半熟魔法使いの受難

有沢真尋

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【第一章】

コイバナ(前編)

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「わたし、考えたんですけど」

 食事の後、王宮の廊下を歩きつつ、エリスはエンデとファリスに言った。

「聞こうか」

 エンデが答える。
 部屋まで戻れるか自分で歩いてみてと言われて、先頭を歩いていたエリスは、返事を聞くなり廊下の手すりの切れ目から、中庭への短い階段を下りた。
 空には星明り。
 咲き乱れる種々の花の香りと、生い茂った緑の匂いが漂っている。
 庭の中央の噴水のそばまで進んでから、エリスは二人を振り返り、言った。

「ジークハルトのお妃様候補は、もう全員お帰りになってしまったんですか?」
「いや、この先もまだ会う予定はあるはずだ」

 エリスはそこでぐっとこぶしを握り締めて力強く言った。

「では、その縁談を成功させましょう!」
 
 しん……と静まり返り、風によるひそやかな葉擦れの音だけがした。

「駄目ですか……?」

 あまりの反応の薄さに、エリスは小声で聞いてしまう。
 それに対し、エンデは非常にけだるそうに遠くを見て、ファリスが困った顔をして言った。

「なんと言うべきか僕にもわからないんだけど。それができたら苦労しない、というか」
「わたしに対して、ジークハルトがなびきそうな気配を皆さん感じたわけですよね。わたし、特段美人でもなんでもないのに。強いていえば記憶喪失というだけ! つまり、今後の候補の方はそのような振る舞いをすれば」
「エリス嬢」

 強い口調でエンデが遮った。
 気迫が違った。空気が瞬間的に凍てついていた。

「恐ろしく邪悪なこと言ってるけど、その辺にしておこう。思いつきや出来心で人の運命を弄ぶような奴は地獄に落ちるべきだと思うね」

 ちら……とファリスがエンデの横顔に視線を流す。
 エリスは二人の顔を見てから、思い切って言った。

「すごく常識人ぶってますけど、かくいうエンデさんたちは、わたしとジークハルトをくっつけようとしてましたよね……?」
「俺たちは、あのひとが絶対だから。王となったあのひとが、この先幸せに生きていくことが最優先事項なの」

 胸をそらしてきっぱり言い切ったエンデに対し、エリスは息を吸い込んで強く抗議した。

「わたしの意思は関係なしですか」
「ない」
「地獄に落ちてください!!」

 手で額をおさえたファリスが「ふたりとも、落ち着いてください」と呆れた調子で言った。

「副団長の言い方も悪いんですが。ジークハルト様はああいう方なので……。なまじ無理に縁談を進めても、押し付けられたお妃様との間にお世継ぎが生まれることもないでしょう。だから、無難に、恋でもなさったほうが、結局は良いんです」

 そこまで言って、掌で口元まで覆って瞑目をしてしまうファリス。
 言い方が悪い副団長こと、エンデが前のめりになって聞いてきた。

「そもそもエリス嬢はどうなんだ。お妃候補って言われて、自分はピンとこないのか。ジークハルト様に対してときめないのか! わりといい男だろう!」
「ときめく?」

 問い返しつつ、エリスは両手で両頬を覆って絶句してしまった。

「ジークハルト様は、客観的に見て、かなり素敵な男性だと、思うんですけど……」

 控えめにファリスが言い添える。
 そちらを見てから、エリスは言われた言葉を頭の中でよくよく検討してみた。
 ジークハルトと出会ってからの様々な会話や出来事が、頭の中をめまぐるしく駆け巡る。

(少年みたいなところがあるけど、聡明で優しい。繊細な分、気配りもできる。それでいて街中の服や靴を買い占める勢いのお金持ちで、部下から慕われる権力者で……)

 考えているうちに、いささか気が重くなってくるほど完璧な良い男だった。気持ちが引く。
 
「いやいや……。なおさら、相手がわたしって、ちょっと無くないですか」
「陛下がエリス嬢が良い、って言っても?」
「大変恐縮なんですが、わたし、自分が、誰かの恋愛対象になるって想像がつかなくて、ですね」

 呆然としつつ、つっかえつっかえ言うエリスをじっと見ていたエンデが「なるほど……」と呟いた。
 ファリスもまた、「これはさすがに……」と言って言葉を切る。

「ふたり、何を納得しているんですか。さすがに、ってなんですか!?」

 エンデは空を見上げて、口元に拡声仕様で両手をあてると、小声ながらも高らかに言い放った。

「ばーか」
「天に唾吐いても、汚れるのは自分ですよ!?」
「暴言を吐いただけだけど、天は殴り返してこないから問題ない」
「二人とも馬鹿っぽいのでやめてください。大人の会話ではありません」

 やまない偏頭痛に堪えているかのように、ファリスが暗澹たる口調で割って入る。しかし。

「僕もなんて言っていいのかわかりませんけど」

 場をとりなそうとした割に、ファリスは早々と挫折した。

「敢えて言うなら、記憶を取り戻したエリス嬢が、既婚者だったり誰か思い人がいたり、そういう可能性が薄れた、とは思う。これはなんていうか本物の」
「エンデさん? 変なところでセリフ切らないでください。『本物の馬鹿』って続けようとしませんでした?」
「俺の心の声を推測している暇があったら、もうちょっと陛下の……。いやなんでもない」
「エンデさん! いちいち人を馬鹿にするの、かっこ悪いですよ!」

 愚にもつかない言い争いをする二人の横で、ファリスはひたすらに暗い顔をしていたが。
 空を見上げ、星が流れるのを目にして。
 ひとり、小さく笑った。 
 その次の瞬間、さっとエリスを背にし、剣の柄に手をかける。
 同時に、エンデもまた反対側でエリスの前に立って周囲に軽く視線をめぐらせた。

「なに……?」

 空気は先程までと変わらず、風がゆるく吹き、遠くで王宮の人々の奏でる物音や話し声がする。
 ただ、二人の緊張感だけが違った。
 余計なことを言わないようにエリスは呼吸すら止める。
 数秒たってから、エンデが間延びした調子で言った。

「どこの誰だか知らねえけど、おっさんのコイバナに混ざりたいならこっち来ればいいのに。歓迎するぜ」
「おっさんって、それ、僕もですか」

 嫌そうにファリスがエンデに問いかける。
 緊張がゆるんだ気配を察して、エリスはエンデの背を見上げて尋ねてみた。

「来ればいいのにって、どなたですか」
「それはとっつかまえて聞いてみないことには。いま、すごい殺気立った視線を向けられていた。敵意剥き出し。もういない」
「完全な示威行為でしたね。ジークハルト様のお膝元だというのに、ずいぶん好戦的だな……」

 二人とも戦闘態勢を解除しているようなので、当面の危機は去ったのだろうか。

「わたしは何もわかりませんでした……」

 咄嗟に二人が自分を守る行動に出たことに、少なからず衝撃を受けていた。たしかに、この場で一番弱いのはエリスなのだろうけど。

(わたしなんて、本来は皆さんの命を狙うようにつかわされたただの刺客なのに……。守るべき相手ではないんです) 

 自分の中でまずそこにケリをつけねば、この先ここに留まりこの人たちと普通に会話をしたり食事をしたりするわけにはいかないと、嫌というほどつきつけられた。

(お師匠様と連絡をとりたい。魔法の書に何か危機的なこと書けば来てくれるのかな)

「まずは部屋までお送りしましょう、お嬢様。その後は陛下がどうにかするだろ」

 敬愛する主君にすべてを放り投げる勢いで、エンデはそう言うと、先に立って歩き出した。
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