半熟魔法使いの受難

有沢真尋

文字の大きさ
6 / 43
【第一章】

姫君と伊達男、偽物

しおりを挟む
「やっぱり、おろしてください!! 自分で!! 歩けます!!」

 ジークハルトが数歩進むのを待たず、エリスは声を張り上げて手足をばたつかせた。
 本当は、心優しい騎士様が現れたら、素直に身を任せてお世話をされた方が「姫君」らしいのかもしれない。
 だがエリスは姫君ではないし、歯の浮くような会話にも向いていないし、怪我もしていない。
 助けてくれるらしいジークハルトを利用すべきという判断力はあったが、それでも落ち着いてはいられない。

(ほんものの記憶喪失だった一年前とは、状況も違いますからね!)

 こんなところで、無駄死にをするわけがない。
 エリスが親切を固辞すると、ジークハルトもまた明らかにほっとした表情をして、エリスを砂浜に下ろした。

「それならそれで俺も気が楽」

 エリスと目が合うと、小さく噴き出してから付け足した。

「ごめんなさい、俺、あんまり女の人の会話するのが得意じゃないんです。だけど、海に入っていくひとを放っておくわけにもいかないし……女の人怖がらせちゃいけないって、それだけ考えて。知り合いの、女の人が得意なひとの真似をしたけど、嫌がられてまで続けるつもりはないよ。こういうのが、俺に似合っていないのも、わかっている。はー……疲れた」

 解放感からか、ひたすら明るく早口にまくしたてるジークハルト。
 エリスもつられて笑みをこぼした。

「そうだったんですね。疲れさせてごめんなさい。わたしもわたしで、こう、……姫って言われるから姫なのかなって思って姫らしくしようかと思ったんですけど、姫ってどんな感じですかね?」

 掛け値なしの本音であったが、ジークハルトにはいささか気の毒そうな顔をされてしまう。

「ものすごい記憶の壊れ方してるみたいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「あははは。身体は大丈夫みたいです」
「そう?」

 言いつつ、ジークハルトが靴を揃えておいてくれたので、もうどうにでもなれとばかりに靴下で足の水を拭きとってから、裸足の足をブーツに押し込む。

「服とか靴を調べたら、身元がわかるのかな。それと、その本は?」

 エリスは一瞬ためらったが、その場で開いて見せた。

「この本は、何も書いていません」
「ほんとだ」

 最初のページを見せてから、ぱらぱらと最後まで見せると、ジークハルトは手に取ろうとすることもせずに納得したようだった。
 そのまま、二人で歩き出す。
 砂浜を進むと、草のまばらに生えた地面となり、その向こうには切り立った崖があった。ジークハルトはそちらを目指しているようだ。

 風が吹いて、ジークハルトの柔らかそうな髪がなびく。
 濡れてしまったシャツは、身体にぴたりと張り付いている。意外に肩幅が広く、童顔の印象に惑わされていたが、身体にもしっかりとした厚みがある。力の強さも頷けようというものだった。

「ジークハルト様は、どこからいらしたんですか」

 半歩遅れて歩きながらエリスが尋ねると、「様はいりません」と言ってから、ジークハルトは崖の上の方に目を向けた。

「あそこからです。見張りについていたので。でも、残念ながらあなたがいつからあの浜辺にいたのかはわかりません。不覚にも、見逃しました。なぜかな」

 独り言のように疑問を口にした瞬間、ジークハルトの表情が剣呑なものになった。すぐにその不穏な気配を消し去って、エリスに顔を向けると穏やかな声で続けた。

「この浜辺は滅多なことでは迷いこめないはずなので、もしあなたがどこかから来たのだとすれば、海くらいしか思いつかないんですよね。しかし漂流したにしては身なりがお綺麗だ。そのわけを、さっきからずっと考えているんです」

(お師匠様~~~~~~~~~~!! 設定が雑過ぎたんですよ~~~~~~~!!)

 ジークハルトは、鋭い。すでに正解に近づいている。
 心の中で師匠に対して溢れる思いぶつけまくりつつ、エリスは表面上は曖昧に笑うに留めた。それをどう受け止めたのか、ジークハルトはすぐに話題を変えた。

「この話は、ここまで。記憶喪失のあなたを追い詰めるのは、本意ではありません。声が出なかったのは、本当のようですし」

 すらすらと淀みなく言われて、エリスはジークハルトの観察力の確かさに唸りそうであった。

(記憶喪失そのものは、信じていないのでは? 魔法の知識があれば、私に「おしゃべり禁止」の呪いがかかっていると気づくのも時間の問題……)

 そのまま歩き続けて、崖のふもとで曲がると、薄暗い洞窟となっており、細い道が奥へと続いていた。向こう岸との間には、海へと流れ込む川が横たわっている。

「ここは……?」

 洞窟の奥の方に光が見えるので、どこかには通じているのだろう。それどころか、土肌も綺麗にならされて壁となり、道なりに灯りが燈されている。
 ジークハルトはわずかに表情をくもらせ、言った。

「あまり詮索しない方が良いかと……言いたいところだけど、まあいいや。ここ、王宮の離宮の裏手です。直接内部へと通じているんです」
「だから、騎士さまが侵入者を見張っていたんですか」
「そういうことですね」

 道もきちんと整えられていて、歩くに申し分ない。

(詮索しない方がということは、抜け道とか裏道とか……王宮の機密に関わる場所? お師匠様、座標は適当って言ってましたけど、とんでもないところに飛ばしてくれたのでは)

 辛うじてドレスの見た目効果と記憶喪失設定のおかげで、曲者扱いこそ受けていないが、ジークハルトにはおおいに疑われている気配がある。それはそうだ。そうなのだが。
 同時に、ジークハルトは親切で善良そうであり、エリスに対しての礼儀は申し分ない。
 しかも、王宮に連れていってくれるという。
 任務に対しての最短ルートであるのもまた、間違いない。

「ジークハルトさんは、王宮の兵士なんですよね」
「そうそう」

 騎士団長について聞こうとして、あまりにも直接的過ぎるかとひとまずやめておく。

「王宮の兵士って、木剣なんですか?」
「いや。俺だけだよ」

 反応に困る回答だ。
 エリスの躊躇いを感じ取ったらしく、先を歩いていたジークハルトが肩越しに視線をくれる。

「俺は、むやみに殺したくないんだ。だから、これは特別に許可を得て持っている。いざとなったら、力押しで相手を戦闘不能にするし、十人ひとまとめでも負けないから。剣の形の何かさえ、あれば。俺は」
「話だけ聞くと、ジークハルトさんは滅茶苦茶強いひとみたいですね」

 しん……と一瞬で静寂が訪れた。
 歩みは止めていないが、気のせいではなく、長い沈黙があった。

「すみません……失礼なこと言い過ぎました」

 自分の発言を振り返り、エリスは素直に謝罪する。

「いや。気にしていない」

 という割には、そっけない口調だった。
 だが、よく見ると、肩が細かく震えている。泣かせるほどの破壊力があったとは思わないのだが。

「ジークハルトさん?」

 エリスは小走りに追い越して、前に回り込んで顔を見上げる。
 まさにそのとき、ジークハルトは「くっくっく」と堪えきれない笑い声をもらしたところだった。

「笑ってます!?」
「あ、いや、あはは、ごめん。ちょっと面白くて」
「笑うほど? 何がですか?」

 笑いをおさめたジークハルトは、片目を細めて唇の端を釣り上げた。

「さあ。姫君が焦っておいでのところかな?」

 エリスの無言に怒りを感じたのか、ジークハルトは「ごめん」と気安い調子で謝罪した。エリスは苦虫を何匹も噛み潰して微笑んだ。

「それでは、間もなく王宮です。お姫様はまずは着替えて……細かい手続き、誰かに任せておこうかと思ったけど、お姫様のお世話は俺が担当しよう。その方が面白そうだから」

 誰かに任せていただいても構いませんけど、という言葉をエリスはかろうじて飲み込んだ。

(ジークハルトさんって、王宮勤めの兵士にしては、ずいぶんと権限があるようなことをいいますね)

 わずかな違和感はあったものの、エリスはそれを口にすることなく呑み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな
恋愛
「覚醒しなければ、生きられない———       しかし、覚醒すれば滅びの呪いが発動する」 100年前、ヴァンパイアの王家は滅び、純血種は絶えたはずだった。 しかし、その血を引く最後の姫ルナフィエラは古城の影で静かに息を潜めていた。 戦う術を持たぬ彼女は紅き月の夜に覚醒しなければ命を落とすという宿命を背負っていた。 しかし、覚醒すれば王族を滅ぼした「呪い」が発動するかもしれない———。 そんな彼女の前に現れたのは4人の騎士たち。 「100年間、貴女を探し続けていた——— もう二度と離れない」 ヴィクトル・エーベルヴァイン(ヴァンパイア) ——忠誠と本能の狭間で揺れる、王家の騎士。 「君が目覚めたとき、世界はどう変わるのか......僕はそれを見届けたい」 ユリウス・フォン・エルム(エルフ) ——知的な観察者として接近し、次第に執着を深めていく魔法騎士。 「お前は弱い。だから、俺が守る」 シグ・ヴァルガス(魔族) ——かつてルナフィエラに助けられた恩を返すため、寡黙に寄り添う戦士。 「君が苦しむくらいなら、僕が全部引き受ける」 フィン・ローゼン(人間) ——人間社会を捨てて、彼女のそばにいることを選んだ治癒魔法使い。 それぞれの想いを抱えてルナフィエラの騎士となる彼ら。 忠誠か、執着か。 守護か、支配か。 愛か、呪いか——。 運命の紅き月の夜、ルナフィエラは「覚醒」か「死」かの選択を迫られる。 その先に待つのは、破滅か、それとも奇跡か———。 ——紅き誓いが交わされるとき、彼らの運命は交差する。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...