα×平凡無自覚総受け
《あらすじ》
4月。平凡な吉良は、楯山に告白している川上の姿を偶然目撃してしまった。遠目だが二人はイイ感じに見えて告白は成功したようだった。
そのことで、吉良は二年間ずっと学生寮の同室者だった楯山に自分が特別な感情を抱いていたのではないかと思い——。
平凡無自覚な受けの総愛され全寮制学園ライフの物語。
双子のイケメン執事達と恋愛しています
すいかちゃん
BL
母親の再婚により、平野家の息子となった勇人。超お金持ちの家では、驚く事ばかり。そんな勇人は、双子のイケメン執事に気に入られてしまう。やがて双子の気持ちを知った勇人は、驚きながらもその気持ちを受け入れる事を決める。
回を重ねるごとに、勇人と双子の関係が濃厚になっていきます。
長編ですが、1話1話は短めです。
第5話で一旦完結となります。