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第五章 仮面のない生活
もう、大丈夫
過去の記憶をたぐり寄せると、その時の感情まで蘇る。実際に起きた事柄だけ思い出せればいいというのに、なんとも不器用な作りだ。
怒り、悲しみ、喜び、トキメキ、嫉妬、快感。友人として過ごした数ヶ月と、恋人として体を重ね続けた半年間で様々な経験をしたと言っても過言ではない。
第三者に“たかが中学生の恋愛”と思われようとも、人生において一つの転機となった事件のようなもの。
男女間で起きた失恋とは違い、男同士の失恋話だ。ボーイズラブという言葉が知られるようになったとはいえ、差別意識をもつ者がいる中で“好きな男に振られた!”と、口にすることはできなかった。
さくらが腐女子だと知ったのは転校してからで、打ち明けようと考えた時期があった。話しても振られた事実は変わらないし、傷付いている自分が情けなく思えて止めた。
それに、寮生活では太一が常に一緒だ。バレないはずがない。俺はとにかく、あいつとのことを知られたくなかったのだと思う。
「クズですね」
当時の感情を冷静に分析していると、黙って聞いていた太一が口を開いた。
あまりにもはっきりとした口調だったので、無言で見つめ返すことしかできなかった。鏡を見なくても、自分がアホ面をしているだろうということは容易に想像がつく。
「もう一度言いますね。そんな男はクズです。会った時も思いましたが、クズです。クズ男です。クズ男に春都様が何度も何度も何度も抱かれていたのだと考えただけで殺してしまいそうです」
「一度で収まってないけど」
「一息で話せば1カウントです」
謎の持論を持ち出してきた太一に、ふっ、と笑みが溢れた。
本気で好きだった男を貶されたというのに、苛立ちや怒りという感情が湧いてこない。
振られて傷付いた過去があるとはいえ、不思議なくらい晴れ晴れとしている。
「今でも好きですか?」
太一の問いにまさか、と間髪を入れずに答える。強がりでも何でもなく本心だった。
あれほど自分の中で大きな傷だったはずなのに、今となっては“過去の出来事”で済ませられる程度になっている。
太一と思いが通じ合い、新たな恋を実らせたからだろうか。“過去の恋愛を忘れるには新しい恋だ”とよく聞くが、その通りなのかもしれない。
「好きです」
「いやだから、もう好きじゃな」
「あなたが好きです。幼い頃から、ずっと」
またしても開いた口が塞がらない。今日はとことんアホ面を太一に晒す日なのだろう。
「……知ってたよ」
「でしょうね。気付いているのに、ワザと考えないようにしていたのでしょう?酷い人だ」
面と向かって言葉にされると、元からあった罪悪感が更に膨れ上がる。
思考を停止した自分が悪いのだから、言い訳なんてものは出てこない。
「悪かった」
ベッドの端に腰掛けている太一の腕に触れ、素直に謝罪する。
「いいんです。今の話を聞いて納得しましたし、私も答えを求めてなかったので」
「……そうか」
そう言われてしまうと、これ以上謝ることはできなかった。
どんな言葉を口にしても、俺を襲ったことを持ち出してくるだろうから終わりが見えない。いたちごっこだ。だから飲み込むことにした。
「春都様」
名前を呼ばれ、天井に逃していた視線を戻す。
「前に進めますね」
「ん?」
「私も、あなたも」
“何がだ?”と思ったのは一瞬で、太一の意図を理解した俺の口角は自然と上がっていた。
「くそ男のことを思い出せないぐらい、私が愛します」
「それは楽しみだ」
部屋の明かりが遮られ、顔に影が落ちた。目を閉じ、唇に触れた柔らかい感触を味わう。
止まっていた時がようやく動き出す。
俺の青春は、ここから始まる。そんな気がした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
長らく更新ができておらず、申し訳ありません。
次から終章が始まります。完結はもう間もなくですので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
レイエンダ
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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