王子様カフェにようこそ!〜秘密の姫君は腹黒王子に溺愛されています〜

有沢真尋

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第四章

【6】未来の約束をその手に(後編)

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 バルコニーに出た瞬間、風が吹きつけてきた。
 冷たいわけではなく、火照った肌に心地よい。
 風が通り抜けた後は、海の匂い。
 見上げると、暗い夜空にさんざめくように輝く星々。

 かすかな潮騒。耳を澄ませば星々の煌きも音となって聞こえそうで、エルトゥールは目を細めて息を止めた。
 そのとき、咳払いが聞こえた。
 エルトゥールは空から視線を戻して、周囲を見渡す。

「こんばんは、エルトゥール姫」

 バルコニーにいくつも焚かれた篝火を背に、その黒髪を風に靡かせて。

「こんばんは、アーノルド殿下」

 その姿をまっすぐに見つめて、エルトゥールもまた我知らず背筋を伸ばした。
 向き合うのは、黒の瞳。

「どう、食べてる?」
「はい。どのお料理も、全部、とても美味しかったです」

 聞かれた質問に真面目に答えたというのに、アーノルドはおかしそうに噴き出した。
 そのまま、明るい笑い声を響かせる。

「『最初に聞くのが、それ?』って言わないんだよな。エルのそういう素直なところが好きだ」
「……アル」

 ひとに聞かれたらどうするのかと、咎める意味で名を呼んだ。
 半分は照れ隠し。

(アルはすぐにそういうことを言う。私はいつもひやひやしているんです)

 アーノルドは、口の端を吊り上げて、瞳を輝かせて続けて言う。

「今日のドレス、すごく似合っている。イルルカンナの伝統柄かな。エルは制服も仕事の服装も全部似合うけど、お姫様らしく綺麗にしているのも格別だ。近くで見られて良かった」
「えぇと……アルも。王子様らしくてお似合いです。少し、古風に見えるんですが、それが良いです」

 ある程度の段階で口を挟まないと、アーノルドはいつまでも言い続けるのだ。
 本人はあまり自覚がないらしいが、これだけ一息で賛辞を並べたてられたら、世の女性はおののくのではないだろうか。
 少なくともエルトゥールは、あまりにも言われ慣れない言葉の数々に眩暈がする。
 その思いからアーノルド自身の服装へと話を向けた。
 アーノルドは、エルトゥールを見つめたまま、ごく穏やかな声で言った。

「こういう服装も、これが最後か、あと何回も無いだろう。じきに、臣籍降下する。まったくの無一文というわけではなく、資産も無いことはないんだが……。特に強力な後ろ盾もないし、身を粉にして働く人生かな。俺には合っている。そういうのが、好きなんだ」

(「ジャスティーンとの婚約は解消する」「公爵家は後ろ盾にはならない」……会話の中に、いくつも示唆される未来。私は……)

「私も、メリエム姉さまに『もう帰ってくるな』と言われたところです。卒業後すぐに呼び戻すことはないから、あとは好きになさいと。姉さまの期待する、一定の成果があったと認められたことと思っています」

 告げられるのは、今はそれが精一杯。
 卒業は間もなく。それまでは、まだ。
 アーノルドは、エルトゥールに優しいまなざしを向けて、頷く。言葉は無く。
 そのままやや長い時間沈黙しているので、だんだん気になってきたエルトゥールはつい「なんでしょうか」と聞いてしまった。
 言われたアーノルドは、面白そうに目を瞠って口を開く。

「メリエム様もさすがにお美しかったが、やはり一番はエルトゥール姫だ」
「また始まった。あなたというひとは、本当に」

(どうしてそういうことを、次から次へと)

 それ以上やめてくださいという意味でそっけなく言っているのに、アーノルドはどこを吹く風。

「今度鏡に向かって聞いてみると良い。世界で一番可愛いのは誰かと。即答だな。エルだと」
「それは……鏡ではなく……、アルが言っているだけでは」
「そうか。そうとも言う。試しにいま俺に聞いてみてくれ」
「どうしてそうなりますか。あなたは私の鏡ではありません。鏡だったら困ります。あなたはあなたでいて頂かなければ」

(アーノルド殿下で、アルで)

 アーノルドは素早く周囲を確認すると、エルトゥールに歩み寄って、跪いた。
 その左手を取って、手の甲に軽く口づける。続けて、薬指に唇を寄せて、囁いた。

「形に残るものはまだ渡せない。今はここまで」

 エルトゥールの顔を見上げて、目が合うと、瞳に光を浮かべて微笑んだ。
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