その婚約破棄、巻き込まないでください

有沢真尋

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魔法使いと夜を

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 招かれていない夜会には、正規ルートで出席することはもちろん出来ません。
 そんな私に、お師匠様はまたもや鳥になる魔法をかけてくださいました。

 ぴー! ぴー!

(この姿で夜会になんか行ったら、珍しい鳥だって捕まってしまいます!!)

 全力抗議をした私をご自分の髪の中に「保護色」と言って隠しながら、お師匠様は正面から夜会会場に乗り込むのです。

 完璧な正装に、無造作に結い上げても映える銀青の髪。
 同行女性もなく、ただ一人で悠然と門へと向かう、その麗姿。

 誰?
 どこのどなた?
 あんな方今まで見たことあったかしら。
 外国からの使節団のひとりかも。
 お近づきに……。

 眼鏡を外したお師匠様は、まばゆいばかりの美貌で男女問わず注目の的でした。

(中身はセクハラ変態毒草マニアの危険人物なのに)

「ミント」

 場の雰囲気と、いつもとは違う装いのせいでしょうか。おそろしく優雅に響く声で私の名を呼び、お師匠様は楽しげに言いました。

「俺が魔法使いだって知ってるよね? こんなに密に触れ合っていたら、いま君が何を考えているかなんて、手に取るようにわかるんだよ。セクハラと毒草はどっちが良い?」

 君が満足するまで、欲しいだけあげるよ、と囁かれて私は鳥の姿でぶるぶると震え上がりました。お師匠様は、こんな可愛い鳥になんてえげつないことを言うのでしょうか。

(アナベル様も殿下も、とてもお優しかったですよ。鳥にその二択を迫る鬼畜はお師匠様だけですよ……!)

 ちまい足で肩をふみふみし、目の前の耳たぶにくちばしで噛みつきます。思い知れ、鳥の怒りを。
 しかし、お師匠様は「あは……」と含みのある笑いとともに呟きました。

「ミントに甘噛みされちゃったな。あとでいっぱいお仕置きしよう。すごく楽しみ」

 鬼畜を刺激してはいけない、と私は肝に銘じました。
 お師匠様は周囲の視線を一顧だにすることもなく、気ままに進んで門番に「どうも」と実に親しげに声をかけます。
 その瞬間、兵士の方々の顔に明らかな緊張が走りました。

「上級魔導士のリーファ様。どうぞ」

 顔パスです。

(お師匠様、何者なのです?)

 ただの街の薬師に対する反応ではありませんでした。私は思わず不審な目を向けてしまいましたが、上機嫌なお師匠様は骨ばった長い指で私のもふもふの胸毛を撫でながら呟きました。

「ずいぶん素直に身を任せるんだね。人間型のときもここ、触って良い?」
「ぴぴ(せく、はら)」

 一瞬でもその指が心地よいと思ってしまったことを、私はいたく後悔しました。せめてアナベル様に撫でられた思い出は、汚れなきまま死守しておきたいところです。

 お師匠様と言い合いながら、目もくらむほどきらびやかな会場へと足を踏み入れます。
 着飾った貴族の皆様が笑いさざめくその場で、私は自分の渡した薬の効果を目の当たりにすることができました。

 シャンデリアの光の下で、アナベル様の瞳はいつもより輝いて見えました。その瞳が見つめる先には、ジェームズ殿下のお姿が。
 お師匠様がふふ、と声を立てて笑います。

「ミントが公爵令嬢にお渡ししたのは、俺の惚れ薬じゃなくて、ベラドンナの汁を調合した目薬か。使ってもらえて、良かったね」

 ジェームズ殿下は、アナベル様のほっそりとした体に腕を回し、しっかりエスコートしているようでした。いつになく、お二人の距離が近いです。

 ぴー! ぴー!

 興奮して、私はちまい足でお師匠様の肩をふみふみします。

「ぴーぴー、ぴーぴぴー!(これでお二人は、この後ゆっくりお話しする機会を持てるのではないでしょうか! いまこそ、すれ違いを解消するときです!)」

 お師匠様の見立て通り、私が渡したのは、惚れ薬ではなく目薬です。
 ベラドンナの汁は、瞳孔を開かせて瞳を美しく見せる効果がある……けど、その間少し視界が悪くなるので、婚約者であるジェームズ殿下に自然にエスコートをお願いしやすくなるはず。「慣れない目薬を使ったら、効果が強すぎて」とか。アナベル様なら何かスマートな理由をお伝えしていることでしょう!
 もちろん、この薬は後に悪い影響が出ないことは確認済みの調合です。

 二人が仲良く寄り添っているのを確認してから、私はお師匠様と会場を後にしました。
 公爵邸を出てから、ガス燈の灯された石畳の道をのんびり歩きつつ、お師匠様が言いました。

「せっかく超強力な惚れ薬を作ったのに、使う機会がなかったなぁ」

 ぴー……

(なんでそんなもの作ったんですかね?)

 髪からずぼっと姿を現し、肩の上でぴーぴーと鳴いていると、お師匠様の長い指にもふもふした胸毛を優しく撫でられました。

「ね、ミントに使っていい?」

 ぴぃぃぃぃぃぃ!!

(だめに決まってますよ!!)

 精一杯、鳥語で抗議しました。
 魔法使いであるお師匠様は、私の言いたいことは察していそうですが、あはは、と軽やかな笑い声を上げてから言いました。

「今回、『悪い未来を引き寄せないために』俺はかなり役に立ったからね。何かご褒美くらいは欲しいな。やっぱり今度ミントにこっそり使っちゃおうか。惚れ薬」

 がすがすがす、と目の前の指に嘴を突き立ててやりました。

「ぴー! ぴー!」

 薬には、頼らないでください!

 全力抗議をした鳥の私を掴み、軽い吐息ひとつで魔法を解いたお師匠様は、姿を現した人間の私に手を差し出してきます。
 夜会に出かけるということで、私はその日、お師匠様に用意してもらったドレスを着ていたのでした。
 朝焼けのような青いグラデーションのドレス。貧乏娘の私がこれまで身につけたこともない、可愛らしいデザインです。

 お師匠様はひとを褒めるのを躊躇しない性格なので、乏しい明かりの下で私を見つめて、ふわっと笑み崩れました。

「うん。すごく可愛い。用件も済んだし、今晩これから二人でデートをしよう」
「薬は使わないでくださいよ! 使ったら嫌いになりますからね!」

 大丈夫だよ、と答えたお師匠様の手に、私は警戒しながら手をのせました。軽く触れ合っただけで、お師匠様は本当に幸せそうに笑って、低く甘い声で囁いてきました。

 必要ないよ。
 俺はいつも一生懸命な君が面白くて可愛くて好きだけど、君だって俺のことが好きだ。
 そうだよね? と、まるで見透かしたかのように。

「邪魔者もいなくなったし、これでミントを心置きなく独り占めできるな。俺の毒草趣味に目を輝かせて付き合ってくれるのは、君だけだよ。これからもよろしく」

 黙っていれば素敵なのに、余計な一言を口にしてしまう相変わらずのお師匠様です。
 私はその腕におそるおそる腕を絡ませながら「毒草以外だけではなく、もっと役に立つ教えをください」と言うと、「喜んで! 手取り足取り!」を返されました。

 そして、二人で夜の道へと歩き出したのでした。
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