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【第一章】
海の国へ(3)
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大魔導士の宣言通り、魔法によって「飛ばされた」結果、エリスは隣国の海岸まで瞬きの間に移動してしまったというわけだ。
大きな魔法の衝撃で、しばらく気を失っていたようである。
それがどのくらいの時間かは、さっぱりわからない。
日差しの感じから、まだ昼にはなっていそうにないので、そんなに長い時間ではないだろう。
(ドレスって、歩きにくい)
エリスは砂に足をとられつつ、スカートさばきにも苦闘していた。
これまで縁がなかったような、淡い水色のドレス。フリルとレースが巧みに使われていて、やや気後れするほどの可愛らしさだった。
いつも動きやすい、簡素な服しか着たことのないエリスにはどう着て良いかもわからず、着付けは女官に手伝ってもらったくらいだ。まるで深窓の令嬢か姫君のように。
身に着けて、アリエスの前に立ったら、驚くほどの無反応だったのが少しだけ寂しい。
長いこと見つめられた気もするが、感想は一言もなかった。
似合ってるかどうかくらい、言っても減るものではないと思うのに。
つられたようにエリスも口数が減ってしまって、ろくな挨拶もしないまま魔法を受ける形になって別れてきてしまった。
(お師匠様には、しばらく会えないのに)
いらない意地を張ってしまったようで、少し落ち込む。
沈んだ気分のまま、もたもたと波打ち際へと進んだ。
視線を落とすと、透き通った水が、白く泡立つ波にふちどられてすうっと砂を覆い、ひいていった。濡れた砂浜には、淡い色合いの変わった石がいくつか落ちている。
「なんだろう、綺麗……」
数歩進んでかがみこみ、手を伸ばす。裾をまったく意識していない仕草の為に、次の波が来たときにまともにスカート部分が濡れてしまった。汚してしまったという罪悪感はあったが、珍しい石に気を取られてエリスはもう一歩進む。
ぬるりと、重く湿った砂に足が沈み込んだ。
何が起きたか把握するより先に波が押し寄せてきて、広がったドレスの裾が搦めとられる。
想定以上の力によって、エリスはその場に座り込んでしまった。そのため、次の波もまともに浴びることになった。
もがけばもがくほど、足がずぶずぶと沈み込んでうまく立ち上がれない。
「ちょっと……まず……っ」
おそらく、服が違えばそこまでの大事にはならなかっただろうが、後悔しても遅い。
深みにはまりこむように身体の自由がきかなくなり、冷たい波が胸元までくる。
こんなときこそ、魔法で浮いてみよう!
頭には浮かんだが、まったく集中ができない状況下では無理だった。
く水を吸った布が手足に絡まり、冷たい波は容赦なく押し寄せてくる。
──溺れる。
覚悟したそのとき。
バシャバシャと自分のものではない水音が近づいてきて、ぐいっと問答無用で腰を抱えて水から引きずり出された。
何が起きたかと理解する前に、ふわっと持ち上げられる。
海から一転、空が近づいた。
太陽にくらっとするほど目を射られて、顔を背けながら自分を持ち上げている相手を見下ろせば、視界に入ってきたのは、赤みのある茶髪。乾いてさらりとしている。ほとんど、肩に乗せられそうなくらい高く持ち上げられていた。上背のあるひとだ。
驚きのあまり、騒ぐ隙も逃して無言になってしまったエリスに、その人は数歩進んで海から抜け出してから、はじめて視線を上向けてきた。
「どこの姫かは存じ上げませんが、海水浴はまだ早いですよ」
大きな魔法の衝撃で、しばらく気を失っていたようである。
それがどのくらいの時間かは、さっぱりわからない。
日差しの感じから、まだ昼にはなっていそうにないので、そんなに長い時間ではないだろう。
(ドレスって、歩きにくい)
エリスは砂に足をとられつつ、スカートさばきにも苦闘していた。
これまで縁がなかったような、淡い水色のドレス。フリルとレースが巧みに使われていて、やや気後れするほどの可愛らしさだった。
いつも動きやすい、簡素な服しか着たことのないエリスにはどう着て良いかもわからず、着付けは女官に手伝ってもらったくらいだ。まるで深窓の令嬢か姫君のように。
身に着けて、アリエスの前に立ったら、驚くほどの無反応だったのが少しだけ寂しい。
長いこと見つめられた気もするが、感想は一言もなかった。
似合ってるかどうかくらい、言っても減るものではないと思うのに。
つられたようにエリスも口数が減ってしまって、ろくな挨拶もしないまま魔法を受ける形になって別れてきてしまった。
(お師匠様には、しばらく会えないのに)
いらない意地を張ってしまったようで、少し落ち込む。
沈んだ気分のまま、もたもたと波打ち際へと進んだ。
視線を落とすと、透き通った水が、白く泡立つ波にふちどられてすうっと砂を覆い、ひいていった。濡れた砂浜には、淡い色合いの変わった石がいくつか落ちている。
「なんだろう、綺麗……」
数歩進んでかがみこみ、手を伸ばす。裾をまったく意識していない仕草の為に、次の波が来たときにまともにスカート部分が濡れてしまった。汚してしまったという罪悪感はあったが、珍しい石に気を取られてエリスはもう一歩進む。
ぬるりと、重く湿った砂に足が沈み込んだ。
何が起きたか把握するより先に波が押し寄せてきて、広がったドレスの裾が搦めとられる。
想定以上の力によって、エリスはその場に座り込んでしまった。そのため、次の波もまともに浴びることになった。
もがけばもがくほど、足がずぶずぶと沈み込んでうまく立ち上がれない。
「ちょっと……まず……っ」
おそらく、服が違えばそこまでの大事にはならなかっただろうが、後悔しても遅い。
深みにはまりこむように身体の自由がきかなくなり、冷たい波が胸元までくる。
こんなときこそ、魔法で浮いてみよう!
頭には浮かんだが、まったく集中ができない状況下では無理だった。
く水を吸った布が手足に絡まり、冷たい波は容赦なく押し寄せてくる。
──溺れる。
覚悟したそのとき。
バシャバシャと自分のものではない水音が近づいてきて、ぐいっと問答無用で腰を抱えて水から引きずり出された。
何が起きたかと理解する前に、ふわっと持ち上げられる。
海から一転、空が近づいた。
太陽にくらっとするほど目を射られて、顔を背けながら自分を持ち上げている相手を見下ろせば、視界に入ってきたのは、赤みのある茶髪。乾いてさらりとしている。ほとんど、肩に乗せられそうなくらい高く持ち上げられていた。上背のあるひとだ。
驚きのあまり、騒ぐ隙も逃して無言になってしまったエリスに、その人は数歩進んで海から抜け出してから、はじめて視線を上向けてきた。
「どこの姫かは存じ上げませんが、海水浴はまだ早いですよ」
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